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魔剣士と光の魔女 二章『竜の顎で殺意は踊る~ジン・ナイト暗殺計画』

一章 -2

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 約一ヶ月後。
 二日に一度は領主の屋敷を往復することとなった俺は、移動の大変さと毎日の知恵熱に、少し体重が落ちていた。
 体重というのは比喩だけど。正確には、ウェストがやや細くなった感じだ。
 領主の屋敷で昼食を終えた俺とステフは、石材で組まれた廊下を歩いていた。

「でもさあ……どうして、お昼の食事をここで料理するの? お弁当でいいのに」

 そうすれば、もっと一緒に居られるのに――と、ステフは少し不満そうだった。
 紺色のドレスを着て目鼻を覆う仮面を付けたステフに、俺は苦笑いを浮かべてみせた。

「これから先、会食とかあるかもしれないでしょ。そのときに、料理を食べないっていうのも拙いんじゃない? だから、俺が宮廷料理を覚えたら、ステフも安心して出席できると――」

 言葉の途中で俺は、ステフが立ち止まったことに気づいた。どうしたのかと振り返った俺の目に飛び込んできたのは、仮面の下から滴を流して立っているステフの姿だ。

「ちょ――ステフ、どうしたの?」

「そこまで考えてくれてるなんて……駄目だよ……そんなに優しくしちゃ……」
 
 ステフは嗚咽を殺しながら、指先で涙を拭った。

「あたし、領主のことを黙って……騙すような真似をしてたのに……駄目だよ……」

 両手で顔を覆うステフに、俺は苦笑いを浮かべた。

「こんなので泣かないでよ。ステフを泣かすためにやってるんじゃないんだよ?」

「わかってるけど――」

 嗚咽混じりの返答に、俺はステフの後頭部を撫でるように触れた。

「ステフも言ってたじゃん。これからは、二人で一緒にって」

「……うん」

 ステフが頷いたとき、背後から二組の足音が聞こえてきた。
 俺が振り返ると、廊下の先からダグドと黒いローブの男が近づいて来ているところだった。俺たちの二マール(約一メートル八〇センチ)手前で止まると、渋面のダグドが口を開いた。

「仲が良いのは構いませんが、人目のあるところでの恋愛ごっこは慎むべきでしょう。領主には、それ相応の威厳が必要だと、何度も申し上げているはずです」

「恋愛ごっこでは、ありませんから。それより用件はそれだけですか? であれば、わたくしたちは仕事に戻ります」

「お待ち下さい。失礼ながら、いくらジン・ナイトに仕事を覚えさせても、屋敷にいる者たちの不審感は、拭いきれるものではありません」

 いきなり俺のことを話題にされ、ステフの機嫌が一層、悪くなった。それは、唇の形を見るだけでも明白だ。
 俺たちが警戒する中、ダグドは背後の男から羊皮紙を受け取った。

「手っ取り早く皆を認めさせるには、何かしらの名声を得るのが一番の近道でしょう。ここに、魔術師ギルドの依頼が書かれた書類があります。魔物退治ということですが、その手の類いは得意でしょう」

 この話は、まったくの予想外だった。それはステフも同じだったようで、拍子抜けしたように口を少し開けていた。
 ダグドが差し出す羊皮紙を受け取ったステフは、内容を確かめた。

「ローウェル領にある村にて魔物が出現している。現在のところ、村への被害は皆無との報告有り――現地の魔術師と合流し、村の安全を確保せよ……ジン。あたしたちなら楽勝よ、これ」

 ステフが俺に微笑みかけたとき、ダグドは頭を振った。

「いえ。ジン・ナイト一人で行かなければ、意味はないでしょう。でなければ屋敷の者たちは、女伯の手柄だと思うでしょうから」

「え――では、今回の依頼は止めておきます」

「……手の平を返すの早くない?」

 俺の突っ込みに、ステフは少し唇を尖らせた。

「だって……ローウェル領って、かなり離れた場所なのよ? 二人で行くならともかく、ジンだけでなんて……」

 やや俯き加減になったステフに、俺は語尾を濁した部分を察した。
 これまで一緒に暮らしてきて、俺たちは二日以上離ればなれになったことがない。そういった不安と寂しさを、すでに感じているみたいだ。

「女伯、どうなさるおつもりで?」

 まるで畳み掛けるように、ダグドがステフに問いかけた。
 ステフは迷っているようだった。魔術師ギルドに来る魔物討伐の依頼は、かなり少ないらしい。魔術師としての名声を得るなら、この機会を逃す手はない。
 それを理解しているからこそ、ステフは迷っているのだろう。
 ステフから羊皮紙を奪うように取り上げた俺は、右手で作ったブイサインをハサミのように動かしてみせた。

「悩んでるってことは、良い機会なんだよね? なら、やってみるさ」

「で、でも……」

「やばかったら、さっさと逃げちゃうしさ。レット・イット・ビーって感じじゃない? ここは、流れに任せてみてもいいかも」

 俺が戯けるように言うと、ステフは口を曲げるような笑みを浮かべた。まだ迷っていそうだが、それでも俺の言葉に背中を押されたようだ。
 ステフはダグドへと向き直ると、依頼を受ける旨を告げた。


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こんにちは、わたなべです。
長雨が続いてましたが、被害とか大丈夫でしたでしょうか?
こちらは初めて避難勧告のアラートが鳴りました。かなりビックリしますね、あれ。ちなみに、こちらは被害はありませんでした。


連日のアップですいません。


三章の3の途中まで書いてまして、これ以降の話で影響なさそうかな……と。

続きは、早くて水曜日以降だと思います。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

それではまた、宜しくお願いします。
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