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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
二章-8
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レティシアたち《白翼騎士団》は、あと二時間足らずで出発だという。その時間は俺も仕事が入っているから、出立のときの見送りはできない。
俺と瑠胡が村を囲う柵の外周に沿って家に戻る途中、牛舎や羊舎の並ぶ横を通った。
「一の子君、元気でね。二の子君も、食べ過ぎちゃだめだよ。あ、三の子ちゃん、涎が垂れちゃってるよ」
聞き覚えのある少女の声に、俺は羊舎へと目を向けた。
羊舎の中で、クロースが羊の一頭一頭に声をかけている。その表情は楽しげで、騎士団として戦いに赴いたときより、活き活きとしていた。
俺や瑠胡が羊舎を覗いていることに気づいたのか、クロースが苦笑いをしながら近づいて来た。
「やあ、ランド君。ええっと……お姫様も、おはようございます!」
「ああ。おはようさん」
「うむ。お主もはやいの」
俺と瑠胡が挨拶を返すと、クロースは「あはは……」っていう笑みを零した。
「変なところを見られちゃったねぇ」
「クロース、もしかして家畜の世話を手伝ってたのか?」
「うん……ほら、あたしは牛とか羊の声とか聞こえるし。動物とか好きだしね。世話をするのは、友だちと会うみたいで楽しいよ。また立ち寄ったときに、会えたらいいんだけど」
クロースは楽しげに話すけど……真実を知るのは酷かもしれないな。
俺がそんなことを考えていると、瑠胡が怪訝そうに口を開いた。
「そうは言うが、ここは食すための家畜ではないのか? そんな話も聞いたが」
「姫様……それは言わない約束というかですね」
こめかみを片手で抑えた俺の前では、クロースが表情を強ばらせていた。
俺や瑠胡に顔を戻すと、あからさまに空元気な笑顔をみせた。
「あ……あ、あはは……うん。わかってはいるんだけど……どうしてもね」
「まあ、気持ちはわかるけどな。でも……そうしないと、村が飢えるからさ。ミルクだけじゃ、限界もあるし」
「うん……だから、わかってる」
少し目を伏せたクロースに、俺は次の言葉に迷った。ドラゴンであるが故に、人の感情というのに疎いのはわかるけど……瑠胡のひと言で気まずくなってしまった。
なんとかしたいけど、動物と意思疎通ができるクロースの気持ちは、俺には未知の世界だ。
どうしようか――と迷っていると、瑠胡が柵へと一歩近寄った。
「……妾も少しなら、動物の意志は理解できる」
「え?」
瑠胡の言葉が意外だったのか、クロースは顔を上げた。
「そうなの……あ、いえ、そうなんですか?」
「無論――と言うても、ドラゴンの姿のときに限られるが。それでも、妾は生きるために動物を食す。お主も肉料理――というのは食すのであろう?」
「それは……だから、家畜に情を抱くなってこと……?」
ぎこちないクロースの質問に、瑠胡は「そうではない」と言い返した。
「ほかの種に情を移すのは、よくあること故にな。悪いことではない。ただし――行き過ぎれば、己の命を縮める可能性があるのだぞ? 普段は大人しい動物とて、ときには牙を剥くときもある」
なにごともほどほどにな――そう告げる瑠胡に、クロースは瞬きを繰り返した。
しばらくボーッとした顔をしていたけど、なにかに気付いたように、ハッと目を見広げた。
「あの……もしかして、元気づけようとしてくれてるんですか?」
「妾のひと言で、気分の害したように見えたのでな。妾とて、無闇に他者を傷つけようとは思わぬ」
まさか、瑠胡が他人を慰めるとは思ってもみなかった。こうした協調性があると知れたのは、大きな収穫かもしれない。
瑠胡のひと言に、俺はクロースへ苦笑いを浮かべた。
「だそうなんで、怒らないでやってくれよ。人間だって事故や病気で、明日も会えるかわからないんだし」
俺が冗談めかしたように言うと、クロースは「ぷっ」と吹き出した。
「……お姫様、ありがとうございます。ランド君も、ありがと」
「俺は、なにもしてないけどな」
「そんなことないよ。ありがとね」
クロースは俺たちに微笑んだあと、深呼吸をした。それから瑠胡に一礼をすると、羊舎へと向き直った。
最後に俺に手を振って、クロースは立ち去ろうとした。
「クロース、また羊舎に行くのか?」
「うん! とりあえず、全部の子に声をかけておきたいからね」
ニカッと笑ったクロースは、羊舎へと入って行った。
「まったく。さっきの話、本当にわかったのかよ」
「あやつなりに、悔いを残さぬようにしたいのであろう。好きにやらせてやれ。それより、朝餉を食したい――とは、思わぬか?」
「ああ、そういえばそうですね。用も済んでるし、帰りましょうか」
俺と瑠胡は並んで、家へと向かい始めた。
その途中で、俺は先ほどのやり取りのことを思い出した。原因はともかく、場を収めたのは瑠胡の功績だった。
俺は頬を掻きながら、瑠胡をチラ見した。
「姫様。クロースのこと、ありがとうございました。正直、どう宥めようか悩んでて」
「礼には及ばぬ。妾の言の葉で気分を害したようだしの。少しは汚名返上をせねばな」
少しだけ自慢げな顔をした瑠胡に、俺は笑みを隠しながら頷いた。
俺が想定していたより、人と上手くやっていこうと思ってくれている。これなら、村での生活に馴染めそうだ。
「汚名なんかとんでもない。助かりました」
このとき、俺は微笑んでいたらしい。瑠胡は僅かに目を細めながら、袖口で口元を隠した。
どことなく和んだ雰囲気に、俺は気を緩めてしまった。そのせいか、瑠胡の肩が右腕に触れるまで近寄っていたことに、俺はまったく気づけなかった。
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