最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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二章-1

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 二章 不和辣盗


   1

 アリオナさんを隊商に迎え入れた《カーターの隊商》は、夕方になる前に町を出た。
 商売としては、ボロ儲けの部類だったかもしれない。俺のカーターサンドもそうだけど、ほとんどの商人が、普段よりも利益を出していた。
 あの腕相撲勝負が、結果的に呼び込みの効果を果たしてくれたんだと思う。
 みんなに紹介はしたけど、反応は半々に分かれた。
 売り上げの件もあって好意的な者と、嫌悪――いや、むしろ敵対的反応をした者だ。だけど自ら金銭を稼いでいる以上、アリオナさんの雇い入れを反対する理由は、誰にもない。
 夕暮れの中、俺たちは次の村へと急いでいた。
 先頭を進む厨房馬車の御者台にいる俺は、時折舌打ちをしながら、手綱を操っていた。


「クラネスくん、それって《力》を使ってるの?」


「うん。周囲の状況を調べてるんだ。時間的にも、山賊とか出そうだしね。警戒して損は無いし。名付けて、舌打ちソナー」


 この名称をつけたのは、たった今だけど。
 得意げ――にしたつもりはないけど、アリオナさんは説明を終えた俺に、呆れ混じりの笑みを向けてきた。


「危険なのは、こんな時間に外に出たからじゃない? もう一泊すればいいのに」


「いやあ……町の宿は高いからね。次の村は近いから、移動した方が経費削減になるんだよ。翌日の朝一から商売できるしさ」


 俺は会話をしながら、アリオナさんのことを考えていた。
 昨日の夜から色々ないざこざがあった割に、アリオナさんの態度は前と変わらない。無理をしているかと思ったけど、《力》で心拍を聞いたり表情を見たりする限り、彼女は自然に振る舞っている。
 怒っていないのは、嬉しいと思うし、好ましい状態ではあるんだけど――なんとなく、釈然としないのも確かだ。

 かといって、直接訊くのもなぁ……。

 そんなわけで、胸の奥底にモヤモヤとしたものを抱えつつ、俺はアリオナさんとの会話を続けていた。


「次の村は、どんな村なの?」


「別に――普通の農村だよ? 平地にあるから周囲に森はないし、町から近いこともあって、衛兵も駐在してるから治安も悪くない。久しぶりに、護衛のみんなを休ませてあげられそうだよ」


 アリオナさんは、怪訝そうな顔をした。


「……治安なら、町のほうが良いんじゃない?」


「町は人が多いからね。それだけ、盗人も多いんだ。村だと余所者はすぐわかるし、衛兵にお金を渡せば、馬車の警護もしてくれる」


「ああ、賄賂ってこと? 意外と、悪党なことするね」


「賄賂とか、人聞きが悪いなぁ。公正な取引だよ」


 俺が肩を竦めて見せると、アリオナさんは苦笑した。
 それから山賊や狼などを感知しないまま、《カーターの隊商》は日暮れ前にファムノウという村に到着した。
 今日はもう、商売をするような時間じゃない。
 俺は隊商を代表して、宿の手配をした。だけど、あまり大きくない村だから、一軒しかない旅籠屋に全員は無理だった。
 ここは女性を中心に、宿に泊まって貰うことにした。あとは商人たちの中で、年配のかたを優先的に宿泊させるつもりだ。
 あとは、馬車の中になるだろうな……せめて村の衛兵に馬車列の警備をして貰って、護衛の傭兵たちにも休んで貰おう。
 俺が馬車で寝泊まりの準備をしていると、商人たちが厨房馬車の前を通りかかった。
 その中でアーウンさんを始めとする、アリオナさんを快く思っていない商人たちが、冷ややかな視線を送ってきた。

 これは……ううん……っと。あまり良くない兆候ではあるかな?

 アリオナさんが憑き者だということは、一部の商人たちにとって嫌悪の対象でしかないようだ。
 ランタンを片手に厨房馬車を施錠して、もう一台の馬車の中に毛布を敷いた。野宿よりはマシとはいえ、たまにはベッドで寝たいなぁ……。
 それよりアリオナさんのことを、どうするか――と考え始めたとき、商人の奥さんに連れられたアリオナさんがやってきた。


「長さん。この子、長さんに会いたいっていうから、連れてきちゃったけど……良かったかねぇ?」


「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 俺が礼を告げてから、奥さんはアリオナさんに小さく手を振りながら、去って行った。
 アリオナさんに好意的なのは、やはり女性が大半だ。あと、傭兵たち。傭兵や女性たちが味方にいるのは、正直いって心強い。例え、それが表面的なものだったとしても。
 俺はアリオナさんに近寄ると、出来うる限り明るい声を出した。


「もう夜だけど、どうしたの?」


「クラネスくん……もしかして、迷惑かけてる? なんか男の人たちが、あたしを睨んでる気がしてて。クラネスくんに、飛び火があったら嫌だし」


「こっちは、まだ大丈夫。商人たちの大半は、アリオナさんのことを……あまり良く思ってないのは、確かだよ。これを払拭するには……残念だけど、正攻法しかない。時間はかかると思うけどね」


「正攻法って?」


 やや上目遣いのアリオナさんに、俺は左手で右の二の腕を叩いて見せた。


「ここで、役に立つ存在だということを、立証する。自分が不幸を呼ぶ存在じゃないってことを、行動で示すしかないよ」


「でも、会話もできないから……」


「これも少し時間はかかるけど、簡単なやりとりができる、文字版を作ってみるのはどうかな? 相手が『はい』か『いいえ』で答えられるやつ。これは、ユタさんにも手伝って貰えば、時間は短縮できると思う」


 俺の意見を聞いたアリオナさんの目が、僅かに見開いた。
 これで少しでも、ここでの生活に光明を得てくれたらいいんだけど。一応は雇用という形を取っているけど、前世では同級生だったんだし、少しでも居心地良く過ごして欲しいと願っているわけだ。


「ということで、諸々は明日からにして、今日は寝ちゃおう。俺も明日は、厨房馬車での商売はしないしね」


 なにせ、仕込みをしてあった干し肉などの材料は、今日で使い切ってしまった。明日は仕込みに専念しないと、明日の午後に到着予定の大きな街で、商売ができない。
 その時間を使って、文字プレートの案を考えるかな。
 ランタンの灯りに照らされるアリオナさんの顔は、最初のころよりは柔らかくなっていた。きっと今の会話で、いくらかは気が楽になってくれたようだ。


「ありがとう、クラネスくん」


「あ、いや、気にしなくていいよ。経緯はどうあれ、アリオナさんを雇ったのは俺だからね。この問題は、一緒にやっていくつもりだよ。さて、色々やるのは明日からにしようよ。今朝も早かったから、もう眠くって。宿の部屋まで送るよ」


 俺がランタンを手に取ると、アリオナさんが慌てて声をかけてきた。


「……あの、一つね。お願いがあるんだけど」


「どうしたの?」


 俺が振り返ると、アリオナさんは少し顔を右斜め下に背けながら、上目遣いに俺を見ていた。


「あの……ね。あたしも、ここで寝ていい?」


「ここで寝るって、なん――」


 最後の最後で言葉の意味を理解した俺は、言葉の途中で顔が真っ赤になった。
 だって、毛布だって一組しかないわけだし。それに、それにだ。馬車の中には荷物で一杯だから、二人並んでってのも無理だ。
 ということは……。
 顔の熱さを自認しつつ、俺は生唾を飲み込んだ。
 いやでもまさか……と、俺は無理矢理、冷静さを取り戻した。


「いや、あの……なんで?」


 俺は照れを隠すこともできないまま、アリオナさんに訊く。


「……少し、寂しくて。知ってる人が近くのほうがいいかなって。だから、クラネス……音無くんと一緒だと安心できるし……ダメかな?」


 上目遣いに問われると、つい承諾しそうになる。
 だけど今は隊商内で、俺とアリオナさんが噂になるようなことは避けるべきだ。アリオナさんに悪感情を抱く商人たちに、付け入る隙を与えないほうがいいと思う。
 俺は断腸の思いで、アリオナさんに首を振った。


「流石に馬車で寝るのは止めた方が……いいよ?」


「どうして? クラネスくんは、馬車で寝るんでしょ。クラネスくんは、あたしに変なことをしないって信用もしてるから」


「そこは正直に言うけど、自信はないからね」


 だって、気になってる女の子と密着させて寝るとか……無理だって。興奮し過ぎて眠れなくなっちゃうでしょ。
 俺は咳払いを何度もしてから、背筋を伸ばした。


「馬車は狭いし、二人並んで寝る余裕がないからね。宿の部屋で寝たほうが、絶対にいいよ」


「……そっか」


 アリオナさんは少し寂しそうな顔をしたけど……特に反論も無く、俺の言葉に従ってくれた。
 アリオナさんを宿まで送ったあと、俺は馬車に戻った。そして毛布にくるまりながら床に座ると、木箱に凭れかかった。


 ――やるか。


 俺は思考を切り替えると、一回目の舌打ちソナーを行った。
 今日はほぼ徹夜で、馬車の番だ。盗人への警戒は、やっておいて損はない。俺は一定の間隔で舌打ちソナーをしながら、真っ暗な馬車の中で蹲っていた。
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