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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

四章-2

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 俺たちが作戦の内容を決め終えたのは、夕方の召集前だった。
 とはいえ時間をかけていなから、大雑把な内容ではあるんだけど……それでも方向性が決まっただけでも、大きな進歩だと思う。
 厨房馬車で、俺とフレディ、それにエリーさんにマルドーの四人だけがいる。アリオナさんは会話に参加できないし、メリィさんはどうやら、こうした頭脳労働には向いていない、らしい。
 所謂脳筋――というか、考えるよりも先に身体が動くタイプ、ということだ。
 狭い馬車の中に多くの人が入るのは、それだけでストレスになるし。それに今の状況では仕方なく作戦会議や仮眠場所として使っているけど、厨房馬車には最低限の人しか入って欲しくないんだ。
 今回の件が終わったら、徹底的に掃除をしないと……ああ、考えるだけでも気が滅入る。
 小窓から外光を入れているけど、それだけでは光量が足りなくなってきた。一本だけだけど燭台を灯している馬車の中で、エリーさんは魔術書を読んでいた。


「街の安全を確保するには、マルドーさんから教えて頂いた魔術を使います」


 エリーさんは魔術書に目を落としながら、俺たちにそう説明した。


「結界という強力なものではありませんが、方向感覚を狂わせて、街に近寄らせないようにできますから。最悪、斃したあとに魔物を出現させられても、時間を稼ぐことができます」


「しかし、その内容では旅人に被害が出る怖れがあると思いますが」


〝そこは傭兵などに頑張って貰うしかないだろう。そのためにも、今夜で魔物がどうやって造り出されているか、確かめる必要がある〟


 不安げな顔をしたフレディの意見に、ゴーストの身体に戻ったマルドーが答えた。


〝ヤツも幽体だろうから、活動が活発になるのは日が暮れてからだろう。使い魔は、もうフミンキーの宅地跡に向かわせたんだろう?〟


「ええ――まだ、向かっている最中ですけれど。日が落ちる前には、到着できると思います」


〝ギリギリだが……頼む。フミンキーとの戦いもそうだが、作戦全般において、要となるのはエリーなんだからな〟


 マルドーの言葉に、エリーさんは淑やかに微笑んだ。


「お任せ下さい。わたくしにとっても、未知の魔術が学べる機会ですから。普段よりも気合いが入ってしまいます」


〝このへんの魔術程度なら、存分に学んでくれて良い。彼女の子孫――生まれ変わりかもしれないが、とにかくあの娘や街が助かるのなから、安いもんだ〟


「高い安いはいいとして……さ。ゴーストをどう斃すかと、星座の魔術をどう防ぐかのほうが重要なんじゃないの? まだ未確定のままな気がするんですけど」


 俺の問いに、マルドーは大きく肩を上下させた。顔は苦笑していたけど、その目には真剣そのものだ。


〝フミンキーを斃すのは、俺に任せろ。伊達に死霊術師なんかやってねぇ〟


「……まあ、手段があるならいいんですけど。ただ、自分を犠牲にした禁呪的なヤツっていうなら、俺は反対しますよ」


〝……ッ〟


 僅かに息を呑む仕草をした――実際に息を吸ってはいないだろう――マルドーは、僅かに視線を下げ、なにもない虚空を見つめた。


〝俺はヤツの野望を止めるために、ゴーストになったんだ。ヤツと刺し違えたとしても、後悔はねえ〟


「あんたはそれでもいいんだろうけど、後に残されるこっちは、後味が悪いでしょうが。この世から消えるんなら、俺たちのいないところでやって下さい」


〝おま……〟


 絶句したのはマルドーだけでなく、フレディやエリーさんも同様だった。
 俺としては、正直な意見を述べただけなんだけど。ギリムマギを迂回しようと言ったとき同様、理解されがたい内容だったかも……しれない。
 マルドーは少々呆れ気味に、俺を見た。


〝なんていうか……清々しいほどの身勝手さだな〟


「自分勝手に、自爆特攻するヤツよりマシだと思うんですけどね。そのあとになにか残るなら別ですけど、フミンキーを斃すだけでしょ? そんなの冗談じゃない。自己陶酔とまでは言わないですけど、もっと冷静になって考えて下さいよ」


〝……まったく。しかしなんだ。どうして、そういう手段を持ってるってわかった? おまえさんは、魔術師じゃないんだろ?〟


「マルドーさんは、ちょっと浪漫的な性格をしてるんだろうなって思ってたんで。愛する人のために、自らゴーストになったりとかしてますしね。だから、そういう自己犠牲を厭わないって思ったんです」


 俺が問いに答えると、マルドーは前髪を掻き上げた。


〝まったく……おまえって人間が、わからねぇな。多重人格だったりしないか?〟


「……もしかして、馬鹿にしてます?」


 こんな軽口を叩いてみた俺だけど、内心ではドキリとしていた。
 俺は多分、転生した影響で良心の一部が欠如している。その自覚があるだけに、二重人格という言葉は、かなり的を射ているといっていい。
 小窓から外光を入れていた厨房馬車の中が、かなり暗くなってきた。燭台が一本だけでは、字を読むのは辛い暗さだ。


〝さて……もう日が暮れる、か。エリー、頼むぜ〟


「はい」


 エリーさんは頷くと、使い魔と精神を繋げるために目を閉じた。

   *

 森の中はもう、街より先に夜の帳が降りていた。
 鳥の囀りはなくなっているが、夜に活動する獣どころか、虫の囀りすらしていなかった。


(さて――もうすぐ、あの遺跡に着きますねぇ)


 使い魔と精神を繋げたエリーは、木の陰に身を隠しながら、遺跡へと急いでいた。夜行性の獣がいないのは、エリーにとって幸いだった。
 狼や野犬が彷徨いていたら、ここまで順調に進めなかっただろう。
 森の中が少し明るくなってきたのは、月明かりによるものだ。そしてそれは、あの木々がない荒れ地となった、遺跡に近づいたという証拠だ。


(え?)


 ピリッとした感覚が伝わったのは、その直後だ。手足が痺れたような感覚が、前脚から徐々に全身に――いや、頭部へと伸びていた。
 エリーは意識を集中させながら、痺れに抵抗した。


(これは、魔術?)


 足を止めた使い魔の目に、なにかが動くのが見えた。
 目を向けると蟻や芋虫、ナメクジといった昆虫やそれに近い生き物が、エリーの進行方向、つまり遺跡へと向かっていた。
 なにかに逃げているというわけではない。まるで、なにかに引き寄せられているように、一方向へと向かっている。


(これは……操られているのかしら? 精神を繋げていなければ、この子も危なかったかもしれません)


 エリーは昆虫たちを追うように、遺跡へと向かった。
 木々のあいだから差し込む光量が増していくと、それが月光ではなく、別の光源であるとわかってきた。
 エリーは使い魔の足を止め、木の影から遺跡を見た。


〝集まれ――森に住むか弱き者どもよ。我が元へ集まれ〟


 やや反響する男の声は、遺跡の中から聞こえていた。
 星座の彫刻がある柱の残骸の上に、半透明の男の姿があった。かなり痩せこけた男は、白のローブに金髪の髪。頬の痩けた男の目は三白眼で、なにかを睨んでいるかのような視線を周囲に向けていた。


〝我が望みを叶えるため――力を貸せ、命を寄越せ〟


 独特な旋律をともなった詠唱が始まると、昆虫たちが光に包まれた。光が幾つかの集団に集まると、遺跡にある七本の柱が光り始めた。
 燐光のようなものが周囲の地面に降り注ぎ始めた数秒後、周囲の木々がざわめき出した。


(あら……ここも危ないかしら)


 魔力の広がりを感じたエリーは、後ずさりをして遺跡から離れていく。
 真上にある木の枝が、何本も折れる音がした。


(きゃっ)


 頭上から降り注ぐ枝から逃れてから、遺跡を振り返った。
 周囲の木々から折れた枝が集まると、それが徐々に人型へと組み合わさっていく。そして光球が中に入ると、街を襲う樹木の魔物へと変わっていった。
 それが二十数体も組成されると、男は不満げに表情を歪めた。


〝魔物にできるほどの岩は、もう周囲には存在しないか。代わりとなるものを考えねばならんな。あの者たちがマルドーを斃してくれれば、最後の手段を仕えるのだが〟


(……最後の手段?)


 エリーはその言葉が気になったが、それを確かめる術はない。
 男の視線が、なにかを探すように動き始めた。その様子に長居は禁物だと悟ったエリーは、急いで街へと戻ることにした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

魔物の作成(?)方法が判明です。あとはちょっと引きもありです。

終盤なだけに、書けることが少ないです……。

クラネスのマルドーへの説教は、性格の欠如も原因だったりします。容赦ない感じは、書いていて前作のトラストン(トト)を思い出しました。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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