最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

エピローグ

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 エピローグ


 フミンキーとの決着がついた翌日の早朝、俺たち《カーターの隊商》は、やっとギリムマギを出発した。
 ずっと待ちぼうけを食らっていた商人たちも、安堵していた様子で、前日の夕方には活き活きと旅立つ準備をしていたものだ。
 その最中に、俺の予想外のことが起きたけど。
 昨晩、エリーさんたちが《カーターの隊商》への参加を申し込んできたんだ。


「今回のことも、何かの巡り合わせだと思いますから」


 というのが、エリーさんが隊商に加わる理由らしい。
 それはそれで、俺としては隊商が大きくなるし、メリィさんという護衛兵も増えるから有り難いんだけど――。


「剣士に魔術師が加われば、大抵の難事件には対処できると思いますし」


 という発言には、「いや、うちは冒険者じゃないんで」と突っ込みを入れざるを得なかった。


 とにかく、今まで商売ができなかった分を、これからの旅程で取り戻さなくては――とは思うんだけど。
 今はフレディが手綱を操り、ガタガタと揺れる厨房馬車の中で、俺は腕を組んでいた。
 俺の目の前には今、両手で包み込める程度の革袋が五袋、床に置いてある。これはギリムマギの領主であるボロチンからの報酬だ。
 革袋の中には、金貨と銀貨がぎっしりと詰まっている。これは民兵としての給料ではなく、魔物が出現を止めたことへの報酬だ。
 俺たちのところまで、直接やってきたボロチンは、報酬を渡す際にこう言ってきた。給料は、これとは別に革袋一つ分。こちらは銀貨での支払いだ。


「こうして、皆に最後の給料や報酬を渡せることは、なによりの喜びだ。できることなら、こうして一人一人に渡していきたかったが……死んでしまった者には無理であるからな。それだけが、心残りだ」


 悲しげな顔をみせたボロチンは、俺たち一人一人に礼を言ってから、次の民兵の元へと向かって行った。
 カレンさんとマリアさんからも礼を言われ、今朝も二人から見送りを受けていた。
 だけど問題なのは、この報酬だ。商人たちや護衛兵たちへの補填で使ったとしても、三袋は余る計算になる。
 そのまま俺の手持ちにするというのは、気が引ける。だけど、これだけあれば借金の殆どを返し終えることができる。
 俺は厨房馬車に籠もりながら、その葛藤と戦っている最中なのである。
 いっそ全員で配る――というのも考えたけど、そうしてしまうと商人たちの働く意欲を削いでしまう。それはそれで、隊商としては拙いんだ。
 商売をしてこその隊商だ。ボロチンの計らいで、格安で商材を仕入れることもできているし、やはり商人たちには、商売にやる気を出して欲しい。
 と、そんなことを考えているあいだに、馬車が停まった。
 どうやら昼飯の時間になったみたいだ。
 昼飯は、俺だけここの食材で作ったものになるか。隊商の皆には、今日一日は厨房馬車への立ち入り禁止にしてあるし。俺個人としても――お花畑へ行くというか、諸々を排出するとき以外は出ないつもりだ。
 さて、飯の準備を――と思ったとき、厨房馬車のドアがノックされた。


「クラネスくん、御飯だよ」


 ……アリオナさんが、呼びに来ちゃった。昨日のうちに、今日はここに籠もるから立ち入り禁止って伝えたはずなんだけど……。
 今の俺が、一番会っちゃいけない人なのに。
 俺は溜息を吐いてから、ドアを見た。


「昼飯は、みんなで食べて。俺は今日、ここから出られないから!」


「なんでよ! 一緒に食事するくらい、いいじゃない!」


「だから、今日は拙いんだってば! お願いだから、ちょっと一人にさせてよ!!」


 何が拙いって、フミンキーとの戦いで使った《力》の副作用がでているはずなんだ。
 今回は俺個人への危険はないにしろ、色々とやらかしそうな内容なわけで。今の俺が不用意にやっちゃいけないと思っているから、ここは俺としても我慢のときなのである。
 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、アリオナさんのノックは激しさを増した。


「なんでよ! 話をするのもダメなの!?」


「その話が拙いんだよ……お願いだから、一人にさせて」


「なんで? ちゃんと説明してよ!」


 アリオナさんは強引に開けようとドアをガチャガチャと揺らすけど、この鍵は頑丈dから、ちょっとやそっとじゃ――。

 バキィィッ!!

 ――盛大な破壊音と共に鍵というか、ドアがぶっ壊れた。鍵をドア枠に残したまま、木製の扉が大きく開かれていた。
 壊れた鍵を一瞥してから、中に入ってきたアリオナさんが、ドアを閉めた。


「ちょっと――話をしましょうか。あと、詳しい説明も」


「いや、だから……その説明も拙くって」


 副作用が発動する引き金になりかねない――今の状況だってヤバイのに、さらに状況が悪化しかねないことを、言うわけにはいかない。
 アリオナさんは柳眉を釣り上げながら、俺に迫ってきた。


「なんでよ。男らしく、ちゃんと言ってよ!」


 いや、だから……焦りとか胸中に沸き起こる熱とか、そうした色々な感情が頭の中でごちゃ混ぜになって、思考が纏まらなくなってきた。
 それが《力》の副作用と気付くのは、かなりあとだったけど。
 俺のすぐ目の前に腰を落としたアリオナさんは、顔を突き出すようにしてきた。


「……ちゃんと言ってよ。じゃなきゃ、不安じゃない」


「だから――《力》の副作用が出るから、ってこと! 前にも話したよね、副作用のことは! 今の俺は副作用に抗えないから、色々と口走っちゃうんだって!」


「そんなの、気にしなくていいじゃない。あたしは、ちゃんと話を聞きたいの。お願いだから、隠そうとしないでよ音無くん!」


 いきなり前世のときの名で呼ばれ、俺の中でなにかが切れた。
 混濁した思考の中、俺は両手でアリオナさんの肩を掴んでいた。


「あのね、俺だって我慢してるんだよ! こっちの世界で、アリオナさんに惚れちゃって、その気持ちは一時的なものじゃなくて――今だってこうして」


 俺の身体が、勝手にアリオナさんを押し倒していた。
 アリオナさんは抵抗するでもなく、俺の腕に手を添えただけだ。


「クラネスくん……」


「俺の……俺のものにしたいんだよ。俺はね、アリオナさんのことが好――」


 俺たちの背後で、ドアが開く音が聞こえたのは、そんなときだった。


「大将ぉ、今後のこと――」


 ドアを開けたクレイシーが、俺たちの様子を見て言葉を途切れさせた。


「おうおう、青春だねぇ。お邪魔さま」


 そう言って扉を閉めたのと、俺がアリオナさんから離れたのは、ほぼ同時だった。言い訳をする時間さえない、鮮やかな退きっぷりだった。
 クレイシーもエリーさんたち同様、うちの護衛兵として雇って欲しいと言ってきた。


「稼ぐ宛てがなくなったからな。しばらく面倒をみてくれよ」


 っていうのが、その理由だ。
 それとこれは余談になるんだけど、クレイシーを始めとして、俺やアリオナさんがフミンキーの星座魔術の影響を受けなかったのは、星座の加護を受けない〈無〉の領域下で産まれたからだ――ということらしい。クレイシーも一月一日生まれと名乗ってらから、これは恐らく間違いないだろう。
 フミンキーの乱入で、俺は少し冷静になれた。大きく息を吐いていると、ゆっくりと上半身を起こしたアリオナさんが、少し残念そうに言った。


「……もう少しで聞けたのに」


「あの、もしかして……俺の状況とか理解してやってた?」


「うん。今なら、クラネスくんの口から、ちゃんと告白してくれるかなって」


「……狡くない?」


 俺が呆れ半分で言うと、アリオナさんは少し拗ねたような顔をした。


「だって前回のときから、なんにも進展がないし……あたしだって、安心したいというか、もうちょっと、なにか……ね?」


 いや『ね?』と言われても……俺だって、借金やら失った感情のこととか、悩みや心配事があるわけで。
 照れのせいもあって無言でいると、アリオナさんが頬を染めながら上目遣いで俺を見てきた。


「あたしだって……前世のときから音無くんのこと好きなんだから」


 ……陥落。いや、俺の理性のことだけど。

 嬉しさやら、その気持ちの昂ぶりやら、そう言った感情で、俺の顔は真っ赤になっているはずだ。
 しばらくのあいだ、二人して無言になりながら、チラチラとお互いを見合っていた。どれだけ時間が経っただろうか――アリオナさんが身体を少しだけ寄せてきた。
 彼女からの気持ちが伝わってきて、俺は覚悟を決めた。


「俺は、アリオナさんのことが好き、です。だから……色々と問題もあるし、けじめを付けなきゃいけないから……ゆっくりとした関係になると思うけど、それで良ければ、俺の気持ちを受け取って下さい」


「……うん。こちらこそ……」


 少し顔を伏せたまま……アリオナさんは、俺の指先に自分の指先を絡めた。


「二人っきりじゃないと、こういう話はできないね。みんなに知られるのも、まだ恥ずかしいというか」


 その気持ちはわかる――と思った直後、横に置いてある長剣から声が聞こえてきた。


〝……二人っきりとは、違うんじゃないか?〟


 マルドーの声に、俺たちはビクッと身体を離した。
 マルドーは魔方陣の仕掛けを壊しても、成仏――この表現が正しいかは疑問だけど――しなかった。
 なんでも、未練とか気がかりとか、そういうったのが原因らしいって話だ。
 未練も「おまえらの行く末が心配っていうのが、一番可能性が高いしな」と、マルドー自らが話してきた。そうなると一人っきりで遺跡に籠もっているだけでは、未練が解消されないらしく、今は俺の長剣に憑依している。
 でもそうなると、俺たちのやりとりをずっと聞いていたわけで……。


「は、早く言ってよ!」


〝無茶を言うな。あの雰囲気に口を挟めるわけねぇだろ〟


 アリオナさんとマルドーの口論を聞きながら、俺は一人、恥ずかしさで頭を抱えていた。


                                     完

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

二章もこれで完結となります。キャラ増加回ですね。魔術師に剣士が二人も加入ということで、戦戦商魔魔モンク戦という、ドラクエに寄ったと思いきやウィザードリィ的な構成……違います。

一人多いですしね(汗

三章ですが……多分、新年以降となります。色々と仕事のほうが忙しく……プロットが遅れていますです(汗

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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