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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
四章-7
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フミンキーのいるだだっ広い部屋は、碌でもないことのために使われていたようだ。
扉があった場所の真反対には、金属製の拘束台のようなものがある。朧気な光を発する丸い照明が天井に六つほどあるが、あれは魔術的な品なんだろう。
左右の壁には朽ちた木々やガラスの破片が散乱しているけど、あれは棚などの家財のなれの果てなんだろう。
そして――拘束台の真下には、最後の犠牲者だったと思しき、頭蓋骨が半分ほど残っていた。
床には所々、窪みのようなものがある――〈舌打ちソナー〉で室内の状態を把握した俺は、長剣を抜きながら部屋の内側に倒れた扉を踏みながら、部屋へと入った。
「なかなか、洒落た部屋だったみたいだな。拷問が趣味だったのか?」
〝拷問? なにを言っているのかね。ここは、わたしの実験場だ。実験台になった者たちはいるが、彼らは進んで役目を果たしてくれた〟
〝……魔術で心を縛ったんだろ? よく平気で、そんなことが言えたもんだ〟
エリーさんの使い魔から抜け出たマルドーが、音もなく俺の横に並んだ。アリオナさんがそのあとに続き、エリーさんは何かを呟いたまま、まだ動いていない。
クレイシーはマルドーに驚きながらも、歴戦の傭兵らしい冷静さと思考の切り替えで、背後を警戒しながら俺たちとエリーさんのあいだで立ち止まった。
フミンキーはマルドーを見て、憎々しげな顔をした。
〝ようやく、相まみえることができたな。ええ、マルドーよ。幾星霜の年月が経ったかわからんが、わたしに一人で挑む勇気はなかったようだな〟
〝こっちにも事情があるんだよ。ここに来るまでに、夜が明ける可能性が高かったからな。そんなことより、てめぇを止めに来てやったぜ? 死者がこれ以上、生者に迷惑をかけるんじゃねぇ〟
「そのとおりです。さもなくば、わたくしたちが貴方を討伐したします」
杖から微かな燐光を散らせながら、エリーさんが部屋に入ってきた。
そんな彼女の宣戦布告を聞いて、フミンキーはニヤッとした顔をした。
〝討伐――わたしを? それは対象が違うのではないかね〟
なにかを呟いたフミンキーが手を振ると、床にある窪みが光が溢れだした。光がみるみる部屋中に広がると、俺の中になにか――喩えるなら血液が足元から頭へと一気に流れるような感覚に襲われた。
ゾワッとする身体の変化に顔を顰めていると、アリオナさんやクレイシーも似たような顔をしていた。
「気をつけて! なにかの魔力が流れ込んでます」
エリーさんが注意を促すが、こんなのなにをどう気をつければいいんだろう。そんな俺たちの横で、マルドーが顔を顰めていた。
〝フミンキー、貴様!〟
〝そうとも。星座の加護による人心操作だ。さあ、皆でマルドーを追い払え!〟
フミンキーは両手を広げながら、俺たちに命令を下した。
マルドーが俺たちを見回す中、アリオナさんが手にした石を投げつけた――フミンキーに対して。
「ああ、もう! 気持ち悪いっ!」
空を切り裂く音を立てながら石つぶては幽霊であるフミンキーの身体をすり抜け、拘束台に命中した。
ガキーン! っていう甲高い騒音が反響しながら、部屋中に鳴り響いた。
俺も長剣の切っ先をフミンキーに向けながら、心の中でアリオナさんの発言に同意していた。
「あんたの思い通りに、なってたまるかよ」
〝なるほど――やはり、おまえたちには効果がないか。しかし、他の二人はどうかな?〟
フミンキーの発言に、俺は慌てて振り返った。
エリーさんが操られでもしたら、フミンキーへの攻撃手段を失ってしまう。それにクレイシーにしたって歴戦の傭兵が敵になれば、俺でどこまで対抗できるか――。
しかし、俺が二人の姿を見るよりも早く、二つの光が俺の両側を擦過していった。
一つはエリーさんが放った魔術だ。マルドーが教えた、ゴーストにも有効な〈魂滅〉の攻撃魔術。
もう一つは、クレイシーの剣から撃ち出された、電撃だ。
二つの攻撃を受けたフミンキーは、信じられないような顔をした。
〝ば……馬鹿な〟
「馬鹿にしないで下さいまし。わたくしとて、魔術師の端くれ。自分の身を護る術は、心得ております」
杖から出る燐光が、まるでエリーさんの身体を護るかのように広がっていた。さっき呟いていたのは、どうやら護りの魔術だったようだ。
そしてクレイシーはというと。
「俺は傭兵だぜ? 金も貰ってないのに雇い主を裏切れるかっつーの」
そういう理由で魔術に抵抗できるものなの?
俺が少し呆れつつ驚いていると、マルドーの口に笑みが浮かんだ。
〝嬉しい偶然と誤算だな。さて――覚悟しろよ、フミンキー!〟
〝おのれぇぇっ!〟
フミンキーの絶叫を皮切りに、戦いが始まった。
と言っても実質的に攻撃できるのは、エリーさんだけだ。俺たちはフミンキーが繰り出す魔術による攻撃を受ける、肉の盾――だ。
ただし、マルドーによる援護はある。俺たちの身体を包む光の膜が、魔術による影響の大半を防いでくれた。
ただフミンキーも護りの魔術を使っていて、エリーさんの魔術を防いでいた。
「クラネスくん、大丈夫?」
「……なんとか」
俺はアリオナさんの前に出て、魔術を防ぐことに専念していた。なるべく身体じゃなくて長剣で魔術を受けるようにしているけど、それでも全部を防ぐことはできてない。
頬や脚、腕などには、魔術を受けた余波で切り傷などができている。
「くそっ! こんなことを続けてたら、長くはもたねぇぞ!」
クレイシーの悪態は、俺も同意見だ。魔術で威力が軽減されているとはいえ、無効化できてるわけじゃない。
そんな俺たちの声を聞いて、フミンキーは余裕の表情で言った。
〝愚かな……わたしと彼女の仲を邪魔する報いだ。彼女の美しさは、わたしの側にあるのが相応しい。で、あればこそ……この世に蘇った彼女を、ここに連れてこなくてはならんだ〟
どこか自分の言葉に陶酔しているフミンキーは、短いキーワードというのか……そういう言葉で、攻撃してくる。
そんな中、マルドーがフミンキーに怒鳴っていた。
〝彼女が……カリーンが自分に相応しいなぞ、てめぇの自惚れでしかねぇだろ! 前に続いて、人の感情を操作して自分のものにしようとするな!〟
〝仕方なかろう? 昔は、貴様が邪魔をしていたのだからな。強引にでも、わたしの元へ連れてこなくてはならなかったのだ。わたしの屋敷に来さえすれば……貴様によって、わたしへの悪感情が植え付けられていようと、どうとでもなる〟
痴情の縺れというか、かなり自分本位なフミンキーの言葉に、俺の中で怒りが沸いてきた。感情を操作して自分の恋人にしようとか、人として糞過ぎる。
俺は腕の怪我から流れる血を抑えながら、フミンキーに問いかけた。
「おい……今のカレンさんを連れてきたって、幽霊のあんたと添い遂げられるわけがねーだろ」
〝ふん……小僧、貴様にはわかるまい。彼女さえここに連れて来られれば、どうとでもなるのだ。幽体となった以上、わたしは肉体の死が存在せぬ。であれば、彼女もゴーレムとして、わたしと永久に――〟
「ふざけるな糞野郎!」
俺はフミンキーの言葉を遮るように、怒鳴っていた。怒りが限界を超え、もう抑えられなかった。
「自分の気持ちもまともに伝えられない、ヘタレ野郎が! 心を操ったところで、そんな根性じゃなぁ、すぐに嫌気をさされるに決まってるだろ!」
〝な――貴様、わたしを愚弄する気か!〟
「愚弄じゃねぇ、事実をそのまま言っただけだ! もし根性があるなら、ちゃんと産まれ変わって自分の言葉で、ちゃんと好きな女に想いを伝えてみせろ!!」
〝う――〟
このとき、俺は無意識に《力》を使っていた。それに気付いたのは、フミンキーが怯んだのを見たときだ。
攻撃も止んだが、フミンキーの精神状態に比例したのかヤツを包む光の膜、護りの魔術も弱まった。
〝エリー、二人同時にいくぞ!〟
「はい」
マルドーとエリーさんが、二人同時に〈魂滅〉の呪文を唱えた。
不可視の〈魂滅〉を受けたフミンキーは、必死の形相で二人からの魔力に抗った。あと一押し――あと一押しがあれば、押し切れそうなのに。
〝おのれ! 貴様らなんかに! 下賤な者どもに、負けるなどあってたあまるか!〟
そのフミンキーの絶叫に、俺は冷静に《力》を解放した。
「そのプライドが、てめーをダメにしてるんだろ! さっさと産まれ変わって、ちゃんとカリーンさんの生まれ変わりを探せ! ゴーストにまでなる根性があるなら、魔術なんかに頼らず、ちゃんと自分の口で想いを伝えろ!」
俺の叫び声に、フミンキーが怯んだ。
俺の怒声に含まれる《力》が、フミンキーの精神を揺さぶったんだ。ハッとした顔をしたフミンキーから、今まで満ちていた敵意が失せた。
その瞬間、護りが弱まった。
エリーさんとマルドーは、その一瞬の隙に、魔術を完成させた。
〝うぎゃああああああっ!!〟
二人の魔力を受けたフミンキーの絶叫が、室内に響いた。
フミンキーの半透明だった幽体が、手足から消失していく。自己が消失する恐怖に、フミンキーは怯えるような目をマルドーに向けた。
〝たすけ……〟
プライドや嫌悪感――そういった感情を削ぎ落ちた訴えは、フミンキーの身体が消失することで中断された。
先ほどまでフミンキーが居た場所を、俺たちは無言のまま見つめていた。
その沈黙を破ったのは、マルドーだった。
〝おまえたちのお陰で、ヤツを……止めることができた。心から感謝する〟
そう静かに告げたマルドーを振り返ると、俺と目が合った。
なんでこっちを見てるんだと思ったら、その顔にニイッとした笑みを浮かべた。
〝それにしても、発言に容赦がないねぇ、おまえ。一歩間違えれば、あんなのただの暴言だぞ〟
「……うるさいな」
自分でも、あれは『やらかした』と思っているところだ。無意識とはいえ、あまり使いたくない《力》の使い方をしてしまったわけだし。
……ヤバイ。超ヤバイ。
不安を胸にアリオナさんを見れば、彼女は俺のことをジッと見つめていた。その、なにかを訴えるような目に、俺は熱くなった顔を見られたくなくて、慌てて顔を逸らした。
そんな俺たちを見て苦笑したマルドーは、再びエリーさんの使い魔に取り憑いた。
〝それじゃあ、帰るとしよう〟
マルドーに促されるように、俺たちは地上へと戻った。
*
ギリムマギへと戻った俺たちは、衛兵に報告へ行くというクレイシーと別れたあと、カレンさんに出迎えられた。
すべてが終わったことを告げると、カレンさんは丁寧に、俺たち全員を労ってくれた。
「皆様が民兵としての兵役を終えたことは、父から聞いております。これまでの失礼を、どうか許して下さい。そして、ありがとうございました。皆様へは、感謝してもしきれません」
領主からの報奨もあるという話だけど、それは後回しになった。マルドーが、俺に頼みごとをしてきたからだ。
戦いの疲れが癒えないまま、俺はアリオナさんやエリーさんと一緒に、厨房馬車で街を出た。行き先は、マルドーの家だ。
洞窟を抜けてマルドーの家に入ると、そのまま本棚のある部屋へと案内された。
俺たちの前で、マルドーは床に描かれた魔方陣の中に入った。
〝頼みというのはな、俺自身のことだ〟
マルドーは片膝を付く姿勢で床の突起に触れながら、俺の顔を見上げた。
〝こいつを剣で壊してくれ。それで――俺を幽体にしている魔術が解ける〟
「だから……そういうのは、俺たちがいないところでやって下さいよ」
〝俺は、物理的な破壊魔術を習得してないんだ。フミンキーがいない以上、俺もこの世に留まる理由がない。だから、頼む。おまえたちにしか、頼めるヤツがいないんだ〟
「勝手なことを――」
〝そう言うな。正直、クラネスとアリオナの行く末は気になるけどな。そこは、馬に蹴られる話だからな。二人の行く末を祈るばかりだ〟
「ちょ――」
俺は慌ててアリオナさんを振り返るが、マルドーの声は届いていないのか、俺たちを不安げに見つめている。
これ以上、この会話を続けるは拙いかもしれない。
俺は勢いよく長剣を抜くと、マルドーを一瞥した。
「わかりました! やればいいんでしょ、やれば!」
〝ああ。世話をかける。最後になるが、皆には感謝してる。俺の我が儘に付き合ってくれて、ありがとうな〟
それで目を閉じたマルドーが口を閉ざすのを待って、俺は床の突起へと長剣を振り下ろした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
本編としては、ここまで。次回はエピローグとなります。
クレイシーが星座の魔術に抵抗したのは、精神論ではありませんです。前に引きとなるものは書いていますが、回答は次回に……。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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