最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

一章-4

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   4

 昼餐でした旅の話は、一時間ほどでギリムマギでの一件に辿り着いた。
 ミロス公爵とアーサーは、とにかく戦いついての話が好みのようだ。エリーンは町長や貴族との関わり、あとは誰かを護るために戦う話に興味津々といった顔をしていた。
 巨大な岩の魔物――ゴーレムを斃す話をし始めると、ミロス公爵は腕を組んだ。


「岩の魔物を剣一本で斃す――と。どうやったのだ?」


 ――あ、ヤバイ。
 俺の《力》である〈音声使い〉は、公爵家には内緒にしていた。検索されるのは面倒だし、なにより都合の良いように利用しようとしてくる可能性だってある。
 そういったゴタゴタから、少しでも巻き込まれないためにも、俺やアリオナさんの《力》は公爵家だけでなく、貴族連中には内緒にしようと決めていた。
 どうやって誤魔化そうかと悩みながら、俺は口を開いた。


「バリスタなどで、損傷は受けておりましたので。護衛頭をしてくれているフレディや、魔術の使える仲間たちと協力して、岩の魔物を斃しておりました」


「ふむ。聞いていた話と、少し異なるな。強大で特殊な力で戦っていたと、聞いておったが」


「恐らく、話が大袈裟に伝わったのでしょう。わたくしたちの近くには、元々は商人だった民兵ばかりでしたから。彼らからしたら、我々の戦い方が、なにか別のものに見えたのかもしれません」


 どんな話を聞いていたのか……今の説明で誤魔化せたとは思っていないけど、この場をやり過ごせさえすれば良いんだし。
 公爵家なんて今日を最後に、二度と会うことなんかないだろうしね。
 そう考えてしまえば、受け答えをするのも気楽になれる。
 貴族の昼餐らしい、ふんだんに肉が使われた料理を食べていると、エリーンがフォークを置いた。


「クラネス様? 先ほどのお話なんですけれど、気になったことをお訊きしてもよろしいでしょうか?」


「ええ。どうぞ、仰有って下さい」


「はい。それではお訊きしますわ。先ほどは民兵の方々にとって、クラネス様たちの戦いは特別なものに見えた――と仰有ってましたわね。戦うことを稼業とした傭兵ではなく、クラネス様たちの剣技を特殊なものと思ったのでしょう? でしたらやはり、クラネス様の実力は、かなりのものだと思うのですが……違いまして?」


「それは、どうでしょう? 実力でいうなら、護衛頭のフレディのほうが上です。わたしは、彼に剣技を習っておりますから」


 このエリーンという少女、まだ幼いのに頭が回る。即興で考えたとはいえ、嘘と真実を織り交ぜた俺の説明に対し、様々な情報を踏まえた疑問を投げてくるなんて。
 現に、エリーンの質問を切っ掛けに、下火になりかけていたミロス公爵やアーサーの興味が再燃してしまったようだ。
 アーサーは俺へと、爛々と輝かせた目を向けてきた。


「それはつまり! クラネス殿のほうが、勇猛果敢に戦われてたということではないでしょうか!?」


「そんなに、勇猛な戦い方をしてはおりません。なにせ剣技は、自己防衛のために習っておるだけですから。今のわたくしは隊商の長――それ以上でも、以下でもございません」


「話に聞く岩の魔物を斃す猛者が、ただの商人などと、通用はせぬぞ。クラネス――我らは御主のことを、高く評価しておるのだからな」


 苦笑するミロス公爵に、俺は笑顔で「……恐れ入ります」と返した。
 ああ……こんないたたまれない状況なんか、早く終わってくれないかな。俺個人としては、公爵家とは疎遠であり続けたいんだけど……。
 だって今、やっかいな面倒事に巻き込まれる予感しかしてない。
 とりあえず質疑応答だけでなく、食事も楽しみましょう――という流れになり、出された料理を食べ始めた。
 俺のことだけでなく、ほかの貴族の噂話や王宮での流行など、貴族らしい世間話を聞きながら、俺はひたすらに料理を食べ続けた。
 マリオーネは俺を気遣うような顔をしていたが、アーサーやエリーンを気にしてか、あまり口を開かなかった。
 食事を食べ終えたころ、使用人の一人が食堂に入ってきた。


「御食事中のところ、申し訳ございません。クラネス様に、お客様でございます」


「……俺――わたしに?」


 爺様や公爵一家の前だから、言葉遣いも気をつけなきゃ。
 俺は立ち上がると、食堂にいる皆に一礼をした。


「客人ということで、一度席を外すことをお許し下さい」


「ふむ……客とあっては、仕方が無い。早く戻ってくるのだぞ」


「……はい」


 俺は爺様に返事をすると、早足で食堂から出た。
 廊下を歩きながら、俺は気が楽になるのを感じていた。やっぱり、ああいった貴族の集まりっていうのは、慣れる気がしない。
 俺は屋敷の玄関を出てると、表門へと出た。
 途中、ユタさんが待機している馬車を見たが、御者台の周囲には人影がない。多分、二台で昼寝でもしてるのか――な?
 表門まで来ると、衛兵が門を少しだけ開けた。


「――中には入るな」


 衛兵に遮られた客人は、フレディと少し不安げなアリオナさんだった。
 俺は衛兵を下がらせると、二人の前に出た。


「二人とも、どうしたの?」


「若――アリオナ嬢が、若のことを心配されておりまして」


「え? ああ、昼になっても戻らなかった……から?」


 最後の質問は、アリオナさんに向けたものだ。しかし、当のアリオナさんは、俺の姿を見て、目を丸くしていた。
 どうしたのかな――と思っていると、アリオナさんはいきなり吹き出した。


「く、クラネスくん! なに、その変な格好」


 ……まあ、元の世界の記憶と価値観を覚えている俺たちだ。この世界の貴族の服装というのが、一風変わったものに見えるのは仕方が無い。
 付け毛とかタイツとか――身につけている俺が『変』と思うのだから、アリオナさんだって、似たような感想になるんだろう。

 ……くそ。流石にちょっと恥ずかしい。


「笑うことないじゃん」


「ご、ごめ――ごめんね。でも、クスクス」


 馬鹿笑いしないだけ、有情な対応なのかもしれない。
 俺は付け毛を後ろ手に掴みながら、項垂れた。


「それで、どうしたのさ?」


「ああ、ゴメンね。お昼までに帰ってこなかったから、ちょっと心配になっちゃったの」


「そっか、ごめん。食事会に出ろって言われちゃってさ。食事会が終わったら、解放されると思うから。もう少し待っててくれる?」


「うん。それはいいけど……」


 アリオナさんは少しだけ、上目遣いに俺を見た。


「どうせなら、お昼御飯を一緒に食べたかったな」


「う……ご、ごめん」


 上目遣いは、狡いと思う。なんていうか、反論が出来なくなるじゃないか。
 多分、今の俺は照れ顔になっていると思う。そしてそんな俺を見て、最初は不安げだったアリオナさんは、口元に笑みを浮かべていたりする。
 せめて、なにかアリオナさんを照れさせる反撃をしたかった。したかったんだけど、今の俺は、そのような語彙は会得していない。
 負けっぱなしのまま別れようとしたとき、背後から足音が聞こえて来た。振り返れば、爺様であるバートンと、公爵家の二人の孫がいた。
 これまでのやりとりを見られていたらしいと悟った俺は、顔から笑みを消した。


「クラネスくん、どうしたの?」


「アリオナさん……ゴメン、先に戻ってて。フレディ、彼女を頼むよ」


「……はい」


 フレディは頷いたあと、俺の背後に目礼をした。
 フレディに俺を紹介した、元々の雇い主は爺様だ。だから、目礼くらいするのは当然なんだろう。
 門が閉じてから、俺は爺様に近寄った。


「お待たせしました。隊商の者が、わたしが戻らぬのを心配したようです」


「……クラネス」


 無表情な爺様は、俺の名を呼んだまま、しばらくは無言だった。
 アーサーはともかく、エリーンは俺へ訴えるような眼差しを向けてきている。どういう状況で、なにをしに来たのか――その辺りを問い掛けようとしたとき、爺様が固い声で言った。


「クラネス、あの娘は諦めよ。おまえと住む世界が違うのだと――そう説明をしておけ」


 あまりにも突然過ぎて、俺は頭が真っ白になった。
 なんとか気を取り直して反論をしたけど、爺様は聞く耳を持たなかった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ほぼ会話……となってしまった回ですが。マリオーネの影が薄いのは、公爵家に気を使ってのことだ思って下さい。
こんかい、本編で書けることが少ないです……。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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