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二章-7
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アーウンさんの一件が終わったあと、俺とアリオナさんは朝食を摂ることにした。
俺が皿に載せていた朝食を差し出すと、アリオナさんは受け取りながら欠伸を噛み殺していた。
気恥ずかしさからか顔を真っ赤にするアリオナさんに、俺は苦笑した。
「もしかして、低血圧だったりする?」
「この世界で、血圧なんか測れるわけないし。わかるわけないじゃない……」
「朝は弱いとかは?」
「普通に寝てる分には、弱くなかったよ。昨晩はほら、夜中に起きちゃったから」
なるほど。生活リズムが乱れると、朝が起きられないってわけか。旅をするには致命的といえる体質だけど……少しずつ改善していくことを期待しよう。
アリオナさんがパンを頬張っていると、三人の商人がやってきた。窃盗事件のときに、アーウンさんに同調した商人たちだ。
初老の商人が他の二人と視線を交錯させてから、上目遣いに俺を見た。
「カーター……長よ。先ほどは……その、申し訳なかった。その子を――怖れていたのだよ、我々は。災厄が降りかかるのではないか、と思ってな」
「怖れ――違いますよね。実害もないのに、先入観だけで忌み嫌っていただけすよね。気に入らないって理由で、個人を追い出そうとするのは、隊商の長としては困ります。時には、虫の好かない人と一緒になることだってあるんですよ? 商人たちの寄り合いなんですから、そのくらいは我慢して下さいよ」
「……すまん」
初老の商人たちは、アリオナさんから目を逸らしながらも謝ってきた。
今は俺の声も、アリオナさんに届いていない。とてもじゃないが、こんな会話をアリオナさんに聞かせられない。
目の端で、ユタさん軽く洗った皿を馬車に片づけているのが見えた。そろそろ、出発できそうだ。
ようやく眠れる安堵感からか、頭の芯が急に重くなってきた。
三人の謝罪をアリオナさんに伝えていると、周囲の商人たちの目が、少し変わっていることに気付いた。
それはアーウンさんに同調しかけて、アリオナさんを疑ったことに対する、気まずさと罪悪感もあるが、それと一緒にアーウンさんへの処分に対する複雑な感情があるんだろう。
妥当な処罰だという感想と、もう少し温情があっても――そんな気持ちが、見え隠れしていた。
だけど、あのときのアーウンさんの発言から察するに、俺を隊商の長から引きずり降ろそうとしてたのは明白だ。
多分、隊商を乗っ取るために。
そんなことを企んだ相手に、多少なりとも慈悲を与えたんだから、文句を言われる筋合いはないと思う。
「……どうしたの? なんか、怒ってる?」
俺は相当に険しい顔をしていたようで、アリオナさんが心配そうな顔をした。
気にしないでという意味で、俺は苦笑いをしながら手を振った。とにかく、そろそろ出発だ。
俺はユタさんの片付けが終わるのを待って、厨房馬車に毛布を敷いた。
*
食器を収納して馬車から出たユタは、背伸びをしながら厨房馬車へと歩き出した。
普段ならクラネスが手綱を握るのだが、なにせ徹夜明けだ。代わりに厨房馬車の御者台に乗ることを頼まれれば、断る理由はない。
商人たちと話をしていたクラネスが、厨房馬車の中に入った。
(そろそろ出発かしらね)
厨房馬車の御者台に上がろうとしたとき、フレディが声をかけてきた。
「ユタ。今回の件、若だけの判断ではないのだろう?」
「うん? アーウンへの処罰は、クラネス君の判断よ」
「……違う。アーウンへの対処方法だ。あのやり方は、若とは違う。おまえの入れ知恵ではないのか?」
「やあねぇ、入れ知恵だなんて。ほんの少し、助言をしただけよ」
しれっと言ってのけるユタに、フレディの表情がやや険しくなる。
周囲を軽く見回して誰もいないことを確かめてから、声を顰めた。
「……主様の命を忘れたか? 若に、我らの正体を見破られるわけにはいかぬのだぞ」
「わかってわるわよ」
フレディから離れると、ユタは盛大な溜息を吐いた。
周囲を見回せば、商人たちのほとんどは馬車に乗り込んでいる。ユタもフレディに背を向けて御者台に上ろうとしたが、いきなり腕を掴まれてしまった。
「……なによ」
「まだ、話は終わっていない。若とアリオナという憑き者のことだが……どう思う?」
フレディの問いの意味が掴めず、ユタは眉を顰めた。
「どうって、なにが?」
「出会ってから、まだ何日も経ってないはずだ。それなのに、親しくなるのが早いと思うんだが」
「あら。そこには気付いていたのね」
ユタは少し感心したように、微笑んだ。
クラネスの身を案じてばかりのフレディだが、アリオナの感情にも気付いている。それが意外すぎて、ユタは内心で感心していた。
「年の近い男女が、近くで暮らしてるのよ。仲良くなったって不思議じゃないでしょ。それとも、クラネス君を取られて嫉妬してるわけ?」
「茶化すのはやめろ。若とアリオナ嬢が、このまま婚約とかいう話になってみろ。主様が怒り狂う様が、目に浮かぶようだ。おまえは、そうは思わないのか?」
フレディの問いに対し、ユタは柳眉を釣り上げることで返した。
「だから邪魔するの? あたしはイヤよ。そんな馬に蹴られる真似は」
「邪魔をすると言っているんじゃない。アリオナ嬢が真面目で良い子だというのは、理解している。問題なのは、彼女が憑き者ということだ。間違いなく、主様は二人の仲を認めようとはしないだろう」
「相変わらず、糞真面目なことで」
「そういう問題じゃない。主様がその気になれば、なにをするか想像ができん。若とアリオナ嬢が、不幸な目に遭うのを避けたいだけだ」
皮肉に対するフレディの問いが、予想よりも二人の身を案じていた。そのことにユタは表情を装うことも忘れ、目を瞬かせた。
「意外ねぇ。あなたが、そんなことを言うなんて」
「……おまえは、わたしのことをどう見ている? 主様の命令で、動いているだけの男と思うな。伊達や酔狂で騎士という身分を隠しながら、若の護衛をしているわけじゃない」
フレディは憮然とした顔をすると、溜息を吐いた。
ユタは自分の発言を少し後悔しながら、僅かに目を伏せた。
「……悪かったわね。でもそれは、あたしだって同じことよ。ただ一つ違うのは、密偵よりも安全な任務だから、気が楽ってことかしらね」
「気が楽とか――真面目に護衛をする気はあるのか?」
「もちろん? ただ……クラネス君は、なにか特殊な《力》があるじゃない。護衛をしようにも、力を発揮する場所がないのよね」
そう言って苦笑するユタだったが、フレディは何かに気付いたように、思案げな表情をした。
数秒ほど沈黙したあと、顔を上げてユタに訊ねた。
「若の力……それに、アリオナ嬢の腕力。二人に共通しているのは、常人離れした《力》を持っているということだ。これは、どういう意味があるんだろうな」
「そんなの、知らないわよ。でも、アリオナちゃんは憑き者だけど、。クラネス君は憑き者じゃないって違いもある。似てるようで、ある意味じゃ正反対よね」
「正反対、か……」
フレディはユタの言葉を聞いて、なにか掴めそうな予感を感じた。しかし、それを形にしようとしている途中で、厨房馬車からアリオナが顔を覗かせた。
「あ、ユタさん! クラネスくんが、準備が出来たら馬車を出発させてって言ってます」
「あ、ありがとう――って言っても、通じてないのよね」
ユタは苦笑しながら、アリオナに手を振った。
そしてフレディに視線を向けないまま、小声で告げた。
「話はここまでね。あとは、後日にしましょ」
「そうだな。ユタ、出発は俺が騎乗してからにしてくれ」
「いいけど……早くしてよ?」
フレディが愛馬へと向かうのを横目にしながら、ユタは滑らかな動きで厨房馬車の御者台に上がった。
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