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三章-7
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俺たちがランカルの街を出てから、翌日の昼。
野宿を終えて次の街へと向かう途中にあった川の畔で、《カーターの隊商》は昼食を摂ることにした。
頭上からは、暖かな日差しが降り注ぎ、休憩を取るにも良い気候だった。
薪に火を熾したたユタさんが、昼食の準備をし始めている。手伝いをする女性陣以外は皆、強ばった身体を伸ばしながら、思い思いの場所でくつろいでいる。
俺は頭上に広がる青空を見上げながら、物思いに耽るように溜息を吐いた。望郷というか、前世のことを頭に思い浮かべていると、近くで軽い衣擦れの音が聞こえて、クスリと小さく笑う声が聞こえた。
「クラネスくん、どうしたの?」
隣に座ってきたアリオナさんに、俺は溜息交じりに答えた。
「んーとね。野外で食事をするとき、たまぁになんだけど……おにぎりが食べたくなるんだよ。梅とか鮭とかの、塩っ気たっぷりのおにぎり」
苦笑いをしながらの返答に、アリオナさんは呆気にとられた顔をした。
「……あたし、そういうの考えないようにしてたのに」
「そうなんだ。でも、たまに思い出しちゃうんだよね……おにぎりに、おかずは卵焼き、それに生姜焼き、唐揚げ、照り焼きチキンにハンバーグ!」
「卵焼き以外、見事に茶色か黒よね」
クスクスと微笑むアリオナさんに、俺は笑顔で応じた。
「お弁当は、そういうのが良いんだよ」
「まったくもう……でもクラネスくんなら、そういうのも作れるんじゃない?」
アリオナさんの問いかけに、俺は苦笑いを浮かべた。
「まず、米がないんだよね。それに、この国じゃ生肉は高くてさぁ」
「そうなんだ。でもたまに、狩りとかするよね。なら唐揚げとかフライなら作れそうだけど……」
「旅の途中で揚げ物をするのは、難易度が高くてね……片付けも大変だし。油が冷えるまで、身動きできないし。大量の油なんて、安くないからね。捨てるのは勿体ないから、水を入れて冷却はしたくないしね。そのまま捨てると雑草とか燃えそうだし、なにより環境破壊でしょ? 照り焼きや生姜焼きも、醤油なんかの調味料がね……」
俺の説明に、アリオナさんは失笑かと思うくらい、困った顔をしていた。
なにか変なこと言ったかな――と思っていると、どこか懐かしむような目で微笑んだ。
「転生しても、そういうところは変わってないね」
「そ、そう?」
なにが、どう変わってないんだろう――俺が戸惑っていると、ユタさんが駆け寄ってきた。
「クラネス君! そこの川に魚がいるみたいなの。捕りたいから手伝って!」
「今からですか? 出発が遅れるんじゃ――」
「今日は、少しくらい遅れても大丈夫なんでしょ? 隊商の長として皆に、たまには違うものを食べさせたくないの?」
ああ、もう。面倒臭いけど……商人のみんなも期待する目をしてるんだよなぁ。
俺は厨房馬車の御者台に置いてあった長剣を手にしながら、なにがあったのかと不安そうにするアリオナさんに、小さく手を振った。
「ああ、大したことじゃないから、大丈夫。ちょっと魚を捕ってくるから」
「魚釣り……でも、なんで剣を持っていくの?」
「うん? ああ、これで捕まえるからね」
俺が川へと歩き出すと、アリオナさんもついてきた。俺がすることに興味があるんだろうけど、今からやるのは、見ていても面白くないと思うんだよなぁ。
柄の付いた網を手に、すでに下流で待機しているユタさんに手を振ってから、俺は長剣を抜いた。見物のためか、ほかの商人やフレディも川辺に寄って来た。
皆が見守る中、長剣の切っ先を川の中に入れると、俺は《力》を使いながら刀身を指で弾いた。その途端、〈範囲指定〉、瞬間的な〈音量増強〉によって、目の前の川面が腰の高さまで吹き上がった。
川面がまだ波打つ中、腹を上にした魚たちが浮かんできた。水中で増強された音が、魚たちを気絶させたんだ。
「あ、きたきた!」
嬉々としたユタさんが、流れて来た魚を次々に捕っていく。
なんていうか……その、楽しそうでなにより。
魚を取るユタさんを眺めていると、アリオナさんが少し目を細めた。
「これは、環境破壊じゃないの?」
「範囲指定してるから……まだ漁の範疇って思いたい」
とにかく、あとはユタさんに任せよう。一〇匹くらいは捕れたみたいだし、焼き上がるまでは時間がかかりそうだ。
「長い昼休憩になりそうだなぁ……」
俺が呟いたとき、漁の見物に来ていたフレディが話しかけてきた。
「若。時間に余裕が出来たのであれば、鍛錬でもしましょうか。ここ数日、出来ておりませんし」
「え……あ、そ、そうだっけ?」
「はい。隊商を自ら護りたいという若のお気持ち。このフレディが精一杯、ご助力致します」
う――く。
仕方ない……ああ、格好悪いところを見られちゃうなぁ。
俺は長剣を鞘に収めると、そのまま両手で構える。刀身を鞘に収めたのは、致命傷を避けるため……なんだけど、フレディはともかく、俺はあまり意味がないんだよなぁ。
小さく溜息を吐くと、俺はアリオナさんから離れた。
「アリオナさんは、離れてて」
「クラネスくん、今から……な、なにをするの?」
「剣の修行……見ていても、その……退屈だと思うから、厨房馬車で待ってて」
「訓練なんだ……うん、わかった」
アリオナさんは俺から離れると、川縁に腰を降ろした。
「クラネスくん、がんばって!」
アリオナさんは、笑顔で応援してくれている。だけど……これからのことを思うと、あんまり嬉しくない。
それからの訓練は、凄惨たるものだった――五戦して、ストレートで五敗。
俺はなんとか、フレディの長剣を五撃までは受けることができ、すべて受け止められたけど四から五撃は撃ち込むことができた。
五戦を終え、疲労で川原に寝転がっていた俺が息を吐いていると、フレディが恭しく腰を折った。
「若、まさか五撃も打ち込みされるとは、思っておりませんでした。上達なされてますな」
「長さんよぉ! フレディと五太刀もやり合えるなんざ、大したもんだぜ!」
「そりゃあ……どうも」
フレディや歓声をくれた傭兵に、小さく片手を挙げたところで力尽き、俺はぐったりと両手を広げながら、目を閉じた。
……つ、疲れた。
*
ランカルの街のとある酒場。
まだ昼間だというのに、深酒をしている男が一人いた。
「くそぉ……なんで、俺がこんな目に。あの隊商に、俺がどれだけ貢献してきたと思ってやがるんだ。それなのに、追い出しやがって」
木製のジョッキをテーブルに置いた――叩き付けるに近かったが――男に、真向かいに座っていた女が鷹揚に頷いた。
「大変だったのね。あなたは、なにをしていたの?」
「俺は商人だ。アーウンの小物店という……行商人だな。馬車で移動しながら、商売をしている」
男――アーウンは女へと視線を向けると、拳大のチーズに齧り付いた。
女は、三〇手前のようだ。癖のあるブラウンの髪を背中まで伸ばし、町人にしては珍しい、肩を露出させたワンピースを着ている。
暗い赤色に橙で刺繍の施されたワンピースは、袖口のゆったりした長袖だ。髪と同じ色の瞳は切れ長で、艶っぽい光が浮かんでいた。
この女が、いつから目の前にいるのか、まったく思い出せない。気がついたら目の前にいて、世間話を始めていた。
女は小さな器に注がれた果実酒に口をつけると、薄く微笑んだ。
「なぜ、あなたは追い出されたのかしら?」
「山賊に襲われた小娘だ――唯一生き残った憑き者なんかを、保護しやがったんだよ。憑き者が側にいるのは、縁起が悪いっていうじゃないか」
「ええ。そう言われているわね」
「ああ。だから、俺はそれを正そうとしただけだ。長に目を覚まして欲しかったんだよ。なのに、少しばかり規則を破ったからといって、隊商から追い出すなんて。しかも、追い出されたって噂のせいか、ほかの隊商たちも俺を拒否しやがるし」
鬱憤からか、アーウンは饒舌になっていた。
元々は、自分の行いのせいだ――ということは、頭にない。商人たちの繋がりから、アーウンが隊商内で盗みを働いたことは、広く広まっていた。
しばらくは、アーウンを迎え入れてくれる隊商はないに違いない。
「山賊に襲われた村――そこに、生き残りがいたのね。それで、あなたを追放した隊商って、どこなの?」
「《カーターの隊商》って名だ。あの村を襲った山賊どもを蹴散らし、憑き者なんか助けた――」
アーウンは、話の途中で言葉を途切れさせた。
いつの間にか、柄の悪い二人の男が左右にいた。その二人はアーウンの両肩と腕を掴んで、立ち上がれないよう椅子に押さえつけた。
焦りりながら左右を見回すアーウンに、女は微笑んだ。
「ここの代金は、あたしが奢ってあげる。その代わり、その《カーターの隊商》について、教えてくれないかしら?」
「あ、あんたたちは一体――」
酔いも一気に醒めたアーウンが、怯えるような声で問うた。
女が立ち上がると、周囲を柄の悪い男たちが囲んだ。
「あたしたちは、その村を全滅させた山賊の仲間よ」
恐怖で表情の引きつったアーウンに、女は冷たい笑みを浮かべた。
「話の続きは、ゆっくりと聞かせて頂戴。あたしたち――《血の女豹》の根城でね」
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
本文中に出てきた、衝撃による魚釣りですが……確か法律で禁止されています。岩をハンマーで叩くってヤツもだめですね。
撒き餌も、基本は禁止ですからね。異世界だから許されるのであって、現実世界の日本では、やったらアカンやつです。
撒き餌も一緒。
一番駄目なヤツは、外来種を放流する糞野郎ですけどね。ブラックバスとかブルーギルとか。琵琶湖の状況とか踏まえると、最悪レベルの環境破壊ですね。
あそこの漁業、ブルーギルなんかもせいで大打撃ですし。
四章への引きも書いたところで、今回はここまでです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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