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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢

間話 ~ 慈悲による別れ

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  間話 ~ 慈悲による別れ


 カラガンドの街で悪魔崇拝の悪夢が流行る数日前。
 とある商人夫妻が、街で買い物をしていた。夫は質素なブラウンで統一されたスーツ、夫人は紺のジャケットにペチコートという平民としては一般的だが、少し身なりの良い服装だ。
 二人が路地を歩いていると、少し先で数人の少年に囲まれていた男の子がいた。


「一々、生意気なんだよ!」


 一番身体の大きな少年が男の子を足蹴にしたのを見て、夫が腕を振りながら怒鳴った。


「こら! おまえたち、なにをしている!」


「やべっ!」


 少年たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出すと、夫は男の子に駆け寄った。


「大丈夫かね? 怪我はしているか?」


「怪我はしてるけど、平気」


 十二歳くらいに見える赤毛の男の子は、ふん、と鼻を鳴らしながら、口元に滲んだ血を拭った。
 遅れて来た夫人が、ハンカチを取り出すと、男の子の口元に滲む血を拭き取った。


「……治癒の転移を」


「お、おい……」


 夫が焦るような顔をしたときには、すでに夫人は立ち上がっていた。
 指先の血をハンカチで拭いながら、男の子に微笑みかけた。


「まだ痛むかしら?」


「だから、平気……あれ? 痛く、ない?」


 戸惑いながら首を捻る男の子に、夫人は「血は止まったみたいね。それで痛みも引いたのかしらね」と言いながら微笑んだ。


 小さく頭を下げて走り去っていった男の子に、髭を生やした男が近づいた。
 二人は二、三言話をすると、そのまま立ち去っていった。


「お父様かしらね。迎えが来て良かったわ」


 ホッと息を吐いた夫人の腕を、夫は掴んだ。


「まったく……そういうことはしないって、約束じゃないか。怪我は?」


「このくらい」


 夫人がハンカチをずらすと、人差し指に切り傷ができていた。


「ごめんなさい。放ってけなくて」


「君の優しさは知ってるが……まったく、転生してきた人は、みんなこうなのかな?」


「ああ、ごめんなさい。もうしません。誓います」


 夫人の芝居がかった宣誓に、夫は苦笑した。


「まったく……何回目の誓いだい? 説教より、手の治療が先だね。早く帰るとしよう」


 夫は夫人の肩を抱くと、頬に口づけをした。

   *

 三日後。
 夫妻の屋敷に、デルモンド司祭と数名の審問官が訪れていた。玄関にあるノッカーを叩かず、デルモンド司祭はドアの前で、羊皮紙に記載された文面を読み始めた。


「市民からの密告により、あなたがた一家には悪魔崇拝の嫌疑がかけられております。即刻ドアを開け、わたくしどもとご同行を願います」


 デルモンド司祭の声を聞いた夫妻は、不安を露わにしながら顔を見合わせた。
 司祭の言っていることには、身に覚えがない。密告ということは、誰かが自分たちを陥れようとしているのだと、すぐに理解した。
 現状に危機感を覚えた夫妻は、徐々に内容が激しくなるデルモンド司祭の言葉を聞きながら、昼寝をしていた我が子を家政婦に託した。
 家政婦が抱えた子どもの服のポケットに、妻はネックレスを入れた。


「街に出たら、この子を公園に連れて行って。あなたはスレトンに私たちの状況を伝えたら、そのまま家に帰りなさい。それ以降は、この子のことは忘れるの。いいわね」


「ですが、奥様……」


「この子のことなら、大丈夫。頭の良い子だから、なんとかやっていくはずよ。それに……このネックレスが護ってくれるはず。あなたは、自分の身を護って」


「……はい、奥様」


 恩義があったのだろう、家政婦の目には涙が浮かんでいた。
 裏口から家政婦を外に出すと、夫は時計を見た。二時半丁度を示す時計の針が、きっかり三〇秒だけ動くのを待ってから、夫は玄関へ向かった。


「……司祭様。こんな昼間から、なんの御用でしょうか?」


「先ほどから、訪問の理由は告げておりました。あなたがたに、悪魔崇拝の嫌疑がかかっております。ご同行願えますかな?」


「悪魔崇拝などと! なにかの間違いでしょう。なんでしたら、我が家の中を調べて頂いても構いませんよ」


「それには及びません。教会にて、お話を聞かせて頂くだけで結構です」


 デルモンド司祭が片手を小さく挙げると、背後に控えていた審問官が家へとなだれ込み、夫妻を拘束した。


「し、司祭様――なにをするのですか!?」


「念のためです。さあ、教会へ連れて行きなさい」


 両脇から審問官に拘束された夫妻は、弁明の余地もなく審問官らによって連れて行かれてしまった。

   *

 公園の草むらの中で、幼子は目を覚ました。
 雑草の先端が頬に当たる感触に、顔を歪ませつつ上半身を起こした。


「……ここ、どこ?」


 幼子は寝ぼけ眼で周囲を見回すが、家の中ではない、ということしか理解できなかった。
 空はすでに夕焼けに染まり、公園にいる人影もまばらだ。幼子は立ち上がると、トボトボと歩きながら両親の姿を探した。
 やがて、よく両親と来ては根元で休んでいた木を見た幼子は、ここが公園であることを理解した。
 どうして両親が側にいないのか、いつから公園にいたのか――そういったことを考える余裕もなく、両親に会いたい一心から、幼子は屋敷へと急いだ。
 急ぐといっても幼子の脚だ。
 屋敷の近くまで来たときには、日はかなり沈みかけていた。次の十字路を右に曲がれば、屋敷が見える。
 幼子が曲がり角から顔を覗かせたとき、急に声が聞こえてきた。


〝行っちゃダメ!〟


「……え?」


〝行っちゃダメ! ここから逃げて〟


「でも……」


 幼子が屋敷を見たとき、屋敷の周囲には黒い僧服を着た男たちが彷徨いていた。
 その光景に、幼いながらも不穏な空気を感じ取った幼子に、声は再び声をかけてきた。


〝早く逃げて〟


 声に促され、幼子は公園の近くまで戻っていた。
 日はとっくに沈み、周囲は薄暗くなっていた。疲れと空腹とで半泣きだった幼子は、小さな庭に木で出来たなにか――クレーンだ――が置いてある家の裏を歩いていた。
 行く宛てなどない。
 ふと顔を上げれば、初老の女性がゴミを捨てているところだった。
 女性は幼子を一瞥したが、まるで気づいていないような仕草で、革袋を小さな木箱の上に置いた。


「やれやれ。やっとゴミ捨ても終わりね。袋のゴミも、カラスか豚が食べてくれるでしょ」


 家の中に女性が戻って行くと、幼子は好奇心も相まって、革袋の中を覗き込んだ。
 少し口の緩んだ革袋には、パンと干し肉が二切れ入っていた。


 空腹が耐えきれなかった幼子は、革袋からパンと干し肉を取り出すと、その場で食べ始めた。
 パンも干し肉も腐ってはいない。
 幼子はぺろりと平らげると、公園へと歩き出した。空腹も収まって気分が落ち着いてきたとき、着ている服のポケットに、ネックレスが収められていることに気づいた。
 母親がいつも付けていた、翡翠のネックレスだ。


〝早く逃げようよ。危ないよ〟


 声は、このネックレスから聞こえている……気がした。


「誰?」


 幼子の問いかけに、声は小さな声で話し始めた。


〝護ってって、言われたの。君のお母さんから〟


 幼子――エイヴは声の指示に従って、公園へと歩き出した。



 その翌日。
 教会近くにある広場で、夫妻は神の慈悲による処罰を受けた。
 罪状は、悪魔の力によって怪我人を治療したこと。そして、尋問の最中に魔法を使っておらず、悪魔崇拝をしていないという〝嘘〟を吐いたこと。
 最終的には、自白によって罪が決定となった。

 処罰――絞首刑が執行されたとき、夫妻の手の平は、砕けたように歪んでいたという。



 夫妻を密告をしたのは、妻が怪我を治した少年の父――この夫妻とは、商売敵に当たる人物だった。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。


仕事ですが、無事にトラブりました。


……まあ、大体は上司が原因だったし、自分とは関係ないところでのトラブルでしたので、ギリギリ瀕死で済みました。
もう少しで即死でしたが。

今回の間話ですが、「ルネサンスのオカルト学」を参考にしています。

妖術に関する内容で、魔女裁判もあるのですが……このあたりを読んでいると、南斗水鳥拳が使いたくなります。「おまえらの血は何色だ」的な意味で。
(このネタを知っている人が何人いるんでしょうね)

 例えば、魔女は自白を強要されますが、そのためになにをやっても、拷問という扱いにはならないとか。
 マリアの慈悲という刑罰があるのですが、これは寝ている間に四肢切断とか……。

 ただ、これらも(当時なりの)意味はあったようです。

 悪いことを考えたり悪魔を崇拝すると、こういう目に遭うんだぞという見せしめや、これによって悪人が犯罪を犯さず、善人が安心できるように、など。


 人権意識が低い時代だったんですね。
 個人的には胸くそ悪いですが。


 次回は多分、土曜日になると思います。
 アウトプット過多ですし、少しはインプットしないと……図書館でまたオカルトの専門書とか読みあさりたい\ウマムスメ/ところ\プリティーダービー/です\ガコン/。

 少しでも楽しんで……と言いにくい内容ですが、なにかになれば幸いです。


 次回もよろしくお願いします!
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