最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
41 / 71
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

二章-2

しおりを挟む

   2

 隊商の馬車列に戻ると、俺はユタさんに挨拶をした。


「ただいまです……そして、おはようございます」


「あら、クラネス君。おはよ」


 俺はユタさんに近寄ると、兵舎で貰った革袋を差し出した。


「ユタさん、これは今回分の報酬です。みんなの食事代とかにしちゃいましょう」


「ん、そうね。それじゃあ、預かっておくわね。あ、アリオナちゃんも、おはよー」


 挨拶の代わりなのか、ユタさんが笑顔で両手を振ると、アリオナさんも両手を振り返した。いつの間にやら、そして俺のしらないあいだに、二人して簡単な意思の疎通手段を共有してるみたいだ。
 こうやって、隊商のみんなと交流できるのは、いいことなんだけど……。

 ちょっと、胸の奥がモヤッとするのは何故なんだろう。

 軽い嫉妬だったりするのか――そんなことが頭を過ぎると、自分自身への嫌悪感も芽生えてくる。
 でもこれは、睡眠不足で苛々としているのも原因かもしれない。さっさと寝て、頭をスッキリとさせたほうがいいかもしれない。
 そう思ったんだけど、目の端に商売の準備をしている商人の姿を見て、俺は自己の欲求を後回しにした。
 ユタさんが革袋を受け取ると、俺は商人たちのいる荷馬車へと近寄った。


「おはようございます。今日もなんとか、商売はできそうですか?」


「ああ、長。ご無事でなによりです。こっちの商売は、まだギリギリ……ってところですね。なんせ、この街じゃ仕入れができませんからね。この街で仕入れて、この街で売るなんて、手間が増えるだけで利益なんか出せませんし」


「……そうですよね。そっちも、なんとか話をしないと、いけないですね」


 仕入れが制限される中で、商売を続けるのは難しい。せめて、周囲の村や町から送られてくる作物の一部でも、こっちに廻して貰えるよう、頼んでみるしかない……んだけど、状況的に難しいかもしれない。
 見ている感じだと、運び込まれた品々は街で管理をしていて、街の商人たちへと卸しているようだし。
 部外者である隊商や行商人の分か、あるとは思えない。
 もし融通して貰えるなら、今までギリムマギに来た商人たちは皆、民兵なんかやってないだろうし。
 それでも交渉もしないで諦めるって選択は、選べない。商人たちだって生活はあるし、なにより長という立場が、それを許さない。

 ……でもまあ、なんだ。それよりも先に、まずは睡眠だ。

 寝不足から来てる――と思われる、精神的な不安定さを解消しないと、交渉だって纏まらないと思う。
 欠伸を噛み殺しつつ厨房馬車へ向かおうとしたとき、アリオナさんと目が合った。
 アリオナさんは、ただ俺をジッと見ている。俺は少し頬が熱くなるのを感じながら、アリオナさんへと駆け寄った。


「え、ええっと……なにか用だった?」


「クラネスくん、もしかして……これから仕事?」


 少し不安そうな顔のアリオナさんは、上目遣いにそう訊いてきた。
 どうやら商人たちと喋っているのを見て、俺が徹夜で仕事をするものだと思ったみたいだ。
 俺は小さく首を振ると、砂埃で固くなった頭髪を撫でた。


「汗と埃だけを拭ったら、仮眠するつもりだよ? アリオナさんは、ユタさんと一緒に宿でお湯を借りるといいよ」


「……クラネスくんは、一緒に来ないの?」


 眠そうな顔だけど、ジッと訴えるような眼差しを向けられて、俺はヤバイくらいに鼓動が早くなった心臓を感じていた。
 深呼吸をして息を整えてから、俺は首を横に振った。


「民兵の日銭は貰ってるけど、これからのことを考えると節約したいんだよね。女性陣は宿を使って貰うとして、男性陣は荷馬車で雑魚寝になるんじゃないかな」


「でも……」


 アリオナさんが口を開きかけたとき、ユタさんが駆け寄ってきた。


「クラネスくん。それじゃあ、アリオナちゃんを風呂とベットに連れて行くから」


「そうですね。風呂と宿泊の段取り、お願いしますね」


 俺が鸚鵡返しに言った言葉で、アリオナさんもユタさんが来た理由を察したようだ。小さく頷いたアリオナさんは、ユタさんと一緒に宿へと向かった。
 とにかく、これでゆっくりと眠れそうだ。
 俺が厨房馬車へと歩き始めたとき、背後から二組の足音が聞こえてきた。軽い足音から女性っぽいんだけど……アリオナさんとユタさんが、戻って来た?
 そう思ったのも一瞬のことで、足音がアリオナさんのものじゃないことに気付いた俺は、警戒しながら振り返った。


「クラネスさん、少しよろしいですか!?」


 エリーさんを伴ったメリィさんが、俺のほうへ歩いてくるのが見えた。
 眠そうな顔をしながらも、笑顔を絶やしていない。護衛としての責務ではなく、心の底からエリーさんを信頼し、付き従っているように見えた。


「ああ……はい。なんでしょう」


 俺が立ち止まると、エリーさんがおっとりと会釈してきた。両手で灰色の毛並みを持つ猫を抱いているんだけど……ペットなんか飼っていたんだ。
 俺の視線に気付いたのか、エリーさんは、灰色の猫へと目を向けた。


「この子は、マース。わたくしが馬車で……飼っていおりますの。よれよりも長さん、ご相談をしてもよろしいでしょうか?」


 俺に会釈をしたエリーさんは、辺りを見回してから声を顰めた。


「昨晩、幽霊さんにお会いになったそうですね。幽霊さんから聞いた話、長さんはどう思われました?」


「ええっと……そうですね」


 相談と言ったわりには、マルドーについての質問か。俺は回転の鈍くなった頭を無理矢理に働かせた。


「ええっと……あのマルドーっていうゴーストから、話を聞いただけですから。正直、まだ半信半疑って感じです」


「……そうですか。では、黒幕の存在というのも半信半疑なんですか?」


「……黒幕がいるのは、いるんでしょうけど。でも……それがマルドーが言うような黒幕かどうかは、わかりません。なんか、領主の娘を狙っているって言ってましたけど……魔物を召喚か造り出してるかは、わかりませんけどね。そんな技量があるなら、その娘を攫ったほうが早いだろうし」


 あの魔物の軍勢を囮にして領主の砦に忍び込むとか、やり方は色々とあるはずだ。なのに、ずっと街への襲撃を続けている。
 昨晩のような襲撃ばかりなら、あまりにも単調すぎる。
 エリーさんは俺の意見に、小さく、三度ほど頷いた。


「そうですね。襲撃については、わたくしも違和感を覚えておりました。やはり、確かめに行きたいですわね」


「確かめに?」


「ええ。魔物が出てくる場所を」


 にっこりと微笑む表情からは、想像もできない内容だ。
 つまり……敵の本陣への偵察を強行しようと仰ったわけだ。いい度胸をしているのか、それとも無謀なのか。
 ただ敵の本陣を突き止めるのは、確かに重要だ。
 このまま防戦を続けても、ジリ貧になるだけだ。食料などの資源だけでなく、人的な――つまり、戦力も減少していくだろう。
 商人を民兵にしたって、悪い噂が広まれば誰も寄りつかなくなるわけだし。
 ここまでのところで、メリィさんはひと言も口を挟んでこなかった。
 どうやら、仕える主を制止する気は、ないらしい――そう悟った俺は、エリーさんへと半目を向けた。


「一つだけ確認なんですけど。その場所を確かめるのは、誰なんですか?」


「……御一緒、しません?」


 この話題なんだけど……ご近所へ買い物に誘うような、おっとりとした口調で言うことじゃないと思う。
 目をキラキラとさせているエリーさんに、俺は溜息を吐いた。


「……あの、確認させて下さい。それは、いつ、誰が行くんですか?」


「それはもちろん、わたくしとメリィ。そしてあなたがたです」


 まだ言葉の途中だけど、俺は片手を小さく挙げて、エリーさんの言葉を遮った。


「あのですね。今の状況を理解していますか? 我々は、街から出られないんですよ。強引に出ようとしても、また衛兵に止められると思います。どうやって、調べに行くんですか?」


「それは、考えて下さると助かります」


 まさか、全ぶん投げされるとは思わなかった。
 絶句しながら目が点になった俺に、エリーさんは微笑みを浮かべたまま、ポンと手を打った。


「昨晩の戦いで、長さんたちはめまぐるしい活躍をしたと――メリィから聞きました。このまま戦いで活躍をして信用を得られれば、外に出る機会もあると思います。そのときに、どうやって皆で調査に行くか。その方法を考えておいて下さい」


 なるほど……そういうことか。といっても、そこまでいくのに、どれだけの戦いを熟せばいいんだろう。隊商としての商売のこともあるし、この街に長居をする気はまったくないしなぁ……。


「こちらは、商人の方々の商売も考えないといけません。最悪、強行突破してでも街から出るつもりです。敵の本陣のことまで、やっていられないかもしれません」


「あら。この街を見捨ててしまわれるのですか?」


「俺には、商人たちの生活を護る義務がありますから。このままだと商売すらできずに、この街で飢えることになります。そんなことは、させられませんから」


「そういうことですか……ふむ」


 なにやら考えるエリーさんは、すぐに顔を上げた。


「わかりました。外に出る手立ては、こちらでも考えます。でも……本当に強行突破を考えていらっしゃるんですか?」


「そのつもりです。俺とフレディなら、門にいる衛兵くらいなら軽く蹴散らせますし」


 自信満々に答えると、メリィさんが呆れた顔をした。


「昨晩のときも思ったけど……あなたたち、絶対に隊商より傭兵団のほうが向いてる気がするんですけど?」


 ……それは言わない約束、というやつだ。

 色々と問題は山積みだけど、まずは熟睡がしたい。眠い、瞼が重い、喉もガラガラになってきた。
 エリーさんたちと別れた俺は、身体を拭くことも忘れて荷物用の馬車に潜り込むと、そのまま爆睡してしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

処理中です...