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魔剣士と光の魔女 三章 帝国来襲!!

おまけ その1

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 おまけ その1 ~ある日の日常/カタリヌズ


 トスティーナ山にある魔女の迷宮――そこは忌み子の少年と魔女の住まいであると同時に、剣呑な魔物が徘徊する魔境(帝国第三軍将軍、シルディマーナ談)である。
 第一層から第六層まである迷宮は、深くなればなるほど魔物の凶悪さが増していく。それはさながら、挑む者に鍛錬を促しているかのようだった。
 とはいえ、第六層にもなると魔物の凶悪さは増し、一部の巨人族や竜族、はては強大な魔族まで召喚されていた。
 その第六層の最奥――迷宮にある唯一の玄室にして、ジン・ナイトとステフ・アーカムの住居がある場所だ――に突如、迷宮の天井まで届くであろう漆黒の渦が巻き上がった。
 渦が消えたあとに現れたのは、五マールを超える巨躯だ。

 全体的なフォルムは女性的、胴体や手足には金属質の帯を巻き付けている。背中には漆黒の翼が二対、艶のある黒い尻尾は足下まで伸びていた。
 銅褐色の波打つ髪は腰まであり、左右の側頭部からは、曲がりくねった黒い角が生えていた。顔は大理石に似た質感の仮面で覆われ、深紅の唇をした口元しか露出していない。
 足はヒールのあるブーツ状の履き物、右手に剣呑な刃が煌めく魔槍を携えた姿は、禍々しい気配を放ちながらも、どこか蠱惑的な美しさがあった。
 魔界の公爵、その第五位である魔王アストローティアだ。

 アストローティアはしゃがみ込むと、玄室前の床を凝視した。
 うっすらと積もった埃には、玄室に入っていく足跡と、玄室から出て行く足跡が残されていた。


〝ちっ――遅かったか〟


 頬を膨らませたアストローティアは、立ち上がると回廊を振り返った。
 少なくとも、この階層にジンたちはいない。


〝長いこと留守にするなら、教えておけって言ったのに……ちょっと、誰かいる?〟


〝――こちらに〟


 ムカデの胴を持つ異形が、回廊の天井から降りてきて、アストローティアの前で跪くように平伏した。


〝あいつらは、いつ来たかわかる?〟


〝は――少し前に出て行きました〟


〝あ、そ――まったく、ひと言あってもいいのにさ〟


〝……お言葉ですが、公爵様。あちらをご覧ではありませんか?〟


 異形のかぎ爪の示す方向へ首を向けたアストローティアは、玄室のドアに羊皮紙が貼られていたことに、ようやく気づいた。
 羊皮紙には帝国語で、こう書かれていた。


『アストローティアへ
 厄介な依頼があって、しばらく迷宮を留守にします。
 もし暇なら、迷宮内の魔物の掃除をお願いします。
 
 追伸
 今回は土産を買う余裕がないので、そのつもりでいて下さい』


 まるで、ご近所にペットの餌やりを頼むような、そんな気軽さのある自分への書き置きを読み終えたアストローティアは〝巫山戯てんじゃないわよ!!〟と怒声ををあげた。


〝お怒りはごもっともで御座いますな。まったく、人間というものは――〟


〝そんなことより、周囲いる配下の魔物を集めなさいよ。今すぐ!〟


〝は、は――ただいま〟


 頭を深々と垂れた異形が姿を消してから、ものの数分で、一〇を超える魔物がアストローティアの前に集まった。
 平伏する魔物たちを見回したアストローティアは、順に命令を伝えていった。


〝あんたは第一層、あんたとあんたは第三層の見回り。そっちは第二層で、あんたは第四層。あ、あんたは第五層で、残りは第六層。魔物がいたらぶっ殺しておいて〟


〝あ、あの公爵様――なさるのですか? 人間如きの頼み事を〟


 皆を集めたムカデの胴を持つ異形の戸惑いに、アストローティアは尊大に答えた。


〝やらなかったらやらなかったで、役立たずって思われちゃうじゃない〟


〝は、はあ――無遠慮に頼み事をしてきたことに、怒っておられたのでは……〟


〝は? 違うわよ。土産がないことに怒ってるの! あたしはっ!!〟


 ……あ、そっちですか。


 魔物たちは言葉にこそしなかったが、同じ気持ちで主君を見上げた。
 そんな視線に気づこうともしないまま、アストローティアは自らの身体を漆黒の渦で包み込んだ。
 異形の一体が、気後れしがちに主へと問いかけた。


〝公爵様、どちらへ?〟


〝帰って瞑想すんの!〟


 苛立たしげに答えた直後、アストローティアは魔界に還っていった。
 先ほどの異形が、ムカデの胴を持つ異形へと近づいた。


〝あの公爵様が瞑想とは――どういうことだ?〟


 怠惰の代名詞のような魔王が、というニュアンスが言外に含まれていた。その問いに、ムカデの胴を持つ異形は沈鬱な声で応じた。


〝――ふて寝をなされるそうだ〟


 しばらくの沈黙のあと、異形たちは無言のまま迷宮へと散っていった。

 とまあ、そんなわけで。
 魔王アストローティアは、今日も変わらぬ日常を過ごしているのであった。
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■カタリズヌ

 第三章のラスボス的存在、カタリズヌのモデルとなったのは、ソロモンの72柱とは異なる、ヌクテメロンにおける一〇時のデーモン、犬の鬼神か冒涜の鬼神とされている、カタリスです。

 ヌクテメロンとはギリシャの書物で、その中に「魔術的黄道十二宮に類似する十二の象徴的な時間」に属するGeniusの名と支配が、四〇以上も記されています。
 カタリスはその中の一柱です。
 Geniusの日本語訳は、悪魔(デーモン)や魔王ではなく、鬼神と記されることが多いみたいです。


 外見的な資料ないため、作中では犬の頭部を持つ魔族として描いています。性格は残忍で、召喚者の意を汲みつつ、己の欲望を満たす存在――という設定。


 余談ですが、ヌクテメロンの鬼神たちを調べると、かなり魔術的な意味があるのか、支配の内容が面白いですね。太陽光線とかあったり。
 どことなく、ゲームのエルダースクロールシリーズに登場する、デイドラ(魔王とか邪神的な存在)を連想する鬼神もいます。
 残念なのは、支配の内容に〝狂気〟がないことですね。

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 本作を読んで頂き、ありがとうございます。

わたなべ ゆたか です。


 第一章のおまけでの補足を兼ねています。モデルとなったアスタロトが怠惰な性質ですので、そのことを補完してみました。

 あと、第四章の最後で、迷宮第一層で魔物が出なかった理由です。

 次のおまけは、今週中のどこかで。説明と補足のみの予定です。

 少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

 次回もよろしくお願いします!
    
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