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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
二章-7
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吉報というのは大袈裟だけど、街の外に出る許可が出た。
まだ三、四時間の仮眠しか取れていないけど、俺は兵舎へと向かうことにした。確認のためというのもあるけど、衛兵の隊長から、確実に言質を得るためだ。
ついでに、監視や許可された時間なども聞かなきゃなんだけど。
パッと行って、パッと帰るとしよう――そういうつもりなので、今回はアリオナさんはもちろん、フレディも連れて来ていない。
みんなには、ちゃんと睡眠を取って欲しいしね。
早足で通りを進んで兵舎に辿り着いた俺は、扉の前にいた二人の歩哨へ名前と用件を伝えた。
歩哨の一人が兵舎の中に入ってから、しばらくして中に入る許可が出た。
兵舎の中は閑散としていて、ほとんど衛兵の姿は見なかった。深夜の襲撃が続いていて、この時間は眠っているんだろうな……これ。
まっすぐな廊下を衛兵に先導されつつ、俺は一番奥にある隊長の部屋に通された。
部屋の中は、恐ろしく殺風景だった。執務机と本棚以外の家具はなく、俺が入って来た出入り口から見て右側に、恐らくは隣の部屋へと続くドアが一つに、小振りの窓があるだけだ。
執務机の上には燭台もあるけど、これは手持ちもできるヤツだから、部屋に備わったものではないと思う。
執務机に座っている隊長に、俺は会釈をした。
「わたくしたちの要望を聞き入れて下さり、ありがとうございます」
「気にするな。カレンお嬢様からの推薦というだけだ……」
それで発言が終わったと思った俺が意見を言おうとしたけど、隊長が先に口を開いた。
「……だが、正直に言って、我々も限界だ。魔物が無限に出てくる原因がわかり、それを阻止できるのなら、是非に頼みたい」
このときの隊長は、俺にすがるような目を向けていた。俺たちが調査に出ることが、隊長によっては一縷の望みになっているようだ。
とはいえ、そこまで過度な期待はしていないようにも見える。その相反する感情に違和感を覚えた俺は、言質を取るためだった隊長への質問を変えた。
「あの、一ついいですか? なんか、調査に期待をしてるって感じじゃないっぽいですが」
「ああ……実は魔物の発生源についての調査は先月、冒険者に依頼をしていてな。数日ほど調べさせたが、なにもわからなくてな」
なるほど。そういう経緯があったのか。
あれだけ魔物に襲われてて、その原因究明を一度もしてない――ってのは、流石にないか。俺が聞いた限りでも、ここのボロチン男爵が無能という噂はない。
でも、そうなると新たな疑問が頭を過ぎる。
「でも、それならなぜ、調査の許可を?」
「……先ほども言っただろう。もう、我々も限界だ。衛兵の負傷者も増え、残った者たちの気力と体力も尽きかけている。それに交易も止まっているから、街の財政も悪化しつつある。魔物の襲撃を止めねば、兵たちだけではなく、街のすべてが終わってしまう」
「それで、無条件で許可を?」
「……無条件ではない」
このまま話の流れに任せて、言質を取ろうと思ったのに。隊長まで上り詰めた人だけあって、こんな手じゃ騙されないみたいだ。
隊長が執務机を手で叩くと、隣の部屋から若い男が出てきた。隊長は男を一瞥してから、俺に向き直った。
「……彼と衛兵の一人を監視につける。もし君らが逃げれば、彼らがそれを報せ、残った商人たちを罰することになるだろう。これは御領主からの指示であるから、ここでごねたとしても、決定は変わらぬ」
「……承知しました。ですが、一つだけ質問をいいですか? 彼は衛兵ではないんですか?」
「そう、彼は傭兵だ。お互いに、自己紹介を済ませておくといい」
隊長が片手を振って促すと、傭兵の男が俺に近寄って来た。
茶色の髪はボサボサで、目も髪と同じ色。鎧や籠手はしていないが、その風貌には見覚えがあった。
そしてそれは、相手も同様だった。
「なんだよ。誰の監視かと思ったら、おめーか」
クレイシーは眠そうな目を僅かに細めながら、口を曲げた。
「こっちの自己紹介は、一昨日い済ませたからいらねーよな?」
「そうですね。誕生日込みで教えて貰いましたし。俺は、クラネス・カーターといいます。隊商の長をしています」
一礼こそしなかったけど、俺はクレイシーに目礼をした。
クレイシーは小馬鹿にしたような顔で、欠伸を噛み殺した。
「隊商の長……その若さで、ねぇ。ま、今はタダの民兵だってことは、覚えておけよ。じゃねぇと、領主に目を付けられるぜ」
「そこは精々、気をつけますよ」
「おう、そーしな。で、街の外へ調査へ行くって? この時間じゃあ、今日は行かないんだろ?」
「そのつもりです。明日の襲撃が終わってから、行こうと思ってますけど」
「徹夜かよ……まあ、いいけどな。それじゃあ隊長さんよ、俺は宿に戻るぜ。クラネス……だったな。また明日ってことで」
クレイシーは片手を振りながら、部屋から出て行った。
彼の言ったとおり徹夜になるけど、御者を誰かに頼めば、二時間くらいは仮眠がとれるはずだ。西側の森全域を調べるわけじゃないし、明日の調査は目的地がある分だけ、楽かもしれない。
俺も隊長に別れの挨拶をすると、広場へと戻ることにした。
……それにしても、想定以上に街の状況は悪いなぁ。
交易がほとんどできていないし、人や物資の流動も、ほぼ無いに等しい。だから、経済的に停滞してしまうのは、当たり前のことなんだ。
ただ、予想よりも酷い状況ってだけ。本来の旅程なら、さっさと次の街や、村などへ逃げ出しているところだ。
広場に入った俺が厨房馬車に入ろうとしたとき、エリーさんが近づいて来た。その足元では、ペットの猫が寄り添うように佇んでいた。
首輪やリードもないのに、よく身勝手に動き回る素振りがない。よほど、飼い主に懐いてるんだろう。
俺が猫を眺めていると、エリーさんが声をかけてきた。
「長さん、どちらへ行かれていたんですか?」
「兵舎まで、ですよ。街の外へ調査に出るのが、許可されたじゃないですか。ですので、監視が付くのかとか、話を聞きに行ってました」
「そうなんですね。やはり、監視の御方は一緒にいらっしゃるんでしょうか?」
「ええ。衛兵が何人かと、傭兵が一人。逃げ出したら、街に残った商人がタダじゃ済まないって、脅されましたよ」
「あらあら……物騒ですわね」
口元に手を添えながら驚くエリーさんは、そのあとで少し悩む素振りをみせた。
それから一向に口を開かないので、仕方なく俺から話を振ることにした。
「ところで、なにかあったんですか?」
「いえ。お話は、これからのこと……でした」
「でした?」
俺が鸚鵡返しに訊き返すと、エリーさんは小さく周囲を見回してから、一歩だけ近寄って来た。
「実は……調査について、ご提案があったんです。あの幽霊さんを、調査に同行して頂こうと思ったんです」
「いやでも、昼間は無理って話でしたよ。メリィさんから、聞いてませんか?」
「ええ、聞きましたわ。ですから、その方法を考えましたの。このマースに、あの幽霊さんを憑依させようと考えたましたの」
エリーさんの案に、俺は眉を顰めた。
「……そんなこと、できるんですか? 猫だって、嫌がるんじゃ」
「そこは、折り合いが付きましたから。憑依させる手段も存在します。ただ……ほかの衛兵さんや傭兵さんが一緒となると、会話が難しくなりますから。同行する意味がなくなってしまいますの」
「ああ、なるほど」
アドバイスが欲しいから、マルドーと同行したいんだ。だけど、それが得られないなら……変な苦労をしてマルドーを同行させる必要はない。
さっさと方針を定めたいところだが、こればかりはマルドーに確認を取らないと決められない。
「そこは、マルドーに確認を取ってから決めましょうか。当人にその意志があるなら、乗っかるのも手だと思います」
もちろん、警戒は必要だ。だけど、それも今回のことで決着が付くかもしれない。どっちに転んでも、連れて行くことで、なにかしら判明するかもしれないんだ。
エリーさんも似たようなことを思ったのか、ポンと手を打った。
「そう……ええ、そうですわね。長さんに相談をして、本当に良かった」
柔和に微笑んだエリーさんは、俺に会釈をしてから自分の馬車に戻って行った。それを見送りながら厨房馬車に上がろうとしたとき、背後から服を掴まれた。
振り返ると、なにやら不機嫌そうなアリオナさんが、そこにいた。
「二人だけで、会ってたの?」
俺は一瞬、なんのことかわからなかった。
だけど、エリーさんと喋っていたことを言っているのだと、すぐに理解した。
「あ、いや、違う。ここで、ちょっと調査のことで相談されただけ」
「ふぅん……」
「いや、だから本当だってば」
これは、言い訳じゃない。れっきとした事実を言っているだけだから、俺はまったく悪くない。
俺が事情を説明すると、アリオナさんは納得してくれた……けど、その代わりに上目遣いで、言ってきた。
「じゃあ、隣で寝ててもいい?」
……どこをどうしたら、『じゃあ』になるんだろう。でも、そこを突っ込めるほど、俺の立場は強くない。いや単純に、惚れた弱みって意味で。
断れないまま、俺とアリオナさんは厨房馬車で仮眠を取った。
言っておくけど、色っぽい展開は、なにもないから、あしからず。
この日の夜、またもや現れたマルドーに、俺たちはエリーさんの案を言ってみた。
さて返答は如何に……と思ったが。
〝へえ。それは面白いな。彼女が言うなら、確かな案なんだろうさ。いいぜ、会話についても上手くやってやるから、連れて行ってくれ〟
という感じで、あっさりと承諾を得てしまった。
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