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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
三章-4
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俺と瑠胡は少しだけ早起きをして、朝から釣りに出かけていた。
なにせ、今日は依頼が一つも無い。依頼がないということは、日銭を稼げないということで、生活にも支障が出てしまう。
俺は昨日のうちに、村長さんに釣りの許可を貰っていた。
川で魚を釣るだけなんだけど、そういうのは自由に出来ない。狩りや釣りというのは、基本的に許可制だ。
しかも釣りの場合は指定された川や湖、狩猟に関しては四足獣を狩る場合に税を取られる。
でも成果が期待できるなら、税を払ってでもやる価値はある。ほかの土地では知らないが……王都では、そんな感じだ。
釣りに行く理由は、もう一つある。
瑠胡はここに来てから、ほとんど家の中だ。ドラゴンである彼女は、閉所や暗所に滞在し続けるのは平気らしいけど……たまには気分転換をするのもいいだろう。
そんなわけで朝靄の中、俺と瑠胡は山道を歩いていた。目的の川までは、村から三〇分ほどだ。
朝靄のせいで、足元が見にくい。
右側に目印の大木のあるところで、俺は左を歩く瑠胡に声をかけた。
「姫様、俺の右側を歩いて下さい。そのあたりに、斜面の縁がありますから」
「大事ない。妾は、そこまで間抜けではない――」
言葉の途中で突然、瑠胡の身体がぐらついた。
足が縁を踏み外した――と気づいた瞬間に、俺は竿などの手荷物を手放し、瑠胡の腕を掴んでいた。
「姫様――っ!」
「ラ――ランド?」
まだ呆気にとられた顔をする瑠胡の腕を、俺は〈筋力増強〉を使いながら強引に引っ張った。瑠胡の身体は上に引っ張り上げられたが、突然のことで俺自身の身体が、手前に出過ぎていた。
瑠胡と入れ替わるように、俺の身体は斜面を転がり落ちた。
「ランドッ!?」
瑠胡の声が聞こえてきたとき、俺は木の幹に背中をぶつけたところだった。そのお陰で、斜面の下まで転がり落ちずに済んだんだけど……かなり痛いわ、これ。
俺が背中を押さえながら斜面を上がると、瑠胡が俺の両腕に手を添えた。
「なぜ、妾を助けた!? 妾の不手際故、放っておけば――」
「いや、あそこは助けるでしょ、普通。見捨てるなんて、できませんよ」
俺が答えると、瑠胡の顔に朱が差した。
どうしたんだ――と思っていると、目を伏せて溜息を吐く。
「ほかのおなごにも、そのようなことを申しておるのか?」
「いえ、言ってませんよ。大体、女の子と遊びに行ったことすらないのに。こんなこと、姫様にしか言いませんよ」
自分の甲斐性の無さを暴露するようで、なんだか物悲しくなってくる。
けど、そんな俺の心情とは裏腹に、瑠胡はどこか嬉しそうに目を細めた。すぐに扇子を開いて口元を隠してしまったが……どこか微笑んだようにも見えた。
「ほほう……そうかそうか」
冷静さを装っているが、どこか嬉しそうでもある。
俺は自分がなにを言ったのか思い出してみるが、まったく見当が付かなかった。
困惑する俺の横で、瑠胡は頬を薄桃色に染めていた。朝霧の中で微笑む彼女は、元々備わっていた美貌に、さらに磨きがかかったように見えた。
地面に転がった荷物を拾った俺は、機嫌の良さそうな瑠胡を見ないようにして、目的の川へと歩き始めた。
その、なんだ。このままだと、顔が真っ赤になりそうだったし。ドラゴンな上に姫様な彼女に、なんでこう……心を奪われそうになるんだか。
たしかに可愛いけど……俺はその考えを振り払って、必要以上に彼女を意識しないよう、心の中で「信じるな、信じるな」と、呪文のように唱え続けた。
*
俺と瑠胡が釣りを終えて村に戻ったとき、もう昼前になっていた。
川の水で満たされた桶には、川カマスが二尾と川ハゼが四尾。俺にしては大漁だ。
「川ハゼを昼、カマスは晩ご飯用にしましょうか」
「いいのう。お主の焼き加減は、妾の好みに合っておる。楽しみにさせて貰うぞ?」
そう言って微笑みながら、瑠胡は桶の中を覗き込んだ。
釣りをしているあいだ、瑠胡は興味津々といった顔を崩さなかった。釣りをしてる俺だって、釣れなければ暇で欠伸が出てるっていうのに……予想以上に、瑠胡は純朴だったりするんだろうか?
「まあ、気分転換になったなら良かったですよ」
俺たちが村の縁を歩いていると、村長のデモスさんが駆け寄ってきた。
「ラ、ランド君!! さ、先触れが来た!」
遠目にも、デモスさんの『ふっくら』を三倍にした体型は目立つ。俺は立ち止まると、デモスさんが来るのを待った。
「どうしたんです? 釣りの分の税金は払いましたよね?」
「違う! さっき先触れが来たんだよ。ハイント領の騎士団様が、ここに来るらしい」
「へぇ……また稼ぎ時ってヤツじゃないですか?」
また魔物の討伐か――と思ったら、デモスさんはワナワナと手を震えさせた。
「土地の接収だよ! 村の北東側の土地を寄越せと言ってきたんだ。君は、騎士団とは知り合いなのだろう? ほら、この前来た女騎士たちだよ!」
「ああ……あそこの団長は、確かに訓練生時代の同期ですけど。でも、それだけですよ? 俺になんの権限もないですって」
「そ……そんな……」
俺の返答に、デモスさんはがっくりと肩を落とした。この土地は村長のもの――そういった価値観があるんだろうなぁ……。
実際、領主が土地を接収と決めたら、村長程度では止められない。
とはいえ、俺も楽観はしていなかった。
レティシア……なにを考えているんだ?
そんなことを考えながら、俺は項垂れるデモスさんに、気休め程度だけど慰めの言葉をかけていた。
桶の中の魚が、ピチャンと水音を立てた。
その音をかき消すように、俺たちの背後で蹄の音がした。振り返ると、騎士風の鎧に身を包んだセラが、馬上から俺たちを見ていた。
「久しいな、ランド。姫君も、お久しゅう御座います」
「うむ。久しいな、セラ」
「御機嫌がよろしいようで」
「そう見えるか? 昨日、紅を褒められてな。そのときの感情が、まだ残っておるやもしれぬな」
俺は少し驚きながら、親しげに話をする二人を眺めていた。なんか、思っていたよりも親しい感じだ。どこかで喋ったりしてたのかな?
その辺りは俺の介入すべきところじゃないから、別にいいけど。
しかし、あの口紅を褒めるヤツがこの村にいたのか。どういう関係かは知らないけど……まあ、魔術の件で怨みを買っているであろう俺には、関係の無い話だろう。
関係の無い話なんだけど、少しモヤッとした感情が沸くのはなぜだ?
俺は思考を切り替えると、馬上のセラを見上げた。
「久しぶりと言ったって、まだ一ヶ月も経ってないけどな」
俺が住むインムナーマ王国周辺では、三〇日で一ヶ月だ。一年は三六五日で、一年は十二ヶ月。差の五日は紅葉月(十一月)と初霜月(十二月)のあいだにある、収穫祭となっている。
ちなみに、今日は麦穂月が終わり、日長月(七月)の十二日だ。
それはさておき、俺はセラに険しい目を向けた。
「なにを企んでいる?」
「土地の接収のことか。そのことなら、我ら騎士団の駐屯地を建設する予定だ」
「へえ……駐屯――地?」
俺の頭は、その意味を理解するのを拒否した。
しかし数秒ほどかけて意味を理解してしまうと、俺は心の底から、げんなりとした。
「……冗談だろ?」
「本当だ。御領主の許可も頂いている」
セラの返答に、俺は溜息を吐いた。
あの領主も、妹をこんな辺鄙な土地に追いやらなくても良いだろうに。兄妹して、なにを考えてやがるんだ?
俺が呆れ半分で空を見上げたとき、瑠胡の呟きが聞こえてきた。
「ふむ。なんの意図があるのやら」
なんのことだ?
俺が怪訝に思っていると、セラは俺たちに告げた。
「本隊は、明日の朝に到着予定だ。気になることがあれば、そのときに聞くといい」
冗談だろ。好きこのんで、騎士団に関わるものかよ。
もう帰ろうと顔を背けた俺を、セラが呼び止めてきた。
「ランド、少し話がある。姫様には、外して頂きたい」
「……なぜ、とは訊かぬが。例の約束は?」
「我が命に誓って守ります」
セラが真顔で告げると、瑠胡は表情を緩めた。
そして「先に帰っておるからな」と告げて歩いて行ってしまった瑠胡に、俺は戸惑うしかない。今の会話の意味もそうだが、瑠胡とセラの関係がわからない。
そんな俺に、下馬したセラが近寄って来た。
「姫君と仲良くやっているようだな」
「そりゃどうも。仲良くかどうかは、わからんけどな」
「なぜだ? 一緒に釣りに行く程度には、仲が良いと思ったが」
「魔術を奪った件で、怨みは買ってるだろうしさ。表に出ている態度を、すべて信じるわけにはいかないだろ」
俺の返答に、セラは僅かに目を細めた。
そして、やや険しくなった顔で腕を組んだ。見るからに、俺を責める姿勢というのがわかる。
「信用できないか? おまえなら、たとえ裏切りがあっても切り抜けられるだろうに」
「別に、裏切りが怖い訳じゃない。迂闊に他人を信用したら、俺が変わっちまいそうで怖いってだけだ。弱くなるんじゃないか、とかさ」
俺はそう言いながら、戯け半分で肩を竦めた。
「そんな、大したヤツじゃないんだよ、俺は」
俺はそう告げると、セラの返答を待たずに家に帰ることにした。
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