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消耗品扱いの発掘技師は、元クールビューティーな魔造少女と世界を救う

五話 忘却と保持

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 5話 忘却と保持

 街中を歩いていた僕らは、街の人たちから奇異の目を向けられていた。
 レオナシアさんの噂はすでに、そこそこ広まっているらしい。それでなくとも、うっすらと緑がかった銀髪を持つ美少女だ。
 噂などなくても、目立つことこの上ない。
 そんな視線にようやく気づいたのか、レオナシアさんは自分の姿を見回し始めた。


「あの――この格好は、どこか変なのでしょうか?」


 今のレオナシアさんは、服屋で買った質素なブラウンのワンピースを着ていた。発掘技師の家では一般的なもので、長袖に丈は足元まであるものだ。
 僕はそんな彼女に見惚れそうになりながら、ブンブンと横に首を振った。


「服は変じゃないです。綺麗ですよ」


 なんか緊張してしまって、ぎこちない返答になってしまった。そんな僕に変わらぬ表情で「そうですか?」と返したレオナシアさんは、立ち止まって鼻を一つだけヒクッと動かした。
 僕らがいるのは、発掘技師が集まって暮らすエリアだ。薄汚い道や建物、それにごちゃごちゃとした街並みは、決して見栄えの良いものじゃない。
 だけど、商店や食堂が並ぶこの通りは、どんな綺麗な街にも負けていないと思う。
 発掘技師は下流階級だ。護衛兵からは、消耗品扱いだってされることも多い。だけど僕らは肩を寄り添い、協力しあって生きている。名前すら知らない人とだって、連帯感が生まれている。
 そんな人たちが、羽を伸ばしている姿が見られる、数少ない場所だ。
 周囲には揚げ物やスープの香りが漂い、空腹の胃袋に食欲を呼び起こしていた。


「この先に、馴染みの店があるんですよ。今日はそこで飯を食べましょう」


 僕らは人混みと視線を縫うように通りを進むと、《金の砂塵亭》の中に入った。
 カウンターに十席、大小のテーブルが計八つという、この街では中規模の店だ。空いていた二人掛けのテーブル席に、僕とレオナシアさんが腰を落ち着けると、顔なじみの店員――ダレスさんが声をかけてきた。


「聞いたよ。なんか、大変だったんだって?」


「えっと……どっちのことです?」


「全部だよ。発掘現場に、あんたの家に、さ。で、そっちが発掘したやつ?」


「――初めまして。レオナシアと申します」


 急にレオナシアさんから挨拶をされて、ダレスさんは驚いた顔をした。


「あっと、喋る魔導器なんだ。えっと、どうも。ダレスでっす。それで、ご注文は?」


 片手を挙げたダレスさんに訊かれて、僕は板に書かれたメニューを手に取った。といっても、料理は五品くらいしか書いてない。あとはパンや酒類しか書いてない。


「えっと……僕はパンとシチューで。レオナシアさんはどうします? 料理は……ここに書いてありますから」


 僕からメニューを受け取ったレオナシアさんは、周囲のテーブルを見回してから、ダレスさんを見上げた。


「鶏の唐揚げと、鶏の唐揚げ、鶏の唐揚げを」


 レオナシアさんの注文に、飄々とした雰囲気のダレスさんも、流石に戸惑いの表情を浮かべた。


「め、飯を食う魔導器か……えっと、唐揚げ三人前、頂戴しました」


 厨房に引っ込んだダレスさんと入れ替わりに、周囲の発掘技師たちが僕らを取り囲んだ。


「この魔導器は、どういう扱いになったんだ?」


「魔物に襲われたんだろ? 大丈夫だったか?」


 僕らを気遣うというより――いや、気遣ってはくれてるんだけど、それを好奇心が上回っている雰囲気だった。
 一斉に質問を投げつけられ、それぞれに答えたんだか答えてないんだか、訳が分からなくなっていたとき、顔なじみの発掘技師が僕の肩を叩いた。


「ダムイと息子たちが押しかけたんだろ? よく無事だったなぁ」


「え? ああ、護衛兵のファインさんと、一緒に来ていた軍人さんが助けてくれました。危うく、魔物を解き放った罪で捕まるところでしたよ……」


「ああ、ダントとラントは、俺たちを虫けらみたいな目で見てるからなぁ。いや、無事で良かった」


「ありがとうございます――あ、セントさん!」


 中年の発掘技師に礼を言った直後、僕は店に入ってきた修理屋のセントさんに手を振った。
 二〇代後半らしいセントさんは、仕事の邪魔だからと剃り上げた髪を手で撫でながら、「よお、ゆーめーじん」と近寄って来た。


「あの、店長さんに、バイトを増やしたいって伝言をお願いできますか?」


「いや、それはいいけどよ――」


 セントさんはレオナシアさんを横目に見てから、僕に言った。


「この子、魔導器なんだろ? お尻、触らせて。むしろ撫でたいんだけど、いいか?」


 たった二言で場が凍り付いた光景というのは、初めて見たかもしれない。
 騒々しかった店内が、葬儀場かと思えるほどに静まり返った。数秒経ったころ、レオナシアさんがセントさんに視線を向けた。


「……今の発言の意味するところが、理解できません」


「いや、あのさ。だって、いきなり人間の女の子の尻を撫で回したら、犯罪になっちゃうじゃんか。魔導器なら犯罪にならないし!」


 そんな感じに、両拳を握り締めながら力説するセントさんに、僕は完全に呆れてしまっていた。
 初めて知った……こういう人だったんだ。


「レオナシアさん、どう見たって女の子じゃないですか。常識的に考えても……ダメだと思います」


「そんな!! この世には夢もロマンのねーのか!」


「いや、それただの煩悩ですからね」


 僕の突っ込みに、周囲が一斉に頷いた。
 僕の顔をジッと見ていたレオナシアさんが、「なぜだぁぁぁっ!!」と喚いているセントさんに向き直った。


「わたしは自衛のための反撃を許可されています。性的な暴力については、威力最大での反撃を行いますが。あと、あなたは個人的に好みから外れていますから、性的接触は遠慮させて頂きます」


「好みって……ホント、女の子みたいですね」


「そんなのあたりま……いえ、気のせいだと思います。率直な感想――のはずです」


 僕とレオナシアさんの会話を聞きながら、セントさんは肩を落としていた。
 項垂れたまま空いている席へと向かうセントさんに、僕は慌てて声をかけた。こんなことで、へそを曲げて伝言を断られるっていうのも困るし……。
 


「あの、それで伝言は……」


「ん? ああ、それは言っとくよ。明日からでいいんだっけ?」


「はい。お願いします」


 僕の返答に、セントさんは普段の飄々とした態度で手を振った。
 そんなとき、店のおかみさんが盆に乗せた料理を運んできた。


「ほらほら! あんたたち邪魔だよ!」


 テーブルに僕とレオナシアさんが注文した料理を並べると、おかみさんはほかの客を追い払った。
 セントさんの一件で、熱が引いていたのかもしれない。予想以上にすんなりと、僕らは解放された。
 食事を終えたあと、僕らはそのまま帰宅した。
 まずは風呂に入ってから、ファインさんの盾を修理。睡眠不足になりそうだなぁ――と、そんなことを考えていたら、不意にレオナシアさんから声をかけてきた。


「……賑やかでしたね」


「えっと……ああ、あの食堂ですか? 発掘技師は、あんな感じです。いつも小馬鹿にされてたりしますからね。自然と横の繋がりが強くなっちゃって。あ、そうだ。寝るときとかは、どうします? 一応、親が使ってたベッドもありますけど」


「そうですね。ではそれを――しかし、ご両親はどうされたのですか?」


「数年前の落盤事故で、二人とも……ね」


 少し厭な記憶だったけど、僕は素直に答えた。あのときの傷は癒えたけど、思い出してしまうと少し辛い。
 僕の表情が少し沈んだことに気づいたのか、レオナシアさんは姿勢を正して頭を下げた。


「申し訳ありません」


「え? あ、謝らなくても大丈夫です! 頭を下げないで」


 僕は慌てて手を振りながら、レオナシアさんに頭を上げてもらった。場を取り繕うように苦笑いを浮かべた僕の中に、大きな疑問が浮かんでいた。

 レオナシアさんは一体、なんなんだろう?

 魔導器ではあるんだろうけど、食事はするし睡眠もベッドで大丈夫だなんて。それに、腕や太股の下半分からは金属に似た質感の素材だけど、それ以外は人間と変わらない。
 時折、女の子みたいなことを言うときがあるし。
 寧ろ、人間って言われたほうがしっくりくる――と思う。
 そんなことを考えながら家に辿り着いた僕は、すぐに風呂場の掃除を始めた。
 薪で火を起こして、金属製の湯船に張った湯を沸かす仕組みだ。大昔には、お湯が出てくる仕組みもあったらしいけど、今はその技術は廃れてしまっている。
 まずは軽く掃除をしようとした僕は、すぐ後ろにレオナシアさんがいることに気づいた。


「どうしたんです?」


「いえ。入浴をしに来ました。これが風呂ですね」


 そう言ってから、レオナシアさんはワンピースを脱いだ。あの水着みたいな格好になったレオナシアさんは、不意に動きを止めた。
 どうしたんだろう――と思って見ていると、レオナシアさんが髪を掻き上げながら、僕に背中を見せてきた。


「申し訳ありません。一部の機能に接続できません。診て頂きたいのですが」


「え? あ、はい。えっと――保守点検モードへ」


 リーンアームドに命令すると、レオナシアさんの左の肩胛骨あたりにある、点検口が開いた。
 内部は、件の金属板やクリスタルが、腕のものよりも複雑に入り組んでいた。僕は一つ一つ確認しながら、その接続を確認していく。


「あ、これかな? 外れかかってるのがある」


 クリスタルの土台に金属板を填め込んだとき、近くにある二枚の金属板が目に入った。
 その表面にはそれぞれ、『記憶の封印』と『記憶の維持』という魔術文字が刻まれていた。もちろん、そのまま文字が刻まれているわけじゃない。十数の文字が一つの構文となって、その意味の言葉を形成している――という感じだ。
 記憶の維持はわかるけど、記憶の封印?
 その文字に不穏なものを感じいると、レオナシアさんが横目に僕を見てきた。


「異常はみつかりませんか?」


「あ、ううん。接続し直しでいけるかも……です。どうですか?」


 僕が点検口を閉じると、レオナシアさんは立ち上がった。
 なにをするのか興味のあった僕が見ていると、レオナシアさんの身体を覆う水着みたいな服――これも鎧の一種みたいだ――が、身体に吸い込まれていった。

 一瞬の間。

「うわあああああああっ!!」


 僕は大慌てで脱ぎ捨てられていたワンピースを引っ掴むと、裸体になっているレオナシアさんの身体に巻き付けた。


「……どうかしましたか?」


「服を脱ぐのはまだ早いです! まだ早いですから――とりあえずさっきの服を着て下さい!!」

 う、後ろ姿で良かった……。

 とりあえず、風呂は少し待つようにお願いしながら、僕はレオナシアさんを風呂場から追い出した。
 なんかもう、色々と大丈夫だろうか。
 この先のことを考えると、不安しか思い浮かばなかった。

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