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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
三章-8
しおりを挟む8
夕暮れの中、リリンは村人たちに混じって通りを歩いていた。
往来する帰宅中の大人たちに紛れていると、背の低いリリンはまったく目立たない。
中年の女性が持つ荷物が肩に当たって蹌踉けたが、謝罪の言葉どころか、視線すら向けられなかった。
無視された――というより、リリンに気づいていない様子だ。
(いつものこと――)
リリンの家は、地方貴族だ。
家にいたときから、他人に気付かれにくかった。それは身長だけが問題では無く、家族に存在を悟られないよう、息を顰めていた習慣のせいだ。
『そういう、すべてを悟った目が気持ち悪いんだよ』
継母から、そう言われるのが苦痛だった。兄や姉たちも、自分たちよりも優秀な末娘を疎んじているのを、肌で感じていた。
息を顰めるようになったのは、彼らの嫉妬や嫌悪が、殺意に近いものに変わってからだ。
『隣国の男爵へ、嫁に出そうか』
その男爵は、初老で浮気性という噂があった。そんな男への嫁入りの話を聞いたのは、リリンが十二歳のときだった。
嫁入り後の生活がどんなものになるか――《スキル》に頼るまでもなく、想像がついた。
まだ訓練兵だったレティシアの面会を受けたのは、そんなころだ。それから魔術の修行を行い、三年ほどで魔術師として独り立ちできた。
クロースたちと出会い、訓練をして過ごした日々は、実家にいた頃にはない、充実感があった。
そんな日々の中でもリリンは、騎士団の面々に気づかれないことが多かった。そのたびに実家の日々を思い出し、胸の奥が軋むような感覚に襲われる。
「あ、リリン。なにしてんだよ」
仕事帰りに食材を買っていたのか、ランドの持つ手提げの籠には、野菜や燻製肉が見え隠れしていた。
――見つけて、くれる人。
ランドに声をかけられて、リリンは胸の奥が暖かくなるのを感じていた。
クロースは恋だといっていたが、この感情は少し違う。実家で得られなかった――そして心から欲していたもの。
家族に甘えたいという、単純な想いだ。
リリンはランドを見上げると、口元をほんの僅かに綻ばせた。
「こんばんわ。ちょっと、散歩を」
「それなら、妾たちに付き合わぬか?」
ランドの隣にいた瑠胡の申し出に、リリンは首を左右に振った。
「いいえ。そこまで野暮ではありません」
「左様か?」
「ええ。お気になさらず」
リリンは、瑠胡に微笑んでみせた。
家に帰るというランドと瑠胡を、リリンを小さく手を振りながら見送った。
(あ――)
二人が去って行くと、胸の奥に物寂しさが去来した。
(どうして?)
知り合って、まだ間もないというのに。
ランドだけでなく、瑠胡に対しても寂しさを感じていることに、リリン自身が驚いていた。姫としての威厳を保ちながらも、瑠胡はリリンに対して威圧的な言動はしていない。
それどころか――非常にわかりにくいが――、親しく接してくれている。
あの二人に対して利林は、《白翼騎士団》の団員たちにはない感情を抱いていた。
そんなことを考えていると、副団長のセラがやってきた。誰かを探す素振りをしているセラに、リリンは声をかけた。
「副団長、誰かお探しですか?」
「――リリン? そこにいたのか」
セラはどこか不思議そうな顔で、リリンへと振り返った。
「さっきまでここに、ランドとドラゴンの姫君がいた気がしたが……知らないか?」
辺りを見回すセラに、リリンはランドらが去って行ったほうを振り返った。
どこかの角を曲がったのか、二人の姿は見えなくなっていた。残っているのは、リリンの胸中に残された寂しさだけだ。
「お二人なら、もう帰られました」
「……そうか」
セラは寂しげな表情をしたリリンには気付かず、小さく溜息を吐いた。
「リリン、折角だ。一緒に戻るぞ」
駐屯地の方角へと歩き始めるセラに促され、リリンも歩き出した。
村の出入り口が近くなり、村人たちの姿が少なくなってきた。セラは周囲に通行人がいないのを見てから、静かな声で話し始めた。
「ベリット男爵様に、あの姫君に足りない物がないか、聞いてこいと言われてな。まったく……わたしではなく、ランドに訊けばよかったろうに」
「男爵様が、なぜですか?」
「知らぬよ。まったく……男というのは、美人であれば大甘になるのだろうな。ランドに訊くのを拒むのは、プライドかもしれん。ただの村人に相談など、領主のやることではないからな」
地位、身分の差。そういったものが、個人の思考を決めてしまうのは、よくあることだ。リリンが表情を曇らせると、セラはそっと背中に手を添えた。
「ランドが直属の騎士団に属していれば、また違ったかもしれないがな。しかし今のあいつは、そういったことに興味がなさそうだ。だが、団長――レティシア様はランドを領地の兵として、召し抱えたいと思っている。王都からランドを追い出した、負い目があるのかもしれん。どうして、そこまで意固地になるのやら」
「副団長はランドさんと瑠胡姫様のこと、どう思われますか?」
リリンの問いかけが予想外だったのか、セラは僅かに息を呑んだ。
少しして大きく息を吐き出すと、今にも後頭部を掻き毟りそうな顔をした。
「よくわからん。ランドは聞いていた話よりも性格が丸くなっているし、身分に対する執着もない。あの姫君は、もっとわからん。命を救われたかたといって、惚れるような相手ではあるまいに。美形でもない、財もない、もちろん地位もないわけだしな」
ランドに対する辛辣な意見に、リリンは少し呆れた。セラは男性に求めるものが、高すぎるきらいがある。
それが悪いと、リリンは言わない。言わないが……だから恋人ができないのだと、冷静に分析していた。そんなリリンの視線に気付いたのか、セラは咳払いをした。
「ま、まあ……なんだ。あの姫君との戦いで、助けられたことには感謝している。戦いを収めてくれた、あの姫君にもな」
「……そうですね」
だから、あの二人に関わることは、悪いことではない。
リリンは胸中で、そう結論づけた。
この想いは、自分一人だけの秘密だ。メイオール村にいる限り、ランドや瑠胡には、いつでも会える。
(そっか。ランドさんは、お兄さん。瑠胡姫様は、お姉さんなんだ)
そんな密かな楽しみを見いだしたリリンは、少しではあるが幸せな気分に浸っていた。
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