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消耗品扱いの発掘技師は、元クールビューティーな魔造少女と世界を救う

十五話 近づく想いと、引き金にかかる指

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 十五話 近づく想いと、引き金にかかる指

 坑道からの帰り道、レオナシアはアウィンと別行動をとっていた。


「ファインを送っていくね」


 そんなレオナシアの言葉を素直に信じたのか、アウィンは独りで帰っていった。
 坑道からすぐの道を北へ向かった先に、ファインが家族と暮らす屋敷がある。無言で緩やかな坂道を上っていく途中で、レオナシアはファインに話しかけた。


「今日は突然、引っ張り出しちゃってごめんなさい」


「ホント、急に呼び出されるもんだから、驚いちゃったわよ。けど、アウィンの危機だっていうし」


「アウィンのために動いてくれる人ってなると、ほかに思いつかなくって」


 レオナシアが肩を竦めると、ファインは唇を噛みながら俯いた。
 そこには嫉妬が見え隠れしていたし、一目で理解もできたが、レオナシアはひとまず見なかったことにした。
 その代わり、レオナシアは質問を投げかけた。
 

「……一つ、訊いてもいい? アウィンのこと、いつから気になってるの?」


「な――」


 ファインは顔を真っ赤にさせながら、露骨に狼狽えた。
 硬直したように立ち止まったファインは、レオナシアを睨んだ。


「あなた――デリカシーってものがないの?」


「んーっと、そうね。こういう駆け引きって得意じゃないし……単刀直入のほうがいいかなって」


「駆け引きって……なによ、それ」


「質問に答えてくれたら、教えてあげる。それで、なんでアウィンが気になるの? 護衛兵と発掘技師じゃあ、接点なんてそんなにないんじゃない?」


 レオナシアの問いかけると、ファインは目を逸らしてから歩き始めた。


「……あたしとアウィンは、護衛兵の登用試験が同じ年だったのよ。その実技試験で、あたしはアウィンを初めて見たの。小さい頃から訓練してきて、自信はあったけど。でも、アウィンの試験を見て、身体裁きや魔力の大きさに驚いたの。こんな凄い人と一緒に戦えるって、そう思ってたのに……アウィンは試験に落ちちゃって。どう見ても落第って思ってたダントとラントが受かってるし」


 溜息を吐くことで言葉を切ったファインは、顔を上げた。


「正式に護衛兵になったとき、アウィンはもう発掘技師をしてて。噂で修理の腕が良いって聞いて、壊れた装備の修理をしてもらったの。そのとき思ったのよ。こんな感じなら、一緒に戦えるって。それが……切っ掛け」


 最後は、恥ずかしさで語尾を切ってしまったようだ。   
 大きく息を吐いてから、ファインはレオナシアを横目に見た。


「それで、駆け引きってどういう意味?」


「……あ」


 ここに来て、レオナシアは自分の発言の意味を理解した。
 つい話の流れて「教えてあげる」と言ってしまったが、それはつまり、自分の気持ちをファインに教えるということだ。
 約束だから――と思ったものの、レオナシアは顔を真っ赤にさせながら、オロオロと手を小刻みに彷徨わせた。


『約束を破る気?』


 そんなファインの視線に、レオナシアはもじもじとしながら、上目遣いにファインを見た。


「多分……好き、だから。そのね、あの……アウィンが」


「な――魔導器のあなたが!?」


「魔導器って言うけど、元々は人間だもの。記憶が戻ったら、そういった感情だってあるわけだし……。
 いや、あの、タイプってわけじゃないのよ。アウィンとか、タイプじゃないんだけど……あたしを、受け入れてくれたの。姿だけじゃなく、心とか、弱さとか。そういったのも全部」


 話しているあいだに、レオナシアは少しではあるが、落ち着いてきた。
 そして、まだ駆け引きについて、話をしていないことに気づいた。


「あのね? アウィンはきっと、恋愛とかにはすごい鈍いと思うのよ。ええっと、もう言っちゃうけど、きっとアウィンは、あたしに一目惚れしてる。本人は無自覚だけど」


 ファインの目が見開いたのを見ながら、レオナシアは言葉を続けた。まだ、本題は終わっていない。


「だから、アウィンが自覚するまでは、お互いに……その、ほぼ互角ってわけなのよ」


「……そういうこと。なんとなく、理解できた」


 ファインは表情を引き締めると、腕を組んだ。
 その顔には照れや怒りなどは一切、出ていなかった。目つきはきつい。だが、そこにいるのは、好敵手を前に戦意を滾らせる、一人の少女だった。


「送ってくれるのも、ここまででいいから」


 これ以上、借りは作らない。レオナシアには、そう聞こえた。
 そして、言葉の中に『負けないから』という意志がはっきりと表れていた。
 立ち去るファインを黙って見送ったレオナシアは、顔が熱くなるのを感じながら、両手を顔を覆った。
 今さら恥ずかしくなって、しゃがみ込みたい衝動にかられていた。魔神アイホーントが出ているときに、こんな事に気を取られている自分が、少し信じられなかった。
 元軍人なのに。


(ああ、もう。早く帰ろ)


 身体の中に流れる魔力を、両脚に集中させる。身体能力が増強されるのを確かめたレオナシアは、今は自分の家でもある、アウィンの家へと急いだ。

   *

 帰宅した僕は、風呂もそこそこに、工作室に籠もっていた。
 ベベリヌが出た日に預かった、銃の魔導器の修理と改造がまったく進んでいないことを思い出したんだ。
 隙間が空いていたのか、錆びて使い物にならなくなった内部の伝導板を外していく。もちろん、色の違う糸で目印をつけるのは忘れない。
 うっすらと残っている魔術文字を読み解いてから、僕は部品棚へと移動した。
 同じ魔術文字の刻まれた伝導板と、そして改造をするための伝導板を探し出してから、作業台に戻る。
 外装は汚れや土が付着しているだけだから、炉を使う必要もない。僕の家だけで修理は可能だ。

 ――と、修理をする魔導器の確認と部品の準備を終えたけど、いつものような高揚感というか、わくわくとする気持ちが出てこなかった。

 頭の中では、色々な記憶や考えが無秩序に交錯し、思考を掻き乱す。作業を始めれば落ち着くかと思ったけど、全然そんなことはなく、いつもの集中力が削がれていくだけだった。
 先祖であるコーナル・コーナルが魔神の一柱であったこと、僕がその血を色濃く受け継いでいること。
 事故で死んだと聞いていた両親が、ダントとラントに殺されていたこと。
 そして――友だちのエディンが僕の手を避けたことと、僕が抱いた強い殺意。
 そういった光景が頭の中で蘇るたび、心が摩滅していくのがわかる。

 伝導板を取り付けた途中で、僕は自分の右手を見た。
 あと、本当に少し。作業着を指先が掠めたから、あと一歩でも前に出ていれば、僕は エディンを捕まえることが出来た。
 エディンはきっと、ダントとラントに脅されていた。だから、ちゃんと伝えたったんだ。

 ――大丈夫。友だちだから、わかってるよ。

 そう、エディンに言いたかったんだ。

 僕は唇を噛みしめると、記憶を振り払うように頭を振った。
 伝導板を入れ替えるだけとはえいえ、魔導器の修理はかなり気を使う。気を使わなくては駄目なんだ。
 填め込んだ伝導板が少しずれているだけでも、正常な動作が保証できなくなる。ものによっては、暴発する危険性だってあるんだ。
 三〇分かけて、すべての伝導板を入れ直した僕は、拳銃のパーツを元に戻すとグリップを握った。
 魔力が拳銃に流れ、引き金の横にある乳白色の部品が、淡い緑色の光を放ち始めた。少しだけ心配だったけど、ちゃんと修理できたみたいだ。
 あとは試し打ちをするだけなんだけど……もう夜も更けているから、工房を借りるわけにはいかない。
 計算では、二、三倍の威力になっているはずだ。
 人間の頭なんて、簡単に吹き飛ぶだけの威力だ。

 そんなことを考えていた僕の思考に、影からの言葉が去来した。

 ――これで自分の頭を撃てば、すべての苦悩から解放されるかもしれない。

 先祖の血のことや、両親が殺されたこと、そしてエイヴが僕を拒否したこと、僕の中に眠る殺意への恐怖――それらの記憶や悩みが、すべて消えて無くなる。
 悩むことに疲れを覚えていた僕にとって、その言葉――思考は魅力的すぎた。カタカタという音が家の中でしたけど、僕の耳には入ってこなかった。

 まるで催眠術にでもかかったように、拳銃を持った右手が僕の意志とは関係なく動いた。銃口を右の側頭部に触れる位置で止めたあと、引き金にかかった人差し指が、微塵の躊躇もなく動いた。
 魔力が一発の銃弾となって、撃ち出された。


「な――なにしてるのよ、アウィン!!」


 いつの間に帰ってきたんだろう? 青ざめた顔のレオナが、魔力弾を撃つ寸前に、僕の腕を上へと跳ね上げていた。
 弾は、天井近くの壁を貫通していた。
 怯えるようにレオナを振り返った僕は、彼女の目に映る自分の顔に驚いた。虚ろな目をした僕の表情は、どうみたって死人にしか見えなかったんだ。
 レオナは思考が停止していた僕の身体を激しく揺らしながら、怒鳴り声をあげた。


「答えてっ!! なにを――なんで、あんなことしたのっ!?」


 レオナの怒鳴り声で、僕は我に返った。
 激しい感情をぶつけられて、僕の呼吸が荒くなったのがわかる。まだ返答がないかtらか、レオナは僕の身体をもう一度揺らした。


「……楽になれるって、そんな言葉が浮かんだんだ」


 揺らされるがままだった僕は、全身の力が抜けていた。揺れに任せるように俯いた。


「先祖の血のことも、父さんや母さんが殺されたことも……エイヴが僕から逃げたこと。僕の中にある、悪魔みたいな殺意とか、全部忘れたかったんだ。それに、僕が魔神の血を受け継いでるってしれたら、みんなが敵になる。そんなの、イヤなんだ」


「アウィン……」


 目を見広げたレオナを見ないまま、僕の口は勝手に言葉を紡いだ。目から涙があふれ出していたけど、それを拭うことすら思いつかなかった。


「全部忘れて、全部消して、今度は普通の人間になって、家族と一緒に平穏に暮らして、もっと……あんな悪意を持ってない心に――」


 言葉の途中でレオナは僕の額を押して、強引に顔を上げさせた。
 その顔は怒っていたけど、その瞳は悲しげに揺らいでいた。


「ふざけないで!」


 レオナは、顔を近づけながら怒号した。


「あなた、あたしに言ったよね! 姿とか身体の構造とか関係なく、あたしの人格が生きている以上は、人間の女の子だって。死ぬなんて言うなって、言ってくれたじゃない! あれは、全部嘘だったの!?」


「ち、違――だって、レオナは普通の人間から産まれたんじゃないか。僕は……産まれたときから人間じゃなかったんだ」


「あなただって、人間よ。それとも、ご両親も人間じゃなかったって言うわけ?」


「それは――」


 父さんと母さんは、どこからどう見ても普通の人だった。人間じゃなかったなんて、言えるはずがない。
 黙ってしまった僕に、レオナは幾分、落ち着いた顔をみせた。
 身体を離したレオナは、そのまま僕を抱きしめてきた。僕の顔の横で、レオナの優しげな声がした。


「あたしは……今のアウィンがいなくなっちゃうのはイヤ。殺意があったって言うけど、ご両親を殺した相手に対して、なんの怒りも沸かない人のほうが気持ち悪いよ。それに、ちゃんと殺意を抑えて結界を解いたでしょ? そういう優しさだって、持ってるってことでしょ?」


「優しさ……じゃないよ。あそこでダントたちを殺したら、僕は――ダントやラントと同じになっちゃう。それが、イヤだったんだ」


「……うん。それでも、優しいって思う」


 レオナはそう言うと、僕に微笑んだ。


「こういうことを言うと怒るかもしれないけど。あたし、少し嬉しいんだよ。あたしに近い境遇の人が、こんなに近くにいるなんて。
 だってそうでしょ? 魔神の血を引くアウィン。そして、あたしの身体は魔神の技術によって作り替えられた。あたしたち、他人にはしられたくない――ううん、知られちゃいけない秘密を共有しちゃったの」


 そこで一旦、レオナは言葉を切った。
 まだ涙を浮かべながら振り向いた僕と、レオナは視線を合わせながら、片手で頭を撫でてくれた。


「ねえ、アウィン。あたしたちなら……ほかの人には不可能なことだって、やり遂げられると思わない?」


「……たと、えば、なに?」


「そうねぇ……とりあえずは、魔神アイホーントから、みんなを護ることかな?」


 そう言って目を細めたレオナは、クスッと小さく笑った。


「冗談みたいな状況よね。人から外れちゃった……あたしたちが、普通の人たちを護るなんて。でもこんなこと、あたしたちにしかできないよ」


「僕たちで……?」


「うん。あたしたち、最高のパートナーになれると思わない? だって、たった数日しか一緒にいないのに、強いところ、弱いところ、優しいところ……醜いところも、ほとんど全部さらけ出しちゃってるんだよ。これって、凄いことだよ」


「最高のパートナー……僕が、なれる?」


「なれるよ。あたしたちなら」


 レオナが、僕を抱きしめる手に少しだけ力を入れた。
 僕の手はいつのまにか拳銃の魔導器を放していて、代わりにレオナの身体を抱きしめていた。僕とレオナは見つめ合ったまま、互いに離れなかった。
 そして、どちらからともなく瞼を閉じて、顔を近づけ――そのとき、玄関のドアが激しくノックされた。


「アウィン! まだ起きてる!?」


 ファインさんの声に我に返った僕たちは、慌てて身体を離した。二人して赤面したまま、互いの顔を見ることができない。
 玄関に行こうと立ち上がったけど、レオナが僕の手を掴んできた。


「そんな顔で、ファインの前にでるつもり?」


 言われてみれば。僕の目は泣き腫らしたままで、まだ熱をもったような感じがしていた。
 まだ顔を赤くしたレオナは立ち上がると、僕に「ここにいて」と言い残して、玄関に向かった。
 一人残された僕は、まだ熱い頬に片手で触れた。
 心の奥底が、憑き物が落ちたみたいに軽くなっていた。それはいいんだけど、代わりにかなり大きな問題が、僕に降りかかっていた。


「なんで、僕はあんなこと? いや、だって、僕なんかじゃ全然釣り合わないし。レオナ、怒っちゃったかな……」

 後悔先に立たず――あとで、ちゃんと謝ろう。

 そう決めた、そのあと。
 僕は、土下座レベルでレオナに謝った。
 けど、なにが悪かったのか「もう、知らないっ!!」と、レオナの機嫌を損ねてしまった。
 その理由がまったくわからなかった僕は、レオナの機嫌が直る翌朝まで、一言も会話をさせてもらえなかった。
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