最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

一章-2

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 ギリムマギへと続く街道で、俺たち《カーターの隊商》は木の人形のような魔物に襲われた。
 人形といっても、木彫り人形のように愛嬌のある顔や指があるわけじゃない。二本に纏まった根っこのような脚に、手は葉っぱのついた五本の枝。頭部はどれかわからないけど、きっと一番上で揺れている三本の枝葉のどれかなんだろう。
 その木の人形が、三体。北向きに進んでいた隊商の西に広がる森の中から、いきなり現れたんだ。
 一体一体の強さは、大したことがない。だけど痛みを感じず、感情も存在しないのか、傷を負わせても怯んだり、臆したりしないために、そこそこ手こずってしまった。
 俺も《力》を最大限に使って、なんとか斃せる程度には、頑丈でしぶとかった。


「……なんなんだよ、この化け物」


「ゴーレムというものでしょうか?」


 俺が跪いて人形を見ていると、フレディが声をかけてきた。長剣を鞘に収めながら人形の表面に触れながら、少し首を傾げた。


「動かないでいると、ただの低木に見えますが」


「そうだよね。これが、帰らずの街の原因だったり……すると思う?」


 俺の問いに、フレディは首を傾げた。


「どうでしょう。わたくしや若だけでなく、他の傭兵でも一対一で斃せていますから。これ自体が噂の原因とは、考え憎いと思います」


「やっぱりそうか……まあ、悩んでもわからないんだろうけどね」


 馬車を振り返ると、商人たちの心配そうな目が俺たちへと向けられていた。皆、あの予言じみた脅迫に不安を感じ、そしてこの魔物の襲撃に恐怖を覚えたようだ。
 俺はそんな雰囲気を払拭するように、大きく手を叩いた。


「さあ、街へ急ぎましょう! 少なくとも、ここよりは安全だと思いますし。なんかやばそうな雰囲気だったら、速攻で逃げちゃいましょう!」


 いつもなら俺の軽口に、突っ込みの一つも入るのに、今回はみな無言で出発の準備をし始めた。

 ……だから言ったのに。

 俺は小さく溜息を吐くと、御者台にいるアリオナさんに手を挙げながら、厨房馬車キッチンカーへと戻った。
 それからギリムマギに到着したのは、一時間ほど経ってからだ。
 噂のせいか、旅人の訪問はまったく無かった。しかし城塞の門は大きく開かれ、衛兵の姿も見られる。
 門から見える街並みは、以前に訪れたときと、そんなに変わっていないように思えた。
 隊商の先頭を進む厨房馬車が城塞の門に近づくと、すぐ側に立っていた若い衛兵が、俺に話しかけてきた。


「おまえたちは……噂を聞いていないのか?」


「少しだけ、耳にしましたよ。けどまあ、御指名を受けちゃいまして」


「御指名……しかし」


「おい、余計なことを喋るな」


 近くにいた中年の衛兵が、若い衛兵の言葉を遮った。そして俺たちのあいだに割って入ってくると、厳めしい顔を俺に向けてきた。


「妙な噂が出回っているようだが、街の中は平穏そのものだ。しっかりと稼いでいくといい」


「……どうも」


 俺は一応、礼を言ってから街の中へと入った。
 あの衛兵たちのやりとりだけで、街についての噂に真実味が増してしまった。街の様子を見回せば、大きな街では必見かける行商人や、巡礼者の姿を見かけない。その代わり、傭兵や民兵と思われる者たちが、多く見られた。
 市場に出向いて商売を始めたのはいいんだけど……。


「おい、押すな!」


「ちょっと! それは、あたしのよ!」


 想定以上の人混みになってしまい、商人たちは商売に大わらわ――といった感じだ。ただし、人だかりの集まるところは、顕著に差が出てしまっている。
 食料品や消耗品を取り扱う商人が盛況で、絨毯などの贅沢品は人が少ない。とはいえ、まったくいないわけではなく、裕福層らしい服装の者が馬車を除いていた。
 そして……。


「クラネスくん……お客さんがこないの」


 半泣きのアリオナさんが、俺の厨房馬車に踊ってきた。どうやらこの街では、腕相撲勝負は需要がなかったようだ。


「ああ……まあ、街の噂もあって、行商人も来ないようだし。商業的にも縮小傾向だから、娯楽関係は人気薄かもね」


「うう……売り上げが……」


 こればかりは仕方が無いんだけど……街の状況より、稼ぎのほうが気になるなんて。ちょっと前なら、もっと不安がっていたはずなのに。

 アリオナさんも、隊商での生活に熟れてきはったなぁ……。

 などと感傷的になっている余裕が、俺にはなかった。
 傭兵や民兵たちが、こぞって《カーターサンド》を買いに来たんだ。珍しい食事をしたいっていうのは、流れ者の欲求の一つだ。
 傭兵なんかも流れ者ではあるけど、民兵はどうなんだろう?
 接客をしていると、最後の晩餐でも食べに来た――という顔をしている人が、たまにいる。
 このあたりに、戦の噂はない。
 それなのに、民兵が駆り出されているっていうのは……これはなんというか、イヤな予感しかしないんだけど。
 山賊なんかが、領主街を襲うとは考え難い。あいつらが襲うのは旅人か、小さな村がほとんどだ。
 となると領主街が民兵を召集している理由は、他にある。その見極めをする必要は、しておいたほうがよさそうだ。
 たった一日の滞在だけど、そのあいだに致命的な状況に陥ることだってある。ここは慎重に……最悪、夜逃げ同然に街を出ることも考えないと。


「あの、まだ買えますか?」


 小窓から声をかけられ、俺は思考の底から戻って来た。
 慌てて振り返ると、赤毛の少女がこちらを見ていた。金属製だけど軽装の鎧に長剣を下げているから、民兵か傭兵みたいだ。
 俺は営業用の笑みを浮かべてから、小窓から顔を出した。


「いらっしゃいませ。まだ大丈夫ですよ」


「ああ、よかった。その、カーターサンドを二つ」


「はい。合計で四コパになります。少し待って下さいね」


 俺は答えながら、開きにしたパンの断面にガーリックバターを塗り、軽く炙った。手早く具材とマヨネーズを盛り合わせたものを二つ作ってから、代金と引き替えに少女に手渡した。


「……どうも。この隊商は、明日も商売をしますか?」


「それは……なんとも。こちらかも聞きたいことがあるんですけど……この街って、なんでこんなに物々しいんですか? 雇われた理由とか、聞いてます?」


 俺の問いに、少女は一瞬、きょとんとした。
 だけどすぐに、なにかを察したように苦笑いを浮かべた。


「あ、ごめんなさい。あたし、傭兵じゃないんで。行商をしてる……その、馬車の護衛をしてて。まだ、商売はしてないんですけど……ね。だから、詳しい状況とかも、わからなくて」


「あ、そうなんですか。ごめんなさい。つい、勘違いを」


「謝らないで下さい。あたしも、こんな格好をしてるから、傭兵って思われても仕方が無いって思いますし」


 あはは――と、少女は笑ってみせたけど……なんか、作り笑いっぽいんだよなぁ。
 そんなとき、目の前に止まっていた馬車の幌から、ひょっこりと御者台側に人影が出てきた。
 やけに長い金髪の目立つ少女――に見える。とてもじゃないが、行商人には見えないけどな……。
 その金髪の少女は、不安げな顔で周囲を見回した。


「メリィ!? まだかかりそうですの?」


「あ、お――お嬢様! すいません、今戻ります!」


 赤毛の少女が馬車に戻ると、そこで金髪の少女と二、三の言葉を交わした。
 少しして、入れ替わるように金髪の少女が厨房馬車へと近寄って来た。ドレスとまではいかないが、かなり質の良い生地を使ったチェニックを着ている。手首までを隠す長袖は、まるでローブのようにゆったりとした造りで、左手に持った木の杖を突きながら歩いていた。
 少し脚が弱いのかと思っていると、金髪の少女が俺に会釈をしてきた。


「うちの者が、お手数をおかけしたようで」


「あ、いえ。話を振ったのは、こちらですので」


 俺が会釈を返すと、金髪の少女は淑やかに微笑んだ。


「わたくしは、エリーと申します。先の者は、メリィ。わたくしの護衛をしておりますのの。街に滞在しているあいだ、どうぞ……よろしく」


「ええ。こちらこそ」


 やけに丁寧な言葉遣いに、俺は戸惑った。それに口調も、商人にしてはゆったりとしている。
 俺はふと気になって、エリーさんに訊いてみた。


「あの、この街の噂は御存知ですか?」


「噂……いいえ?」


 エリーさんは、僅かに首を傾げた。なるほど、噂を知らなきゃ街に来ても不思議じゃないか。
 そんなことを考えたのが顔に出たのか、エリーさんは顎に細い人差し指を添えながら、小首を傾げた。


「……あまり良くない噂ということですか。でも、それでしたら何故、あなたがたは、この街に来たんです?」


「いえ……ちょっと、余り嬉しくないお誘いがあってですね。仕方なく」


 まさか、幽霊に脅されてとも言えず、俺は誤魔化すように肩を竦めながら答えた。
 それで話を終わらせたかったけど、エリーさんは「まあ」と呟くように言ってから、やわらかく微笑んだ。


「実は、わたくしたちもなんですの。それも……内緒ですけど、男の幽霊さんから」


 エリーさんが口走った言葉に、俺は心臓が飛び出そうなくらい驚いた。
 俺たちと、まったく同じ状況だ。そんな驚きに言葉を失っていると、エリーさんの笑みが増した。


「……ここで出会ったのも、偶然ではないかもしれませんね。それでは、また――運命の導きがあったときに」


 なんか、不思議な人だ。
 優雅な一礼とともに、エリーさんは自分の馬車へと戻って行った。
 男の幽霊――あのときのゴーストが、また出てきたりするんだろうか? そっちも気にしなきゃならないって考えると、頭が痛い。
 とにかく、あとで街の中を調べてみよう。
 逃げ出すなら早いほうがいいし――と、そんなことを考えながら、俺は次の客が来るまで、このあとの行動について悩み続けた。
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