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第三章~幸せ願うは異形の像に

一章-2

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 その日の夜――あと数分で日付が変わろうという頃、トラストンの店の前に黒ずくめの人物が近づいて来た。
 黒い覆面と口元を覆い隠す黒い布で、人相はわからない。異形の像を盗み出している、怪盗黒狼である。
 視認しにくいが黒狼の腰には、黒い布で作られた腰袋が下がっていた。
 黒狼は周囲の様子を伺いながら、腰袋から金属製のヘラを取り出した。深夜ということもあり、人通りはない。月明かりで、街はうっすらと照らし出されていた。
 黒狼はヘラを店のドアの隙間に差し込んだ。
 のこぎりを引くようにヘラを前後に動かしながら、ドアノブの下あたりから、徐々に上に挙げていく。
 やがて、ドアから金属音が聞こえてくると、黒狼はドアを開けようとした。しかし、ドアは僅かに動くだけで、開けることは出来なかった。


(……閂か。まったく、だから古くさい家は嫌いだ)


 黒狼はヘラを左手で固定させながら、細長い錐を取り出すと、閂のある場所を目掛けて、ドアの隙間に先端を差し込んだ。
 そしてこじるように錐を動かしていると、ゴトッという音がした。他に物音がないためか、その音はイヤに大きく響き渡った。
 黒狼は二階を見上げて、家人の動向を伺ったが、灯りが点いたり外を覗き込んだりしてきた様子は無い。


(起きなかったか――)


 ホッとしながら、黒狼はドアを開けた。
 店内は闇に閉ざされ、目が暗闇に慣れていなければ朧気にも商材の数々を見ることは出来なかっただろう。
 黒狼は足音を立てないよう、慎重な足取りで店の奥へと進んでいく。その途中で、並べられた品々の確認も忘れない。


(異形の像はない――どこかに保管してるのか?)


 面倒だな、と黒狼は舌打ちをした。カウンターの横を通り過ぎた黒狼は、奥へ続く廊下にある木製のドアの前で立ち止まった。


(構造上、この扉の向こうが住居か? 廊下の先は……多分、違うな)


 黒狼がドアを開けると、そこは台所になっていた。右手の奥には竃と棚、そしてドアの真正面には二階へつ続く階段がある。
 黒狼は階段を登って、二階へと出た。
 さて、どちらから調べる――と考え始めた矢先、黒狼は空気の流れと空を切り裂く音に、条件反射のみで横に跳んだ。



 二階にある保管室の前で胡座をかいていた俺は、階段を上がってくる気配に、全身に緊張が走った。


「ガラン……《暗視》」


〝承知した〟


 ガランの応じる声と共に、俺の視界が一変した。ガランの魔術の一つで、夜目がかなり利くようになる。ほとんど昼間と変わりない視界を得た俺は、階段のすぐ横へと移動すると、相手を待ち構えた。
 階段から廊下に出てきたのは、黒い覆面と口元を黒い布で覆った、全身が黒ずくめの人物だった。やや細身の体型――胸や腰回り、それと腹――から察するに、まだ若い男だろう。
 俺は誰何などせず、問答無用で黒ずくめの腹へと蹴りかかった。
 しかし黒ずくめは寸前で、俺の蹴りを躱した。横に跳んだ黒ずくめは、片手を床に付けると、素早く体勢を立て直した。
 見事な身のこなしと身体の軽さに、俺は舌打ちをしながら、追撃に出た。フェイントを兼ねた左の拳から足払い、身体を反対に捻りながらの回し蹴り――それらすべてが、身体を掠める程度で躱された。
 俺との間合いを広げた黒ずくめは、大袈裟なほど大きく息を吐くと、呆れたような声を出した。


「驚いたな――ここは警備隊か軍隊の詰め所か?」


「んなわけねーだろ。俺の店だ」


「いや、古くさい古物商の店ってことはわかってるけど」

 ……なんだとこら。

「てめぇ、勝手に忍び込んでおいて、人の店を古くさいってほざくとか。どういう了見だ、こら」


「あ――そこ、切れるところなんだ」


 黒ずくめは少し挙げた左手の人差し指を立てながら、腰から細身の革袋を取り出した。


「えっと……今更なんだけど、取り引きしないか? 君が買い取った異形の像、俺に譲ってくれないかな。代わりに、この革袋の銀貨をあげよう。頼むよ、人助けのためなんだ」


 革袋を振ると、チャラチャラとした音が聞こえてきた。音からして、銀貨ニ、三枚といったところか。
 随分と馬鹿にされたものだ。
 端金ではないが、取り引きにしては少なすぎる。俺は油断無く相手の動きを注視しながら、鼻を鳴らした。


「銀貨数枚で買収なんざ、舐めてるだろ? それに、ああいった怪しい品を、ほいほいと渡せるわきゃねーだろ――さて」


 俺はすり足で間合いを詰めながら、構えをとった。


「おまえをぶちのめして、正体を明かしてやるぜ――」


「そっか。なら、仕方ない」


 そう言うが早いか、黒ずくめは飛びかかって来た。
 顔面への右拳を躱した瞬間に、左の回し蹴りが迫ってきた。俺は両腕で蹴りを受け止めながら、後ろに跳んだ。
 迫る黒ずくめに対し、俺は距離を測りながら後ろへバク転をした。つま先で黒ずくめの顎を狙ったものだが、この一撃も顔を覆う布に引っかけただけだ。
 俺は追撃に備えて構えをとったが、黒ずくめは先ほどの場所から動いていなかった。
 顔を隠すように、取れかけた布を片手で押さえていた。


「……やるね。こんなに手こずったのは、久しぶりだよ。こんな暗闇の中で、俺と同じくらい動けるなんて予想外だった」


 黒ずくめは俺を見ながら、人差し指を向けてきた。


「いいか、忘れるな。我が名は――」


「ああ、なるほど。おまえが、噂の怪盗黒狼か」


 新聞記事を思いだした俺の言葉に、黒ずくめ――黒狼は口上を中断しながら、僅かに指先を下げた。


「……名乗りを邪魔するのって、無粋だと思うんだけど?」


「知るか」


「そりゃそーなんだろーけどさ……」


 不満げな声をあげながら、黒狼は背筋を伸ばした。


「まあいいや。とりあえず、今日のところは諦める。ほかにも狙うべき像はあるし、そっちが終わったら、また来るよ。それじゃあ、さよな――」


 黒狼の言葉を、俺は最後まで聞いていなかった。
 両脚の力を振り絞って飛び出した俺は、黒狼に殴りかかった。


「ちょ――待った、待てってば! 今日は諦めるって言ったじゃないか!!」


「うるせぇっ!! また盗みに来るっていうヤツを、無事に帰してたまるか!」


 俺が言い返すと、黒狼は拳を避けながら「あ、そっか」と、合点のいった声をあげた。
 拳の横――小指側だ――で殴りつけた俺の腕を片腕で受けた黒狼は、痛みからか顔を顰めながら、懇願するように言った。


「頼む――あの像が揃えば、困ってる多くの人が助かるんだ。誓って、私欲のために集めてるんじゃない」


「集めたら、どうなるんだよ」


「それは知らないけど……少なくとも今よりは幸せになれるって聞いた。だから頼む、異形の像を譲ってくれ」


「なにが起きるか知らないって言ってるやつに、渡せるわけねぇだろ。こっちは、アレに似たものに関わったせいで、不幸になったヤツを知ってるんだ」


 答えながら、俺はアントネット市長の息子のことを思い出していた。
 以前に関わった事件では、幻獣のラーブが身体を取り戻すため、アントネット市長の息子の身体を操っていた。
 事件は幻獣ラーブをガランの力で封印して解決したが、アントネット市長の息子は知能が成長しておらず、今でも病院で治療を受けている。
 アントネット市長にしても、幻獣ラーブの祭壇の部品集めに関わらなければ、収監されることもなかったはずだ。


「悪いが、渡せねぇな!!」


 俺は怒鳴りながら、膝で黒狼の腹に一撃を食らわせた。


「……ぐっ! まったく、容赦ないな」


 黒狼は後ろに小さく跳んで俺から離れると、革袋を投げつけてきた。
 革袋を拳で弾いた俺が前を見たときには、黒狼は階段を駆け下りていた。


「待て、このやろうっ!!」


 俺は怒鳴りながら、黒狼を追いかけて階段を降りた。
 足音を頼りに店内に入った俺は、出入り口のドアへと向かっている黒狼を見た。黒狼は追ってきた俺を振り返ると、横にあった棚を通路へとひっくり返した。
 木材が転がるような音に少し遅れて、バリンッという陶器が割れる音がした。
 俺は即座に、なにが起きたのか理解できなかった。
 床に倒れた木製の棚(売値銅貨四〇枚――四〇ポン)の側には、白い陶器の破片が散らばっていた。
 記憶を辿ってなにがあったかを思い出した俺は、血の気が引いた。
 この割れた陶器は異国の壺で、売値は二ポルク。つまりは銀貨二枚相当の品だ。


「あ……あああああああっ!?」


 あまりのショックに、俺は絶叫をあげていた。
 陶器の破片に近寄ろうとしたところで、辛うじて我に返った俺が顔を上げたとき、すでに黒狼の姿はどこにもなかった。


「――くそっ!」


〝トト――大丈夫か? なにか、精神的に大きな衝撃を受けた気配が伝わってきたが……負傷でもしたか?〟


「違うよ……ガラン。怪我は無いんだ」


〝ふむ――ならば、良かったが〟


 全然よくないんだよ、ガラン――という言葉を呑み込んだ俺は、落ちている破片を一つだけ拾い上げた。
 この壺は、買い取るときに銀貨一枚も払った品だ。あまりにも売れないので半値にしたものの、骨頭価値もある品だった……のに。
 無言で立ち上がった俺は、開いたままのドアへと近づいた。
 落ちている閂を見れば、なにかで強く引っ掻いた痕が残っている。そしてドア枠にある鍵受に触れると、そのへこみの奥に残っていたものを指で削ぎ取った。
 指先で捏ねてみると、大体予想通りの代物だ。
 俺は夜の街中に見える道を睨みながら、胸中から沸き起こる怒りを口にした。


「……絶対、弁償させてやる」


 こちとら生活がかかってるんだ。決して、人間性が小さいわけじゃない――多分。
 そんな言葉で自分自身を納得させてから、俺はヤツの行き先がをどうやって探るかを考え始めていた。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

書き始めまでは、この内容で三千字超えるか――という心配もありましたが、書いてみたら予定通りでした。
案外、なんとかなるもんですね……実は、もっと手こずると思ってました。


と、こんなことを書いている間に、梅雨が明けました。なんか短すぎますね……水不足もそうですが、暑くなるのが早くなりそうで……困ります。
今日なんか、気象庁の発表では36度くらいだったのに、トラックで見た室外温度は39度超えてましたし……。直射日光と照り返しの環境、つまり街中では発表より気温が上がると思ったほうがいいですね。

てうか、マジで熱中症の一歩手前までいった気がします。

今年は熱中症との戦いになりそうです。体調管理、とくに水分の補給には気をつけていきましょう。これ、油断すると室内でもあっという間に脱水症状になりますので。

皆様もお気を付け下さい。根性とかで、なんとかなるものではありませんしね。


次回は、出来上がり次第アップします。暑さでへろへろですので……お察し下さいませ。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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