最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

三章-1

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 三章 蛇とワイバーン


   1

 俺たちにとっては三回目の襲撃を凌いだ、翌朝。
 二台の馬車に分乗した俺たちは、西門からギリムマギを出た。馬車の一台は、衛兵たちが使う人員輸送用の馬車。もう一台は、俺の厨房馬車だ。
 厨房馬車には、俺とアリオナさん、フレディにエリーさんとメリィさん。そして御者をしてくれてる、若い衛兵。
 衛兵の馬車には、クレイシーと二人の衛兵だ。
 厨房馬車を先頭に、二台の馬車はゆっくりと西へと向かう街道を進んでいる。俺は厨房馬車の壁に凭れつつ、アリオナさんは俺の隣で仮眠をしている。メリィさんは、床の上で並んで眠っている。エリーさんは、フレディと一緒に御者台だ。
 俺とフレディは、一時間交代で仮眠する約束になっている。
 ガタガタと揺れる振動が、電車の揺れみたいで眠気を誘う。熟睡していたところ、壁が軽くノックされた音で、俺は目が覚めた。
 小窓から顔を出すと、少し眠そうなフレディが御者台から顔を向けてきた。


「若、申し訳ありません。そろそろ時間となりますので」


「あ、うん。見張りを代わるよ」


 厨房馬車が停まると、俺とフレディは交代した。
 仮眠はとったけど、まだ頭の芯には鉛のような眠気が残っている。欠伸をしていると、真ん中に座っていたエリーさんは、灰色の猫を抱きながら、柔和な笑みを向けてきた。


「長さんは、まだ眠そうですねぇ」


「そりゃ……まあ。徹夜明けですからね。それより書物にあった場所は、まだ着かないですか?」


「そうですね、もうすぐだと思います」


〝随分と風景が変わっているが、あと一、二時間だろうな〟


 エリーさんが抱いている猫が、俺を見た。
 エリーさんの飼い猫である猫のマースには今、マルドーが憑いている状態だ。迂闊に会話ができないと思っていたが、今みたいなテレパシーに似た魔術で会話ができるらしい。
 それから約一時間ほど馬車で進んだとき、マルドーが西南の方向へと顔を向けた。


〝止まれ。やつの屋敷は、このあたりだ〟


「衛兵さん、止まって下さい!」


 マルドーの声にいち早く反応したエリーさんが、手綱を握っていた衛兵に告げた。
 厨房馬車が停まると、後ろの馬車も停止した。
 俺は御者台から降りると、厨房馬車の後ろに廻って扉を開けた。


「みんな、到着したよ」


 俺の一声で、アリオナさんとフレディは目を覚ました。だけど、メリィさんは熟睡してしまったのか、起きる気配がない。
 エリーさんに頼んで起こして貰うと、俺たちは猫に憑いたマルドーの先導で、森の中へと入っていった。
 見張りとして同行しているのは、衛兵が一人とクレイシーだ。
 二人に悟られないよう、マルドーはトテトテとした足取りで進んでいく。鬱蒼という言葉通り、かなり鬱陶しいほどに草木が茂っていて、かなり歩きにくい。
 だけど途中から、枝が折れたり雑草が踏み荒らされて、少しだけと歩きやすくなった。
 十数分ほど歩いただろうか……マルドーが不意に立ち止まった。


〝着いた……けどな、これは〟


 テレパシーで伝わって来るマルドーの声は、どこか戸惑っていた。
 この周囲には大木以外の植物が、ほとんど自生していない。地面はなにかの足跡で埋め尽くされていて、露出した地面は荒れ放題になっていた。
 この半径約二〇ミクン(約一九メートル六〇センチ)の荒れ地の中央に、石材の瓦礫があった。
 柱のあとだろうか、傾いた三本の石柱に、家屋の土台のような石材が残っていた。


「お屋敷のあった跡でしょうか……」


〝だろうな。五〇〇年という年月が経ってるんだ。これだけ痕跡が露出しているだけでも、奇跡みたいなものだろうさ〟


 エリーさんに答えながら、マルドーは今や遺跡というべき残骸へと近づいていく。
 そのあとをついて残骸に近寄ると、思っていたよりボロボロだった。土台はデコボコになっているし、半分くらい崩れた石材も多い。
 俺は瓦礫を見回しながら、溜息を吐いた。


「それで……ここの、どこをどう調べればいいんだろう?」


「そうよねぇ。地面でも掘ってみる?」


 アリオナさんも困った様子で、瓦礫の前でしゃがみ込んでいる。考古学者ならいざ知らず、俺たちが欲しいのは魔物が出現する理由だから、もっとこう――分かり易い魔方陣とか、暗黒水晶ダーククリスタルが、目立つように置いてあったりとかして欲しい。
 俺はアリオナさんに近寄ると、しゃがみながら瓦礫を覗き込んだ。


「なにか見つかった?」


「なんにも。というか、なにを探せばいいの?」


「それは、俺も聞きたいんだよね」


 俺は答えながら、エリーさんたちを振り返った。
 エリーさんとメリィさんは、傾いた石柱を見上げている。柱の表面に指先を向けるエリーさんは、なにかをメリィさんに話をしている。
 俺は立ち上がると、エリーさんたちに近づいた。


「……なにか見つけました?」


「ああ、長さん。こちらを見て下さい」


 俺が石柱を見上げると、点と線で形造られた模様……のようなものが刻まれていた。
 形としては、三本の線が少し曲がりながら左下から右上に伸びていて、線の端と曲がっている場所に丸い点がある形状だ。
 下から二つ目の点からは、左右に短い線が伸びている。


「これは?」


「星座ですね。たしか……蛇座。正確には、羽の生えた蛇座といいます」


 エリーさんは石柱に刻まれた星座から、目を離した。


「一月を守護する馬座から、貝座、塔座、狼座、リュート座、鷹座、蛇座、ワイバーン座、夫婦座、斧座、くじら座、熊座……誕生月を支配する一二星座が、一番有名かもしれませんね。ただ離村や小さな町では、あまり知られていないようですけれど」


 元の世界とは異なり、一二星座は月単位みたいだ。名前が違うのも、異世界なんだから当然っちゃあ、当然か。
 一月五日生まれの俺は、馬座ってことらしい。今まで星座とか興味がなさすぎて、俺も知らなかった。


「なんで、こんなところに星座が刻まれているんでしょうね」


「さあ……お家の模様だったんでしょうか?」


 エリーさんも首を傾げた。でもそれは、俺の質問に対するものだけじゃないっぽい。


「この丸は、なんでしょう?」


 石柱に刻まれた星座の近くに、三つの大きな丸が彫刻されていた。僅かに膨らんだ丸は、大中小とあって、星座の右に大、左上に小、真下に中がある。
 窪みなら風雨にさらされた傷かもしれないが、膨らんでいる以上、なにかの意味があるんだろう。
 ふとマルドーを見ると、睨むように星座を見上げていた。


「……どうしたの?」


〝この形、配置……なんだったか。思い出せないが……だが、一つだけ確信したことがある。ここが魔物の出現地だとしたら、間違いなくヤツが黒幕だ。俺の恋人を付け狙った……あいつ〟


「あいつって……」


 あの書籍にあった、二人の魔術師。それがマルドーと、この屋敷の主か。ただ、その魔術師がどこにいるのか。それを突き止めないと、魔物の襲撃は終わらない。
 俺は〈舌打ちソナー〉で、周囲を調べてみた。
 瓦礫や大木以外、周辺には獣の姿すら捉えられない。こんなお手軽な手段で、手掛かりは見つからないか……。

 ――あ。

 少し離れた石柱の近く、地面に半分ほど埋もれた石材の縁に、細い隙間が開いていることに気付いた。
 俺は蛇座と三つの丸が彫刻された――丸の配置は、少し違っていたけど――石柱を一瞥してから、隙間を覗き込んだ。
 俺が思っていた以上に、隙間は深い。斜め下方向に深くなっているらしく、目視では奥を見ることができない。
 俺は石柱に手を触れながら、隙間に向けて〈舌打ちソナー〉を使った。
 ソナーとして帰ってきた反応は、俺の予想を遙かに超えていた。ここの下には、地下二階まである回廊が広がっていた。
 一辺は二〇ミクンよりも僅かに狭いくらい。扉が残っているからか、部屋の中までは確認できない。
 だけど、自然胴ではなく人工の回廊ってことは、ここが本拠地の可能性がある。
 みんなを呼ぼうとしたそのとき、頭の中にさわやかな声が聞こえてきた。


〝誰かいるのかい?〟


「なんだ――?」


〝ああ、その石柱に手を触れたままでいてくれ。僕の名はフミンキー・ジダード。君からすれば、大昔の魔術師だ〟


 声の主が明かした正体に、俺の背筋に緊張が走った。
 マルドーの恋敵、そして黒幕の嫌疑がある魔術師――フミンキーは、そんな俺の緊張を察したのか、穏やかなに言葉を継いだ。


〝心配しないでくれ。君への敵意はない。君と、その仲間たち――ああ、なるほどね〟


 フミンキーは一度言葉を切ってから、ボソボソ話をするような声になった。


〝マルドーがいるんだね。なら、まだ僕のことは誰にも言わないでくれ。彼がいないときに、君の仲間たちとも話がしたい。僕をここに閉じ込め、魔物を造り出しているマルドーのことを教えよう〟


「……それが真実だって保証はあるんですか? どっちが俺を騙しているか――正直、まだ両方とも疑っている状況なんですけど」


〝マルドーを信用してはいけないよ。が自分のことを、なんて言っているのかはわからないけど……彼の正体は死霊術師だ。彼の悪行は、僕がよく知っている〟


 死霊術師――その言葉の邪悪さに、俺の頬を冷たい汗が伝った。
 思わす石柱から手を放したとき、後ろからクレイシーの声が聞こえてきた。


「おまえら、なにか見つかったか? そろそろ帰り支度をしないと、夕方までに街に戻れねぇぞ」


 ……どうやら、時間切れのようだ。
 今の話を皆と供給したいけど、それは街に戻ってからになりそうだ。マルドーがいるところでは、話せない内容だし。
 俺は皆を集めると、胸中に生まれた疑心暗鬼を悟られないよう気をつけながら、馬車に戻ることにした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!

わたなべ ゆかた です。

ファンタジー大賞で投票して下さった方々、誠にありがとうございました。
まずは、感謝の言葉から。

本編では、やっとこ調査開始です。色々出てきましたが、まだサクッと読んでても大丈夫です。

星座は完全にオリジナルです。最初はタロットカードを参考にしようと思ったんですが、それもなんか違うよねってことで却下してます。

パラレルワールドなら、こちらの世界と同じ可能性は高いと思いますが、異世界となると違って当然ですね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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