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第四章 円卓の影
三章-3
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集合住宅での生活が始まった翌日、俺たちはマーカスさんからの情報を元に、領主の城が見える食堂に入っていた。
昼飯を食べながら領主の城に出入りする人々を見ていると、マーカスさんがフォークの先を外に向けた。
「あれが、一人目だね。ウコバーク・エノクというらしい」
身なりの良さそうな、背広姿の男だ。鷲鼻で、口髭を整えた顔は堀が深く、目つきはどこか底意地が悪そうだ。
ウコバークは三人の部下を引き連れながら、口やかましくなにかの指示を出している。
そのくせ聞こえる範囲では、意見を求められても「その程度のこと、自分で判断しろ!」などと、上役としての責務を放棄している。
あれだ。
地位に寄りかかって、実はなんの判断もできない糞野郎。
同じ場所で働きたくないヤツの筆頭――というのが、俺の第一印象だ。
「問題は、あいつが幻獣かどうかですね。それで、あとの三人も調べるかどうか考えたいんですけど……ね。問題は、どうやって調べるかなんですけど」
「ガランを持って近づけば、気配で分かるとかありません?」
「それは考えたんですけどね……ちょっと諸刃なんですよ。相手もこっちに幻獣――ガランがいるって悟られますし」
折角のクリス嬢からの案だけど、俺は首を左右に振った。
下手に悟られでもしたら、また襲撃されるかもしれない。クリス嬢は俺の返答を聞いて、納得した顔をした。
「ああ……それは、こちらから所在を教えるようなものですわね」
しかし、なにか考えなければ、時間だけ消費していくだけだ。
俺が無い知恵を絞っていると、マーカスさんが「ちょっといいかな」と言いながら、左手に指輪を填めた。
「僕が行こうか。ヴォラなら、そんなに近寄らなくても幻獣かどうか把握できる」
「それなら、エイヴが行く!」
急に大声を出されて、俺たちは同時にエイヴを見た。
エイヴはふん、と両拳を握りながら、気合い満々の顔で俺たちを見回した。
「あのね。子どものほうが、少しくらい無茶しても怪しまれないんだよ。だから、行くならエイヴのほうがいいと思う」
その言葉で、俺はエイヴが一時ではあるが、野宿で暮らしていたことを思い出した。ユニコーンと一緒だったとはいえ、一人で生きていくために、少々無茶なことをしたのかもしれない。
俺は少し考えると、ガラン――竜の指輪をクリス嬢に手渡した。
「ちょっと預かって下さい。それと、マーカスさんの指輪はエイヴに。俺も一緒に行きます。無茶しても怪しまれにくいたって、助け船がいることもあるでしょうし」
「ええ……無茶はしないで下さいね」
「そのつもりです。エイヴ、ユニコーンをクリス嬢に預けてくれ」
「……うん」
ユニコーンである首飾りをクリス嬢が受け取ってから、俺はエイヴと店を出た。
目指すは、城門の前で喚き散らかしているウコバークに近づいた。
「エイヴ、わかってるよな?」
「うん。近くまで行って、ごめんなさいってして、帰ってくるんだよね?」
「その通り。最悪、俺が『こらこら』って言いながら、一緒に謝るから。俺のことは、お兄ちゃんって呼ぶこと」
「うん。じゃあ、行ってくるね」
エイヴは俺に手を振ると、ダッと駆け出した。
エイヴがウコバークたちがいる近くまで行くと、珍しそうに城を見上げた。ウコバークやその部下たちが横目で様子を伺い始めると、俺はエイヴに駆け寄った。
「こんなところまで来ちゃ駄目じゃないか」
「えーと、ごめんなさい。お兄ちゃん」
エイヴが謝るのを聞いてから、俺は手を取って立ち去ろうとした。
けど、背後から呼び止める声がした。
「そこの君たち……どこかで会ってないか?」
ウコバークの部下が、俺を振り返っていた。
もしかしたら、オントルーマの宿を襲撃した奴かもしれない。俺は慎重に振り返りながら、営業スマイルで鍛えた笑みを浮かべた。
「いえ? 初めてお会いしてると思いますが……わたしたちもカラガンドから来たばかりでして」
「カラガンド……ああ、すまない。他人の空似のようだ」
「いえ。御領主様に仕えておられる御方に似ているとは、光栄です」
「いや……その者は仕えてなどおらん。賊と思って頂こう」
……それはまた、光栄なことで。
俺は内心、自嘲的な笑みを浮かべていた。どうやら、正体を探るまでもなく、ビンゴだったようだ。
俺とエイヴは店に戻ると、マーカスさんから借りていた指輪をテーブルに置いた。
「ヴォラ……どうだった?」
〝間違いないわ。幻獣ね〟準備してくれるなら、力を使うけど?〟
問いに答えたヴィラに、マーカスさんは溜息を吐いた。
「いや……今はちょっと……」
「なにか、力があるんですか?」
そう言えば、ヴォラの力のすべてを俺は知らない。俺の質問に、マーカスさんは素知らぬ顔で、何でも無いと言わんばかりに手を振った。
「ああ……なんでも。君も一度だが経験したろう? あのは虫類の群れ――」
〝あたしの真の力は、幻獣の居場所を探知することよ。ただし、効果範囲はそんなに広くないのよね。精々、街一つ分ってところかしら〟
「ヴォ、ヴォラ――」
〝マーカス、いつも言ってるでしょ? あなたの悪いところは、色々なことを隠そうとすることね。このメンツなら、教えても大丈夫だと思うわよ〟
ヴォラに苦言を呈され、マーカスさんは頭を抱えるようにテーブルに突っ伏した。
……うん、ちょっと同情する。諜報員的な意味で。
けど、ここは攻めるべきだ。俺はわざと大きな溜息を吐きながら、マーカスさんを半目で見た。
「あの……その力があれば、あんな危険なことせずに済んだんじゃ」
「いや、その……なんだ。僕の立場もわかってくれよ」
「それで、やってくれるんですか?」
「……あれは、時間がかかるし、ちょっと目立つんだ。街の外か……光の漏れない密室でやらないと」
なるほど。こっそりできないから、ここまでやってなかったのか。
まあ……そんな理由、俺には関係ないけどな。
「じゃあ、家に戻ったらやります? 目張りとカーテンで……」
「いや……目張り程度では足りないよ。あとで必ずやるから、今すぐは勘弁してくれよ。今はウコバークが幻獣だと分かっただけで充分だろう?」
マーカスさんは顔を上げると、首を振った。
こういうところだよな……この人は。半目を維持する俺から、マーカスさんは目を逸らした。このやり取りに、クリス嬢は困ったように苦笑した。
「トト、あまり困らせるものではありませんわ。マーカスさんも、ちゃんと協力してくれますよ。そうでしょう?」
「それは――まあ」
少し歯切れは悪いけど、少なくとも否定の言葉ではない。こうしたとき、やはり女性のほうが効果的なんだろうか。
けど情報を集めるときは、急いだほうがいいんだよな……。あとで不利にならないといいけど、という不安を抱きながら、俺は話題を切り上げた。
*
ウコバークが円卓に戻ると、そこには鎧を着た男しかいなかった。
腕を組み、不機嫌な顔で顔を上げた男に、ウコバークは狼狽えながら訊ねた。
「時間には間に合ったと思ったが……他の者はどうした?」
「貴様は、ここに残って黒曜石を探せ。これが我らの決定だ」
「なんだと? おまえたちはどうするのだ」
「我らは、すぐにここを発つ。しばらくは戻らぬ」
鎧の男の返答に、ウコバークは怪訝な顔をした。
「どういうことだ! おまえたちは、なにを考えて――」
「我らの王の決定だ。しっているだろう、あの御方の力を」
「予知……か? なら、俺はどうなる!?」
この問いかけに、鎧の男は答えなかった。円卓から立ち上がり、そのまま立ち去ろうとした鎧の男に、ウコバークは怒りの形相で振り返った。
力を込めた両手が、炎に包まれた。
「どこへ行く! 答え――っ!?」
顔を引きつらせて、ウコバークの言葉が途切れた。喉元に、剣の切っ先が突きつけられたからだ。
鎧の男は剣をゆっくりと引きながら、短く答えた。
「貴様の所在は、連中に知られた。その失態を挽回せよ」
「なんだと?」
驚きに目を見広げたウコバークを残して、鎧の男は足早に立ち去っていった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
寝入りばなに、地震の通知で起こされた夜。こちらは震源から遠いので揺れませんでしたが、皆様は大丈夫だったでしょうか?
入れているアプリが、全国の災害の通知をするのですが……音が鳴るとビックリしますね。
ミュートにすると、いざというときに困りますしね。
けど、起こされた分、やや寝不足です。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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