最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
7 / 71

一章-6

しおりを挟む

   6

 翌朝、アリオナはボンヤリと馬車列の商人たちを眺めていた。馬車や荷台の前に商品を並べた商人たちは、盛んに道行く人へと声をかけ、または商談に忙しそうだ。
 本当なら、音無――いや、クラネスのところへ行って、なにか仕事を手伝うべきだ。しかし、昨晩の言い争いのこともあって、なんだか顔を合わせにくかった。
 クラネス――音無厚使とは、前世で同級生だった。
 彼とは前世で同じ学校、同じクラスだった。
 そして入学後に行われた野外学習で、厚使とは同じ班だった。六人で構成された班のメンバーは最悪の部類で、自称陽キャラの四人は身勝手で、喧しいだけだった。
 野外料理も喋っているだけで、殆どなにもしない。唯一、厚使だけは「親が共働きだから、家でも兄ちゃんや妹の飯を作ってるから」と協力的で、色々と手助けをしてくれた。


(それからよね……音無くんのことが気になったの。無意識に、目で追っちゃったことも多かったな……)


 アリオナは、その懐かしい記憶を振り払った。
 音無厚使――クラネスは、世界においては昨日、出会ったばかりだ。新しい人生を十数年も過ごしているのだから、異なる立場や責任があることくらい、理解しておくべきだった。
 それなのに無条件で助けてくれるなんて、勝手な期待を抱いてしまった。
 溜息を吐いたアリオナは、視線を厨房馬車へと向けた。


(あたしが……できることって、なんだろう?)


 昨晩の言い争いのあとで宿の部屋に戻ってから、ずっと同じことを考えていた。どこで生きていくにしろ、自分で金銭を稼ぐ手段を考えなければならない。
 とはいえこれまでのあいだ、親兄弟からは下働きのような扱いしか受けていない。できるのは荷物運びや、野良仕事……まだ残っている前世の記憶で使えそうなのは、算盤で慣らした暗算くらいだ。
 料理だって炊飯器やガスコンロ、電子レンジが無ければ、碌なものが作れない。
 堂々巡りな思考に陥りかけたとき、三台ほど離れた馬車で、ちょっとした騒ぎが起きた。


「お、お客さん……乱暴なことはしないで下さい」


「ああ!? てめぇが巫山戯た値段を付けてるだからだろうが!」


 その馬車は中年の夫婦が営んでいるもので、羊の原毛や鹿などの毛皮を売っている。金髪の髪と髭を持つ店主が、赤毛の妻を庇いながら、店を訪れた三人の男たちを宥めていた。
 三人は平服として広まっているチェニックを着ているが、腰には短剣や長剣を下げていた。だからとって傭兵や冒険者には見えないことから、町に住むならず者のようだった。
 店主と喋っているのは、頭を剃り上げた中年の男で、筋骨逞しい四肢に加え髭面という風貌が、見る者に威圧感を与えていた。
 その中年の男は両腕の筋肉を誇示しながら、店主の胸ぐらへと手を伸ばした。
 店主が胸ぐらを掴まれる寸前に、男の腕を掴んだ。


「……乱暴は、やめなさい」


 少女に腕を掴まれただけで、男は店主へと腕を伸ばせなくなっていた。男は腕に力を込めているようだが、アリオナの握力と腕力なら余裕で抑え込むことができていた。
 男は腕を店主に伸ばそうとしながら、アリオナを睨み付けた。


「なんだ、てめえは。今すぐ手を放さないと、てめぇから殴り倒すぞ」


 アリオナには、男の声は聞こえない。しかし雰囲気と表情から、少なくとも脅されていることは推測できた。
 恐怖心を押し殺しながら、アリオナは男を睨み付けた。


「なにを言ったところで、女一人の手を振り解けないんじゃ、説得力がないわよ」


「なんだと、てめぇ――」


「文句があるなら、力勝負で決着をつけましょうか」


 アリオナは男の腕を店主から引き離してから、手を放した。そして近くの樽に近寄ると、男と向き合う位置に廻り込み、樽の上に肘を置いた。


「互いの手を掴んだ状態で、相手の手の平を樽の上に付けた方の勝ち。あんたが負けたら店主さんへの謝罪と、迷惑料を払って貰うわ。わたしが負けたら……一枚、脱ぐ――で、どう? それともこのまま逃げて、女の手も振り払えなかった軟弱野郎のまま生きていくか……選びなさい」


 アリオナの挑発に、男は歯を剥いた。しかし表情には、どこか余裕が見える。こんな力勝負なら女に負けないと、自分の腕力を自負しているのだ。
 そして――アリオナが自分を辱めることを賭の対象にしたのも、男が勝負を受けた理由だった。


「いいぜ。生き恥をかかせてやるぜ」


 男の嘲りは聞こえないが、アリオナは心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。


(今の自分に……できること。待っているだけでは、きっと駄目だから)


 未来は、自分の手で掴み取る。それは居場所も同じだ。待っているだけでは、手に入らない――アリオナは自分に活を入れると、男を睨んだ。


「手を掴んでから、三、二、一で始めます」


 男の手がアリオナの手を掴んだ。
 アリオナは「三」と、大きな声で数を数え始めた。

 二、一。最後の一を言い終えるよりも僅かに早く、男は腕に力を込めた。
 三〇度ほど一気に腕が下がったが、その行動を警戒していたアリオナは、即座に反応して、右手が抑え込まれるのを防いだ。


(これくらいなら……押し返せる、けど)


 楽勝で勝ってはいけないと、アリオナはその後のことまで考えていた。あくまでもギリギリの攻防の末に、勝ったことにしなければならない。
 それは勝負の勝ち負けよりも、もっと大事なことのためだった。
 数十秒ほどの攻防が続いたあと――アリオナが男の手を樽に押さえつけた。


 おおーっ! と、周囲の歓声があがる。
 そんな中、唖然とする男に対して、アリオナは再び樽の上で肘を付いた。


「さあ、迷惑料を置いてから、店主さんに謝って。それからなら、再戦も受け付けるわよ。このまま負けっ放しじゃあ、納得できないんでしょ? あたしを疲れさせたら、勝てるかもしれないし」


 余裕のある表情を浮かべながら、アリオナは男を挑発した。
 銅貨を三枚だけ樽の上に置いた男は、商人夫婦に「……わるかった」と、短い謝罪を述べた。まったく心の籠もっていない、形だけの謝罪ではあるが、それでも約束は約束だ。
 男が再び樽に近寄ってくるのを、アリオナはジッと待っていた。
 そこへ騒ぎを聞きつけてきたフレディが、傭兵を引き連れてやってきた。


「なにをしている!?」


 怒鳴り声をあげるフレディに、男たちと仲間たちが怯んだ。どんなに筋骨逞しい大男とはいえ、長剣を手にした熟練の剣士や傭兵を相手にする気はないらしい。
 男の表情から護衛の兵が来たことを察したアリオナは、姿勢を正しながら振り返ると、右手を小さく挙げた。


「あの、あたしが対処中です。お願いです……から、手を出さないで下さい」


「君はなにを言って――」


 そこまで言いかけて、フレディはアリオナに声が届かないことを思い出し、小さく舌打ちをした。
 強引に下がらせてもいいが、樽に肘を置くアリオナの意図が読み取れない。
 フレディは仕方なく、もしアリオナに危害が及ぶようなら男を止めろ――という指示を残し、この場を連れてきた護衛兵に任せることにした。


(これは、若を呼ぶしかないな)


 アリオナと会話できるクラネスなら、説得も可能だろう。
 そう思って厨房馬車へと向かおうとしたとき、背後から歓声が聞こえてきた。フレディが振り返ると、アリオナが男の腕を樽の上蓋に押さえつけたところだった。


(力勝負で解決ってことか。しかも、あの大男に勝つ――だと?)


 男は新たに銅貨を樽の上に置いたが、その怒りに満ちた目は、今にもアリオナに殴りかかろうという気配に満ちていた。しかし、フレディや隊商が雇った傭兵の前では、それもできない。
 男が体裁を保つためには、この力勝負でアリオナに勝つしかない。
 二度目の勝利を収めたアリオナの顔に、どこか余裕が見え始めていた。


(まさか、この状況になることを想定していた?)


 ただの村娘が今の状況を呼び込んだなど、にわかには信じられなかった。フレディはクラネスを呼びに行く足を止め、しばらく様子を見ることにした。
 アリオナのいる樽にフレディが近寄ると、男たちはどことなく及び腰になった。
 そんな彼らに、フレディは猛禽を思わせる目つきをそのままに、口元を綻ばせた。ただし長剣の柄を握り締めた右手は、男たちに誇示させてはいたが。


「特等席で、見物させて貰うだけだ。気にしないでくれ」


 親しげな口ぶりで肩を竦めたフレディは、アリオナと少しだけ微笑み合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。 「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」 リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー 不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました 今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います ーーーー 間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です 読んでいただけると嬉しいです 23話で一時終了となります

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...