最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

四章-6

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   6

 昨日の雨の影響か地下遺跡の石材は薄汚れていて、松明やランプの灯りを殆ど反射していない。どうやら壁の石材には、長年の泥が付着しているようだ。
 溜まっていた雨水や泥水は、石材の隙間から地下に流れ出た――というのが、マルドーの見解だ。
 泥で覆われた通路は、大人が二人並んで通れる程度の幅と高さだ。通路は見える範囲で、コの字に曲がっている。
 見える範囲にはドアも無く、一箇所だけ松明を収める金具が残っていた。


「どっちに行くのが正解だ?」


 左右の通路を見回すクレイシーに、俺は右側へと目を向けた。


「下への階段があるのは、右ですね。左は上への階段っぽいけど、そっちは埋まってるから、言っても意味が無いし」


「……なんで知ってるんだよ? 入ったことなんか、ねぇだろ」


「俺の《力》は、こういうのを把握するのは得意なんです。罠っぽいのはわかりませんでしたから、慎重に進みましょうか」


〝きっと、罠はないだろう。あれは俺と同じゴーストだからな。罠とかを作っている余裕はないだろう〟


 いきなり聞こえてきたマルドーの声に、クレイシーは目を瞬かせた。
 誰の声だ――という呟きに、俺は焦った。クレイシーに、マルドーのことを説明し忘れた。
 ここで揉めるのだけは避けたい。俺はエリーさんに黙っているよう目で合図をしてから、なんでもないって素振りで手を振った。


「さっきの声は気にしないで。その猫はエリーさんの使い魔なので。たまーに喋るんです」


「……へえ。すげーもんだな」


 感心しながら床にいる使い魔の猫を見るクレイシーに、俺は先に進むと手振りで示した。
 なんとか誤魔化せた今、下手に使い魔に意識を向けさせたくない。クレイシーを先頭に、エリーさんとアリオナさんが進み、俺が最後尾だ。
 通路を右側に進み始めたけど、床も湿っていて滑りやすい。俺たちは周囲に加えて足元にも注意を払いつつ、通路を歩いていた。
 俺は念のため、〈舌打ちソナー〉を使っている。罠はなくとも、奇襲をする魔物が潜んでいるかもしれないし。
 曲がり角を曲がり、少し進むと階段があった。真っ直ぐに下の階へと伸びている階段は、松明やランプの灯りでは、階段の終わりまで照らすことができなかった。
 猫の使い魔の身体を借りたマルドーが、階段を数段だけ降りた。


〝階段の下までは、なにもないな。だが、油断せず降りていくとしよう〟


 猫の夜目か、それともゴーストであるマルドーの視界なのか……とにかく、俺たちの視界を補ってくれるのは助かる。
 数段先を下っていくマルドーが先頭になって、俺たちはゆっくりと階段を降りていく。 ランプの灯りでも地下二階の床が照らされ始めたとき――俺の〈舌打ちソナー〉が、頭上に異質な姿を捕らえた。
 それは人型をしていたけど、鳥のくちばしのような長い顎を持ち、背中には蝙蝠のような翼がある。
 音の跳ね返ってくる感じから、この異形は石で出来ているようだ。普段の感覚から、石像だと思って、俺は何気なく上を見上げた。


「上になにかある――」


 そう俺が呟いた途端、その石像がぐらっと動くのがわかった。
 石像が落ちてくると判断した俺は、大声で皆を急かした。


「みんな、走れ!」


 俺はアリオナさんとエリーさんの背中を押すようにしながら、階段を駆け下りた。


「え? クラネスくん――っ?」


「きゃ、あっ!」


 いきなりのことに、二人は慌てていた。クレイシーは最初の一声でまだ六段くらいあった階段から飛び降りて、下の階に着地していた。
 俺たちが階段の最後の段に差し掛かったとき、背後で重い物が落ちた音がした。砕けた階段の破片が俺の背中を打ったが、あまり大きなものはなかったのか、胴鎧が弾いてくれた。
 ランプと松明の灯りに照らされた階段は、舞い上がった埃や土砂などで霞がかかったようになっていた。


「なにが落ちて来たんだ?」


「石像……だと思う、んですけど。なんか、翼のある人型の」


〝石像――拙いかもしれん〟


 マルドーの声に俺が振り返りかけたとき、階段から固い足音が聞こえて来た。誰か――いや、何かが来る。
 そんな予感に、俺たちは一斉に身構えた。


「アリオナさんは、通路を警戒。なにかが来たら、声で教えて」


「うん」


 頷くアリオナさんに親指を立ててから、俺は長剣を構えた。
 石像の魔物……なんだろうか。前世でやったゲームで、こういうのを見たことがあるような、ないような……。


「ガーゴイルって呼ばれてるヤツかもしれん。めちゃ頑丈だから、手こずるぞ」


 あ、なんか聞いたことがあった気がする。
 でも、石像の魔物ならなんとかなる。俺は吼えるように口を開けたガーゴイルへと、長剣を構えた。
 ガーゴイルが動き出したのは、その直後だ。
 ドタドタとした足取りで迫ってくるガーゴイルに、グレイシーが切っ先に白い光を纏わせた長剣で立ち向かう。
 彼の《力》を渾身の突きを胴体に受けたが、小さな傷ができただけだ。
 突進の速度は緩まったが、俺にとっては充分だ。遅れてガーゴイルに長剣を叩き付けながら、俺は《力》を解放した。
 三種類の複合――《固有振動数の指定》、《威力増加》、そして《範囲指定》――の《力》を受けて、突きを受けた箇所から亀裂が走った。
 しかし、突進していた勢いは殺せなかった。だけど、ガーゴイルは誰も襲わなかった。 エリーさんの横を通り過ぎ、


「あ――っと」


 後ろを警戒していたアリオナさんが横に跳んで、ガーゴイルを躱した。
 アリオナさんの横を散歩だけ通り過ぎたところで、ガーゴイルは動きを止めた。最初に崩れ始めたのは、体重を支えていた脚だ。
 胴体が地面に落ちると、全身がボロボロに崩れおちた。
 最初に突きを放ったものの、ガーゴイルの勢いに負けて尻餅をついていたクレイシーが、盛大な溜息をついた。


「おまえ……そういうことができるなら、早くやれよ」


「あいつに傷を付けてくれたお陰ですよ。じゃなきゃ、もう少し手間取ったかも」


 俺は苦笑しながら立ち上がると、エリーさんが魔術の詠唱を中断した。


「わたくしの出番は、なかったですねぇ」


「エリーさんは、ボス戦に備えて力を温存して下さいよ。それじゃあ、行きますか。ヤツもこれで、俺たちの侵入に気付いたはずですから。警戒は怠らないで」


「今の騒動で気付いたってこと?」


「うん。こいつの役割は侵入者の排除だけじゃなく、警報を兼ねていると思うんだ」


 アリオナさんは俺の返答に、「なるほど」と言いながら表情を引き締めた。
 再び歩き始めると、すぐに金属の扉に行く手を塞がれた。この奥は確か――大きな部屋になっていたはずだ。
 扉の高さは普通の玄関くらいだが、両開きだ。
 俺は扉を眺めながら、問いかけた。


「マルドーさん、どうです?」


〝魔術的な罠はないな。ただ、中から鍵がかけられているように感じる〟


 マルドーの返答を聞いて、クレイシーが扉を押した。


「開かねぇな。鍵穴もねぇし……どうする?」


 俺は目を閉じると〈舌打ちソナー〉を使った。
 こちら側には、蝶番のようなものはない。もしかしたら、構造的に石材に軸が填め込まれているのかもしれないけど。
 これは……面倒臭いに危険だけど、先に進むためには仕方が無い。


「アリオナさんにクレイシーさん。扉を向こう側に押して下さい」


 俺の指示に頷いたアリオナさんは、両手で扉を押し始めた。クレイシーは文句を言いかけたが、アリオナさんがなにも言わなかったのを見て、口を曲げながらも扉を押した。
 俺は意識を集中させると、扉の周囲に向けて《力》を放った。対象は金属の扉ではなく、周囲の石材だ。
 舌打ちから放たれた《力》を十秒ほど放ち続けると、金属の扉がぐらつき始めた。
 それから程なく、扉は部屋の内側にあった枠ごと部屋の内側へ倒れた。埃が舞い上がる中、クレイシーは驚いた顔をした。


「なにをどうしたんだ?」


「扉を固定している箇所を脆くしたんです」


 金属の扉を破壊するより、それを固定している石材を脆くしたほうが、難易度は低いんだ。アリオナさんとクレイシーからの力を受けたことで、扉を固定していた場所の石材が崩れ、扉を押し倒すことができた……ってわけ。
 舞っていた埃が晴れてくると、その向こう側に半透明の影が佇んでいた。


〝まったく。乱暴な者たちだ。ノックをするか、もっと静かに開けられないのかね〟


 フミンキーらしい痩身のゴーストが、俺たちへ冷たい笑みを浮かべた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

扉の破壊ネタですが……ドラマなどで警察が鍵を銃で壊して突入というシーンがありますが、実際は鍵は頑丈なため、壊れない場合が多い――というのを、なにかの本で読んだ記憶が(曖昧な記憶でスイマセン
なので最近では、他の部分を壊して突入するというのも、なにかの本で読んだ記憶(これも曖昧です。

なにせ、昔のドアは木製も多かったですが、今は金属製が主流ですからね。そりゃ拳銃なんかで撃ち抜くのは難しいかもです。
とにかく、そんな記憶を元にしていたり、していなかったりです。

ガーゴイルは作品によっては悪魔の一種だったり、魔法生物だったり(TRPGにおいてはブービートラップだったり)と様々ですが、ここではゴーレムの一種です。

岩石の身体は固いので、普通の武器で斃すのは難しい……という感じで。剣よりハンマーかツルハシが最適かもですね。

あと、こちらは予約投稿となっておりまして。車のタイヤ交換など行く都合上なんですが……近況は帰宅後にアップいたします。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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