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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
三章-5
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セラと会った日の夜。
俺は蜂蜜酒を飲む瑠胡に付き合い、一階のテーブルに座っていた。とはいえ、俺は酒は苦手である。要するに下戸というわけなんだが、この辺りでは珍しい体質だ。
そんなわけで俺が飲んでいるのは、ただの水である。
二杯目のコップを空にした瑠胡は、木製のジョッキに水を注ぐ俺に、酔った目を向けた。
「ランド、お主は何故、酒を飲まぬ」
いきなりの質問に、俺は返答を迷った。
俺が下戸というのは、特に内緒にする必要はない。だけど、好んで話そうという気にもなれないわけだ。
俺は視線を彷徨わせながら、躊躇いがちに口を開いた。
「俺は、酒に弱いんですよ。すぐに酔っ払っちゃうので……明日も仕事ですしね」
俺が答えると、瑠胡は少し目を細めた。
「ふむ。お主が酒が弱いというのは、《スキル》の影響かもしれぬな。魔力とおうのは、酒に反応しやすい。魔力の状態が激しく変わる体質だと、酒に弱くなるのかもしれぬな。だが、それも訓練などで、耐性もできよう」
そう言って、瑠胡は俺に蜂蜜酒の瓶を俺に差し出した。
「それに、一杯くらいは付き合うのが、家主の礼儀ではないか?」
見事なまでの正論である。
俺は蜂蜜酒を新たなコップに注ぐと、大きく息を吐いた。気は進まないけど……ひと嘗めくらいなら……耐えられるかもしれない。
この村に来てから、薄めた酒を飲んだこともあるし。
俺は意を決して、コップに口を付けた。
コップに口をつけた直後、ランドはテーブルに突っ伏した。顔は真っ赤で、安らかに寝息を立てている。
瑠胡はそんなランドを眺めながら、静かに息を吐いた。
たった一口でテーブルに突っ伏したランドに、瑠胡は溜息をついた。
「……想定以上に弱いのう。このような弱点、知ったところで意味は無いのだが」
瑠胡は席を立つと、ランドの横へと移動した。
眠っているランドの前髪を撫でると、耳へ口を寄せた。
「ランド……そんな体たらくだと、妾から襲ってしまうぞ?」
訴えるような目でランドを見る瑠胡の背後に、巨大な影が現れた。ゴトンという重い音が床から響いたが、ランドは目を覚まさなかった。
*
翌朝の早朝、俺は仕事に出た。
それはいいんだが、昨晩のことがまったく思い出せなかった。瑠胡の晩酌に付き合っていたことは、覚えている。それ以降が、まったく記憶になかった。
起きたときはベッドの上だったし。
瑠胡に聞いてみたけど、「勝手に寝てしまったろう?」と言われる始末。こんなこと……酒でも飲んだかなぁ?
そんな疑問を抱きながらも、今日は旅籠屋《月麦の穂亭》で、食堂の手伝いだ。レティシアの騎士団のための料理なんだろうけど……なぁ。
それでも俺にとっては貴重な仕事、貴重な収入源になる。俺は早朝から、せっせと仕込みを手伝っていた。
スープの煮込み具合を確かめていた俺に、メレアさんが話しかけてきた。
「ランドは、なにか聞いてるのかい? その……騎士様たちの目的なんかさ」
「駐屯地を構えるって話みたいですけど。でもまあ、詳しいことは知らないですし、興味もないですからね」
「……そうかい? まあ、いいけどね。あんたは、お嬢さんのことで手一杯なんだろ?」
メレアさんは意味ありげな顔で、客席の瑠胡を一瞥した。
瑠胡はメレアさんが用意した、朝食を食べている。まだ早すぎる時間だからか、ほかに客の姿はない。燭台に照らされた瑠胡が時折、チラチラと俺を見ているような気がするけど……これはさすがに気のせいか。
「手一杯って……あまり文句を言わないですし、我が儘を言うでもないですしね。言うほど手間なんかは、かかってませんよ」
「へえ……それだけかい? 村の娘っ子らは、色々と噂をしてたけどねぇ」
「噂……なんでしょうね?」
俺の返答に、メレアさんは呆れ混じりの溜息を吐いた。その意味が掴めずに首を捻ったとき、俺は瑠胡と目が合った。
なにか気になったのか――な?
俺は悩んだけど、さっぱりわからない。悩んだあげく、俺は一つの結論として、考えるのを諦めることにした。
*
ほとんどの村人が朝食を食べ終えた頃、馬の嘶きが響いてきた。
十数台にも及ぶ馬車が、メイオール村に到着したみたいだ。俺はまだ、昼飯の仕込みの最中で、その様子は見ていない。
前回の訪問と比べると注文された料理の数が多いから、準備だけでも大仕事だ。
毛と内臓を取り除いた鴨の肉に、野菜を詰め込んでいるとき、店にレティシアがやってきた。
まだ昼飯の時間になっていないから、客として座っているのは瑠胡くらいだ。
そんな瑠胡をジッと見つめるレティシアに、メレアさんが駆け寄った。
「あらあら。騎士様、いらっしゃいませ。昼食の準備には、もうしばらくかかりますので」
「ん……ああ。それは、お任せ致します。それより、少し失礼する」
レティシアは並んでいるテーブルの合間を通って、厨房へと近づいて来た。
「ランド。出迎えもなしとは、冷たいものだな」
「そんなこと言ったって。こっちは今、仕事中ですけど? 誰の飯を作ってると思ってるんだよ」
「そんなもの――」
レティシアは苛立たしげに腕を組んだが、そんなことに構ってはいられない。なにせ鴨肉の焼き加減は、今このときが肝心なのだ。
正直、仕事に集中したいんだけど……メレアさんが心配そうな顔で見てるしなぁ。
「大体、俺がこうやって仕事をすることになった原因は、どこの誰だよ」
「それは……そうかもしれないが。結果的……いや、いい。この話はやめよう。それよりも出迎えのことだ。さすがに冷たいのではないか?」
あっさりと引き下がったと思ったのに……流石に面倒くさくなってきた。
話は仕事が終わってから――そう言おうとしたとき、瑠胡がレティシアの前へと歩いて行った。
「いい加減にせぬか。ランドの仕事を邪魔するでない」
「な――お……いや、あなたに言われる筋合いはない」
言い返すレティシアに、瑠胡は手にした棒状のもの――折り畳んだ扇子を、パシッと自分の左手へと打ち付けた。
「先の話を聞く限り、ランドを追い出したのは、お主なのあろう? ならば、ランドの生活を尊重してもよかろう」
「――っ!」
レティシアは反論できないまま、無言で瑠胡を睨んだ。
このままだと、喧嘩になりかねないか……俺があいだに割って入ろうとしたとき、ローブを着た少女――リリンが店に入ってきた。
「団長、職人たちが探しています。建築場所の確認をしたいそうですが」
「……わかった。今、行く。ランド。仕事が終わったら、接収した土地に来い。仕事の話がある」
最後にそう告げると、勢いよく踵を返したレティシアは、早足に店から出て行った。
それを目で追っていた瑠胡は、近寄って来るリリンに微笑みかけた。
「久しいな。息災なようでなによりだ」
「こちらこそ……例の本は役に立ちましたか?」
無表情に応じるリリンの問いに、瑠胡は扇子を弄びながら答えた。
「ああ、あれか。ランドに、あれは要らぬと言われてしもうてな。以来、読んではおらぬ」
「そうですか……あれは嗜好に合わなかったようですね。よろしければ、内容を更新したものをお渡ししますが」
「ほお……」
リリンの話に興味を抱いたのか、瑠胡は乗り気になっていた――って、ちょっと待った。
あの本か? あの可愛げに関する本のことか?
また、あんな変なことをされたら――主に精神的な意味で――、こっちの身が持たない。
俺は鴨肉を急いで皿に移すと、カウンターから身を乗り出した。リリンはカウンターから顔を出した俺に、会釈をしてきた。
「ランドさん、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「あ、ああ。リリン、久しぶり……じゃなくてっ!! リリン、余計なことしなくていいから。ああいう本を、姫様に見せないでくれ」
「そうですか? ご当人は興味津々のようですけれど」
「左様。なかなかに興味深いのでな、是非に読んでみたい」
「いやいや、勘弁して下さいよ……」
あんな痴態――というか、斜め上に走った言動なんか、御免こうむりたい。
瑠胡は今のままが一番いい。その言葉を呑み込んだ俺は仕事に戻ったけど……どこか俺の心を見透かしているような瑠胡の視線には、気づけなかった。
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