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最終章前編

二章-5

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   5

 ラントンを出た連絡員は、真夜中だというのに馬車を奔らせていた。
 近くの町に滞在している仲間へ、マーカスの指令を届けるためである。周囲に灯りがないのも構わず、馬車はランプを灯していない。
 漆黒に塗られた馬車を引くのは、黒い馬だ。
 闇に紛れているためか、盗人の類いも近寄っては来なかった。
 枝道が近づいてきたとき、微かな光が三度、二度、四度と瞬いた。馬車が森の切れ間にいる男に近づくと、御者台にいた連絡員は三つの紙片を手渡した。
 特に会話もなく、二人は別れた。
 森の中にいる男は、黒っぽいシャツとズボンだけという服装だ。腰にはナイフを下げている。変装より、夜に紛れることに重点を置いた服装だ。
 紙片を受け取った男は、森の中へと入っていった。
 普通に見るだけではわからないが、連絡員同士の目印を付けた木の根元の洞に、男は紙片の一つを投げいれた。


(先ずは、一つ目)


 雑草が生い茂っているため、傍目には洞があるとはわかりにくい。
 目印を付けた木は、もう一本ある。その場所を目指す男の耳に、#もう一つの足音_・・・・・・・_#が聞こえてきた。


(誰だ?)


 男の仲間ではないのは、間違いがなかった。足運びには聞き覚えがないし、なにより男を追跡をするような真似はしない。
 男はベルトに差し込んだ鞘からナイフを抜くと、木の陰に潜んだ。
 追跡していた足音も、いつしか消えていた。
 男が静かに息を吐いた直後、身を潜めている木に刃が突き刺さる音がした。その直後、木の幹が爆発した。
 いや、爆発したのではない。
 瞬間的に、木の幹の八割ほどが、木の粉を撒き散らしながら消失したのだ。


「な――っ!?」


 男は咄嗟に横に跳んだが、左腕に浅くない傷を受けた男は、地面に転がったまま腕を押さえた。
 声を殺して苦悶していると、フード付きのマントで全身を覆った大男が近寄って来た。
 大男は地面に落ちている短剣を拾い上げると、男に切っ先を向けた。


「馬車から受け取ったものを寄越して貰おう」


「な……なんの、ことだ?」


「貴様の仲間への命令書だ。渡して貰おう」


「……そんなもの、は、ない。貴様の、勘違い……だ」


 男の返答を聞いて、大男は短剣を鞘に収め、代わりに長剣を抜いた。通常のものよりも若干、刀身が長い。
 その長剣の切っ先を向けながら、大男は男に近づいた。


「もう一度、言う。命令書を渡せ」


 大男を睨め上げた男の目が、長剣の柄で止まった。
 目を僅かに見広げた男は、男から遠ざかるように身じろぎした。


「まさか……軍人、だとは」


 その言葉が、男の最後の言葉となった。
 大男が長剣を胸部に突き刺すと、男の身体が小刻みに震えだした。その次の瞬間、男は悲鳴をあげる間もなく、霧散した。
 赤霧のようなものが、周囲に漂った。
 大男は跪いて地面を見回したが、目的のものは見つからなかった。


「やむを得まいか……」


 立ち上がった大男は長剣を鞘に収めると、ラントンへ向けて森の中を進み始めた。

   *

 クリス嬢とマーカスさんに怒られたあと、晩飯を食べ終えた俺は、仮眠を取っていた。
 日中の疲れもあるから爆睡したいところだけど、やることは山積みだ。俺は精神接続でガランと繋がると、目を閉じたまま部屋からでた。


〝トト、そこで右を向け。そのまま三歩前へ。そうだ。あと一歩で下りの階段になる〟


 要するに、ガランに周囲の状況を説明して貰いながら、ランプの灯っている廊下を進んでいるわけである。
 時刻は多分、深夜だ。
 クリス嬢やマーカスさんは、寝ているはずだ。
 俺は宿を出たところで、ようやく目を開けた。ここまで目を閉じていたことで、夜目に慣れることもできている。
 俺は早足に街中を歩くと、軍の駐屯地が見える場所までやってきた。
 裏路地に入る、細道になる。ここには木箱や古びた樽が置いてあって、物陰に潜むのも容易い。なにより、座って凭れることのできる場所があるっていうのは、ありがたい。
 樽に座って木箱に凭れると、別の木箱で目線から下を駐屯地から隠すことができる。俺は駐屯地の出入り口を監視しながら、しかし意識は別の所にあった。
 かなり近い場所に、イヤな気配がある。
 イヤな気配と言っても、殺気とかそういう直接的なものじゃない。


「……いるんだろ?」


 俺がイヤイヤ声をかけると、ぼんやりとした影が俺の真横に現れた。なんとなく、出そうなときがわかってきたぞ、《俺》を名乗る糞野郎。


〝そんな、イヤそうな顔をするなよ。無茶ばかりするから、忠告に来てやってるんだぜ?〟


「余計なお世話だ。てめぇの顔なんざ、見たくねぇ」


〝見たくないって言ったって、自分の顔だろ? そう嫌うなよ〟


 そう言って、《俺》は大袈裟に笑った。
 俺と同じ顔、同じ声をしているから毛嫌いするんだけどな。そうじゃなければ、まだ暇つぶしって思えたかもしれないのに。
 俺が憮然とした顔をしていると、《俺》は嘲るような顔を向けてきた。


〝身体だって、疲れてるんだろ? もう休んだらどうだい〟


「うるせぇ。てめえには関係ねぇだろ」


〝はっ――冷たいねぇ。そんなんだと、クリス嬢にも嫌われるぜ?〟


「だから、うるせぇよ」


 俺が睨むと、《俺》は戯けたように両手を挙げた。その仕草が、まさに俺そのものっていうのも、むかつく一因だ。
 にやけた顔で近寄って来た《俺》は、俺の顔を覗き込んできた。


「……なんだよ」


〝だから、邪険にするなって。心配してるんだぜ、これでも。なんせ、俺も《俺》だから――ちょっとややこしいか。なら、言い換えるぜ? おまえも《俺》だからな。そして《俺》は、おまえでもある。心配だってするさ〟


「……なんの謎解きだよ」


〝謎解きなんかじゃねぇさ。おまえだって、うっすらとはわかってるんだろ?〟


 薄ら笑いをする《俺》の言葉に、俺は頭を掻きながら溜息を吐いた。

 ……くそ。こいつ、テレパスでも使えるのか?

 そう思いながら、俺自身がそうじゃないことも理解していた。
 気に入らないが、《俺》が言っていることは正しい。今回の監視も身体に鞭を打ちながらやっているし、睡魔も我慢している。
 ただ、《俺》の正体については、本当にうっすらとしか思い浮かんでいない。
 俺のどこか思考の奥深くで、こいつのことを考えるのを拒否している気がする。その原因もわからないから、さらに《俺》のことを鬱陶しく感じてしまうわけで。
 俺が黙っていると、《俺》はさらに挑発的な笑みを浮かべた。


〝黙ったってことは、図星かい? いいねぇ。もっと、おまえの悔しがる顔を見せてくれよ〟


「一々、うるせぇ!」


 俺は《俺》の顔面へ目掛けて、拳を振った。
 だけど、拳は空を切っただけだ。


〝トト、さっきからどうした?〟


 ガランの声に、俺は我に返った。
 横には、誰もいない。拳は誰もいない場所に突き出された格好で、止まっていた。
 俺は空中で拳を握ったり開いたりを繰り返してから、腕を引っ込めた。


「ええっと……なんでもないよ。ゴメン」


〝この前から、意味不明な挙動が増えている気がするが……〟


「ああ……寝不足もあるのかな。寝ぼけてる……のかも」


 俺は頭を掻いていると、駐屯地の出入り口でランプの光が揺れているのを見た。
 目を細めてよく見ると、軍属用と思しき馬車が駐屯地に入っていくところだった。誰か、帰ってきたのか……となると、出るところを見れなかったのは痛手だな。
 俺は細道から出ると、馬車が走っていた道へと近づいた。轍の幅と左右の間隔を確認していると、横から声をかけられた。


「あなた……こんな時間に、なにをしているの?」


 俺が顔を上げると、ナンシーさんがいた。
 ワンピース姿で、頬はちょっとほろ酔いっぽい赤さだ。


「ただの散歩ですけど……捕まえたりします?」


「どうして、散歩してるだけの人を捕まえるのよ」


 うん、まあ……そうかもなんですけど。実際に捕まった立場で言わせて貰えるなら、ちょっと心配にもなるわけで。


「ナンシーさんは、なにを?」


「今日は休暇だったから。ちょっとお酒を飲みに」


「……なるほど」


 もしかしたら、恋人と会っていたとか、そういうことかもしれない。
 でも、良い機会だ。俺はちょっとだけ、藪を突いてみることにした。


「ところで、忙しいですか、今」


「そうね。二、三日後には忙しくなるかも……って話はあるわ。なにがあるのかまでは、知らされてないけど」


「……なるほど」


 リミットは、その辺りってことか。それまでに、マーカスさんの部下が来てくれればいいけどな。
 俺はナンシーさんと別れると、急いで宿に戻ることにした。
 とりあえず、明日の仕事に備えて寝るために。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

なにか前回から、スパイ物っぽい展開が続いていますが。スパイ物って、あまり見ません。ミッションインポッシブルか、007シリーズか……それくらいです。
ただし、網羅はしてますが。

あまりって言ったのは、誤りだったかもしれないですね。すいません。

『屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです』も、どうかよろしくお願いいたします!
明日でイベントとしては最終日ですが、読んで頂いて、中の人の活力になってます。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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