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四章-7
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「お頭!」
喧しくドアをノックする音で、キスーダは目を覚ました。
寝間着ではなく、普段から来ている袖口のゆったりとしたワンピースのままだ。ベッドの側にある椅子にかけてあった赤いマントを手繰り寄せると、キスーダは上半身を起こした。
「……なんだい、こんな夜更けに」
「お頭、冒険者の襲撃です! 奴ら、魔術でバリスタを破壊して……」
「冒険者?」
眉を顰めたキスーダは、ベッドから起き上がりながら思考を巡らせた。
これが偶然か、それともクラネスという隊商に雇われたのか――そのどちらかで、このあとの対応が変わってくる。
(後者の線は薄いかもしれないけどねぇ)
人質を奪還するつもりなら、バリスタなんか破壊せず、裏から潜入するだろう。
だが判断を下すには情報が少ないと、キスーダはドアに近寄った。
「奴らは、なにか言ってるのかい?」
「それが、山賊の討伐だと。歩廊にいる仲間が、次々に射貫かれて……」
「……寝ている奴らを起こしな。歩廊の見張りがやられているなら、奴らはまだ崖の上かい? ああ、もう一つ聞かせておくれ。やつらは、自ら名乗りを上げた?」
「へい。二つとも、その通りです」
手下の返答に、キスーダは眉を顰めた。
この砦を落とすのが目的なら、崖の上から攻撃するのが定石だろう。その戦術と、名乗りを上げるという陳腐さが、妙に引っかかる。
(囮……の可能性もあるか)
キスーダは少し考えてから、木製のドアを開けた。
まだ年若い、痩せたで無精髭の男が、部屋から出たキスーダに畏まる。その手下に、キスーダは杖の先端を向けた。
「寝ている奴らを起こしな。冒険者なら、数人だろ。数で圧して、さっさと斃しておしまいよ。ただ、砦の中で護りに就いている奴らは、そのままにしておくんだ。念のため、侵入者にも警戒をしろって伝えておくれ」
「へい」
手下が去って行くと、キスーダは人質のいる部屋に向かった。その部屋の前に鎮座した彫像にを一瞥すると、無双さにドアを開けた。
*
二階で若い山賊を昏倒させつつ、俺は三階への階段を上っていた。 続けている〈舌打ちソナー〉には、三階の一番奥にある部屋以外に、人の反応は返ってきていない。
話し声は聞こえてくるけど、念のため〈集音〉よりも〈舌打ちソナー〉を優先させていることもあって、その内容まではわからない。
息を顰めながら三階に上がったとき、砦に振動が伝わってきた。
どうやら、マリーが砦に直接攻撃を仕掛けたらしい。
……主な目的が、人質救出だって理解してるよな?
少し不安を覚えながら、俺は三階の廊下に出た。開けっ放しになっているベランダの篝火が照らしてくれるお陰で、周囲がかなり見やすくなっている。
部屋は左右に一部屋、そして通路の真ん中で鎮座した鎧騎士の彫像の奥に、部屋が一つある。人の気配が返ってくるのは、奥の部屋だけだ。
俺は足音を殺しながら、ゆっくりと奥の部屋へと近寄った。もちろん、〈舌打ちソナー〉を使いながら、だ。
足音は、限りなく抑えている。〈消音〉を同時に使ってもいいんだけど、部屋の中の動向を確かめるのに、集中したかったんだ。
廊下の真ん中に鎮座している、彫像の右横を通った俺は、異質な金属音を聞いた。振り返るよりも先に、身体が動いていた。
ほとんど条件反射で、右に傾けるような姿勢で身をよじった。金属の拳みたいなものが、俺の髪を掠めるように通り過ぎた。
素早く間合いをとりながら、俺は殴りかかってきた相手を振り返った。
片膝をついて鎮座していた鎧の彫像が、今は立ち上がっていた。心音はまったく聞こえないから、人が入っているわけじゃない。
となると――ゴーレムやガーゴイルとか、そういう類いのものか。
俺が長剣を抜く前に、鎧のゴーレムは殴りかかってきた。俺は《力》を〈舌打ちソナー〉から〈範囲指定〉をした〈消音〉へと切り替えた。
その途端、俺の周囲が音の無い空間に包まれた。
ゴーレムの拳を避けながら、俺は抜剣と同時にゴーレムに斬りかかった。だけど案の定、金属質の胴体は刀身を受け付けなかった。
今は〈消音〉に集中しているから、舌打ちすらできない。即座に後ろに飛び退いた直後に、ゴーレムの拳が振り下ろされた。
長剣を構え直しながら、俺は少し気持ちに余裕が出てきた。
フレディに比べれば、こいつの動きは木偶の坊みたいなものだ。あとは――《力》を込めた一撃を叩き込むだけだ。
ゴーレムだから、フェイントなんか通用しないはず。だから、狙うとしたら一撃を躱した直後だ。
両腕による二連続を躱したとき、待ち続けたゴーレムの隙が生まれた。俺は長剣を指で弾きつつ、即座に《力》を切り替えた。
刀身がゴーレムの胴体に触れると同時に、《力》を放つ。〈固有振動数の指定〉を〈音量強化〉ではなく、〈強度強化〉にしてある。
この《力》を受けて、ゴーレムの全身に細かく振動した。この直後に、俺はもう一度〈消音〉を使いながら、ゴーレムに渾身の突きを放った。
もし〈消音〉をしてなければ、盛大な破壊音が響いたはずだ。俺の一撃を受けたゴーレムの右横腹に、大きな穴があいた。その穿った穴から、ヒビが広がり――ゴーレムは胴体から折れ曲がった。
しばらくは藻掻いていたが、やがてそれも止まった。
どうやら胴体が破壊されたことで、蓄えられた魔力とか、そういったものが枯渇したみたいだ。
俺は大きく息を吐いてから、長剣に目をやった。長剣を介した金属への《力》の発動は、刀身を破壊する場合が多い。
金属を破壊するための固有振動数を、銅や鉄、鋼などへ対するものへと順に変えていくから、同じ金属である長剣も影響を受けてしまうんだ。
今回も、刀身の半分を失うことになってしまった。
折れた長剣を手にしたまま、俺は奥のドアへと進んだ。〈舌打ちソナー〉を使った限りでは、部屋にいる人たちが、廊下の騒動に気付いた様子はない。
部屋の中にいる人は、〈舌打ちソナー〉の反応では三人だ。一人はドアの真正面で椅子に座っている。もう一人は、俺から見て右側。多分だけど檻の中にいる。背格好から、こっちがアリオナさんだ。
もう一人……左側にもいるが、こっちも檻の中だと思う。状況から察するに、牢の番人かなにかだろう。
俺は体内の《力》を集中させると、折れた長剣の断面をドアにそっと押し当てた。そして刀身を指で弾いた音を起点に、俺は《力》を発動した。
途端。
ドアは部屋の内側方向へと破裂した。破片は部屋の中に飛び散るが、アリオナさんには被害がないようにはしている。
破片をまともに受けた〈舌打ちソナー〉の反応を確認してから、俺は部屋の中に入った。見張りがいたであろう場所には、土埃や埃が舞っている。
アリオナさんは、その右側にいた。
「アリオナさん!」
「クラネス君?」
驚くアリオナさんの様子にホッとしたとき、埃の中から古びた杖の先端が現れた。
なにか呟く声が聞こえてきた直後に、杖の先端から俺へと目掛けて、白光りする光球が放たれた。
咄嗟に光球を避けた俺は、舞い上がる埃の中から妙齢の女性が現れた。裾が足元まである赤色の衣服の上に、黒いマントを羽織っている。
女は俺を見て、少し目を丸くした。
「あら……想像していたより、早いご到着ね。それに、思っていたよりも若いわ。あなたが、冒険者?」
「俺は……冒険者じゃない」
「そう。ああ、そこの子が、クラネスって呼んでいたわね。それじゃあ、あなたが隊商の長? あらまあ、すごく若いわね」
女は手にした杖の先端で、自分の肩を一度だけ叩いた。
「あたしは、キスーダ。この《血の女豹》の頭よ。取り引きの場所と時間が、まったく違うけれど……どういった御用かしら?」
「取り引きの場所とか、知らないんで。大人しく、アリオナさんを返せ。そうすれば、手荒なことはしない」
「……あなた、馬鹿? そんな戯れ言、聞くわけが無いでしょう? ここは、あたしのアジト――居城よ。あなたは、あたしの手下に囲まれた……豹の縄張りに入り込んだ、可哀想な獲物でしかないの」
「その手下は、そうとう減ったみたいだけど。ほら……外はかなり静かになってきたよ」
俺の言葉で、キスーダは俺の背後にある廊下へと耳を澄ました。
砦の外で行われている戦いは、アランたちが優勢のようだ。あの火球での一撃が、勝負を決めたといっていいかもしれない。
「なるほど。あなたの言うとおりね。でも――ここで、あなたを捕まえれば、冒険者との取り引きに使えるでしょ? その折れた剣で、あたしに勝つつもり? 言っておくけど、そんなものじゃ、あたしに傷一つ付けられないわよ?」
余裕の笑みを見せたキスーダが、俺へと杖の先端を向けた。
なにかを呟いた彼女の身体が、薄い光に包まれた――そんな気がした。
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本作を読んで頂いている皆様、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回は、地の文が長いこと長いこと。潜入ミッション的な流れですと、主人公が喋らないので、どうしても地の文が長くなりますね。あと〈消音〉してるので、音の描写もできませんし。
あと……。
今回で四章も終わりか――そう思ってプロットを見返していた中の人でしたが、四-8という項目を見て「あ、忘れてた」と血の気が引いたのは、今となってはちょっと良い思い出です。
……予定が狂っちゃっいましたが、続くモノは仕方がないんです。
というわけで、第一章的な本作は、あと二回続きます。最後までお付き合い頂けたら幸いです(ペコリ
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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