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最終章後編

八章-1

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 八章 復活した身体と魂


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 ガランがクリスティーナに、ストーンカやティアマトと話がしたいと頼んだ翌日の午後。
 ストラス将軍――ストーンカを伴ったクリスティーナが、トラストンの店を訪れた。店のドアに閉店の札を下げ、カウンターを挟んでストーンカを対面に座らせている。
 クリスティーナはちゃっかりトラストンの横に座っているが、今の人格はガランだ。それでも、はやりトラストンの隣が良いらしい。
 クリスティーナが煎れたお茶を一口飲むと、ストーンカは真っ直ぐにトラストンを見た。


「それで……王よ。我にどのような話をせよと申されるか」


「それについてだが……ティアマトからも話を聞きたいらしい。クリスティーナ、ティアマトはいるか?」


〝ええ。王よ。ここにおりますわ〟


 クリスティーナの懐から、落ちついた女性の声がした。しかし、その声は耳ではなく直接、頭の中に流れ込んできていた。
 トラストン――いや、ガランはティアマトの声に「すまぬな」と応じながら、羊皮紙を広げた。
 そこには自身の中にいるトラストンの魂が指示した質問事項が、箇条書きされていた。
 ガランは羊皮紙を見ながら、最初の質問をした。


「最初の質問だが……古い人の身体から、新しい人の身体に乗り換えるとき、どれくらいの時間がかかるか――ということだ」


「質問の意図はわからぬが。おおよそ十日から二十日のあいだ。乗り移る人間の状態によって、期間は変わる」


「なるほど。ティアマトはどうだ?」


〝わたくしは……人の身体を変えたことが、一度しかないものですから。そのあたりは、よくわかりませんわ〟


 ティアマトの返答に、ガランはただ頷いた。


「次の質問だが……人の身体から直接、他の人の身体に移り変わることが可能か?」


「無理だ。一度、封印された鉱石に戻らねば、他の身体に移ることはできぬ」


〝それは……間違いがありませんわ。鉱石に戻ると、元の身体は死んでしまいますが……戻らなければ、新しい身体に移れませんから。仕方がないとはいえ、可哀想なことをしましたわ〟


「……いや、ティアマト。過去のことを責めているのではない。ただ、情報として伝えてくれればよい。さて、次だが……我は鉱石とトトの身体、その双方をある程度は自由に行き来できたが……それは皆もできたのだろうか?」


〝それはつまり……封印された鉱石と、乗っ取った人間の身体とを、日数をかけずに、行ったり来たりできるかと。そういうご質問でしょうか?〟


 ティアマトの声は、どこか戸惑っているようだった。少しして、申し訳なさそうなティアマトの声が、問いに答えた。


〝わたくしは……そのようなことをしたことが、ありません。ですから、お答えできませんわ〟


「我は無理だった。一度鉱石に戻った場合、人間の身体に入り直すのに、数日は必要だった。ただ、それも成功例は一度だけ。あとはすべて失敗した。我の魂が再び支配権を得る前に、人間の身体が死を迎えてしまったのが原因です」


 首を振るストーンカに、ガランは大きく息を吐いた。


「そうか。出来ぬもの……なのだな」


 どこか感慨深げな表情をするガランに、ティアマトは「ほう――」という声を漏らした。


〝もしかしたら……王とトラストンはずっと側にいたのですよね。それが、影響をしているのかもしれません。王の魂を、トラストンが拒んでいないのでしょうね。トラストンの身体と鉱石を自由に行き来できたのは、これが理由だと思います〟


「たまたま……だと思うが。いや、我もこういった魔術的な知識は疎いから、確実にとは言えぬが……相性みたいなもの、だと考えます。ただ人間の身体から鉱石へ戻ることは、可能でした。恐らく、魂の一部が鉱石と繋がっているのでしょうな」


 ストーンカはティアマトのあとを継いで、ガランの問いに答えた。
 ガランは何かを念じるように目を閉じたが、数秒してから質問を再開した。


「それでは……これを最後の質問にしよう。人間の身体でいるとき、魂が封印されていた鉱石は、近くになくても平気なのか?」


〝……わたくしは所持していなければ、人間の身体にいることが苦痛に感じられました。なんといいましょうか、まるで魂が引き裂かれるような感覚でしたわ〟


 ティアマトを聞いて、ストーンカは黙ったまま頷いた。
 しかしガランの視線を受けると、クリスティーナを一瞥してから口を開いた。


「……先ほどと近い内容になってしまうが。人の身体に乗り移ったや憑依した――そのように言うことが多いが、それでも我々の魂は、封印された鉱石と繋がっているのでしょう。だから互いの距離があると、苦しみを感じるのだと思います」


 ストーンカは答えてから、ガランの人格であるトラストンに鋭い眼差しを向けた。


「王よ……なぜ、このような質問を為さるのですか? これではまるで……王が、トラストン・ドーベルの乗っ取りを願っているように聞こえます」


「そうではないと、王たる誇りにかけて誓う」


 そう返答をしながら、ガランはストーンカの視線を真っ向から受けた。


「これは、エキドアと対峙する際に必要になる内容だ。あれが人の身体を乗っ取っている以上、その仕組みを知らねばならぬ」


「それは……乗っ取られた身体を救うためでしょうか?」


「恐らくだが……それは無理だとトトも理解はしている。ベビーモスを封印した際、その身体は一時は自我を取り戻したものの、すぐに息絶えた。恐らく、あれは魂が失われたためだと、我とトトは考えている」


「その推測は、間違いがないと思います。魂がなければ、例え肉体が健康であっても、長くは生きられませぬ。それが、この世界においての規則ですからな」


 ストーンカは言い終えてから、フッと息を吐いた。


「この身体には病や怪我はないが……我が抜け出れば、程なく死ぬでしょう。あのときトラストン・ドーベルが、すぐに我を封印しなかったのは、先の経験があるからなのでしょうな」


「それについては、少し悩んでいたのかも知れぬが……すぐに撃たれてしまったからな。その疑問に対する回答は――きっと、自身でもわかっておらぬだろう」


 ガランが微かに微笑むと、ストーンカは目を丸くした。
 その表情に、ガランは怪訝な顔をした。


「どうかしたか?」


「いえ……その。王がそのような表情をなされるとは、思いもよりませんでした」


「ふむ……我もトトや、色々な転生者と話をし、共に暮らしてきた。その経験が、我の魂に変革をもたらしておるのかもしれぬ」


 ガランが苦笑していると、店のドアが開いた。外を見張っていた、マーカスの部下である金髪の男が、店の中に顔を覗かせた。


「まだ、話というのはかかりそうか?」


「いや……もう終わる」


 ガランが答えると、金髪は少しホッとした顔をした。クリスティーナの話では、この前の一件以来、どうやらトラストンに苦手意識を抱いてしまったようだ。
 立ち上がったストーンカは、ガランやクリスティーナに一礼をすると、店の外に出て行った。
 あとに残されたクリスティーナは、少し寂しげな顔でガランの操るトラストンの顔を見た。


「結局……トトは出てきませんでしたわね」


「仕方あるまい。もし、エキドアがここを見張っていた場合、この身体の未来が予知できなければ、それだけでトトの復活を察してしまうだろう。そうなればヤツのことだ。すぐにでも逃げだし、姿を変えるに違いない。そうなれば、もう探し出すのは不可能だ」


「ええ……それは、存じておりますけれど。それでも……」


「クリスティーナ。そこは、我慢をしてやってくれ。頭の中で、トトが悶え苦しんでいて……なんだ、我も忍びない」


「トトが……」


 目を瞬いたクリスティーナは、その直後に目に涙を貯めながら、声を押し殺すように笑い出した。頭を抱えて悶えているトラストンの姿を、想像してしまった結果である。
 ハンカチで涙を拭ったクリスティーナは、立ち上がるとガランに手を振った。


「それでは、わたくしも戻りますわ。ガラン、トトによろしくお伝え下さいましね」


「承知した。伝えておこう」


 その畏まった返事がおかしかったのか、クリスティーナは肩を僅かに振るわせた。
 クリスティーナを乗せた馬車が去って行く音を聞きながら、ガランは羊皮紙に目を落とした。


「トト……本当に、このような質問が役に立つのか?」


 ガランの問いに、トラストンがどう答えたのか――その直後、ガランの口元には苦笑いのようなものが浮かんでいた。

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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

会話ばかりな回になってしまいました。この内容が、概ね幻獣が人間を乗っ取るときのルールとなっております。矛盾は……ない、はず(滝汗

勘違いでやっちゃってる可能性もあり……かもですが。読み直した範囲ではなかったので、多分大丈夫だと思います。

本編はあと三回……とエピローグを残すのみとなりました。
エピローグまで書き終えたら、BBCのシャーロックを一気視するんだ……。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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