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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

一章-5

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   5

 夕日が街を橙色に染め上げ始めていた。
 仮眠していた俺がユタさんに起こされたとき、街の鐘が鳴り始めた。これが夕刻の鐘というのは、幌から見える景色を見て、すぐに理解した。
 昼ご飯を食べてから、俺は商売をしないまま眠ることにした。仮眠といっても、四時間くらいは眠れた……はずだ。
 馬車の床で寝ていたから、背中や腰が軋むように痛んだ。でも初日だし、遅れるわけにはいかない。
 俺は手早く装備を調えると、馬車の外で待っていたアリオナさんやフレディと合流した。
 三人で通りに出ようとしたとき、メリィさんが駆け寄ってきた。


「す、すいません。遅くなりました」


「あ、いえ。俺たちも、今から出るところですから。一緒に行きましょうか」


「はい。よろしくお願いします」


 やや緊張した面持ちで、メリィさんは俺たちに頭を下げた。
 四人で西門へと到着したのが幸いしたのか、俺たちは同じ班――というか、小隊ということになった。
 日が暮れる頃、もう一度だけ鐘が鳴る。それが門が閉じるのと同時に、兵士たちが所定の位置に布陣する合図となる。
 それまで、俺たちは城壁の内側にある、家屋との隙間で休むことにした。ここなら日差しは避けられるし、なにより内緒話にはぴったりだ。


「一番の問題は、敵の正体がわからないってことなんだよね」


「若の言うとおりです。ゴブリンやオークといった亜人の類いなのか、それともマンティコアやオーガなどという大型の魔物か――それによって、戦い方を買えねばなりません」


 俺の言葉のあとを継いだフレディに、メリィさんが大きく頷いた。


「それは理解できます。亜人種なら、まだ一対一に持ち込めば勝機はありますが、大型の魔物ですと、弓矢などの援護は必須になるはずですから」


「……まあ、そういうことです。そのあたりの情報は、兵士とか他の民兵の人たちに訊けば、教えてくれるかなぁ」


 俺が溜息を吐くと、どこかから唸るような声が聞こえてきた。


〝やつらに訊いても、正確な情報など話してはくれぬぞ。魔物の正体など、まったくわかっておらぬからな〟


「マジか。でも、戦いになれば見てるは……」


 あることに気づいて、俺は途中で言葉を切った。ここには、俺たち四人しかいなかったはずだ。
 俺も周囲を警戒して、忍び寄ってくる足音には気を配っていた。
 ずっと〈集音〉をしていたのに、足音は一つも聞こえてはこなかったはずだ。それなのに、先ほどの声は俺たちの会話を聞いた上で、言葉を発していた。
 その異質さに、俺はある種の恐怖を感じていた。俺の《力》でも感じ取れない存在が、すぐ後ろにまで近寄ってきてるんだ。
 こんなことは、この世界に来てから一度もなかった。それだけに背後にいる存在が、恐ろしく思えたんだ。
 アリオナさん以外の三人が恐る恐る、しかし同時に声のしたほうへと振り向いた。
 外壁と補強の石材とで周囲よりも濃くなった薄暗がりに、半透明の影が佇んでいた。
 黒ぽいローブに、大柄な体躯。間違いなく、俺たちに不吉な予言をしてきた、あの幽霊だ。


「あ、あなたは――」


 メリィさんが、腰を浮かせた。やはり、エリーさんとメリィさんが出会ったというゴーストは、俺たちと同じヤツだったんだ。
 改めてみると、このゴーストはかなりの筋肉質だ。髪色まではわからないけど、短髪で精悍な顔つき。ローブも袖はなくて、筋肉逞しい腕が露出している。
 ゴーストは俺たちの驚く顔を見回しながら、顔の高さまで右手を挙げた。


〝よく来てくれたな。心から感謝する〟


「……あんな脅迫じみたこと言っておいて、感謝するも糞もないでしょうに」


 半目になった俺の突っ込みに、ゴーストは屈託ない笑顔を見せた。


〝いや、すまん。ああでも言わないと、来てくれなさそうだったしな〟


「……やっぱり、そういう理由かぁ。それじゃあ、災いっていうのも嘘だったんだ」


〝そうだな……こっちに来なかった場合、八つ当たりで〈火炎渦ファイアストーム〉でも撃ち込むつもりだったが〟


 ……八つ当たりって。

 なんて迷惑な。とにかく、これでわかったことは二つ。
 このゴーストは、なにかも目的があって俺たちをギリムマギに集めた。もう一つは、こいつが語った災いが狂言で、俺たちにとってはギリムマギ自体が災いだったってことだ。
 俺はゴーストに、憮然とした顔を向けた。


「〈火炎渦〉を撃ち込むって……ゴーストっていうのは、魔術が使えるもんなんですか?」


〝そうと限ったわけじゃない。元々の技能に左右されるからな。俺が魔術を使えるのは生前、ちったあ名の知れた魔術師だったからだ〟


「魔術師……その筋肉で」


 このゴーストの外見は、見るからに筋骨逞しい。魔術師よりも、どちらかと言えば剣闘士と言われたほうが、素直に納得出来る。


「似合わねぇ……」


〝ああ、よくない。よくないなぁ。そうやって、見た目と偏見で物事を判断するのは、良くないぞ。筋肉、それは生命力の基本! 魔術の源となる魔力だって、生命力と無関係じゃねぇんだ。それに身体を鍛えるのは、なにごとにおいても大事だぞぉ〟


 そう言って呵々と笑うゴーストを、俺は冷ややかな目で見ていた。
 なんていうか……ゴーストって、もうちょっと陰鬱なものじゃないのか? 死んでるのに、なんでここまで陽気なんだろう。
 溜息を吐いた俺は後頭部を掻きながら、半目のまま告げた。


「まあいいですけど。それより約束は護ったので、もう帰ってもいいですよね」


〝いや待て。それは困る――〟


「あの。もう日が暮れますし、次の鐘が鳴る前に本題に入りませんか?」


 メリィさんの発言に、俺とゴーストは話を中断した。
 確かに文句を言ったところで、この街から隊商が出ることが難しい今、少しでも状況を改善する方向に思考をシフトするべきだ。
 フレディは俺に小さく頷くと、ゴーストへと口を開いた。


「我々を集めた目的を教えて欲しいのだが。なぜ、我々なのか――という点も訊かせて頂きたい」


〝そうだな。少し面子が足りないが、まあいいだろう。おまえたちを選んだのは、占術によって未来を視たからだ。おまえたちが、街のために戦っている光景が、はっきりと占術の結果として出てきた。そして……おまえたちを呼び寄せた理由は、この街を救って欲しいからだ〟


「街を救う?」


 俺たちを発言を手で制止ながら、フレディが鸚鵡返しに訊き返した。
 ゴーストは表情から笑みを消すと、視線を街の中央方面へと向けた。


〝そうだ。そして、街を襲っている魔物の正体は恐らく、合成された魔物キマイラだ〟


「キマイラって……獅子の頭に山羊の頭、蛇の頭を持つ……っていうヤツ?」


〝それは、一番有名なヤツってだけだ。魔術的には、別種族を合成した魔物の総称だ。この街を襲っているのは……植物や岩石などとゴーレムを合成した魔物だ。街の奴らでは、ここまでの正体はわからないだろうな〟


「あの、ちょっと待って。合成された魔物ってことは、誰かがそれを造ってるってことじゃないの?」


〝察しがいいな、少年〟


 ゴーストは視線を戻すと、微笑んだ。


〝まだ特定はできないが……恐らく、ヤツは街の外に潜んでいるはずだ〟


「特定はできないというなら、推測はできているのではありませんか? あなたが直接、確かめに行けば、それで解決できるのではないでしょうか?」


〝悪いが、それは無理だ〟


 ゴーストはメリィさんの問いを、あっさりと否定した。


〝俺の身体では、昼間は影に潜むことしかできん。それに夜は街の護りに徹したい〟


「街の護り……あなたも防衛戦に参加を?」


〝直接ではないけどな。俺が出しゃばると、幽霊騒ぎにも発展しかねん。それに、まだ魔物を送り出しているヤツに、俺の存在を知られたくないんだ。だから魔物の進行を遅らせたり、進む方向を逸らせたりと、補助的なことで援護してるってわけだ〟


 ゴーストの返答を黙って聞いていた俺たち――アリオナさんは、相変わらず聞こえていない感じだ――とは違い。フレディだけは真顔でゴーストを見ていた。


「失礼。先ほどの問いの続きなのだが……あなたは街を救えと仰るが、魔物を操るものの目的を御存知か? それがわからねば、護りようがないでしょう」


〝……そうだな。その通りかもしれん。とはいえ、確定ってわけじゃない。俺の想定しているヤツが黒幕だったら、恐らくは領主の娘だろう〟


「領主の娘? なぜ、そう思う。街を襲うにしては、目的が小さい気がするのだが」


 フレディの追求に、ゴーストは頭を掻く素振りをした。


〝まあ……そう思うだろうな。だが黒幕がヤツなら、領主の娘を狙うだろう。彼女は……その昔、俺とヤツが惚れた女性に瓜二つなんだ。もう……少なく見積もっても五〇〇年前のことになる〟


 五〇〇年――それだけの長い年月にわたって、このゴーストはギリムマギを見守ってきたのか?
 その言葉を素直に信じるのは早計だけど、話をしている感じでは、悪人ではなさそうな気がする。とはいえ、この結論を出すのことも、まだ早いんだけどね。
 話をしていると、訊きたいことが次々に出てくる。
 次の質問を――と思っていたら、街に鐘が鳴り響いた。
 気がつけば、街もかなり薄暗くなってきている。もうすぐ、日が沈むんだろう。

〝時間切れだな〟


 質問攻めになっていたゴーストは、鐘の音に少しホッとしたようだった。


〝俺は街を護る結界を造らねばならん。話の続きは、明日以降だな。それじゃあ――ああ、言い忘れていた。俺の名は、マルドー・メードという。この街の記録を調べれば、苦労せずにこの名を見つけることができるだろう〟


 そんな自慢ともいえる言葉を残して、ゴースト――マルドーは姿を消した。
 このあと、俺たちは街の外に出て指定場所の警備に就いたわけだけど……。


「ねぇ、クラネスくん。さっきの幽霊と、なにを話していたか教えて?」


 というアリオナさんの要望に応じて、食事の配給が来るまでのあいだ、俺はマルドーからの情報について、ゆっくりと話を始めた
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