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四章-1
しおりを挟む四章 声の《力》
1
森の中で、耳をつんざく咆吼があがった。
黄土色の肌を持つ巨漢が、目の前にいる三人の男たちを叩き潰そうと、丸太を僅かに削っただけの棍棒を振り上げた。
背丈三ミクン(およそ三メートル弱)で、筋骨の逞しい体躯をしたそれは、人間ではない。オーガと呼ばれる、魔物の一種である。
腰に狼の毛皮を巻き付けただけの身体は、火傷や切り傷だらけだ。
棍棒が勢いよく振り下ろされたが、そこには誰もいない。棍棒は虚しく空を切り、地面に叩き付けられた。
棍棒を避けた三人の男たちの背後から、勝ち気な女性の声が響いてきた。
「燃やすよっ!!」
杖の先端が赤い光に包まれていることから、もう魔術を発動させる準備が終わっている――そう理解した男たちは、オーガに視線を向けたまま、五歩以上も退いた。
オーガの目が、ひ弱そうな人間の女に向けられた。突進すべく一歩を踏み出そうとした、その直後に、女の口から最後のキーワードが発せられた。
「フィウイ・バレタッ!」
古代魔術語によるキーワードを唱えると、杖の先端から直径一ミクン(約九八センチ)ほどの火球が、オーガに向けて放たれた。
女にむけて駆け出そうとしていたこともあり、オーガは火球を避けられなかった。火球の直撃を受け、オーガの身体は炎に包まれる。だが、それでもなお命が尽きていないオーガは、両手を地面に付けながらも女の元へと駆け出そうとした。
「――させん」
口髭を生やした男が、低くなったオーガの頭部へ戦鎚を叩き付けた。
それで怯んだところに、茶色い髪をした男が、オーガの横腹へ戦斧で斬りかかった。
「トドメだ!」
短い金髪の青年が、両手で構えた長剣を振り下ろすと、オーガの首を半分ほど切り裂いた。
赤黒い血飛沫をあげて地に伏したオーガから離れた三人に、女が駆け寄った。
「アイン、グラガン、チューイ、怪我は無い?」
「ああ、マリー。皆、無事だ」
戦鎚を腰のベルトの金具に引っかけながら、鎖帷子の上から法衣を羽織ったチューイが、緑色のローブを着た少女――マリーに手を挙げた。
ローブとはいえ、裾は膝上までしかない。膝からしたは、革のブーツで包まれていた。
樫の木の杖の先端は、金属で覆われていた。そこには古代魔術語が刻まれている。
マリーは丸焦げとなったオーガを一瞥すると、渋面になった。
「相変わらず、焦げたオーガは酷い臭いよね。もっと辺境で引きこもってりゃいいのに。なんだって、こんな街の近くに出たのかしら」
「さあ……な。群れからはぐれたか、餌を求めて野に下ってきたんじゃないか」
胴鎧を着て戦斧を持つ茶色い髪に細めの青年、グラガンはオーガの死骸を爪先で突きながら、マリーの問いに答えた。
そこへ短い金髪に鎖帷子を着た青年、アランが大袈裟に手を振った。
「そんなこと考えんなよ。とにかく、依頼は完遂したわけだ。早く街に戻って、報酬を貰って、飯でも食おうぜ。そんで美味い物を食って、酔っ払って、寝る。考えてもわからねぇことより、こういう楽しいことを考えようぜ」
「わたしは、災難に喘ぐ民が救われれば、それでよい」
澄まし顔で持論を述べるチューイに、アランは渋面で手を振った。
「ああ、そーゆーのは好きにしてくれ。それじゃあ、街に戻ろうぜ」
アランに反論する者もなく、オーガの頭部だけを手に入れた冒険者一行は、依頼を受けた街――ランカルへと戻った。
ランカルにある、《勇猛なる剣亭》という酒場に戻ったアランたちは、店の店主から革袋一杯の銀貨と銅貨を受け取った。
この世界において、冒険者は酒場で依頼のやり取りを行う。ただ、その酒場は一般のそれではなく、情報屋などを兼業した店であることが多い。
冒険者の酒場と、一部で呼ばれている店だ。
さて飲んで食おうぜ――と、仲間とテーブル席に戻ろうとしたところで、髭面の店主に呼び止められた。
「アラン、一ついいか? おまえさん、《カーターの隊商》という隊商の行き先を知っているか?」
「なんで……いや、その隊商がどうかしたのか?」
途中で質問を変えたアランに、店主は真顔で応じた。
「なんでも、その隊商を探している人がいるんだよ。なんか、べっぴんさんでな。情報だけで銀貨五枚の報酬が貰えるんだよ。なんなら、半分やってもいいんだが……で、どうなんだ?」
「悪いが、よくは知らねぇな。隊商ってことは、そのうちここにも来るんじゃねぇのか?」
アランの問いに、店主は肩を竦めた。
「それが……二、三日前に居たらしいんだよ。そこから、どこへ行ったのかがわからんのだ」
「そうかい。残念だが、俺にはわからねぇな」
アランが仲間のいるテーブルに戻ると、隣の席にいたチューイが、気むずかしい顔で出迎えた。左右を見回し、近くに誰もいないのを確かめてから、小声で問いかけた。
「嘘は良くないと思うが。前に出会った街、そしてここ。進行方向は推測できるだろう?」
「なんか、うさんくせぇんだよ。隊商なんぞの行き先を、なんで気にする? これは勘だが、なんか裏がありそうじゃないか」
アランは答えてから、大きく息を吐いた。
「明日あたり、出発してみるか」
その呟きに、ほかの三人は互いに顔を見合わせながら微笑んだ。
*
「へえ……このあたりに山賊ですか」
街への移動中、《カーターの隊商》は行商人一行と出くわした。
昼飯の最中だったこともあり、俺たちは手持ちの商材での取り引きは始めていた。馬車ではなく、徒歩での商売ということで、生憎と食料品の類いはなかった。
しかし逆に、隊商の食料品はそこそこ売れたようだ。こちらからは、糸や針などの日用品が少々といったところだろうか。
取り引きを終えたあと、俺は中年の行商人との雑談に興じていた。まだ昼食を食べ終えていない人もいるし、なによりこの先のことを聞くのは有益なんだ。
山賊の話に食いつく素振りを見せると、行商人は鷹揚に頷いた。
「ああ……かなり大きな山賊の一団みたいでなぁ。血の――なんとかって名前らしい」
「なんとかじゃ、ちょっとわからないですよ」
「いやいや、なんか動物の名前だった気がするよ。猫だったか、ウサギだったか……」
なんか、可愛い名前の山賊だなあ……。
実際に出会ったら、緊張感が削がれそうな気がする。この先にある人里は、ガマーゴという町だ。
アリオナさんと出会ってから……という話になるが、街道を西側に進んでいた《カーターの隊商》は、ランカルという街に到着するころには南西へ進み始め、今では南南東方向へと進んでいる。
ガマーゴへ到着するころには、街道をほぼ東に進むことになる。
これがどういうことかというと、ガマーゴの町はホマ山を挟んで、アリオナさんが暮らしていた村のほぼ真南に位置するってことなんだ。
危険を回避するならガマーゴの町ではなく、もっと南にある町を目指すべきなんだけど……今回は、避けられない事情がある。
モーリさん夫婦が隊商と同行するのは、この町までの約束だ。だから、ガマーゴは必ず立ち寄らなくてはならない。
俺は山賊についての警戒感を、静かに増した。
「……その山賊って、村を滅ぼしたりしますか?」
「さあ、どうだろうな? ああ、そう言えば小さな村が山賊にやられたって噂があったか。あれは、もしかしたら例の山賊かもしれないな」
行商人が腕を組みながら、溜息をついた。
そこで会話が途切れたとき、待ち構えたいたように軽い足音が近づいて来た。
「クラネスくん、食事は終わったみたいだよ?」
アリオナさんの声に、俺は辺りを振り返った。
ユタさんは調理道具の片付けを終えたようだし、ほかの商人たちも馬車に乗り込み初めていた。
俺は立ち上がると、行商人に小さく手を挙げた。
「すいません。俺たちは、そろそろ出ます。道中、お気を付けて」
「そっちもな。山賊なんかに、出くわさないことを祈ってるよ」
「ありがとうございます」
俺たちは行商人一行と別れると、街道を南南東へと進み始めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
冒険者一行、再登場です。そろそろ、引きになっているものを回収していかないと……。
そして、現在完成しているのが、四章ー4までという現実(滝汗
このペースを護れるか……分の悪い賭は嫌いなんですが、できるだけ頑張ります。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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