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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

二章-3

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   3

 昼飯時から二時間ほど遅れて、俺は目が覚めた。
 酷く頭が重いし、目も腫れぼったい。空腹よりも喉や口の中が酷く乾いていて、不快感が半端ない。
 俺は馬車から降りると、先ずは井戸水でうがいをしてから、ユタさんが用意してくれた蒸留水を飲んで、喉を潤した。
 喉が潤うと、次第に頭がすっきりとしてきた。


「クラネス君、食事はどうするの?」


「先に、用事を済ませてきます。夕食は……配給から貰いますから、他の商人たちと分けて下さい」


「それはいいけど……ちゃんと食べないと、身体を壊すわよ?」


「気をつけます。それじゃあ行ってきますから、馬車をお願いします」


 俺はユタさんに隊商を任せると、兵舎へと向かった。
 朝方に商人たちと話をした、街に来た物資を仕入れ値にて売買させてくれるよう、頼むためだ。
 無駄足になるかもしれないが、何度も頼みに行くしかない。こういうのは直接、領主へ陳情すべきなんだろうけど……この街の領主に対しては、面識どころかコネもない。
 直接の面識があるのは市場の頭か、兵舎にいるであろう衛兵の隊長くらいだ。あと関わりがあったのは、お客くらいだ。
 重い足取りで兵舎の前まで辿り着いた俺は、立ち止まると深呼吸を繰り返した。
 俺は兵舎のドアを開けて、中に入った。



 兵舎からの帰り道、俺は盛大な溜息を吐いた。
 隊長との話し合いは、市場の頭まで登場した挙げ句に、不発に終わった。俺たちが街の部外者ということもあるが、それ以上に街に入ってくる物資がさして多くないことが、第一の理由だった。
 俺たちに物資を廻すと、街で暮らす商人たちの分が無くなる――そう言われたら、無理強いはできない。
 とはいえ、諦めたわけじゃない。少しでも良いから、街への物資を増やせないか、なんなら村人たちと直接の取り引きをしてもいい。
 そう告げたところ、市場の頭は難しい顔をして返答をしなかった。しかし返答がなかったということは、断られてもいないってことだ。
 希望を捨てるのは、まだ早い。
 明日はどうやって交渉をしようか――そんなことを考えながら、俺は市場への道を歩いていた。
 その途中、衛兵の一団とすれ違った。
 一団の中には兵士ではない、役人っぽい服装の男がいた。だけど、そんな光景は稀に見るから、さして気にも留めなかった。
 市場に入ったとき、商人たちが荷馬車に荷物を仕舞っているところだった。俺が近寄ると、商人たちが不安げな顔で振り返ってきた。


「長……」


「なにかあったんですか?」


 俺が近寄ると、商人たちは互いの顔を見合わせた。だけど、そこからなにかを躊躇うような顔をしただけで、なにも言わなかった。
 俺は少し考えてから、商人たちに問いかけた。


「もしかして……商材がなくなったとか、ですか?」


「それもあるんですが……さっき、街の役人が来まして」


「役人?」


 その言葉で、俺は街ですれ違った役人と衛兵の集団のことを思い出した。あれは、うちの隊商への用事を済ませたあとだったのか。
 イヤな予感を覚えながら、俺は商人たちへの問いかけを再会した。


「それで、なにを言われたんですか?」


「あの、ここの御領主、ボロチン男爵様からの提案で、商材が無くなって商売が出来なくなったら……」


「民兵として、我々を雇うと言われまして」


「商売ができないまま街に滞在し続ければ、蓄えもなくなるだろうから、と」


 ……あ、そう。

 商人を民兵にしようって考えた挙げ句、こうやって弱みにつけ込んでいるのは、そのサイコパス糞野郎ボロチン男爵ってことか。
 そんな言葉が頭に浮かんだけど、俺は首を振って冷静さを取り戻そうとした。怒りに任せて行動をすれば、どこかでミスをする。それに、さっきのは流石に悪口が過ぎるし。
 頭の中で状況を整理しながら、俺は商人たちの顔を見回した。


「それで、とりあえず荷物を片付けて……どうするんです?」


「その……お役人が言うには、商売のできない者は、ここに荷馬車を停めておくことはできないと。有料で馬車を停める場所があるから、そこに移れと言われまして」


「一日で金貨一枚っていう法外な金額ですが、民兵をやれば免除されるらしく……」


 さすがにはらわたが煮えくりかえってきた俺は、商人の言葉を最後まで聞いていなかった。


 巫山戯てるのか、ボロチン男爵サイコパス糞野郎がっ!!

 俺は文句を言ってやろうと、兵舎へ向けて踵を返した。
 こんなの、やってることは詐欺師と変わらないじゃないか。俺はともかく、ほかの商人にまで手を出すなら、こっちだって手加減無しでやってやる。
 俺は商人たちを振り返らず、左手の人差し指だけを向けた。

「そこで待っていて下さい。民兵なんかやらなくても、馬車を無料で停めてくれるよう、衛兵に言ってきます」


「長……それは有り難いが、そんなことをして、大丈夫かね?」


「街の衛兵に睨まれでもしたら……わたしらは、ここでやっていけなくなるんじゃ」


 商人たちからの制止の声に、俺は立ち止まった。


「心配しないで下さい。あくまでも、話し合いをしてくるだけです。これで、なにも改善しないようなら……脱出の強行も考えます」


 うちの商人たちを戦わせようだなんて、巫山戯すぎている。俺たちは、少なくとも昨晩の戦いにおいては、かなりの功労者だったはずだ。
 その俺たちが戦線離脱するとなれば、少しくらいの譲歩は引き出せると思う。
 俺が歩き出したとき、市場に入ってきた一人の女性と目が合った。昨晩と同じ侍女っぽい服装を着こなした、マリアさんだ。
 マリアさんも俺を見つけたらしく、小さく御辞儀をしてから近寄って来た。


「クラネス様……でしたね。これからどちらへ?」


「兵舎です。色々と文句を言いに行ってきますので。それでは――」


 俺の返答を聞いたマリアさんの顔から一瞬、表情が消えた。
 そんなことなんか、気にしてられない。そのまま歩き出そうとしたんだけど、一歩目を踏み出したところで、マリアさんが俺を止めた。


「お待ち下さい。兵舎は、拙いです」


「……どうしてです?」


「もうすぐ兵舎に、領主であらせられるボロチン様が入られます。下手に怒鳴り込めば、少々厄介なことに……なりますので」


「むしろ、好都合です。領主に直談判できる、絶好の機会じゃないですか」


「ですから……わたくしの話を聞いて下さい!」


 少し大声で訴えかけたマリアさんに、俺渋々だけど立ち止まった。
 溜息と同時に振り返った俺に、マリアさんは深呼吸をしてから、深々と頭を下げてきた。


「大声を出してしまい、申し訳ありません」


「いえ……それで、そこまでして俺を引き留める理由は、なんですか?」


「はい。ボロチン様が兵舎に入られたあと、あなたがたに会うために、カレンお嬢様がお越しになります」


「カレン……その人って、領主の御息女って言ってましたね。」


「はい。ボロチン様が兵舎に行っておられる、このときしか、お嬢様が貴方たちとお会いできる時間はありません。どうか……お嬢様のために、お時間を頂きたく存じます」


「と、言われても……」


 こっちだって、隊商に加わってくれている商人たちの身を護らねばならない。
 領主の娘なんかと……領主の、娘?
 突然、俺の脳裏に電気が走った感覚がした。やっぱり寝不足で、頭が廻っていないんだろうか……領主の娘が来るなら、そっちから経由で処遇改善の要望を出せばいい。
 ボロチンに陳情するするよりも、謝罪したいと言っていたらしいカレンって人のほうが、絶対に説得はしやすいと思う。
 とまあ、そんなことを考えた俺は、マリアさんへと真顔で頷いた。


「わかりました。そこまで仰るなら、カレン様が来るまで、みんなと待っていますよ」


「お願い致します」


 深々と頭を下げたマリアさんは、そのまま市場から立ち去っていった。
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