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第四章 円卓の影
四章-2
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エキドアが街を離れてから、七日が経過した。
置き去りにされたウコバークは、部下を使って街中を捜索し続けていた。領主の城や屋敷にいるあいだは、衛兵がいるから不審者の侵入を気にする必要は無い。
ウコバークは馬車を使いながら、城と屋敷の往復だけをしていた。
(なにも起きぬ……本当に、正体がばれたのか?)
エキドアが逃げたということは、なんらかの危害が及ぶからだ。しかし、この七日間は平穏そのもので、怪しい者を発見したという報告もない。
(大体、正体がばれたところで、誰も信じないのではないか?)
地下にある円卓のある室内で、ウコバークは落ち着きなくウロウロと行き来していた。
火の灯った燭台が一割ほど目減りしたころ、ウコバークは話声を聞いた。しかし、それは声ではなく、思念のようなものだ。
〝黒曜石を探す――というのか?〟
(これは……幻獣の思念か? それに、黒曜石だとっ!?)
急ぎ足で円卓の部屋を出たウコバークは、階段を駆け上って一階に出た。廊下に待機させていた二名の部下を無言で呼び寄せると、そのまま城の外に出た。
なにごとかと駆け寄ってきた衛兵たちを追い払うと、ウコバークは部下へ、左右に別れれるよう指示を出した。
「黒曜石を探している者がいる。それらしい者がいたら、拘束しろ」
「黒曜石……ですか?」と困惑する部下たちを置いて、ウコバークは城の北側へと向け、早足に歩き始めた。
円卓のある地下は、城の北側に近い。思念が聞こえたということは、その近くに幻獣がいたのは間違いが無かった。
(まだいるのか? それとも、移動してしまったか――)
周囲を見回したものの、人通りは少ない。辻馬車が往来しているが、歩いているのは老人か、日傘を差したドレス姿の婦人だけだ。
もう行ってしまったか――と、ウコバークが思ったとき、先ほどまで紳士と話をしていた婦人が、石につまずいた。
「あら……」
小さく声をあげた婦人が通り過ぎたあとには、黒い石が落ちていた。
やや光沢のあるその石は、オントルーマの街で回収できなかった黒曜石だ。ウコバークが駆け寄ろうとしたとき、茶色のジャケットを着た少年が黒曜石を拾い上げた。
「やっと見つけた……」
安堵する少年に、ウコバークは獲物を横取りされた獣のように、怒りを露わにした。
俺が黒曜石を拾い上げると、背広を着た中年の紳士が、早足に近づいて来た。
怒っているのか顔を真っ赤にさせながら、俺を睨み付けていた。紳士は俺の肩を掴むや否や、怒鳴ってきた。
「小僧っ! それは我のものだっ!!」
我って……ちょい古風だな。
俺は訳が分からないという表情を装って、その紳士――ウコバークを振り返った。一度だけだけど見たことがあるから、すぐにわかった。
伊達に、客商売してないわけで。人相を覚えるのは、慣れている。だけど、俺はあえて初めて会った、という顔をした。
「あの、どちらさまで?」
「この街にいて、我を知らぬのか!? 我はウコバーク。王――領主の側近である」
「ああ、なるほど。これは失礼を。なにせ、商談の途中で立ち寄りまして。この街のことは、まだ疎いもので」
「ふん――商談だと?」
鼻を鳴らしながら睨んできたウコバークに、俺は小さく頷いた。
「ええ。昼食がてら、少し散歩したくて。そうしたら、買ったばかりの黒曜石を落としまして。ずっと探していたんですよ」
「探していた……おい。おまえ、幻獣を持っているのか」
「げ……幻獣――なんでしょうか、それは?」
「な――」
俺が惚けると、ウコバークは露骨に『しまった』という顔をした。
どうやら、俺とガランとの会話を聞いたわけではないようだ。この様子では、俺がガランと初めて会ったときみたいに、ガランの思念のみを感じ取ったようだ。
俺は手にした黒曜石を手の中で弄びながら、ウコバークに言った。
「幻獣というのは、わかりませんけど。これを売ってくれた商人も、まだ黒曜石を探していると言っていたような……」
「商人が売っていた……どんなヤツだ?」
「ええ……っと。背の高い、中年の男だったような。なんでも、オントルーマで手に入れたのと、同じ種類の黒曜石を探しているそうで。なにかの証拠集め……とかなんとか」
「そ――そいつは、どこに?」
よし、食いついた!
嘘情報に食いつくなんて、こいつは俺のことをなにも知らないようだ。借りている集合住宅に来たのはウコバークの部下って話だけど……もしかしたら、俺の外見とか分からずに探していたのか。
写真なんてものがなく、人相だって口伝えのみだろうし。人数とか男女と子ども一人とか、その程度の情報しか持ってないんだろう。
俺は手応えを感じつつ、芝居を続けた。
「さあ……? 行き先までは。わたしは知り合いに譲るために、黒曜石を買っただけですから」
俺が黒曜石を振ってみせると、ウコバークの目が変わった。
俺の持つ黒曜石に手を伸ばしかけたが、寸前のところで自制心が働いたようだ。開いた右手を固く握ってから、小さく咳払いをした。
「その黒曜石は元々……我々の手から盗まれたものだ。渡してくれれば、報償は出そう」
「そうだったんですか? でも、おかしいな。この黒曜石はオントルーマで、とある一家が拘束された事件の現場にあったそうですよ。犯人の手掛かりかもって話で」
俺の説明に、ウコバークの顔が引きつった。
それだけで、あの事件に関わっていると証言しているようなものだ。俺はなにも気づかぬ振りをしながら、話を終えた。
ウコバークはしばらく、言葉を探すように視線を彷徨わせていた。
「そ……それは、なにかの間違いだろう。それか、その商人の虚言だろう」
「そうだったんですね。なるほど、おかしいと思いましたよ。証拠の品を売ってくれるなんて。無理を言ったら、三つほど売ってくれたんですよ」
「三つも――っ? そ、それは何処にある!?」
「街の外で取り引きしましたから、まだそこに。あとで回収してから、街を出ようかと――」
「それを全部、引き渡せっ!!」
俺の話が終わっていないにも関わらず、ウコバークは怒鳴ってきた。
なにがあったかまでは、わからないけど……相当に焦っているようだ。疑うことすらせずに、欲まみれの顔を覗かせていた。
「城に持って来てくれたら、高額で買い取ろう。どうだ?」
「そうですね……魅力的な提案ではありますが。ですけど、その条件では売れません」
「なぜだ!?」
「城で取り引きというのは、そちらに有利過ぎるんですよ。衛兵なんかに取り囲まれたら、不利な条件でも呑まざるを得ませんし。取り引きの場所は、こちらで指定させてもらいます。街外れにある、古い砦跡で取り引きしませんか?
時間は……そうですね。今晩、七時過ぎに。九時くらいまでは、待ってますから」
「よ……よかろう。金貨で二〇枚もあればいいか?」
「いえ、金貨一枚で充分ですよ。商売は、正当な金額でやっておきたいですからね」
俺の言葉を聞いて、ウコバークはいくらか冷静になったようだ。赤くなっていた顔は元に戻り、少なくとも表面上は、平静を装っている。
「わかった。それでは、今晩にでも」
立ち去るウコバークが見えなくなってから、俺は小走りに近くにある建物の影へと移動した。
「トト――どうでした?」
俺を出迎えたクリス嬢と少し奥に移動すると、マーカスさんとエイヴが待っていた。俺は大きく息を吐くと、無言で親指を立てた。
先ほど黒曜石に躓いた婦人は、クリス嬢だ。そして、話していた紳士はマーカスさん。
ウコバークと接触するために、二人には一芝居打って貰ったというわけだ。実際、黒曜石を路面に置いたのはクリス嬢だし。
俺は、三人を見回した。
「予想以上に食いついて来ましたよ。取り引きは今晩です」
「わかった。こちらも準備を進めよう。でも、大丈夫かい? その、君一人でウコバークと会うという作戦で」
「そこは……まあ、なんとかします。夜はエイヴも働いてもらうからな。しっかり頼むよ」
「うん! 任せといて!!」
力強く頷くエイヴの頭を撫でながら、俺は自分自身に蠢いている不安や恐怖と戦っていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
自分の使っているタブレットですが、検索の際に出てくるニュースに、プラモ関連が増えてきました。おかしい……モデラーではないんですけどね。
二回くらい、食玩の検索をしたのと、アオシマのプラモがネタ過ぎて検索したくらい。
……検索データの履歴から出してるんでしょうけどね。
プラモ買わないので、新作情報を出されてもバイファムとかユニコーンガンダムとか欲しいです。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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