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第六章 忘却の街で叫ぶ骸
二章-2
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ゼニクス中央病院から帰ってきた翌朝、俺はクリス嬢やクレストンと警備隊の詰め所を訪れていた。とりあえず、今日は街中での調査に主軸を置くつもりだ。
相手の懐に入る――なんてしないから、ガランやレヴェラーと一緒だ。クリス嬢もティアマトを持っている、という話だった。
面会してくれたボルト隊長の甥という、ロバートと握手を交わしてから、俺は話を切り出した。
「早速ですけど……貧民街や中層地区の住人で、事故や病気でゼニクス中央病院に運ばれた人のことを知りたいんですけど。可能ですか?」
「いや……それは。無理ですよ。暴力を受けたとか、殺人未遂とかならまだしも、ただ搬送された患者さんのことまで把握できません」
ロバートの意見は、まあ至極もっともだったわけで。
俺としても知っていればいいな、という程度だったけど。まあ、あまりしつこくしても時間の無駄だし、本題にいくとしますか。
「まあ、そうですよね。それじゃあ、もう一つ。薬を扱っている店か問屋って知りませんか? 病院に卸しているようなところがいいですね」
「薬……いくつかはあると思うけど。けど、薬なんて野草を煎じたやつとかだろうし……」
そのひと言で、すでに俺は情報に期待が持てなくなっていた。
阿片やジキタリスが流通している今の世の中で、その認識でしかないっていうのは問題な気がする。
地図を取り出したロバートは、しばらく眺めていた。
「ここと、ここ……あと、ここかな?」
「ええっと、この詰め所はどこです?」
「ああ、それならここ」
まったく……土地に不慣れなのに、地図の上を指さすだけで位置がわかるかっつーの。
俺は警備隊の詰め所を起点に、ロバートが指し示した位置を把握した。
一つは貧困街と大通りの境目、次はゼニクス地区にある商店通り、もう一つは倉庫や手工業の工場が集まった中……西門の近く。
散り散りに存在しているから、すべてを廻るのは時間がかかりそうだな。
「ありがとうございます。一番近い、貧困街側の薬屋から廻ってみます」
俺は慇懃にロバートに礼を言うと、立ち上がった。
そのとき、椅子の下にワザと予備の小銭入れを置いておいた。警備隊の詰め所を出ると、俺はクレストンと別れた。分担して薬屋を廻るという手も考えたけど、病院の件を調べているのが、俺とクリス嬢以外にも居るのだと、知られたくない。
クレストンを宿に戻すと、クリス嬢が俺の顔を覗き込んだ。
「トト? どうして小銭入れかしら……袋を床に置いてきたんですの?」
「ああ……気づきました? あのロバートって人を巻き込もうと思って」
「巻き込む? ええっと、普通に手伝ってって言えばよろしかったのでは?」
首を傾げるクリス嬢に、俺は指を一本、立ててみせた。
「それだと、断られるかもしれませんし。まあ、そこそこ真面目そうだったんで、表に出てきたら、引っ張り回そうと思ってですね」
「あらあら。悪い人――」
クスクスと微笑むクリス嬢は、しかし俺を責めなかった。
俺の言動に慣れてきたなぁ……良いことか悪いことかは、わからんけど。
俺とクリス嬢は貧困街に近い通りに差し掛かった。空は薄曇りといった様子だが、雨が降る心配はないだろう。
とはいえ、季節はまだ冬だ。肌寒さがあるから、上着の前を閉じていないと辛い。
もうすぐ目的地というところまで来た俺たちの前に、数人の子どもが立ち塞がった。多分だけど、このまえ物乞いに来た奴らの仲間だ。
汚れた服に、見るからに風呂に入っていない風貌の子どもらは、通せんぼをするように横に広がった。
回り道を探そうとしたけど、通り側と背後にも子どもの群れがいる。逃げ道は――建物の間にある枝道しかない。だけど、こっちは罠だ。
本命がいる可能性があるけど……ここで子どもらを相手に、大立ち回りをやるわけにはいかないか。
「クリス嬢……ティアマトの魔術は?」
「ああ……刻むっていう準備ですね? 二つだけですけど、朝にやっておきました」
「流石です。最悪、問答無用で使って下さい」
俺はクリス嬢を連れて、枝道に入った。裏路地は昼間だというのに薄暗く、人通りも少ない。奇襲するには、もってこいの場所だ。
俺が警戒していると、前から痩せた男がやってきた。頬や首筋に入れ墨がある以上、気質の人間じゃない。
「その髪色、男と女――なんとかローウェルで間違いないな?」
男は薄ら笑いをしながら、腰からナイフを抜いた。
「悪いが、一緒に来て貰うぜ?」
「お断りだ。あんたらに付き合う義理は無いね」
俺はクリス嬢の前に出ると、小声で呟いた。
「ガラン――精神接続」
〝承知〟
ガランの返事を聞きながら、俺はクリス嬢を振り返った。
「扉から離れた壁を背に、周囲の警戒を。なにかあったら、すぐに」
「――はい。分かってます」
〝お任せ下さいませ。トラストン、ご武運を〟
〝トト、右に一歩! 左拳を〟
俺が小さく頷いたと同時に、ガランの鋭い声が飛んできた。
言われたとおりの動き――もう、身体に染みついた動きで男が突き出したナイフを躱した俺は、左拳を溝打ちに叩き込んだ。
「な――んだ、こいつ!」
必殺と思った一撃を躱され、男は戸惑いと苛立ちの入り交じった顔をした。
二、三歩退いたと思ったが、男は即座にナイフによる一撃を繰り出してきた。それを躱しつつ、俺は反撃の機会を探し続けた。
しかし、男のナイフ捌きは相当なもので、俺の反射神経で躱せるギリギリの鋭さで迫ってきた。
ナイフと回避、天秤の上で保っていた均衡が、背後からの悲鳴で傾いた。
「きゃ――」
クリス嬢の悲鳴に、一瞬だが俺の気が削がれた。
ヒュッ――という息を吐く声がした直後、俺の左前腕が斬りつけられた。血の付いたナイフは地面に血を飛び散らせながら、俺への連撃を止めなかった。
「――なにをしているの!」
少し離れた場所から聞こえた女の声に、今度は男の動きが僅かに鈍った。
この隙を、もちろん俺も逃さない。
「この――っ!!」
気合いと共に繰り出した蹴りを横腹に受け、男は蹈鞴を踏みながら退いた。そして、今さらながらに目を見広げた。
なにを見たのかは、なんとなく想像ができる。
右腕だけで構えをとったとき、ロバートの声がした。
「貴様たち、なにをしている!?」
「化け物……に警備隊か。 てめぇら……退くぞ!!」
男の号令で、パラパラと軽い足音が走り去っていく音が聞こえてきた。
出血する左腕を押さえながら振り返ると、クレア嬢の横で水の蛇がのたくっていた。子ども用の靴が落ちているから、どうやらクリス嬢を捕まえようと、少年ギャングが暗躍したらしい。
すぐに解けて消えた水の蛇に、ロバートさんは躊躇いの表情を浮かべながら、俺に近づいて来た。
「トラストンさん、大丈夫ですか?」
「ああ……生きてますけど、ちょっと傷は深いかもですね」
俺が答えた直後、中年の女性が近寄って来た。
どこかで見た顔だけど……この街に知り合いはいない。どこで見たか思い出していると、その女性は俺の腕と顔を覗き込んだ。
「あなた……ああ、話はあとにしましょう。この近くに、あたしの知り合いがいるんです。そこで手当をしましょう」
「そうですね。逃げたギャングのことは、あとで調書を。今は手当が先決です」
少し頼りない外見をしているが、さすがは警備隊の隊員さんだ。ロバートさんはクリス嬢たちに指示を出しながら、俺たちを女性が知り合いという人の家へと連れて行った。
そこは個人でやっているらしい、通りにある病院だった。
通院してる患者の数は、見たところ少ない。女性はここの医者と話をしながら、俺をベッドの上に座らせた。
中年で無精髭を生やした医師は、消毒もそこそこに俺の傷を縫い始めた。
麻酔代わりに、かなり度の強い酒を飲まされ、俺は朦朧となっていた。酒に酔っているとはいえ、痛いものは痛い。
脂汗をかきながら、俺は痛みを堪えていた。
その横で中年の女性は、助手をしながらクリス嬢と話をしていた。
「まあ……ゼニクス中央病院の看護婦さんなんですか? わかりませんでしたわ」
「ええ。ナターシャさんの面会のときに、お会いしただけですし。制服も着てませんから……。それより、あんな貧民街に近いところで、なにをしていたんです?」
「あの……薬を売っているお店に行く途中でしたの。そうしたら、彼らに裏路地に誘導されてしまって」
「ああ……お金持ちにでも見えたのかしら?」
「いえ。わたくしの名を言ってましたから、なにかも目的があったんだと思います」
「……そうですか。このあたりは物騒ですけど……なんでしょうね」
「治療が終わったら、人相書きなどでご協力願います。トラストンさんは、少なくとも今日は宿で休ませて下さい。人相書きとかは、わたくしがあとで伺います。宿の名前だけ教えて下さい」
ロバートも加わった彼女たちの話は、どこか遠くから聞こえているようだった。
治療を終えてから宿に戻ったのはいいが、アルコールが抜ける夕方まで、俺はベッドの上でのたうちまわっていた。
完全に悪酔いして、気持ちが悪い。
早ければ今晩にでも二日酔いになりそうだ。
俺はぼんやりとした頭で、そんなことを考えていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
なんか、この日曜日はどこか呆けています。魔剣士のほうのラストバトルが書き終わって、気が抜けたのかもしれません。
なんとなーく、アマプラでGのレコンギスタを見てました。
昼飯も冷凍のチキンライス……朝ご飯を食べてなかった反動か、一袋食べきりです。
それは良いのですが、ずっと換気扇を廻してるのに、夕方になっても微かにトマト臭が……かなりきつい臭いだったのね、あれ。
次は反省をして、チャーハン系にしよう。ニンニクがっつりのやつ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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