最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
56 / 71
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

四章-3

しおりを挟む

   3

 エリーさんからの情報を纏めると、あの星座の刻まれた柱は、一つ一つがフミンキーが魔術を使うための魔方陣となっている……らしい。
 しかも恐らくは、柱の配置自体が、なにかしらの魔術的な図形を描いている可能性もある……ということだった。


「星座の描かれていた柱すべてが光ってましたから、ほぼ間違いがないと思います」


 確定と言い切る自信はありませんが……と、最後に付け足したものの、俺たちにとっては唯一にして最大の情報だ。
 マルドーを交えて作戦会議――もちろん、魔物の襲撃を撃退したあとだ――をした俺たちは、大まかに二つの行動を決めた。
 一つは、柱の破壊。柱を介して魔物を造り出しているのなら、それを破壊すれば魔物の襲撃は止まるはずだ。
 そしてもう一つは、フミンキーの討伐だ。
 ヤツが居る限り、再び街への襲撃がないとも限らない――というのが、俺たちの見解だった。


〝柱の破壊については、物理と魔術の二枚で対応しよう。先ずはクラネスやフレディ、アリオナが武器で柱の破壊を試みる。それで駄目なら、エリーの魔術だ〟


「……それっぽく言ってるけど、別にふつーの案ですよね」


〝しかたねーだろ。それ以外、思いつくもんか〟


 俺の突っ込みを受けて、マルドーは不機嫌そうにと腕を組んだ。
 いや、そんな顔をされても……誰でも思いつきそうな案だし。もっと、魔術師ならではって作戦を期待してたのに。
 眠い頭でそんなことを考えていると、がたんっと馬車が揺れた。
 俺たちは今まさに、フミンキーのいる遺跡へと向かっているところだ。街から借りた石工用の大金槌やツルハシが、俺の厨房馬車に積まれている。
 それはいいけど……工具が埃まみれ。
 出来るだけ拭き取ったけど、これは大掃除が大変だなぁ……。


「して、肝心なフミンキー討伐の手段は、どうなされるのです」


 フレディの問いに、エリーさんが待ったをかけた。


「その話の前に、彼の魔方陣に対する対策の話をさせて下さい。彼の最期の手段は判明しておりませんが、地上に出ている柱を破壊できれば、魔物の襲撃は防げると思いますので、考えるべきは、わたくしたちへの魔術でしょう」


「それは、最後っ屁に攻撃してくるってことですか?」


〝最後っ屁っていう表現が正確かどうかは、今は置いておくが……遺跡自体が崩れるとか、そういう類いかもしれん。ある程度、地上から探知系の魔術で調べてみるが……恐らく、地下を進みながら調べることになるだろう〟


 俺の問いに答えてから、マルドーはエリーさんを見た。
 エリーさんは小さく頷くと、改めてフレディへと目を向けた。


「それではフミンキーさん退治について、お答えしますわ。わたくしとマルドーさんによる、魔術で攻撃を致します。彼がゴーストである以上、普通の武具では斃すことは難しいですから」


「魔術による攻撃以外に、なにかしないんですか? 例えば……ヤツを弱体化させるなにか、とか」


〝意見が曖昧過ぎないか?〟


 そうは言っても、こっちは魔術については素人だ。具体的な意見なんか、出せるはずもない。
 俺がバツの悪い顔をしていると、マルドーは苦笑した。


〝まあ、気持ちはわかるがな。その手の魔術には、相手の身体の一部が必要だったり、夜中にやる必要があるんだ。魔物が造り出される中で、そういう儀式をしたいか?〟


「……心の底から遠慮します」


〝だろ?〟


 俺の返答を聞いて、マルドーは鷹揚に肩を竦めた。


〝というわけで、あとは現地に着くまで寝ててくれ。寝不足で普段の力が出せないっていうのは、困るからな〟


「……そーします」


 今から寝ても、二時間くらいか。
 そんなの寝られるわけないよな……って思ったけど、爆睡してしまった。ずっと起きていたらしいエリーさんに起こされたときには、もう馬車は停まっていた。
 寝たり無さを覚えつつも、俺たちは工具を手に馬車を降りて、遺跡へと向かった。頭上からは日光が差し込まず、あたりは薄暗かった。
 頭上を向けは、枝葉の隙間から見える空は暗い灰色で、今にも雨が落ちてきそうだ。


「しっかしよぉ。おまえら、職人にでも職変えすんのか?」


 俺たちの後ろで、クレイシーが呑気に欠伸なんかしている。
 見張り役の比重が多めとはいえ、護衛も兼ねているんだから、もっとシャキッとして欲しい。
 なんの障害も無く遺跡のある場所に到着した俺たちは、思いもよらない存在に足を止めた。
 遺跡の真正面に、全高四ミクン(約三メートル九二センチ)ほどの、彫像が聳え立っていた。
 彫像は、ひと言で喩えるなら幼稚園児が作った泥人形。丸い胴体が二つ、雪だるまのように積み重なり、その下に短い脚が二本。腕は緩い弧を描きながら、地面まで伸びていた。
 目鼻や、指などの細かいパーツはなし。
 のっぺりと――いや、一箇所。頭部の中心部に一箇所だけ、白っぽい円形のものが埋まっているのが見えた。


「なに、あれ?」


「さあ……」


 俺とアリオナさんが首を捻っていると、マルドーが憑依したエリーさんの使い魔である猫が、横に並んできた。


〝ゴーレムの一種だろうな土や砂を使った……さしずめ、サンドゴーレムといったところか。今のところ動く気配はないが、襲ってくる可能性が高い。警戒しつつ、遺跡へと向かうとしよう〟


「え? 行くの?」


 テレパシーみたいな魔術で会話しているからか、今ならアリオナさんでも、マルドーの声が届いている。
 ゴーレムのいるところに行くことが信じられないのか、アリオナさんは狼狽えた顔をしていた。でも――確かに危険ではあるけど、行かないわけにはいかないんだ。


「それじゃあ警戒しつつ、大きく迂回しながら遺跡に行くとしますか」


「……そうですねぇ。それなら動き出しても、対応できるだけの猶予が作れます」


 エリーさんが同意すると、俺たちは森の中を移動した。遺跡のほぼ真反対まで移動してから森から出たが、砂ゴーレムは身じろぎ一つしなかった。
 遺跡の中まで来たが、それは変わらない。


「……動かない、ね」


「夜までは動けないのかな。それとも襲撃に使おうとして、失敗したとか」


 俺とアリオナさんは、そんなことを話ながら柱の一本に近寄った。
 予定通り手近な柱から作業を始めようと、俺はツルハシを、アリオナさんは大金槌を手に取った。
 破壊活動を開始しようと工具を振りかぶったとき、目標としていた柱が光り始めた。


〝なるほど――やはり、裏切ったのか。ならば、容赦はしない〟


 フミンキーっ!?

 ヤツの声が聞こえた直後、エリーさんの悲鳴が聞こえた。


「ゴーレムが!」


 砂ゴーレムが、ゆっくりと俺たちのほうへ向きを変えていた。身体から細かい砂を撒き散らせながら、右腕が遺跡の縁を越えた。


「若――まずは、ヤツを斃さねば」


「そうだね。アリオナさんは、投石などで援護よろしく。俺とフレディ、メリーさんでゴーレムの気を引きつけつつ、エリーさんの魔術で攻撃。その作戦でいいですか?」


「わかりました。メリー、よろしくね。……メリー?」


 エリーさんに肩を突かれ、メリーさんは我に返ったように、ハッと顔を上げた。


「あ、すいません。ええっと……作戦は了解です!」


 長剣を抜いたメリーさんは、瓦礫を乗り越えつつ砂ゴーレムへと向かって行った。だけど、突出しすぎだ。
 俺とフレディは、メリーさんを追いかけるように砂ゴーレムへと対峙した。
 相手の動きは鈍重そうだから、落ちつけば――と思っていたとき、視界の大半が薄い茶色で埋め尽くされた。


「うわ――っとぉっ!!」


 寸前で砂ゴーレムの拳――いや、腕っていうのが正しいのか、この場合――を避けたが、全身砂まみれになってしまった。
 横に移動して距離をとったとき、メリーさんが砂ゴーレムの左脚に斬りかかるのが見えた。
 大振りに振られた長剣は、深く食い込んだ――が、砂ゴーレムの左脚には傷一つ残っていない。上から流れて来た砂で、剣撃の跡はすぐに塞がれたようだ。
 俺の《力》を使うにしても対象が砂では、大した効果は期待できない。大粒の砂を細かくしたところで、意味はなさそうだ。
 点のあるゴーレムの頭部が、俺を向いた。こうなるともう、柱の破壊どころじゃない。俺は間合いを広げようと後ろに跳んだが、想定よりも近い距離で、背中に固い物が当たった。
 壁かなにかで、動きが止められた――焦る俺へ、砂ゴーレムは右腕を振りかぶった。


「――っそ!」


 横に跳んだ直後、砂ゴーレムの右腕が直前まで俺のいた場所に振り下ろされた。
 石材が崩れる音を聞きながら、俺は砂塵の中から飛び出した。フレディやメリーさんの攻撃、それにアリオナさんの投石は、砂ゴーレムに対して無力だった。
 砂塵を掻き分けるように、砂ゴーレムは遺跡内に入ってきた。砂ゴーレムが目茶苦茶に両腕を振るう度に、何かが破壊される音が聞こえてきた。
 攻撃から逃げ続けていた俺の頬に、水滴が落ちて来た。
 シトシトと――という段階を一気に越えて、雨が降り出した。そこそこに激しい雨で、あっというまに水日浸しになった服が、身体に纏わり付いて動きに難くなる。

 ――こんなときに、マジかよ。

 心の中で毒づいたとき、クレイシーが遺跡に入ってくるのが見えた。


「おまえら、離れろ!」


 クレイシーの怒声に、俺たちは砂ゴーレムから離れた。


「――ファーメルト!」


 詠唱の最後のひと言を唱え終えたエリーさんの杖から、特大の火球が放たれた。火球がゴーレムの頭部で炸裂すると、水を吸った砂が周囲に飛び散った。
 衝撃で体勢を崩し、横倒しになった砂ゴーレムへ、クレイシーが駆けていった。大きく抉れた頭部から、円筒形の水晶が露出していた。
 頭部から見えていた丸は、その水晶だ。
 クレイシーは水晶へと長剣の切っ先を向けると、勢いよく突き出した。切っ先から放たれた電光のような光が、ゴーレムの水晶を砕いた。
 水晶の破片が地面に散らばる中、砂ゴーレムの動きが完全に止まった。
 長剣を鞘に収めたクレイシーに、俺は呆けたままで問い掛けた。


「クレイシーさん、あんたまさか……特別な《力》があるのか?」


「……まあ、な。商売のネタだから、できれば内緒にしておきたかったんだけどよ」


 俺の問いに答えながら、クレイシーは長剣を鞘に収めた。


「俺のことより、さっさと終わらせろよ。雨の中で、長々と待っていたくねーからな」


 それは、こっちも同じだ。好きこのんで、雨に打たれたくはない。
 雨のお陰で砂塵も収まり、砂埃が洗い流されていく。それじゃあ柱を壊すか――と思ったら、エリーさんが俺たちを呼んだ。


「皆さん、こちらへ! もう柱は、ここしか残っていませんわ」


 どういうことなんだろうと、俺たちはエリーさんのところまで戻った。


「なにがどうしたんです?」


「いえ、先ほどの戦いで、あのゴーレムさんが、殆どの柱を壊してしまったんです」


「……え?」


 俺が振り返ると、遺跡内部はさらに凄惨な状態になっていた。残っていた壁はもちろん、柱も殆どが崩れ落ちていた。
 位置的に俺を狙った最初の一撃も、命中したのは柱の一本のようだ。


「……なんだかなぁ。完全に自爆じゃん」


「でもこれで、手分けして作業できそう。この柱は、あたしが壊すから。クラネスくんは侵入口を広げてくれない?」


「そーだね。了解」


 俺はアリオナさんと別れると、ツルハシを持って件の隙間へと向かった――んだけど。
 俺についてきたマルドーが、隙間の状況を見て猫の首を振った。


〝駄目だな、これは〟


 砂を含んだ雨水が、隙間から遺跡の地下へと流れ込んでいた。このまま中に入っても、下手をすれば流れ込む雨が、遺跡内を満たしている可能性がある。


〝俺は平気だが、生者には辛いだろう。明日以降に出直したほうが良いな〟


「そうですね。柱を破壊したから、街への収襲撃は収まるでしょうし」


 まったく、これじゃ二度手間じゃないか。
 俺はマルドーを連れて、アリオナさんたちのところへと戻ることにした。

--------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

というわけで、今回は遺跡の破壊まで……結果は次回となります。

ちなみに遺跡の水没ネタは、TRPGでも鉄板……かもですね。水が引いたら、続きを捜索できるとか。
有名どころでは、カリオストロの城でしょうか。

ただ水没した中はゴーストは平気ですが、生きている者には辛い環境ですね。ゲームみたいに素早く動けるかというと……やはり服や鎧が邪魔になるわけです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...