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第六章 忘却の街で叫ぶ骸

四章-4

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 子どもたちがトマス卿の屋敷に保護されたのを見届けてから、俺は街中の店を駆け巡った。卵や小麦粉、炭や鉢植え、くさび、ロープ、ノコ刃などを買ったわけだが……かなりの量になったし、俺個人の軍資金もやばくなったけど、今はそんなことを言ってられない。
 夜通しで準備をして、仮眠だけを取る――そんな朝を迎えた。
 ガランの魔術は精神接続が二つで、残り四つは反応増幅を刻んである。

 あとは……どこまで病院に被害が出るか、だなぁ。

 なにせ、相手の情報はほとんどなく、俺が『毒を使うヤツ』って予測しただけだ。
 あとは臨機応変――というか、ほぼ成り行き任せだ。
 エイヴやサーシャ嬢まで協力してもらうという、切羽詰まった状況下だ。
 もっと考えればいい手が浮かんだかもしれないが、トマス卿に警備隊の監視が付き、ルシードとの連絡が途絶えた今、向こうが状況に気づく前に片付けたい。
 作戦は、俺とクリス嬢でナターシャ確保。クレストンは空の病室での仕掛けが終わったら、エイヴやサーシャ嬢と合流して祭器探し。
 ロバートさんたち警備隊は医師たちに協力させながら、仕掛け発動後に患者や看護婦たちを避難誘導。
 そのあと、残った医師たちの中から幻獣を探し出す。
 一晩で考えた作戦だから、抜けはきっとあるはずだ。でも、今の状況では、これが精一杯だ。

 病院の開院時間に合わせて、俺たちは動いた。
 サーシャ嬢とエイヴが建物の脇を抜けて裏庭へと向かうのを見てから、俺はクリス嬢と玄関へと向かった。
 荷物を小脇に抱えたクレストンは、俺たちから少し遅れて移動を開始した。
 俺とクリス嬢が真っ直ぐに病棟へ向かうと、受付にいた看護婦が駆け寄ってきた。


「あの、そちらは入院患者の病室がありますので……」


「ええ、知ってますわ。入院している知り合いに用事があって来ましたの。病室も分かっていますから、お気になさらず」


「え? あ、あの――」


 クリス嬢の返答を聞いて慌て――それ以上に戸惑いの顔をした看護婦を残して、俺たちはナターシャの病室に入った。
 この前……ユニコーンの力を使ったあと、ナターシャの記憶が戻ったと聞いていた。しかし、今の彼女は記憶を取り戻す前の状態に戻っていた。


「……誰?」


 予想通りの状況だ。見知らぬ者を見る目を向けるナターシャに、俺は深呼吸をしてから話しかけた。


「ナターシャさん。ここから出ましょう」


「……ここから、出る?」


 ナターシャは言葉の意味が分からない、という顔をしていた。
 クリス嬢はナターシャの上半身を起こしながら、手をそっと重ねた。


「ドラグルヘッドの病院へ行きませんか? そこでなら、今のご病気も治ると思います」


「病気、治る?」


「ええ。少しだけ待って下さい」


 俺は二人の会話を聞きながら、病室のドアから周囲の様子を見た。クレストンはもう、準備を終えたんだろうか――そう思っていると、建物の端にある病室のドアから、煙が漏れ出した。


「おい、火事か?」


「水を持って来い!」


 医師たちが慌てて病室へと向かって行く。しかし、病室のドアは頑なに開かなかった。


「鍵は?」


「駄目だ、廻らない!」


 そんな声を聞きながら、俺はクリス嬢と目を合わせて頷いた。作戦の第一段階までは、順調に終わった。本番は、ここからだ。
 あの病室には、底を鉄板で封をした鉢植えに、石炭と折って水を含ませた枝を入れてある。そこに火を点ければ、枝から煙がでるという寸法だ。
 そしてドアは鍵穴に粘土、そしてノブはロープで固定している。廊下側に開くドアだから、くさびはロープの固定用に使っている。
 火を使う作戦に、クリス嬢たちは驚いたけど……別に、俺が使うわけじゃないので。他人が使う分には平気である。
 俺が廊下の様子を見ていると、警備隊が病棟に駆け込んできた。その先頭は、もちろんロバートだ。


「皆さん、患者さんの非難を最優先に! 医師の方々は、避難誘導をお願いします」


 警備隊の指示とあっては、普通の医師や看護婦なら従うはずだ。
 俺はクリス嬢と協力してナターシャを立たせると、病室から出た。廊下にいたロバートと目を合わせると、俺たちは頷き合った。
 俺とクリス嬢は、ナターシャを肩で支えるようにして廊下を進んでいた。


「出口はこっちだ、早く!」


 俺たちを急かす、医師の声が聞こえてきた。
 煙は、天井近くを覆い始めている。出口へと急ぐ俺たちの近くに、一人の医師が近づいて来た。
 あの顔は、ルシート――そう思ったとき、ルシートが俺を振り返るのと同時に、ガランの叫び声が聞こえた。


〝トト――っ!!〟


 その叫びの意味は、すぐに理解した。
 俺を見るルシートの顔には、明らかな敵意があった。


「クリス嬢……ちょっとお願いします」


「え? あの……はい」


 俺とルシートの睨み合いで状況を察したのか、クリス嬢は小さく頷くと、ナターシャを連れて出口へと歩いて行った。
 対峙するように向き直ったルシートに、俺は戯けるように両手を挙げた。


「みんなが逃げるまで、待ったほうが良くないか? 俺はともかく、あんたは拙いだろ?」


「……いいだろう。誰もいなくなるまで、待ってやる」


 煙が充満していく中、俺たちは無言で睨み合った。

   *

 病室の窓から抜け出したクレストンは、裏庭の隅で手を振るサーシャやエイヴと合流した。窓を閉めたはいいが、半分の目張りは出来ていない。
 窓から漏れる煙を見てから、クレストンは二人に告げた。


「消防も、じきに来るだろうからな。急ぐぞ。倉庫は――あれか」


 トラストンから、倉庫らしい小屋の位置は聞いていた。
 三人は小走りで小屋に近づいて、ドアの位置を確かめた。


「お兄様、やっぱり鍵がかかってる」


「ええっと……木造だから、ノコ刃であそことそこを切断、か。こんなんで、上手くいくのか?」


 クレストンは、ノコ刃をドアの隙間に差し込むと、トラストンの指示通りの場所を削っていく。
 最後にドアを蹴っ飛ばしたが、斜めに傾いただけだ。下と上に隙間ができたが、クレストンが入れるほど大きくはない。


「ちくしょう……駄目じゃねーか」


 悪態をつくクレストンの前で、サーシャがドアの隙間から中を覗き込んでいた。


「閂がかかってるよ。きっと、別の出入り口があるのよ」


「な……どこだ?」


 ノコで切断をしただけで、指や腕が痺れていた。同じことをもう一度やるとなると、一回目よりは時間がかかってしまうだろう。
 焦るクレストンに、エイヴが小声で告げた。


「あ、あの……エイヴなら、入れる、から」


「だからって、エイヴ一人で――」


「大丈夫……」


 エイヴは小声で言い返してから、ドアの下にある隙間に身体をねじ込んだ。
 倉庫に入り込むと、エイヴはドアの外にいるサーシャへと手を出した。


「トトの石ころを貸して……」


「あ、えっと――はい」


 サーシャから祭器の欠片を受け取ったエイヴは、倉庫の中を見回した。棚や木箱が並ぶ倉庫は、かなり薄暗い。
 エイヴは恐る恐る歩きながら、ポケットからユニコーンが封じられたペンダントを取り出し、両手で握った。


「ゆ、ユニコーン……祭器って、どれかわかる?」


〝よくはわからないけど、変な気配は感じるよ、エイヴ。右前あたりかな……少し待って〟


 そう言うなり、ペンダントから小さな半透明の影が飛び出した。額に立派な角を生やしたユニコーンは、周囲を見回しながら床に置いてある細長い石材で脚を止めた。 長さ一インテト(約一メートル五センチ)の石材を


〝エイヴ、欠片をこいつに〟


「……うん」


 エイヴが祭器の欠片を石材に近づけると、二つは淡く光り始めた。


〝うん。これみたいだ〟


「……ありがとう、ユニコーン」


〝いいんだよ、エイヴ。君のためなら、なんだってやるさ〟


 そう告げると、ユニコーンはペンダントの中に戻って行った。
 エイヴは石材を両手で保って引っ張ろうとしたが、まったく動かなかった。


「……うごかない。どうしよう……」


 エイヴはゴリゴリという音の響く、暗い倉庫の中を見回しながら途方に暮れていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

煙というのは、色々と便利ですね……洞窟に潜んだ敵を燻したり。使われると厄介ですが。まあ、ここでいう便利とはTRPGで、ってことなんですが。
まともなマスター(とかキーパーとか)なら、大抵はOKでますね。
それを有利な方向へ持ってくのは、プレイヤー次第ですけど。

個人的なお勧めは、七輪とサンマの組み合わせ。
煙で燻しつつ、終わったあとにはサンマがおいしく……というのを、ファンタジーのTRPGをやっていた大昔に提案したんですが、当時のマスターには却下喰らいました。

……サンマ、おいしいのに。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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