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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
四章-6
しおりを挟む6
ゴガルンの〈遠当て〉を、俺はもう六回は防いでいた。
ヤツの攻撃は、すべてメイオール村へと向けられていた。俺はゴガルンの攻撃を〈筋力増強〉で威力を増した、〈遠当て〉で相殺させていた。
繰り出される〈遠当て〉の軌道を予測するための集中力で、俺は疲弊しかかっていた。絶え間ない緊張は、精神力を徐々に削っていく。
騒動を聞きつけた村人たちは、不安そうに家の窓や物陰からこっちを見ている。逃げろと言いたいが、そんな余裕は俺にはない。
今の俺に出来るのは、村への被害を出さないことだけだ。
ゴガルンが連れてきた二人の部下が、左右に広がっていた。俺の逃走経路を塞いでいるようだが、それだけとは思えなかった。
額にうっすらと汗を滲ませたゴガルンが、俺を睨み付けた。
「しつこいヤツだな、てめえも……日々の訓練を積んでる俺を、ここまで手こずらせるとはな。紛い物の《スキル》の癖によ!」
ゴガルンの声を聞きながら、俺は追放されてからの生活を思い出していた。
日々の修練なら、俺だって積んできた。
牛を担いで山まで行ったり、店に入り込んだ虫を撃ち落としたり――訓練よりも濃い、失敗の許されない緊張の中で、俺は日々を暮らしてきたんだ。
伊達に『手伝い屋』なんて、やってきたわけじゃない。
俺が毎朝の鍛錬通りの構えを取ると、ゴガルンは左右を見た。
「くだらねぇ……もう、こんな遊びは終いだ」
ゴガルンが小さく手を挙げると、二人の部下が動いた。
左から迫る赤毛の男が広げた両手に、短刀が握られていた。
「行け!」
赤毛が短刀を放り投げた――そう見えたのに、二振りの短刀はジグザグな軌道を描きながら俺に迫ってきた。
俺は軌道を読みながら、一振りで短刀を両方とも弾き飛ばした。これはきっとリリンから貰った、〈計算能力〉のおかげだ。
そこでホッとする余裕は、まったくなかった。
もう一人――右側から茶髪のロン毛が、無手のまま突っ込んできた。そう思った次の瞬間、ロン毛の手に光の刃が具現化した。
こいつの《スキル》は、〈魔力の剣〉の類いか!
長剣で光の刃を受けたが、呆気なく先端の三分の一ほどが切断された。そのまま迫ってくる光の刃に身体を捻ったが僅かに間に合わず、左の頬を浅く斬られた。
舌打ちをしながら、俺はロン毛の横っ腹を蹴っ飛ばした。これで村を護るために動けると思ったが、ゴガルンはすでに、村へ向けて大剣を振り下ろしていた。
――間に合わない!
俺が〈遠当て〉を放つより前に、ゴガルンの〈遠当て〉が放たれた。
このままいけば、村にある家屋が破壊される――振り返った俺は〈遠当て〉を防ぐ、刺繍の入った赤く広がったものを目の当たりにした。
その赤く広がっているのは、瑠胡の左右の袖だ。彼女の来ている着物の袖が大きく広がり、壁となって〈遠当て〉を防いでくれたのだ。
「お……姫様!?」
「なにをしておる、ランド。そのような下郎、さっさと倒せ」
「いや……簡単に言いますけど」
村を護るのに、精一杯な状況だ。ゴガルンに攻撃をする余裕なんか、今の俺にはない。
それを理解しているのだろう。ゴガルンは大声で、部下たちに指示を出した。
「おい、あの変な女を連れてこい! 身分と立場ってやつを、夜通し教えてやるぜ!」
ゴガルンが発した言葉に、俺の中で何かが切れた。
「てめぇ――」
俺はゴガルンに突進しようとしたが、横から短刀が飛んできた。俺が切断された長剣で短刀を弾いているあいだに、ロン毛が瑠胡へと駆け出していた。
「くそ――姫様、逃げろ!!」
「妾の心配など、せずともよい」
そう返事をする瑠胡の背後から、沙羅が飛び出した。
「姫様には、これ以上近づけさせぬ!」
緩やかに湾曲した片刃の剣を、沙羅は真一文字に振った。《スキル》の光の刃を出す暇もなかったのか――ロン毛はすかさず、横に跳んで一撃を躱した。
その直後、赤毛の操る短刀が沙羅を襲った。
「こんな児戯で――斃せると思うな!」
沙羅はあっというまに二振りの短刀を弾いたが、その隙にロン毛が瑠胡に迫っていた。
ロン毛が手を前に突き出したとき、瑠胡首元から深い緑色をした何かが現れた。
「な――っ!?」
それは緑の鱗に包まれた、ドラゴンの足だった。
四本の鋭利な爪のある巨大な足が、驚愕に動きを止めたロン毛の身体を掴んだ。
「下郎の分際で、妾に触れるな!」
怒りの声とともに、瑠胡はロン毛を放り投げた。
転がるように地面に落ちたロン毛の近くには、ユーキがいた。長剣を抜いてはいるが、戦うような構えではない。
「邪魔だ、この糞女!」
「ひっ!」
怯えるユーキに殴りかかろうとした瞬間、ロン毛の身体が、忽然と消えた。いや、正確には突然に開いた穴の中に、すっぽりと落ちていった。
間違いなく、ユーキの仕業だ。
穴の中から、ロン毛の怒鳴り声が聞こえてきた。その声に怯えるユーキは、長剣の切っ先で抉った土を、穴の中へと入れていく。
あのままだと、生き埋めになるけどな……今は、そっちに構う暇はない。
俺が視線を動かした瞬間、幾重にも重なった蹄の音が聞こえてきた。
「ごっめーん! 止まれないの!!」
クロースが跨がった馬を先頭に、数匹の牛が赤毛へと突進していくのが見えた。
動物の群れを躱した赤毛は、短刀をクロースの跨がった馬へと投げた――だが、短刀は見えない壁にでも当たったかのように、弾かれてしまった。
「ランドさん、周囲のことは気にしなくていいです」
杖を構えたリリンを睨みつけながら、赤毛が新たな短刀を鞘から抜いた。
投擲の構えをとったものの、赤毛はなんの前触れもなく崩れ落ちた。
「まったく――無茶をフォローする、こっちの身にもなってよね」
影が揺らぐようにして、倒れた赤毛の横にキャットの姿が現れた。
まったく……じゃじゃ馬娘たちが。
そりゃあ……主な対応は、自分たちでやれって言ったけど。自衛のためでいいんだ、自衛で。
瑠胡を含めた彼女らの姿を見て、監査役への攻撃が罪だとか、そういことを悩んでいたことがバカらしくなり……完全に吹っ切れた。
同時に俺の怒りを抑えていた、箍が外れた。
俺はゴガルンを睨めつけると、先端を失ったままの長剣を構えた。
「よぉ。これでやっと、タイマンで勝負できるな。萎えるから、監査役だからっていう権力を振りかざすなよ? これでようやく、てめぇを砕いてやれるぜ」
「この野郎――」
歯ぎしりしそうなゴガルンへと、俺は駆けた。
ゴガルンは、間合いを詰めた俺へと大剣を振り下ろした。俺は大剣を躱すために右へと跳びながら、魔術を使うために左手をゴガルンへと向けた。
「バカが!! 間に合うかよ!」
ゴガルンは俺を叩き切ろうと大剣を振り回したが、すでに魔術は完成していた。
冷気の魔術が、ゴガルンの足首までを地面に固定していた。足の位置が変えられなくなり、ゴガルンは大剣を振り切れずに、身体がつんのめった。
その隙を、俺は見逃さなかった。
ゴガルンの背後を廻り込むと、俺は左手から棘を出した。
「馬鹿が。後ろに回ったところで、その剣じゃなぁ! その前に、あの女を殺してやるぜ!!」
俺が斬れないならと、ゴガルンは再び瑠胡へ向けて大剣を振りかぶった。しかし大剣が振り下ろされる前に、俺はゴガルンの背に棘を突き刺していた。
再び同じ《スキル》を奪えるかは、賭だが――よし、奪えたっ!!
ゴガルンの二つの《スキル》が、俺の頭の中でほぼ見えなくなるまで薄くなった。その直後に、ゴガルンの大剣の刀身から光が消えた。
ただ、俺の中にある〈筋力増強〉と〈遠当て〉は、さほど色が濃くなってない。
「な――」
自身の身体から《スキル》が消えたことを知って、ゴガルンが驚愕の表情で俺を見た。
俺は余裕の表情で、ヤツの顔を見た。
「これで、ようやく《スキル》抜きの勝負ができるな。ええ? 小細工無し、ガチの勝負で、てめえを砕いてやるぜ」
「この、糞野郎が!」
足の氷を大剣で砕いたゴガルンが、俺に向かって来た。
大剣を大振りに振りあげるゴガルンだったが、その重さゆえか、扱い切れていない。
俺は左から右へと進路を変えつつ、ヤツの背後へと廻り込んだ。しかし、ゴガルンも素人ではない。俺の動きに合わせて突き出された大剣の切っ先が、俺の左の太股に突き刺さった。
傷は、それほど深くはない。まだ、動ける!
俺は傷なんかに構わず、ゴガルンの太股を真一文字に斬りつけた。そして身体を捻りながら、続けてゴガルンの右腕へと刃を食い込ませた。
「ぐあ――っ!」
苦痛に呻き声をあげるゴガルンは大剣を落としてから、尻餅をつくような姿勢で崩れ落ちた。
「くそ! ランド、てめえ……次は必ず殺してやるからな」
「次だって? 二回もおまえとやり合う暇と時間はねぇ。今すぐ、かかって来い」
「な、なにを言ってやがる……こんな状況で戦えるわけねぇだろ! 戦えないやつに斬りつけるなんざ、戦士の恥だろうが。傷が癒えたら――」
「悪いが、てめぇの命令や指示に従う義理はねぇな。それに、だ。戦えないヤツに攻撃するなっていうけどな。無抵抗の村や姫様に攻撃をしたのは、どこのどいつだ?」
俺の指摘に、ゴガルンの顔から威勢が消えた。
だが……俺はそれで慈悲をくれてやる気にはなれなかった。村もそうだが、瑠胡に乱暴を働こうとしたことへの怒りが、頭の中で烈火のごとく駆け巡っていた。
俺は落ちている石を拾うと、ゴガルンの口に突っ込んだ。拳よりも二回りほど小さな石は、ゴガルンの口を少し開けた状態で固定された。
舌を噛まないようにするためだが、これは俺なりの慈悲だ。
「村を攻撃した七発に、姫様を狙った二発――その分は、攻撃してもいいってことだよな。一切の手加減をするつもりはねぇから、覚悟しろ」
〈筋力増強〉を最大にした俺の身体は、一回りほど太くなった。
表情が青くなったゴガルンに、俺は籠手をした右拳で殴りかかった。
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