最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
24 / 71

四章-2

しおりを挟む

   2

 カマーゴという町に到着した《カーターの隊商》は、広場の隅に馬車列を停めた。
 もう夕暮れが近いので、今日は商売をしない。買い付けは個々に任せるとして、隊商としての商売は、明日の朝からだ。
 モーリさん夫妻の馬車は、ここで隊列から離れた。モーリさん夫妻は、この町までの契約だからだ。


「カーターさん、今回もお世話になりました」


「いえ。また、隊商に参加してくれたら嬉しいです」


 モーリさんと別れの挨拶を交わしていると、俺の横に居たアリオナさんに、サラマンドラさんが抱きついた。


「アリオナちゃん、今回は本当にありがとう」


「え? あの、え?」


 サラマンドラさんに抱きつかれたのはいいんだけど、アリオナさんには、お礼の言葉すら届かない。
 俺が通訳――じゃないか。サラマンドラさんの言葉を伝えると、それでようやく、アリオナさんはどういう状況か理解したようだ。
 アリオナさんはサラマンドラさんを、そっと抱き返した。


「こちらこそ、ありがとうございました。また……また、会いましょう」


 アリオナさんとサラマンドラさんが離れるのを待って、モーリさんは御者台に登った。
 モーリさんの馬車が去って行くのを見送ってから、今度は二人の傭兵と別れの挨拶を交わした。
 最後の報酬を受け取ると、傭兵の二人は次の仕事を探しに、町の中へと去って行った。
 少し寂しくなるけど、隊商では普通にある風景だ。新しい参加者や傭兵の募集もしたいところなので、悲しんでもいられない。
 先頭にある厨房馬車に、商人と傭兵を募る羊皮紙を釘で貼り付けたところで、背後から鎧の鳴る音が聞こえてきた。
 早速、傭兵が訊ねてきたのか――と思って振り返ると、そこにいたのは冒険者のアランたちだ。
 生憎、冒険者は募集していないんだけどな……なんてことを考えていると、アランは険しい顔で話しかけてきた。


「おい。おまえ、なにをしたんだ?」


「はい? なにをしたって……いつも通りの商売しかしてませんけど」


「本当か?」


 俺の返答を疑うような目をしているアランに、俺は戸惑いを隠せなかった。なにかあったんだろうか――と思っていると、神官でもあるチューイが前に出てきて、アランの背中をポンポンと叩いた。


「落ち着け、アラン。ああ、クラネス。先日に立ち寄った冒険者の店でな、おまえさんの隊商の行き先を聞かれたんだ。なんでも、おまえたちを探している人がいるらしい」


「冒険者の店で?」


 この話は、まさに寝耳に水――あ、これは前世の世界での言い回しなんだけど、そんな状況だった。
 俺の行き先を探す人……コールナン家の人たちじゃないと思うけど。駄目だ、想像ができないや。
 俺は考えるのを止めると、二人に目礼をした。


「とにかく。教えてくれて、ありがとうございます。できるだけ、気をつけるようにはします」


「ああ、それが良かろう。ではな。御主たちに、祝福と武運のあらんことを」


 チューイが指で丸に横棒を描いた。これはどうやら、チューイの信仰する宗派の印らしい。


「じゃあ、気をつけろよ」


 アランたちが立ち去ったあと、アリオナさんが駆け寄ってきた。


「クラネスくん! なにか言われたの。大丈夫?」


「うん、大丈夫。なんか、気をつけろって言われただけ」


 俺の指揮する《カーターの隊商》を探す存在。それが何処の誰で、どんな目的なのかがわからない以上、警戒しなくちゃ。
 ただ、町にいるあいだは〈舌打ちソナー〉での警戒は難しい。住人たちの動きと、襲撃者との線引きが、音の反射だけでは難しいんだ。
 必然的に目視が必要になってくるから、あまり少数で動かない方がいいかな。


「クラネスくん?」


 アリオナさんに呼ばれて、俺はハッと顔を上げた。


「どうしたの? なんか怖い顔をしてたけど」


「え? うそ。こんなに平和主義者なのに」


 両手で自分の頬を撫でると、アリオナさんは苦笑した。
 あまり不安がらせるのも良くない……と思うし。俺は両手を離してから、笑顔を浮かべた。


「それで、どうしたの?」


「御飯、食べに行かないの?」


「ああっと……そうだね。ある程度は仕込みが終わってから、かな。アリオナさんは、ユタさんたちと食事に――」


 答えながら厨房馬車に入ろうとした俺の腕を、アリオナさんが掴んできた。
 なにごとかと振り返った俺に、少し膨れっ面のアリオナさんは、上目遣いに訴えてきた。


「クラネスくん、ただでさえ働き過ぎなんだから。たまには、一緒に食事……食べようよ」


「え? ちょ――ちょっと待って」


 抗いたかったけど、腕力ではアリオナさんに敵わない。悔しいと、思わないと言ったら嘘になる。嘘になるんだけど――そういう《力》の持ち主なんだから、こればかりは仕方がない。
 俺が抗うような姿勢でいるにも関わらず、まったく抵抗できないのを見て、アリオナさんはクスッとした笑みを零した。


「もう、抵抗しないの。ほらほら、行きましょ」


「いや、馬車の警備だってしなきゃだし!? 傭兵たちにも休養を……」


「クラネスくんだって、休養は必要でしょ? 文句を言わないの。それに全然、抵抗できてないじゃない」


 ずるずると引っ張られる俺を見て、アリオナさんの表情に理解の色が滲み出た。


「そっか。クラネスくんも、あたしの腕力に勝てないんだ……それなら、無理矢理迫っても――」


「……アリオナさん?」


 どこか獲物を狙う獣の目をしたアリオナさんは、俺の呼びかけで我に返った。
 頬に朱が差したアリオナさんは、プイッと前へ向き直った。


「ほら、はやく行きましょ」


 アリオナさんが俺を引っ張る力が、いきなり強くなった。
 早足で馬車から離れたとき、近くにいたユタさんが俺たちに手を振ってきた。


「あら、二人で夕食? 馬車は見ててあげるから、ごゆっくりぃ」


「お、お願いしますぅぅぅ!」


 ユタさんへの返事を叫びながら、俺はアリオナさんに引っ張られるままに、少し離れた酒場へと入っていった。



 パンにスープ、それにチーズという夕食だったけど、味は悪くなかった。
 スープは野菜がメインで、そこにニンニクや牛脂などで味付け。タンパク質は川魚の切り身と豆しかないが、庶民にとって牛肉や豚肉は高価だから、こればかりは仕方が無い。
 チーズやニンニクが、庶民の肉と呼ばれている理由でもある。
 この店は、隊商の馬車が停まっている広場から、ほどよく近い場所にある。すぐ近くに冒険者の店があるのが、難点といえば難点なんだけど。
 ほら、冒険者は騒ぐのが好きだから。ここまで、ドンチャン騒ぎの声が聞こえてきたりしてる。
 酒場では時折、視線を感じた。けど、周囲を見回しても怪しい人影はわからなかった。
 若い男女が二人で食事をする姿というのは、酒の肴にするには丁度いいってだけかもしれないけど……アランたちの話を聞いたあとでは、心配になってしまう。
 食事を終えた俺たちは、酒場を出た。


「ああ……腹一杯」


「やっぱり、疲れすぎだったんじゃない? ね、食べに来て良かったでしょ」


 身体の後ろで手を組んだアリオナさんが、俺の顔を覗き込んできた。
 そんな、たわいない会話だったのに、俺は頬の辺りが熱くなるのを覚えて、それを誤魔化すため、頭上に浮かぶ月を見上げた。
 今日は、満月だ。
 もう日も沈んだのに、月明かりもあって周囲はそれなりに明るかった。


「今日は、月が綺麗だね」


「え、うん。そうだね」


 ほかの客の出入りの邪魔にならないよう、俺とアリオナさんは、酒場から少しだけ離れた。停まっている荷馬車の横を通って、十字路の角へ移動してから、俺たちは二人並んで星や月が輝く夜空を見上げた。


「……ゆっくり食事をしたのも、夜空をのんびりと見上げたりとか、随分と久しぶりな気がするよ」


 深呼吸をして気を落ちつかせてから、俺はアリオナさんに微笑んだ。


「確かに、食べに出てきて良かったよ」


「うん」


 アリオナさんは、小さく頷いた。
 いつのまにか、そしてどちらかが近寄ったのかもわからないけど、俺たちは互いの腕が微かに触れるまでに近寄っていた。
 どこか胸の奥が熱くなる感覚を覚えながら、俺は数歩だけ前に出た。


「それじゃあ、戻ろうか。ユタさんが、宿の手配をしてくれてると思うしさ。湯で汗を拭いたり頭を洗ったりして、さっぱりしたいしね」


「……うん。そうだね」


 俺たちは前方にある、隊商の馬車が停まっている広場へと歩き出した。
 こんなふうに、アリオナさんとの会話に夢中になっていた俺は、周囲への警戒をおろそかになっていた。
 馬車まで、そんなに離れていなかったのも、理由の一つだ。
 だからか――鎖の鳴る音が聞こえてきたことに、気付くのが遅れた。音のした方角を振り返ったとき、アリオナさんの上半身は太い鎖に一巻きされていた。
 薄汚れた服を着た二人の男が、鎖を巻かれたアリオナさんの身体を、両側から持ち上げた。


「アリオナさん!?」


「く――クラネスくん!」


 俺はアリオナさんを取り戻そうと駆け出したが、手が届く直前に、駆け込んできた荷馬車の荷台に放り込まれてしまった。


「アリオナさん!」


 アリオナさんを呼んだとき、俺は荷馬車にいた女と目が合った。荷馬車を追いかけようとした俺の前に、先ほどの二人組が立ちはだかった。

----------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

冒険者と再接触後、途中ぶつ切りで終わったわけですが……あくまでも予定通りです。

ここでは書けることが……チーズとニンニクが庶民の肉というのは、史実通り……だったような。
肉は一般的じゃない感じ。

この世界では干し肉であれば、ある程度は庶民の口にも入ります。

山の中の魚までは、税金はかかりません……って感じです。豚を放し飼いにして、冬前に食べる風習はありますが、生肉を調理するのは、そのときくらい……という感じで書いてます。

冒険者は、そこらへんの常識から一歩外れた存在なので、狩りなどは平気でやってます。放浪をしている分には税金もなし。
その代わり、災害などがあっても、領主などからの援助は受けられない……という感じ。

自己責任の世界ですね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー 不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました 今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います ーーーー 間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です 読んでいただけると嬉しいです 23話で一時終了となります

王太子に転生したけど、国王になりたくないので全力で抗ってみた

こばやん2号
ファンタジー
 とある財閥の当主だった神宮寺貞光(じんぐうじさだみつ)は、急病によりこの世を去ってしまう。  気が付くと、ある国の王太子として前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまうのだが、前世で自由な人生に憧れを抱いていた彼は、王太子になりたくないということでいろいろと画策を開始する。  しかし、圧倒的な才能によって周囲の人からは「次期国王はこの人しかない」と思われてしまい、ますますスローライフから遠のいてしまう。  そんな彼の自由を手に入れるための戦いが今始まる……。  ※この作品はアルファポリス・小説家になろう・カクヨムで同時投稿されています。

処理中です...