57 / 63
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
四章-4
しおりを挟む4
街に戻った夜。
民兵として雨の中で、俺たちはいつも通り街の警護に就いた。日が暮れから夜も更け――そして雨の上がった東の空が、うっすらと白くなってきた頃になっても、魔物の襲撃はなかった。
最初は戸惑い、しかし安堵感のないまま過ごした夜が明けてくると、民兵たちのあいだで小さな歓声があがった。
「襲撃がなかった――」
「魔物が来なかったぞ!」
そんな中、魔物の出現を止めるための探索をしていたことを知る者が、俺たちのところにやってきた。
「あんたたち、魔物を滅ぼしてくれたのかい?」
「滅ぼすっていうのは無理ですよ。ただ、あの魔物たちの出所を見つけたんで。あいつらが出てこられないようにした……つもりです。ただ、まだ油断はできませんけど」
「まだ出てくる可能性があるってことか。だが、逆にいえば出てこない可能性だってあるんだろ?」
「だから、油断は禁物なんですって」
楽観視をする民兵に、俺は苦笑しながら答えた。
「黒幕は、まだ残ってますからね。あの魔物に街を襲撃させていたヤツがね。そいつを止めないと、根本的な解決にはなりません」
魔物の襲撃がなったのが嬉しいのはわかるけど、喜ぶにはまだ早い。
だけど、そんな浮ついた気分は衛兵たちにも伝染したのか、俺たちは兵舎に呼び出された。
全員が部屋に通されると、隊長が俺たちを待っていた。
「昨晩は魔物の襲撃がなかったが……おまえたちの探索が上手くいったと、そう思っていいのか?」
「……とりあえず、今晩のところは」
俺の返答に、隊長は怪訝な顔をした。
「どういうことだ?」
「今回の件、黒幕がいるってことです。誰か――っていうのは、説明が難しいですけど」
「そこはまだ、調査中ということか? 他国の工作とか、その可能性も――」
他国の侵攻を危惧した隊長の顔が険しくなると、俺は慌てて手を振った。
隊長の立場上、思考が戦争への警戒に向くのは仕方が無い。本当に戦争絡みだったら、俺たちはもう手を引いているところだ。
そこまで関われないし、関わるつもりもない。
「あ、いや、そっちの気配はないです。ただ、色々な仕掛けがありましたから、黒幕がいるのは間違いがないでしょうね」
「ふむ……それは衛兵たちで対処したほうがいいだろう。目星をつけた場所を――」
「いえ、それは俺たちで対処します」
「なんだと?」
隊長は驚いたように目を見広げながら、俺たちを見回した。
頭の中で思考を巡らしているような表情だったが、やがて静かに頭を振った。
「……君たちは、かなり疲労しているように見える。街の防衛もそうだが、今日だけだとしても魔物の出現を封じてくれた功労者に、無茶はさせられん」
隊長の声からは、心から俺たちを労っている気持ちが伝わってきた。
この人……衛兵の隊長をやるには、優しすぎる人なのかもしれない。立場的に無茶を強いられたけど、街の状況を憂い、独断で俺たちの外出を認めたりもしてくれたし。
そんな隊長――さんに感謝しつつ、俺は真顔で告げた。
「お心遣いには感謝しますが、衛兵ではでは対処できないかもしれません。俺たちに任せて下さい」
「いや、しかし……」
「そのほうが、いいんです。どうか、わたくしたちにお任せ下さい。衛兵さんたちだけでは、被害が出るだけになるかもしれません」
自分の胸に手を添えながら、エリーさんは柔和な笑みを浮かべていた。
彼女の言葉を受けて、隊長さんは深い溜息を吐いた。
「女子どもばかりに任せるなど……」
「隊長殿、失礼を承知で申し上げます。我々の実力は、これまでの戦いで御存じだと思われます。信じろとまでは言いませんが、無駄死にを避けるためにも、我々の行動を認可して頂けませぬか」
フレッドのひと言が、だめ押しとなった。
何処か諦めたような顔で溜息を吐いたものの、隊長さんは大きく頷いた。
「……承知した。あと、護衛はつけさせてもらおう」
「別に逃げたりは致しませんわ」
首を傾げるエリーさんに、隊長さんは苦笑してみせた。
「監視ではなく、護衛だ。黒幕の討伐はもちろんだが、わたしが君たちに一番望むのは、無事の帰還だ。どうか、全員無事に帰ってきてくれ」
姿勢を正した隊長の敬礼に送られ、俺たちは馬車のある市場へと戻った。
雨もあがった――これから、フミンキーの根城に乗り込みに行く。厨房馬車に乗り合わせて、すぐにでも出立する予定だった。
広場に並んでいる馬車列に戻ったとき、カレン嬢とマリアさんが待っていた。
二人は戻った来た俺たちに、揃って一礼をした。
「皆様――先ほど聞いたのですが、昨晩は魔物の襲撃が無かったと。皆様のおかげ……だと確信しました。今日は、その御礼をさせて下さい」
「その結論は早いですよ。まだ、黒幕が残っています」
俺の返答に、カレン嬢はハッと息を呑んだ。
少し表情を強ばらせ、唾を飲み込んだようだ。
「まだ、街は襲われるのですか?」
「……可能性はじゅうぶんに。俺たちは、これからソイツのところへ行きます」
「その黒幕を……捕らえに、ですか?」
「討伐です。そいつ、人間じゃないんですよ」
俺が明かした黒幕の正体に、カレン嬢とマリアさんは青ざめた。
「どうして……いえ、貴方たちは、正体を知ってるんですの?」
「少しは」
「なら、街を襲う目的も……?」
「少しは」
「ご存知でしたら、どうか教えて下さい!」
真剣な顔で問い詰めてくるカレン嬢に、俺は首を振った。
黒幕であるフミンキーが、自分を狙って街を襲っていると知ったら、このお嬢様は自責の念に潰れてしまうかもしれない。
首を振った俺の横で、エリーさんが口を開いた。
「黒幕の狙いはカレン様、あなたです。あなたを手に入れるため、街を襲っていたわけです」
「ちょ――エリーさん!?」
慌てる俺に、エリーさんは静かに見上げてきた。
そこに巫山戯ているような気配はなく、どこか……高貴ともいえる雰囲気に包まれていた。
そのエリーさんは、ちらりと微笑んだ。
「クラネスさん。カレン様のことを按じておられるのですね。ですが、その心配は恐らく無用でしょう。カレン様も貴族としての矜持をお持ちです。黒幕さんの目的を知る権利は、十二分にあります」
穏やかな物言いなのに、俺はどこか気圧されていた。
なんだか魔術師ってこともあるからか、商人にはない気質というか、そんな気配を漂わせている。
不思議な人だな――と思っていると、カレン嬢が意を決したように口を開いた。
「あ、あの――わたくしも黒幕との戦いに連れて行って下さい。わたくしの責務で」
「それは駄目です」
カレン嬢の言葉に被せるように、俺は彼女の訴えを拒否した。
「あなたを連れて行くっていうのは、黒幕の思う壺でしかありません。それに、戦えない者を連れて行くというのは、こちらの負荷が増えてしまうんです。戦いというのは、ギリギリの状況になるんです。非戦闘員は連れて行けません」
建前としての意見だったけど、カレン嬢は納得したようだ。
本音を言えば、連れて行ったカレン嬢を人質に取られたり、背後から連れ去られて余計な手間が増えたり……という展開を防ぐためだ。
「というわけでマリアさん。カレン様がこっちへ来ないよう、しっかりと見張って、絶対に止めて下さいね」
「は……はい。わかりました」
戸惑いながら、しかし強く頷くマリアさんに、俺は少しだけ安心感を覚えた。
カレン嬢は、マリアさんに任せられる。そう思っていたら、メリィさんが少し不満げな顔で俺の前に出てきた。
「クラネスさん。少し冷たいと思います。同行したいというカレン様の願いは、叶えてあげてもいいと思います」
「エリー? 今のは、クラネスさんが正しいですわ。戦いの場は、なにが起きるかわかりませんもの。そんな場所に、カレン様を連れては行けません」
エリーさんに窘められ、メリィさんは大人しく引き下がった。
……最近、口数が少ないんだよな、彼女。それに、カレン嬢の件だって、まさか同行に賛成するとは思わなかった。
フミンキーとの戦いで、この不協和音が悪い方向へ行かなきゃいいけど。
そんな心配を胸に、俺は装備を調えてから厨房馬車へと乗り込んだ。
それからすぐに合流してきた護衛には冒険者やクレイシーの姿もあった。
二台の馬車に分乗した俺たちは、フミンキーとの戦いへと出立した。
--------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
前回の結果――ということで、街の様子です。カレンの同行を断ったのは、危険ってことよりも邪魔って理由が大きいです。
これからフミンキーとの戦いに赴きます。戦力的には充分……かな?
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回も宜しくお願いします!
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!
まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。
そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。
その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する!
底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる!
第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
コンバット
サクラ近衛将監
ファンタジー
藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。
ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。
忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。
担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。
その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。
その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。
かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。
この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。
しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。
この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる