上 下
105 / 179
第五章 飽食の牢獄に、叫びが響く

間話 ~ 不完全な儀式

しおりを挟む


 間話 不完全な儀式


 十五歳になったばかりのサムは、古びた遺跡の中にいた。
 松明を手に、遺跡の奥へと入っていく。周囲には多くの部屋があり、仕切りとなっている錆びた鉄格子が、まだ原型を留めていた。
 石材で造られた直方体の物体を小脇に抱え、遺跡の一番奥へと向かっているサムの顔は、どこか気怠さが漂っていた。


(なんで、こんなことやってるんだろ……)


 切っ掛けは、散歩をしているときに露天商で見かけた、石の球体だった。なんの変哲も無い石の球体だったにも関わらず、サムは妙に気になってしまい、小遣いの半分である一パルク――銀貨一枚――で買ってしまった。
 普段のサムなら、買い食いにしか小遣いは使わない。貴族の端くれのさらに末端の家系とはいえ、身の回りのものは使用人が手配してくれるからだ。
 その日以降、町の周囲にある遺跡の中から、似たような石材を集めては、この地下にある巨大な遺跡の中に保管し続けていた。
 切っ掛けとなる出来事は、もう一つあった。


「おや――十日ぶりのおいでだ」


 天井の抜けた、広い空間の真ん中に、薄汚い男が佇んでた。
 ボロを着た、かなり細身の男だ。年の頃は、四、五〇代だろうか。白髪の交じった髭を生やし、汚れで灰色になった髪もボサボサだ。
 サムが集めた石材を歪に組み上げていた男の名を、サムは知らなかった。ただ心の奥底で、この男のことを知っている気がしたのだ。
 サムは石材を手渡しながら、男に訊いた。


「これで、できるの?」


「ええ――できますとも。ただ、まだ不完全ですがね! それでも、なさるんですか?」


 男の問いに、サムは懐から銀貨を一枚取り出して、差し出した。


「……やる。なにが起こるか、わからないし、なんでこんなことって思うけど。あの、本当にできる?」


「ええ。あなたが望むなら、喜んでやりましょう。なにせ、かなり久しぶりのお客様だ。誠心誠意努めましょう」


 男はサムを積み上がった石材の前に立たせると、自分は三歩ほど離れた。
 そして両手を広げると、満面の笑みを浮かべた。


「それでは――グビョバピャーギダンイアハルスイア、イアダキュルーン!」


 男が人成らざる言語でなにごとか唱えると、組み上がった石柱から光が溢れた。
 しかし――それだけだ。
 男は光の具合に笑みを消すと、顎に手を添えた。


(あ、やはり失敗か)


 光がサムの身体に及ぼす影響を注視することを止め、男はサムの全身を見回した。


(肉は多そうだけど、肉ばかり食べてて臭そうで、不味そうですよねぇ)


 男が顔を顰めたとき、サムの頭部から象のものに似た、半透明の長い鼻が現れた。
 先ほどまでの気の抜けた顔から一変、男の顔が歓喜に満ちた。サムの手に半透明の爪が伸びてくる様子を、熱心に観察していたが、それもすぐに収まった。
 変化は、ここまで。
 光が止んだあと、サムは倒れた。自身に起きた急激な変化に耐えきれず、気を失ったのだ。
 地面に寝転んだサムを見下ろしながら、男は溜息を吐いた。
 儀式が失敗したこともそうだが、男はサムが生きていることを残念がっていた。


(これじゃ喰えないですねぇ)


 頭を掻きながら、男は溜息を吐いた。


「色々と失敗ですね、これ」


〝あっ!? 巫山戯るな!!〟


 サムの身体の中にいる幻獣、ベヒーモスが大声を張り上げた。
 人間の身体に取り憑ききれていないベヒーモスは、サムの意識がないときしか声を発することができない。
 ベヒーモスの罵詈雑言を聞き流しながら、男は肩を竦めた。


「そんなこと言ったって、不完全と言ったでしょう? 恨むなら、その身体の自由を奪えなかった自身にして下さいよ。とにかく、儀式は失敗! 例え……今後、正式な儀式をしたところで、意識はその人間のままでしょうよ。諦めるんですね」


〝な――なんだと!?〟


「もし……もう一度、儀式をしたいなら、新しい身体で。そして、魂器召喚の祭器を完成させて下さいね。それでは、わたしはもう行きます。新しい実験をしたいのでね」


 男はベヒーモスにそう告げると、軽い足取りで遺跡から出ていった。

--------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回、三章-5と間話が連続(魔剣士を挟まずに)でアップしたのには、浅い理由がありまして。
三章-5をアップしたあと、夕食の準備を始めたんですが……PCはそのままの状態だったんです。

「夕食を食べたら、魔剣士書かなきゃ」と、食器を洗っているときには考えていたんです。

 そこからゴミ出しして風呂入って、いざ書き始めたら、開きっぱなしだった本作の続きを書き始めてました。
 気づいたのは、半分以上を書いてから。

 仕方ないので、そのまま進めた次第です。
 ……ホント、馬鹿ですね(滝汗

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン
ファンタジー
周囲は、みんな敵。 欠陥品と呼ばれた令嬢が、つぶれかけのお店を立て直す。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

俺とシロ

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】(全面改稿いたしました) 俺とシロの異世界物語 『大好きなご主人様、最後まで守ってあげたかった』 ゲンが飼っていた犬のシロ。生涯を終えてからはゲンの守護霊の一位(いちい)として彼をずっと傍で見守っていた。そんなある日、ゲンは交通事故に遭い亡くなってしまう。そうして、悔いを残したまま役目を終えてしまったシロ。その無垢(むく)で穢(けが)れのない魂を異世界の女神はそっと見つめていた。『聖獣フェンリル』として申し分のない魂。ぜひ、スカウトしようとシロの魂を自分の世界へ呼び寄せた。そして、女神からフェンリルへと転生するようにお願いされたシロであったが。それならば、転生に応じる条件として元の飼い主であったゲンも一緒に転生させて欲しいと女神に願い出たのだった。この世界でなら、また会える、また共に生きていける。そして、『今度こそは、ぜったい最後まで守り抜くんだ!』 シロは決意を固めるのであった。  シロは大好きなご主人様と一緒に、異世界でどんな活躍をしていくのか?

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕とシロ

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】僕とシロの異世界物語。 ボクはシロ。この世界の女神に誘われてフェンリルへと転生した犬のシロ。前回、ボクはやり遂げた。ご主人様を最後まで守り抜いたんだ。「ありがとう シロ。楽しかったよ。またどこかで……」ご主人様はそう言って旅立たっていかれた。その後はあっちこっちと旅して回ったけど、人と交われば恐れられたり うまく利用されたりと、もうコリゴリだった。そんなある日、聞こえてきたんだ、懐かしい感覚だった。ああ、ドキドキが止まらない。ワクワクしてどうにかなっちゃう。ホントにご主人様なの。『――シロおいで!』うん、待ってて今いくから…… ……異世界で再び出会った僕とシロ。楽しい冒険の始まりである………

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...