最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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二章-6

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   6

 日の出こそ見えないが、東に連なる山々が白く染まりつつあった。空に浮かぶ雲は夕日の様に朝日でオレンジ色に染まり、空を飛ぶ鳥たちが、白ばんだ空に黒い影となって映っていた。
 不穏な雲行きなど感じさせない、清々しい朝焼けの空だ。
 あえて難点を挙げるなら、徹夜明けの目には痛みを覚えるほどに沁みるくらい。厨房馬車から俺が背伸びをしていると、これまた徹夜明けらしいフレディが近寄って来た。


「――若。朝までご苦労様でした」


「おはよう、フレディ……ぁ……襲撃がなくてなによりだったよ」


 欠伸を噛み殺しながら、俺はフレディに挨拶をした。
 よほど俺は眠そうにしていたのか、フレディは苦笑した。しかしすぐに周囲を見回しながら、笑みを消した。


「ユタから話は聞きました。護衛の傭兵には、もう指示を出してあります」


 小声でそう告げたフレディはすぐに笑みを浮かべると、今度は声を大きくしながら焚き火へと指先を向けた。


「もうユタが朝食の準備をしております。起きた者たちから、食事にしましょう。それで、アリオナはどうされました?」


「さっき起きてましたから、もうすぐ来ると思います」


 そう言っているあいだに、アリオナさんが厨房馬車から降りてきた。


「あ、おはようございます」


 俺ではなく、フレディに挨拶をしたアリオナさんは、俺の隣に並んだ。
 あとは、相手が仕掛けてくるのを待つだけだ。まずは腹ごしらえと思って、ユタさんのところへ行こうとした俺の耳に、大声が飛び込んできた。


「大変だ、馬車が荒らされているっ!!」


 声は、商人夫妻の旦那さんのほうだ。確か、名前はモーリさん。
 俺が振り返ると、モーリさんの馬車で、奥さんのサラマンドラさんと一緒に、なにやら慌てている様子だ。
 俺はフレディに「予定通りにお願い」と告げながら、モーリさんたちの元へと駆け出した。


「なにかあったんですか!?」


「あ、長! 馬車の中が荒らされて……昨日までの売り上げが無くなってるんです!」


「な――んですって!?」


 俺は慌てて、モーリさんの馬車の中を見た。
 布製品やタペストリーが並んでいる中に、小さな棚が置かれている。その棚の引き出しが、すべてひっくり返っていた。
 中にあった羽ペンや羊皮紙、それにハサミなどが、荷台の床に散乱していた。
 昨晩のことを思い出したけど、まさかこれほどまでに、酷い状況だったとは思わなかった。なぜなら、ものをぶちまける音が、まったく聞こえてこなかったからだ。
 そうなると考えられるのは、これはぶちまけたわけじゃない。誰にも知られないよう、そっと置かれた物ってことだ。
 俺が辺りを見回してアーウンさんの姿を探していると、横から声が飛んできた。


「盗みだって? それなら、心当たりがあるぞ。あの憑き者が、夜中にこの馬車のあたりをウロウロとしていたのを見たんだ!」


 数人の商人たちに囲まれていたアーウンさんは俺と、俺と一緒に来ていたアリオナさんを交互に睨みながら、それでいて、どこか勝ち誇ったような顔をしていた。
 なにかを探すように目を忙しく動かしてから、人の輪から抜け出し、俺やモーリさんの前へと進み出た。


「長さんよ……あの憑き者が、盗んだに違いないぜ。この責任、どう落とし前をつけるつもりなんですか」


「いや、アーウンさん。それは誤解というか、見間違いじゃないですか? アリオナさんは、盗みなんかしてませんよ。ねえ、アリオナさん」


「……その通りです。あたしはずっと、ユタさんと一緒に馬車で寝てましたから」


「いいや、見間違いであるものか。俺は確かに、見たんだ! あの憑き者は確かに、こっそりとその馬車に入って行ったんだ。ユタに気付かれないよう抜け出して、盗み出したに違いない。これはすべて憑き者の仕業、そして長の責任だっ!!」


 大きく手を広げながら、周囲へ喧伝するように声を張り上げたアーウンさんは、周囲の注目を浴びているうちに、その目は俺を見下すようなものへと変わっていた。
 先ほどアーウンさんを囲んでいた三人の商人たちから、「そうだそうだ!」などと、同調するような野次も飛んできた。
 モーリさんも含めて、俺を囲む商人たちの目に、不安や疑念の色が浮かび始めた。
 そんな雰囲気を感じたのか、アーウンさんは皆を見回した。


「こうなったら長には、その座を退いてもらうしかないよな! 代わりに、まあ――一先ずではあるが、俺が隊商を指揮させてもらう。こんな悪事が二度と起こらないよう、努めさせてもらうから、安心してくれ!」


 流石に、こうなっては――俺も箍を外すしかない。内密に終わればとも思ってはいたけど、その考えは捨てることにする。
 表情を引き締めた俺に、カーターさんは勝ち誇った顔で告げた。


「カーターさん。あんたは、あの憑き者と一緒に隊商を去るか、憑き者を追い出したあとで、俺の下で――」


「黙れ」


 俺は短く告げると、アーウンさんを睨み付けた。


「そこまで言うなら、一緒に来て貰いましょう。もちろん、ここにいる皆も一緒に。証人は多い方が、あんたも納得するでしょう」


 俺が小さく手を挙げると、数人の護衛兵たちもやってきた。
 俺はアーウンさんの背中を押しながら、歩き始めた。左右には護衛兵が並び、商人たちやアリオナさんが、その後ろから付いて来ている。
 行き先は、アーウンさんの馬車だ。
 自分の馬車に近づくにつれ、アーウンさんの表情が強ばっていく。横に並ぶ俺をチラチラと見ながら、なにかを言いかけては、苦虫を噛みつぶしたような顔で正面に向き直るのを繰り返していた。
 アーウンさんの馬車の手前で立ち止まった俺は、護衛兵の一人を手招きした。


「装備を外して下さい。腰袋とかも全部」


 傭兵は俺の指示通り、鎧や長剣、短剣を外していく。腰袋なども地面に置いた傭兵に頷くと、俺はアーウンさんを振り返った。


「アーウンさん、彼の身体検査を。なにか荷物らしいものを、持っていないか確かめて下さい」


「あ、ああ……」


 少し怪訝な顔をしながら、アーウンさんは傭兵の身体を調べていく。その隙に、俺はほかの傭兵に手振りだけで指示を出す。
 二人の傭兵が近寄ってくるころ、最後に触っていたブーツから手を放したアーウンさんが、怪訝そうにしながらも俺を見た。


「服以外は、なにもないようだ」


「ありがとうございます。それじゃあ……その馬車に入って、床を調べて下さい」


 最後の指示は、装備を外した傭兵に向けたものだ。
 傭兵が自分の馬車に入ろうとするのを見て、アーウンさんは声を荒げた。


「おい、勝手に入るな!」


 馬車に入ろうとする傭兵を止めようとしたアーウンさんだったが、その前に傭兵の二人に羽交い締めにされた。
 地面に座らされたアーウンさんは、怒りの形相で俺に怒鳴ってきた。


「まさか、俺を疑ってるのか!? 今すぐ止めさせろっ!!」


「残念だけど、命令される筋合いはないんで」


 俺は答えながら、下から馬車の中を覗き込んだ。舌打ちをして馬車の構造を調べると、床を調べている傭兵を呼んだ。


「床を指で叩いてみて下さい。多分……馬車の真ん中あたりで、音が変わる場所があると思います」


 傭兵は指で床を叩きながら、少しずつ場所を移動していく。三〇秒ほど経ったとき、音が少し重くなった。


「そこ! なにか引っかけるものとかないですか?」


「ちょっと待って下さい。小さな穴が空いてますね。なにか、細長いものがあれば……」


 傭兵の返答に、俺は周囲を見回した。すると、サラマンドラさんが針金を持って来てくれた。


「あの、これ、使えますか?」


「……多分。ありがとうございます。俺が動くとダメなので、あの傭兵に渡してあげて下さい」


 サラマンドラさんはぎこちなく頷いてから、針金を傭兵に手渡した。
 それから十秒ほどで、傭兵が顔を出してきた。


「カーターさん。色々と見つけましたけど、なにを持っていけばいいですか?」


「とりあえず、すべて持って来て下さい」


 俺の指示に従って、傭兵は一抱えほどもある荷物を持ってきた。
 大小の革袋が三つに、羊皮紙の束――傭兵がそれらを地面に置くと、モーリさんが歓喜と悲鳴が混在した声を出した。


「そ、それは――わたしの革袋じゃないか!」


「どれですか?」


「その、一番小さくて緑色の革紐で口を縛ったやつです!」


 俺はモーリさんが指定した革袋を手にすると、アーウンさんを振り返った。


「さて――これはどういうことなんでしょうね。なんでこれが、アーウンさんの馬車にあったんです?」


「そ、それは……きっと、憑き者がわたしの馬車に入れたんだっ!」


「……アリオナさんがモーリさんの馬車に入るのを見たんでしょ? それなのに、自分の馬車に入るのは見てないって言うのは、話に無理がありませんか。それに、アリオナさんは一晩中、俺やユタさんと一緒だったんですよ。俺が仕込みをしている横で、ユタさんと寝てましたからね。
 実は最初から、あなたが嘘を吐いていることに、俺たちは気付いてたんですよ」


 愕然とした顔で俺の言葉を聞いていたアーウンさんから、俺はさっき同調していた商人たちへ目を向けた。


「今回のこと、協力者か共犯がいるんじゃないでしょうね? 特に、さっきアーウンさんに同調していた人たちとか」


 俺と目が合った商人たちは、一様に気まずそうな顔をした。


「いや、我々はアーウンに頼まれて……」


「同調してくれって言われただけで」


 口々に自己弁護と言い訳を述べる商人たちから、俺は目を逸らした。そのとき、いつの間にか来ていたユタさんが、羊皮紙の束を捲っていた。


「これ、裏帳簿じゃない。こっちが、あたしたちに見せていた帳簿ね。合計で一割くらいの差はありそうよ」


 俺はユタさんを手で制止ながら、アーウンさんの前に立った。


「さて――」


「ま、待て! 俺はただ、憑き者を追い出す切っ掛けを作ろうとしただけで――」


「隊商を乗っ取ろうとしておいて、そんな言い分が通用するわけないでしょう? そうでなくとも、そんな理由で盗みをするとか、正気とは思えませんね。隊商に参加しているなら、盗みが御法度ってことくらい理解していますよね?」


「誤解だっ! 俺はただ、長の足りないところを補おうとしただけだ。非情になれないところを、わたしがやってやろうと――」


「だから、そんな言い分が通用するわけねーでしょう」


 アーウンさんの言葉を遮った俺は、小さく溜息を吐いた。


「さて。どんな理由があろうとも、隊商内で盗みを働いた以上は懲罰を受けて貰います。本来なら、ここで隊商から離脱して貰うんですが、流石にそれは止めておきます。売り上げをちょろまかした件も、まあ不問にしておきます」


「あ、ああ……わたしは、この隊商では常連だからな。それくらいは――」


「ただし、次の町で縁を切ります。二度と、この隊商には近寄らないで下さい。それと町までの道中は最後尾、知り合いの役人と隊商には、あなたについて忠告を入れておきますので、そのつもりで」


「そん――」


 青ざめた表情のアーウンさんは、なにかを言いかけたものの、口を閉ざした。
 常連だからといって盗みを許すという前例は、作る訳にはいかないんだ。そんなことをしたら、隊商の評判が落ちてしまう。               
 アーウンさんの身体から、力が抜けた。
 そう思った直後、アーウンさんは勢いよく立ち上がって傭兵たちの手を振り解いた。一瞬の隙を突かれた傭兵たちから逃げだそうとしたアーウンさんだったけど、素早く動いていたアリオナさんに右腕を掴まれ、そのまま力任せに地面に押し倒された。


「人に罪を被せようだなんて、許さないんだから!」


 怒りを露わにしたアリオナさんは、前向きに倒れたアーウンさんの背中を膝で押さえつけつつ、掴んだ右腕を捻りながら、上方へと持ち上げた。
 アーウンさんは藻掻いたが、アリオナさんの腕力からは逃れられない。
 俺はアーウンさんをフレディや傭兵たちに任せると、アリオナさんと微笑み合ってから、ほかの商人たちに告げた。


「さあ。朝飯を食べたら、すぐに出発しましょう!」
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