屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
3 / 276
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

一章-2

しおりを挟む

   2

 メイオール村に向かう馬車の中で、レティシア・ハイントは窓から外の景色を見た。
 開墾すらされていない荒れ地の遙か西方、青空に紛れるように山々の影が見え始めていた。街道を進む馬車の、ゆっくりとした速度に焦れながら、レティシアは溜息を吐いた。
 今の彼女は、板金は薄いが、その分扱いやすい甲冑に身を包んでいる。甲冑の胸部には王都直属ではないものの、騎士としての叙勲を受けた証の紋章が描かれていた。
 もう何度目かの溜息を吐いたとき、目の前にいた黒髪の女性が小さく笑った。
 ややきつい目をした女性である。年はレティシアより若干上――二十歳前後くらいだろう。レティシアと同じ甲冑に身を包み、髪は肩で切り揃えていた。


「随分と焦れてますね、レティシア」


「ええ。到着の予定は昼だったかしら? ホント、焦れったい。ねえ、セラ……もう少し馬車を急がせられないかな?」


 ふて腐れるレティシアに、セラと呼ばれた女性は苦笑した。


「それは無理でしょう。少しばかり急いでも、馬をバテさせるだけです。休憩が長くなるだけだと、ずっと言っているでしょう?」


「そうだけど。なんか……ああ、ごめんなさい、もう言わない」


 投げやりに両手を上に挙げたレティシアは、再び窓の外に目をやった。
 目的のメイオール村まで、あと二時間。レティシアはそのあいだ、四回も溜息と文句を言い続けて、セラを苦笑させることとなる。

   *

 先触れが村に来てから、二日後。俺は早朝から、旅籠屋《月麦の穂亭》の厨房にいた。
 なんでも大口の注文があったらしく、早朝から昼食用の食事作りを手伝うことになったんだ。もちろん、これも《手伝い屋》としての仕事だ。
 俺はフライパンで、鹿肉を焼いていた。なんでも今日のために、昨日のうちに狩ってきた牡鹿の肉らしい。
 普段は魚か鳥の肉しか使わないこの村では、かなり貴重な肉である。
 細かく砕いた岩塩を振ってから、焼き加減を見ていると、ブルネットの髪を結った恰幅の良い女性が近づいて来た。
 旅籠の女将である、メレアさんだ。


「ランド、そっちはどうだい?」


「さっき、岩塩を振ったばかりですよ。もうちょい……ですか、これ?」


「ん……どれ。ああ、そうだね。肉全体に、塩が馴染むようにしておくれ」


 そんな指示を出したところで、メレアさんはふと思い出したような顔をした。


「そういえば、あんたは聞いたかい? 今日来る団体……どこかの騎士団なんだってさ」


「……へえ。そうなんですか」


 騎士団と聞いて、久しぶりに俺の胸中がざわついた。
 今さら、騎士団や軍とかに未練はない。だけど、もしかしたらその中に、訓練兵時代の知人がいるかもしれない。
 訓練兵だったときの俺は……少々やんちゃだったから、周囲から悪目立ちしていた。俺が無視しようとしても、向こうから茶々を入れられる可能性が、非常に高い。

 ……変な揉め事が起きなきゃいいけど。

 俺がそんなことを考えていると、メレアさんは少し心配そうな顔をした。


「あんた、騎士団に未練とかあるんじゃない?」


「え? ああ、違いますって。あまり会いたくない知り合いがいたら、変に絡まれるかなって不安があって。今さら、騎士団とかに未練ないですってば」


 俺はフライパンを竃から下げると、濡らした布の上に置いた。
 メレアさんは、俺が笑顔で首を左右に振るのを見て、安心した顔をした。


「そうかい。いや、あんたも今じゃ、村の住人として馴染んでるからさ。急に居なくなると、そりゃ……寂しくなるしね」


 メレアさんの笑顔を見て、俺は少し胸の奥が熱くなるのを感じていた。
 俺に鹿肉の調理を任せて、メレアさんは息子さんとほかの調理をし始めた。厨房から客席を見れば、もう朝食を食べている客がいる。客の手が左右に振られるのを見て、俺は彼らの周囲を凝視した。
 客の周囲に、数匹の小さな虫が飛んでいる。小蠅か蚊だとは思うけど……。
 俺は意識を集中させると、真っ直ぐに伸ばした右手でデコピンをする構えをとった。必要なのは、威力の調整と正確な狙いだ。


 ――〈遠当て〉!


 俺の意志に従ってデコピンの威力が、そのまま虫へと放たれた。その一撃で、小さな虫が床に落ちていった。その要領で残りの虫を撃ち落としてから、俺は調理を再開した。
 王都を追い出される原因となった《スキル》だが、今もこうやって有効活用はさせてもらってる。
 それは〈筋力増強〉も同じで、医者まで診せに行く家畜を肩に担いだり、引っ越しなんかの手伝いに大活躍だ。それらが修練になったのか、《スキル》の力も増してきた。
 まあ、そんなことを考えているあいだに、鹿肉が焼き上がった。
 俺は次の肉を焼くべく、切り分けられた肉をフライパンに並べていった。



 もう少しで昼になるというころ、俺はメレアさんの手伝いで食事を旅籠のテーブルに並べていた。件の騎士団が村に到着するのは、正午の鐘が鳴るころだという。
 俺の仕事は、料理を並べるところまでだ。
 騎士団が来る前に、俺は家に帰るつもりだった。だから今、できるだけ急ぎつつ、そして、ミスをしないよう丁寧に仕事をしている。
 最後の皿をテーブルに置いた俺は、メレアさんへと手を振った。


「こっち、終わりましたよ」


「ああ、ありがと。これで依頼分の仕事は終わりだね。これ、代金ね」


 メレアさんは、六枚の銅貨を俺の手の平に置いた。
 《手伝い屋》の料金は、その仕事時間で決まっている。大きくは午前と午後で分けていて、半日なら銅貨六枚――六コパル。一日なら十二コパルだ。
 ちなみに、銅貨五十枚で銀貨一枚、一シパル。銀貨二十枚で金貨一枚、一ゴパルだ。
 平均的な平民の月収は、六シパル。うち、税で一シパルは持って行かれるから、五シパル程度が生活費だ。

 まいどあり――と礼を言ってから、俺は自宅へと戻った。
 騎士団なんか、今となっては興味が無い。知り合いに会いたくない、というのも大きな理由だけどさ。
 とにかく、家に帰って簡単に昼飯を食うと、俺は一階の窓際にあるベッドに寝転んだ。今日はもう依頼もないし、こういうときは昼寝に限る。
 といっても、すぐに寝られるわけもなく。十数分くらい経って、ようやく睡魔が訪れたとき、家のドアがノックされた。

 ……誰だよ、まったく。

 欠伸を噛み殺しながら、「はぁい、どちらさまで?」と返事をした俺は、無造作にドアを開けた。


「久しぶりだな、ランド」


「レティシア――?」


 よりにもよって。
 会いたくなかった旧友――いや、今となってはただの知人が、少し困った笑みを浮かべて立っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

変人奇人喜んで!!貴族転生〜面倒な貴族にはなりたくない!〜

赤井水
ファンタジー
 クロス伯爵家に生まれたケビン・クロス。  神に会った記憶も無く、前世で何故死んだのかもよく分からないが転生した事はわかっていた。  洗礼式で初めて神と話よく分からないが転生させて貰ったのは理解することに。  彼は喜んだ。  この世界で魔法を扱える事に。  同い歳の腹違いの兄を持ち、必死に嫡男から逃れ貴族にならない為なら努力を惜しまない。  理由は簡単だ、魔法が研究出来ないから。  その為には彼は変人と言われようが奇人と言われようが構わない。  ケビンは優秀というレッテルや女性という地雷を踏まぬ様に必死に生活して行くのであった。  ダンス?腹芸?んなもん勉強する位なら魔法を勉強するわ!!と。 「絶対に貴族にはならない!うぉぉぉぉ」  今日も魔法を使います。 ※作者嬉し泣きの情報 3/21 11:00 ファンタジー・SFでランキング5位(24hptランキング) 有名作品のすぐ下に自分の作品の名前があるのは不思議な感覚です。 3/21 HOT男性向けランキングで2位に入れました。 TOP10入り!! 4/7 お気に入り登録者様の人数が3000人行きました。 応援ありがとうございます。 皆様のおかげです。 これからも上がる様に頑張ります。 ※お気に入り登録者数減り続けてる……がむばるOrz 〜第15回ファンタジー大賞〜 67位でした!! 皆様のおかげですこう言った結果になりました。 5万Ptも貰えたことに感謝します! 改稿中……( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )☁︎︎⋆。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる

まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。 そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

処理中です...