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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
一章-4
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民兵としての登録を終えた俺とアリオナさん、そしてフレディの三人は、夜まで解放された。指定された集合場所は、西門ということだ。
夕刻の鐘が、集合の合図らしい。
……夕飯を食べる余裕があるかな、これ。
周囲の人影は、まったくない。ただ、俺の耳には一つだけ足音が聞こえてきた。本当に通行人の少ない場所だなぁ。
街を歩きながら溜息を吐くと、少し後ろから声をかけられた。
「気持ちはわかりますよ。まさか民兵をやらされるなんて……」
振り向けば赤毛の――確か、メリィって名前の少女が、疲れ切った顔を俺に向けていた。
このメリィさんは民兵の登録の際に偶然、同席と相成ったんだ。兵舎を出てからも、一緒になって市場の近くにある広場へと向かっている。
メリィさんたちも街から一時的に出ようとしたときに、衛兵に捕まったらしい。
「隊商の長なのに、率先して民兵になるなんて。生真面目なんですね」
「あ、いえ。商人の人たちには、頑張って稼いで欲しいですし。護衛の傭兵は、あくまでも隊商の護衛で雇ってるだけですから」
「だから、ご自身で民兵に? 普通なら、ありえない話だと思うんですけど……」
「ええっと、まあ……そんな自覚はありますけど、別に献身とかってわけじゃないですから。ただ、あまり無茶な命令ばかりやってると、来てくれる商人も減りますしね。半分くらいは、そんな打算です」
隊商の長って仕事は、名前から受ける印象ほど権力があるわけじゃない。それ以上に気配りと、人間関係に苦労する仕事なのである。
市場に近づいてきても、メリィさんは俺たちと別れようとしない。少し怪訝そうにメリィさんを見ていたアリオナさんが、身体が揺れると肩が触れる位置まで近寄って来た。
もしかして、さっき会話をしているの見て、嫉妬してくれた――いや、これは考え過ぎというか、少しばかり願望が混じってるのかもしれない。
俺は少しばかり咳払いをしてから、メリィさんに訊ねてみた。
「あの、俺たちは市場の近くにある広場に行くんですけど、メリィさんもこっちでいいんですか?」
「あ、大丈夫です」
大丈夫という理由や説明は、一切無い。簡潔極まる返答に、俺は追求するタイミングを失ってしまった。
フレディは、少し考える素振りは見せているが、会話には入って来ない。俺たち三人の様子を見てはいるけど、それを見守っている感じがある。
不穏まではいかないけど、親しみのある雰囲気からは、ほど遠い空気の中、俺たちは広場まで戻って来た。
「あ、メリィ。おかえりなさい」
広場で停まっている《カーターの隊商》の馬車列に混じって、エリーさんの馬車が停まっていた。
ユタさんと談笑していたらしいエリーさんは、俺たちと一緒にいるメリィさんに、小さく手を振っていた。
そんな様子を見た俺としては、少しばかり目が点になっていた。
……これは、どういう状況なんだろう?
俺は再会に手を取り合っているエリーさんとメリィさんの横を通り過ぎて、ユタさんに駆け寄った。
「あの、これは……」
「これって、ああ、エリーって子のこと? なんでも、この街から出られなくなったから、御一緒しましょってことみたいよ。こっちが養うわけじゃないしね。それに、女の子を一人っきりにはできないでしょ?」
「それは、まあ」
最後の部分が正論すぎて、反論する余地がない。
あとから追いついてきたアリオナさんが、「なんの話をしてるの?」と訊いてきた。
嘘を吐くのも気が引けるので、俺は正直に答えたんだけど……。その途中で、ユタさんが茶々を入れてきた。
「クラネス君だって、女の子が増えて嬉しいんじゃない?」
「女の子が増えて嬉しいとか、そんなのないですって」
このとき、表情に少し焦りがあったかもしれない。だって、そんな俺の反応を見ていたアリオナさんの目が、すぅっと細くなった……わけで。
「……女の子が増えて、嬉しいんだ」
「いや、違っ! 違うんだってば」
「……うそ。クラネスくんのスケベ」
「誤解だから! そんなこと思ってないからね! ユタさんも説明――って、駄目なんか。ああ、もう……」
俺が頭を抱えていると、騒ぎを聞きつけたエリーさんが近寄って来た。
相変わらず、右手には杖を携えている。杖を突きながら歩いてはいるけど、足の運びとかに違和感は感じない。
脚が悪いわけじゃないのか……?
そんなことを考えていると、エリーさんが優雅な所作で会釈をしてきた。
「あなたが、長さんでしたわよね? この度は、お騒がせをさせてしまい、申し訳ありません。この街で、どうやって過ごせばよいのか困ってしまいまして……そちらのユタ様に相談をしたら、一緒に過ごせば安全だと誘われたものですから」
「ああ、いえ。そこについては、気にしないで下さい。こちらはその……少し別件で騒がしくしてるだけですから」
「別件?」
エリーさんは、少し小首を傾げながら、俺とアリオナさんを見比べた。
それから数秒後、ポンと小さく手を打った。
「ああ、スケベさんなんですか?」
「だから、違うんです! そーじゃないって、誤解を解こうとしてたんですよ」
「まあ、そうでしたの。えっと、そちらのかた?」
俺が喚いているあいだに、エリーさんがアリオナさんに話かけていた。まだ憑き者であることを誤魔化すための――ぶっちゃけ、嘘の説明をしていないから、この状況は非常に拙い。
だけど、エリーさんの声が聞こえないアリオナさんは、そんなことにも気付いていないようだ。俺を軽く睨みながら、エリーさんを何度もチラ見している。
返事がもらえないエリーさんは、ただ戸惑うばかりだ。
俺は内心で(面倒なことにならなきゃいいけど……)と思いながら、エリーさんへと小さく手を挙げた。
「あの、ですね。アリオナさんは耳が悪いので、普通に話しかけても会話はできないんですよ」
「あら? でも長さんとは、お話をしてませんでしたか?」
「えっと……それはですね。少し特殊な喋り方をして、なんとか会話をしてるんです」
「……ああ、先ほどしていた、少し甲高い声が混じったような? なるほど……」
エリーさんは少し背筋を伸ばすと、胸元に手を添えた。
「そこのかた、わたくしの声は届きまして?」
……いやあの、少し声を高くすればいいわけじゃなく。
案の定、アリオナさんは怪訝な顔をするだけだ。しばらく待って返答がないからか、エリーさんは胸元を軽く叩きながら、再度チャレンジし始めた。
「そ、こ、の、か、た。わ、た、く、し、の、こ、え、は、と、ど、き、ま、し、て?」
なんていうか。前世で昔あったらしい、宇宙怪獣の声真似みたいになっていた。
見てられなくなった俺は、否定の意味で小さく手を振った。
「いえ、だから……そーゆーことじゃないんですよ」
「お嬢様……お止め下さい」
俺だけでなく、メリィさんもエリーさんを止めに入った。
エリーさんは、ふと思案下な顔でアリオナさんを見つめた。
「……なるほど。憑き者さんでしたか」
あ、拙い。また嫌悪感剥き出しで、非難とかされるか――。
そんな心中の危機感を知らないエリーさんは、満面の笑みを俺に向けてきた。
「長さん。憑き者さんを差別していないなんて、偏見に囚われない、とても善い気質をお持ちなんですね」
「え? あの、ええっと……いえ、そーゆーわけでは」
「いいえ。こちらの地域では、憑き者さんへの差別が常習となっていますから。それをしない長さんは、善い気質をお持ちです。そういう御方の収める隊商さんなら、わたくしも安心ですわ」
エリーさんは、そう言いながら右手の杖を僅かに掲げた。
しかしメリィさんが押しとどめるように、その腕に手を添えた。
「お嬢様――」
首を左右に振るメリィさんに、エリーさんは少し残念そうにしながら、小さく頷いた。
「わかりました。ごめんなさいね、メリィ」
「いいえ。お気持ちは理解しています」
畏まって頭を下げるメリィさんにもう一度頷くと、エリーさんは俺とアリオナさんに、少し申し訳なさそうな顔を向けた。
「……ごめんなさい。わたくしたちは、馬車に戻ります」
「はい。あの……最後に一つだけいいですか? さっきの話なんですけど、エリーさんたちは、ラオン国の人じゃないんですか?」
俺の問いに、エリーさんとメリィさんの表情が、少し強ばったように見えた。
しかしすぐに表情を改めたエリーさんは、優しげに微笑した。
「ああ、少し誤解をさせてしまう言い方でしたわね。わたくしたちは、かなり山奥の集落から出てきましたので……憑き者さんたちへの差別などは、あまり知りませんでしたの」
「ああ、なるほど」
俺が追求しないままに説明を受け入れると、エリーさんの表情に柔らかさが戻った。
「夕方になれば、民兵としてのお仕事がありますのよね。うちのメリィとも、仲良くしてあげて下さいね」
「同じ境遇ですから……協力してくれる人がいるのは、こちらも助かります」
「ありがとうございます。それでは、ご機嫌よう」
優雅に会釈をしてから、エリーさんはメリィさんと馬車に戻って行った。
そんな二人を見送りながら、俺は(やっぱり不思議な人たちだな)という感想を持ったんだけど。
そんなことより、アリオナさんへの説明と弁明が、目茶苦茶大変だった。
夕方まで、なるべく身体を休めたかったのに……心労が半端ない。
……疲れた。
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