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最終章前編
一章-1
しおりを挟む一章 戦火なき戦場
1
ファーラー市で幻獣絡みの事件を解決してから、もうすぐで二十日が経とうとしていた。
冬の寒さは随分と穏やかに……というには、もう少しかかりそうだが、それでも日差しの下にいると、空気が温く感じるときがでてきた。
俺は古物商を営む店の中で、いつものようにカウンターに座って、客の来訪を待ちわびていた。
客と行っても、俺が待っているのは商品を買いに来る、もしくは金になりそうな品を売りに来る客のことだ。
「トト――君に文句があるんだけれど」
と言いながら、十日以上も前に送った品をカウンター越しに押しつけてくる、顔見知りの政府役人は、残念ながらお呼びじゃない。
品と質の良いスーツを見事なまでに着こなした、金髪碧眼の美青年はマーカスさんだ。
カウンターに置かれた、黄色のメノウのブローチを一瞥してから、俺はマーカスさんに肩を竦めてみせた。
「なんです、改まって。その品はマーカスさんにとって、是非とも手に入れたい一品だと思ったんですけど。ユニコーンのときなんかも、そんな感じでしたよね? ですから、幻獣レヴェラーの封印された品を送ったんです」
正確には封印してくれって言われた気がするけど……そこはまあ、誤差の範疇だ。
そこそこ前のことだったおかげで、マーカスさんも怪訝な顔をしながら「そう言ったかもしれないが……」と、言い淀んだ。
澄まし顔だが、内心ではほくそ笑んでいると、マーカスさんは溜息を吐いてから話を再会した。
「だが、今回のは特例というか……正直、こちらでも手に余る。保管庫の管理人は、僕らと同じ転生者なんだが……この品が届いてから、五日でノイローゼになりかかった」
「へえ……レヴェラー、なにをやったんだ?」
〝おや、トラストンの旦那、お久しゅう。それに、王の気配もありますな。お久しぶりに御座います〟
〝うむ〟
ガランが短く応じるのを待って、俺は質問の返答を急かした。
レヴェラーは、もし姿を見せていたら、大袈裟なほどに首を傾げているような声音で、しれっとのたまった。
「いやですね? どこかに入れられてから、ちょいと暇で。人間の声が聞こえるときがありましたので、ちょいと俺様の武勇伝を聞かせていただけ――なんですがねぇ」
「なるほど。ちなみに、どのくらい?」
「いえ。話を始めたら、ちょっとやそっとで終わりませんので。五日ほど、朝から晩まで途切れなくってだけですぜ」
なるほど。状況は理解した。
ノイローゼになった職員がどんな人物かは知らないが、ここはレヴェラーを褒めてやりたいところだ。
俺がしている苦労を、味わってくれ。マーカスさんたちに恨みはないが……あ、いや、あるか。
カラガンドの街で手に入れた宝石を、証拠品としてぶん取られたっけ。お陰で、大赤字だったんだよな……。
あのときの恨みは、マーカスさんが犬のうんこを踏むまで忘れない。
レヴェラーとの会話を終えた俺は、メノウのブローチをマーカスさんへと返した。
「これは、俺のほうでも手に余りますから。保管をお願いします。なにせ、ちょっとノイローゼになりかたこともあるので」
「だから、そういう品を送って来ないでくれ」
マーカスさんが呻くような声を出したとき、背後から足音が近づいて来た。
「男のかたが二人で、なにを喚いているんです」
トレイにお茶の入ったティーカップと幾つかの便箋を乗せて、クリス嬢が俺たちへと近づいて来た。
マーカスさんはクリス嬢に一礼してから、穏やかな表情で話しかけた。
「クリスティーナ嬢。こちらにおいででしたか。屋敷にご挨拶に行ったとき、お見えではありませんでしたから。てっきり職務でお忙しいかと思いましたが」
「あら……お爺様から伺ってはおりません? わたくし、この家に引っ越しましたのよ」
クリス嬢の返答を聞いたマーカスさんは、目を丸くした。
そして俺へと向き直ると、なんというべきが判断に迷った顔のまま、口を開いた。
「えーと、おめでとう、というべきかな?」
「そこに皮肉が混じってるなら、丁重に投げ返しますからね」
俺の返答が冗談じゃ無いことを察したのか、マーカスさんは表情を改めた。
「いや、そう聞こえたのなら、すまない。えっと、状況が掴めていなくてね。経緯を話してくれるかい?」
「言質を取られただけですけどね。なんでもするっていう」
「トト、それを君が言ったのかい?」
心底、意外そうな顔をしたマーカスさんに、俺は無言で頷いた。
まだなにかあるかと思ったけど、それ以上の質問はしてこなかった。この返答だけで、ある程度のことは察したようだ。
マーカスさんは咳払いをすると、カウンターに置いてあるティーカップを手に取った。
「いい、お茶ですね」
無難な褒め言葉だけど、効果的ではある。
ニコニコと応じたクリス嬢は、思い出したように持参した便箋の一つを差し出した。
「中を確認しましたけど、こちらはミシャル・バータさんという、問屋の奥方ですわね。なんでも、指輪が盗まれたとかで」
「それなら先ず、ソファの隙間を探してくれって返事をお願いします。前にも二回、同じ手紙が来たことがあって。二回とも、ソファの隙間にありましたから」
「あらあら。ミシャルさんもお年ですから……忘れているかもしれませんわね。それからこちらは……殺人事件の捜査協力依頼ですわ」
「それ、警備隊の仕事です」
俺の返答を聞いて、クリス嬢は便箋の送り主の名を俺に見せた。
ロバート・チャップリン。ファーラー市の警備隊隊員だ。そして、俺の住むドラグルヘッドの警備隊に所属する、ボルト隊長の親族だ。
……おい。てめー本業だろうが。
「俺は探偵じゃないって、返事しなきゃですね」
俺が溜息を吐くと、クリス嬢とマーカスさんは、揃って微妙な顔をした。
「トト……あなた、まだ諦めていなかったんですね」
「そろそろ、観念したまえ。諦めも肝心だ」
二人の意見を、俺は半目で聞いていた。
諦めるもなにも……俺は古物商なんですけど。この職は、爺さんから受け継いだものである。そう簡単に諦めてたまるか――というのが、俺の本音である。
そんな俺の表情を見て、クリス嬢は苦笑しながら、最後の封筒を手に取った。
「そういえば、これ……送り主の名前がないんですの。だから少し怖くて……中身はまだ確認していませんの」
「ああ、それで正解だと思います」
俺は悪党を捕まえて、牢屋にぶち込んだりしたことがある。だから、それなりに関係者から恨みを買っているわけで。
時折、悪意しかない便箋が届くこともある。悪口や脅迫だけならいいが、刃物や釘が仕込んである場合もあり、迂闊に開けるのは危険だ。
俺はクリス嬢から便箋を受け取ると、先ずは封筒を両手で挟むようにして、異物がないか確認をした。
それから、二、三の手順を踏んでから、俺はナイフで封筒を開けた。
中に収められていた便箋を抜くと、二人の前で広げた。
『トラストン・ドーベル殿
近々、我らがブーンティッシュ国と、隣国のスコントラードのあいだで、戦争が勃発するだろう。その切っ掛けとなるのは、国境近くにあるラントンだ。
この戦争を止められるのは、トラストン殿。貴殿しかおらぬと確信している。どうか、戦争を止めて欲しい』
手紙の内容は、それだけだ。
差出人の名前は、どこにも記載されていなかった。
胡散臭いこと、この上ないわけだが……顔色を変えたマーカスさんは、手紙の文面から目を離そうとしない。
やがて顔を上げたマーカスさんは、真顔で俺に言ってきた。
「トト――ここへ行こう」
「待って下さいよ。マーカスさん、戦争のこと知らないんですか?」
「ああ……聞いたことがない。そんなことが起きる兆候があれば、僕の耳にも入ると思うんだけどね。けど、それは問題じゃない。戦争が起きる、なにかが起きるのかもしれない。一緒に来てくれないか?」
「ちょっと……ちょっと待って下さい。戦争ですよ? 民間人一人が動いて、どうにかなるもんじゃないでしょ? 政治家が動けって案件じゃないですか」
「だが、手紙の主は君を指名している。これには、なにか意味が――」
「いや、そこはまず、罠を警戒しましょうよ。戦争が起きる、君しか止められない――しかも、差出人の名前もない。こんなの、怪しさしかないじゃないですか」
俺が指折り数えながら手紙の内容を否定したが、マーカスさんから引く気配を感じられなかった。
「必要経費は出す。なんなら……そのあいだに損失するであろう、売り上げの補填をしてもいい」
「いや、ちょっと待って下さいよ。なんで、そこまでするんですか」
「僕の……いや、僕は前世で死んだのは戦争が原因なんだ。爆弾か戦車の砲撃かまでは、わからないけどね。だから僕は戦争や、多くの人が死ぬ事件を防ぐために、諜報活動をしているんだ」
マーカスさんは俺の目を真っ直ぐに見た。
「だから、お願いだ。僕と一緒にラントンに行って、戦争を止めることに協力してほしい。この手紙が虚偽なら、それでいい。でも事実なら……きっと、数万単位で人が死ぬ。兵士だけじゃなく、民間人もね」
マーカスさんの目には、冗談を言っているような気配はない。
数万単位で人が死ぬ――か。くそ……そんなことを言われたら、断れないじゃないか。
「補填も込みですからね」
俺はマーカスさんに了承の意を伝えながら、乱暴に頭を掻き毟った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
これを書いている現在、もう就寝時間です(現在9時15分)。
罵詈雑言までいってませんが、皮肉を書いているときが一番指が走りました。
……ストレス溜まってるなあ、と実感した次第。
皆様は、適度に解消して下さいね、ストレス。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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