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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
三章-7
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騎士団の駐屯地を建設し始めて二日目の昼、護衛の兵を引き連れたベリット男爵が、メイオール村を訪れた。
遠目に村長やレティシアたち――ええっと、《白翼騎士団》が出迎えている様子が見えた。
丁度このとき、俺は〈筋肉増強〉で木材を運んでいた。あまり関わらないよう、遠回りをしたんだけど、それは会いたくないというより――面倒くさい、気を使いたくない、そんな暇があるなら仕事を早く終わらせたい、という理由からだ。
俺は親方さんを見つけると、木材を肩に担いだまま近寄った。
声をかけようとしたけど……技術を貰ったときに見た、二つの技術が頭を過ぎってしまう。リリンが瑠胡に渡した本を見た影響か――まあ、色々なことが頭を過ぎる。
いやほんと、最近の女の人って怖いわぁ……。
俺は気を取り直すと、親方さんに声をかけた。
「親方さん、これはどこに?」
「ああ、北側の床に使うヤツだな。それなら――」
俺を振り返った親方さんは、表情を失った。
いや……正確には、俺の背後を見て、表情を失ったというのが正しい。さっきから、蹄の音が聞こえているとは思ったけど……。
俺がゆっくりと首を向けると、馬上のベリット男爵が笑顔を見せた。
「ランド、息災のようでなによりだ」
「これは、ベリット男爵様。お久しぶりにございます」
木材を下ろした俺が慇懃に頭を下げると、ベリット男爵は失笑気味に頷いた。
「よく働いてくれて、助かる。予定通り、最低限の施設は十日後に完成できそうか?」
「それは……わたくしでは分かりかねます」
俺が視線を向けると、親方さんは石像にでもなったかのように、直立不動でベリット男爵を見上げていた。
その顔は、「下手なことを言ったら首を切られる」と言わんばかりの表情で、俺としては怯えすぎだと思わざるを得ないが……よく考えたら、これが普通の反応かもしれない。
親方さんは、ギッギッギという音が聞こえそうなくらいに、ぎこちなく最敬礼をした。
「は、はい! ここにいるランドの力もお借りしておりまして、予定よりも早く作業は進んでおります」
「そうか。その調子で励んでくれ」
「は、はいぃっ!!」
親方さんの返答に、ベリット男爵は俺に目配せをしながら、口を僅かに曲げた。笑うのを我慢しているのか、肩が少し震えている。
俺はそのうち卒倒しそうな親方さんに、もう離れるよう促した。
親方さんが別の場所の作業へと向かったあと、ベリット男爵は笑いを抑えながら左手を額に当てた。
「彼には、わたしが悪魔が化け物にでも見えているのだろうか?」
俺は溜息を吐きたい――いや、盛大に吐きたいのを我慢しながら、出来るだけ丁寧に答えた。
「気に入らないことを言ったら、首を撥ねられるって顔はしてましたけど」
「……わたしは、そこまで暴君ではないと思っているのだがな」
「一介の民には、そこまで分かりませんから」
俺の返答に、ベリット男爵は僅かに肩を落とした。
溜息を吐くと馬首を巡らし――かけて、不意に動きを止めた。
「レティシアの騎士団を視察に、監査役殿が来るらしい。それまでに駐屯地として、最低限の体裁がとれればよいと伝えてくれ。残りは、それからでも構わぬとな」
「……かしこまりました」
「ああ、頼む」
今度は馬首を翻したベリット男爵が去ってくと、入れ替わりにリリンやクロース、そしてユーキが俺のところにやってきた。
先頭だったクロースが、興味津々といった顔でぴょんぴょんと跳ねた。
「ランド君、男爵様になにを言われたの?」
「頑張って駐屯地を建てろってさ」
俺の返答に、クロースは「あらら……頑張ってね」と、無邪気に微笑んだ。追いついてきたリリンやユーキに軽く挨拶をしてから、俺は作業に戻ることにした。
木材を肩に担ぎ直しかけた俺は、ふと監査役のことを思い出した。
「そういえば、監査役の視察があることは知ってるか?」
「……はい。駐屯地が使えるようになったあと、視察に来るという話を聞きました」
クロースとユーキが怪訝な顔をする中、リリンだけが答えてくれた。
「視察の結果では、《白翼騎士団》は解体され、王都の騎士団などに吸収される恐れがあります」
「それは……なんで?」
「……わかりません。レティシア団長が悩んでいるのを見たときに、そんな話を聞いただけです。ですが、理由は教えて頂けませんでした」
「そういうことを黙るなって……」
レティシアらしからぬ対応に、俺は溜息をついた。
問い詰めようかとも思ったが、今の俺は、ただの村人だ。知己とはいえ、騎士団の方針やゴタゴタに口出しをする権利はない。
「まあ、俺に出来るのは、駐屯地を早めに建てることだけだな」
「お願いします。きっと、団長から――」
なにかを言おうとしたリリンだったが、僅かに視線を逸らすと言葉を噤んだ。
俺がその視線の先を追うと、瑠胡がこちらに歩いて来るのが見えた。別に瑠胡が来たからって、黙る必要はないと思うんだけどな……。
俺が小さく手を挙げると、瑠胡も手を挙げ返してきた。
「姫様、どうしたんです?」
「魔術の覚え直しも飽きてきたのでな。お主の仕事ぶりを見学しに来た」
「暇つぶしって……別に良いですけど、見てるだけというのも暇ですよ?」
「構わぬ。妾にとっては、いい気晴らしになるでの」
「それでいいなら、いいんですけど。それじゃあ、俺は資材を置いてきますんで」
俺が親方さんのところに行こうとしたとき、ユーキが意を決したような顔で、クロースの背後から出てきた。
「あ、あの、お手伝いできませんか!? あたし、穴を掘るのは得意です!」
ユーキは両手を胸の前で握り、しかし怯えるような目をしていた。
まだ頼りなさは消えていないけど、ユーキなりに頑張って言ってくれた。せっかくの機会だし、その意志は汲みたいところだ。
俺は少し考えてから、建築現場の端っこを指で示した。
「そういう《スキル》だったよな。親方さんに話をしてみるから、ついて来いよ」
「――はい!」
俺はユーキを連れて、親方さんを探した。
ランドについて歩き出そうとした瑠胡は、リリンの視線に気づいて足を止めた。
「ああ、久しいな。なにか問題でもあったか?」
「あります」
「ふむ、その顔……お主、ランドの手を借りようとしておるな?」
瑠胡の言葉に、リリンは黙り込んだ。それを期待している自分がいるが、だからと言って、どう助けて貰えばいいか、まだわからない。
目を伏せるリリンに、クロースがオロオロとした顔をした。
そんな二人を交互に眺めてから、瑠胡は澄まし顔で告げた。
「ランドを頼るときは、妾にも声をかけるがよい。喜んで手助けしてやろう」
瑠胡の言葉が意外だったのか、リリンやクロースは目を瞬いた。
そんな二人を面白そうに眺めてから、瑠胡はランドのあとを追って歩き始めた。
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