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第五章 飽食の牢獄に、叫びが響く

四章-2

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 町に戻った俺は、そのまま真っ直ぐに警備隊の詰め所へ向かった。
 東門から続く通りは、昼間に比べれば人通りが減っていた。歩いているのは、町の住人が大半らしい。道端で焚き火をしている知り合いと、挨拶をする姿がよく見られた。
 暗がりの中、俺は人目を避けながら進んでいた。火を見たくないのもあるが――それ以上に今、手に持っているものを見られるとヤバイからだ。
 警備隊の詰め所に入ろうとして、俺は脚を止めた。
 こんな夜も更けた時間、建物の中は燭台やら暖炉など、火に満ちている。怒りに我を忘れて、こんな基本的なことを忘れるなんて――我ながら失態だ。
 詰め所の入り口の前で脚を止めた俺は、門番の隊員に声をかけられた。


「君、どうしたね? 警備隊に、なにか用か?」


「……ケインって警備隊の隊員を呼んで来て貰っていいですか?」


「ケイン……ね。ここで待っててくれ」


 玄関先でしばらく待っていると、ケインが出てきた。
 ケインは俺を見るなり、目を瞬いた。


「こんな時間に――どうかした?」


「こっちで話を」


 俺は詰め所から少し離れた路地へと、ケインを連れ出した。
 角を曲がって詰め所が見えなくなってすぐ、俺はすぐ側を歩くケインの背後に廻って、片腕を締め上げた。
 身体を塀に押しつけられたケインは、驚きと焦りで表情を引きつらせていた。


「な――いきなりなんだ!?」


「おい……囚人の護送は明日じゃねぇのか」


 俺の声に怒りが混じっていることに気づいたのか、ケインの顔に理解の色が浮かんだ。


「囚人の護送なら急遽、今日になったんだ。隊長が――」


「ドレイマンか……くそったれ!」


 俺が乱暴に手を離すと、ケインは地面に倒れた。
 俺を振り返ると、当然の如く非難の目を向けてきた。


「囚人の護送を気にしているようだが、君には関係無いはずだ。予定が変わっても、教える義務はない」


「教科書通りの受け答えだな。優等生になったつもりかよ」


 俺は怒りに任せて、手にしていた青い服をケインに投げつけた。
 暗がりだからわかりにくいが、血や汚物の臭いは服に染み付いている。臭いに気づいて顔を上げたケインに、俺は荒くなった呼吸をそのままに、一歩だけ近づいた。


「そいつは今日、護送された囚人の服だ」


「君は……これをどこで?」


「教えたら、あとの始末をすべてつけてくれるのかよ? あんたに会いに来た理由は、邪魔をするなって言いに来ただけだ。この件は、俺が片を付ける。警備隊は邪魔だから手を出すな。ほかの隊員にも伝えとけ」


 俺の言い放った言葉に、ケインは目を丸くした。
 事件の取り締まりを行う警備隊が、事件に関わるなって言われたんだ。これは当然の反応だろう。
 そして俺の予想通り、ケインは厳しい声を出した。


「馬鹿な! これは警備隊の仕事じゃないか」


「だがなぁ、警備隊の隊長を拘束して、監獄に送るなんてできるのか?」


「それは……まずは事情聴取をしてから、町長の承認を貰って……」


 予想通り、まどろっこしい返答だった。
 だが俺が質問をした意図は、そこじゃない。


「そうじゃなく……俺とドレイマン、警備隊はどっちの言葉を信じるんだろうな?」


 俺が改めて質問をし直すと、ケインは「あ……」と表情を失った。
 ドレイマンという警備隊の隊長と、俺。警備隊の面々がどっちを信じるかなんて、考えるまでも無い。
 協力しようとした相手が、一斉に敵に回るに決まってる。
 残念なことだが今回の件に限って言えば、警備隊は俺の敵だ。協力を請うなんざ、愚の骨頂だ。
 最悪、俺とケインは拘束される前に、警備隊の正当防衛として殺されるかもしれない。
 俺はケインの手の中にある、青い服をひったくった。


「というわけだ。これ以上の死人を出したくなきゃ、てめぇらは出しゃばるな」


「そんなこと言ったって、君一人でなにができるっていうんだ」


「……独りでやるつもりはねえよ。誰とやるかは、教えてやらねぇけどな」


 そう言って踵を返した俺は、ケインを残して立ち去ろう――として、聞き忘れていたことを思い出して、振り返った。


「そういえばさ。護送のとき、ドレイマンは何日くらいで帰ってくるんだ?」


「四日……早ければ三日だ」


「あ、そ。もう一度言っておくが、邪魔すんなよ。あと、出来れば、ほかの警備隊にも邪魔をさせないでくれると助かる」


 ぎこちなく頷いたケインを残して、俺は通りに出た。
 これから寄る場所は、二件もある。あまり遅くなると、美容にも悪いだろうし……なるべく早く廻りたい。
 俺は先ず、廃工場へと向かった。
 昼間に買ってきたらしいパンを囓っていたニータリに、俺は事情を話した。最初は渋っていたニータリだったが、町から出たベヒーモスが二、三日は戻らないことを教えて、やっと承諾してくれた。
 ニータリを連れ出した理由は二つ。
 対ベヒーモス戦への援護を頼みたいのと、俺に依頼されていた、元々の仕事を終わらせるためだ。
 俺とニータリは、少し早足に通りを進んだ。
 サーナリア嬢の屋敷に着いたころには、もう午後八時を過ぎていた。


「こんな夜分に……お茶は期待しないで下さいませ?」


 サーナリア嬢は文句を言いながらも、俺とニータリを通してくれた。
 応接に通された俺たち座るよう勧めて、すでに椅子に腰掛けたサーナリア嬢は、不機嫌そうに腕を組んだ。


「こんな夜分に訊ねて来たということは、重要な話だと思っていいのかしら?」


「ええ。先ずは依頼の件からお話を。幽霊騒動の正体は、この男です」


 汚すからと、椅子に座らずに立ったままのニータリに、俺は手の平を向けた。
 サーナリア嬢に視線を向けられ、ニータリは姿勢を正した。


「紋章から、騎士の家系の御方だと存じます」


「あなたは……どこのどなたです」


「はっ……わたしは……その」


「どこかの兵士だった、とか?」


 憶測でしかなかったニータリの経歴が、ここにきて確信に変わりつつあった。
 最初に元兵士か元貴族だと思ったには、阿片を出してきたときだ。そこそこ出回ってはいる薬物だけど、貧困層が手を出すには高値だし、平凡に暮らしている平民は知らない者のほうが多いかもしれない。
 元兵士の中には、精神を病んで阿片などの薬物に手を出す者も少なくない――という噂もある。
 次は、俺に石灰をかけたことだ。石灰が水と反応して熱を発するなんて、この世界の住人で知っている者は少ないだろう。
 ニータリは、俺の言葉を否定しなかった。


「その、そうであります。退役してから、各地を放浪しております……」


「どれが、どうして廃屋に?」


「この近くで、化け物に出くわしたのです。命からがら逃げてまして……あの廃屋――いえ、廃工場へ」


「化け物?」


 柳眉を顰めたサーナリア嬢は、腕を組んだまま、指で左肘を叩き始めた。どうやら、誤魔化そうとされていると思ったらしく、苛立ちを堪えているようだ。
 しかし、これは嘘では無いからな……そこをどう話すかが問題だ。
 ニータリは、どう話せばいいのか迷っているようだ。救いを求めるように、俺に目を向けてきた。

 あー……結局、俺が説明するのか。面倒くせぇ。

 俺は乱暴に頭を掻いてから、サーナリア嬢に向き直った。


「化け物――少し語弊はあるかもですけど。人を喰らっているヤツがいます。雑木林じゃなく、この町に」


「人を――いえ、町中に獣だなんて、そんな噂なんて聞いたことありません」


 サーナリア嬢は、表情を固くした。人を喰らう獣と聞いたんだから、これも当然の反応だ。これで幻獣なんて単語を聞けば、さらに話はこじれるだろう。
 口にする言葉は、慎重に選ばないとならない。


「獣じゃありませんからね。姿は……人です。俺の経験上、死にかけた人間の身体を奪い、人の世に紛れています」


「そんな生き物なんて……聞いたことがありませんわね。寄生虫かしら?」


「いえ……生き物っていうと、少し違うんですけど」


「それでは、どんな化け物さんなのかしら?」


 矢継ぎ早に質問をしてくるサーナリア嬢に、俺は頭を抱えたくなった。まったく、少しは考える時間をくれよ……そんな簡単に、上手い言い回しなんか思いつくわけがない。
 俺が悩んでいる二秒――たった二秒だけ発言しなかっただけで、怒りの声が飛んできた。


〝あーもーっ! まどろっこしいったら!!〟


 ニータリの懐から、半透明の一角兎――アルミラージが飛び出してきた。
 あまりにも突然で、突っ込みを入れることもできない俺に、アルミラージは前足を俺に向けてきた。


〝あんたね、一々回りくどいのよ!! 下手に誤魔化すより、全部ぶちまけちゃったほうが手っ取り早いでしょ!?〟


「いや――ちょっと待て。なんで俺たちの会話が聞こえてるんだよ!?」


〝あんたの声しか聞こえないけど、それだけで会話の内容は、大体だけど分かるわよ。それより聞いてて苛々するから、さっさと話を終わらせなさいよ、この屑!〟


「んだと、この糞兎っ!!」


 売り言葉に買い言葉――ではないけど! 喧嘩腰のアルミラージに怒鳴り返しながら、立ち上がった俺は行儀良く、中指で礼儀正しい仕草を送ってやった。
 こっちの世界じゃ、あまり意味はないけどな。


 俺とアルミラージが睨み合う中、目を丸くしたサーナリア嬢の声が聞こえてきた。


「それは……なんですの?」


 ……あ。
 取り繕うにも、いや――アルミラージが飛び出してきた時点で、誤魔化すのはもう無理だ。
 俺はかなり大きな溜息を吐きつつ椅子に座ると、幻獣の話を始めた。
 太古に栄えた種であること。種が滅びる直前に、幻獣の王によって鉱石に封印されたこと。新たな王なる幻獣が、人の身体を乗っ取りながら、なにかを企んでいること――そして、この町である実験が行われており、囚人たちが喰われていること。
 囚人が来ていた青い服も見せたことで、サーナリア嬢は俺の話を納得してくれた。


「そちらの兎さんを見て、話が嘘とは言えませんから」


 言葉は柔らかいが、サーナリア嬢の表情に畏れのようなものが浮かんでいた。内容が内容だけに、ことの重大さを理解したのかもしれない。
 サーナリア嬢にとって酷な話になるから、化け物の正体については言及を避けた。肉親の身体が幻獣に乗っ取られているなんて、知らないほうがいい。


「話を戻しますけど。幽霊騒動の依頼は、これで完了としていいでしょう。ニータリに害意はありませんし、町への害も……まあ、周知してしまえば害はないでしょうから。俺は――あと一つ、やるべきことをやってから帰ります」


 それでは――と、立ち上がった俺は、サーナリア嬢に一礼をした。
 ニータリを連れて帰ろうとしたとき、サーナリア嬢が俺を呼び止めた。


「トラストン――少し質問をよろしい? その……化け物の正体は、あなたの頭の傷をつけた者?」


「いいえ。残念ながら、別人です」


「そう」


 少し小さい声で応じたサーナリア嬢は、おもむろに立ち上がると応接室に飾ってあったフリントロック式の銃を手に取った。
 ――まさか、このお嬢さんも幻獣に操られているのか!?
 俺は、庇うようにニータリの前に出た。弾を装填するあいだに銃を奪えれば、勝機は充分にある。
 だが、サーナリア嬢はそんな俺たちに、真顔で告げた。


「少々待って下さらないかしら。わたくしも準備をして参りますので」


「……準備って、なんのですか?」


「あなた、お話にあった化け物を退治するつもりなのでしょう? この町に不利益な存在は、許しておけない――わたくしと、あなた。目的は違うにせよ、するべきことは同じであると理解しましたわ」


 サーナリア嬢は、自分の胸元に手を添えた。


「化け物退治、わたくしも同行致します。異論は認めませんので、そのつもりで」


 もし――顔に笑みを浮かべていれば、俺はこの申し出を是が非でも断った。でも、ある種の決意に満ちた彼女の瞳、そして死を前にしても揺るぎそうにない気迫に、俺はなにも言い返せなかった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

予定より、長くなりました。いつものことですので、お察し下さい。

2000文字くらいで、「あとはサーナリアとの会話だけだし、1500文字くらいで終わるっしょ」という予想でしたが……。
 終わってみたらトータルで4500文字超えてました。

 二本に分けるべきか……と悩んだ挙げ句、「まあ、いいか」という結論に達しました。御了承のほど、宜しくお願い致します。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします! 
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