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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢

一章-3

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   3

 クリスティーナたちがカラガンドの街にある駅に到着したのは、四時半を過ぎたころだった。
 街は夕日によって橙色に染まり、気の早い辻馬車は御者台のランプを灯していた。
 駅から出たクリスティーナは、サーシャと街並みを眺めていた。


(トトはどこなのかしら?)


 見知らぬ街並みを呆然と眺めていると、駅員と話していたクレストンが戻って来て、買ったばかりの新聞を広げた。


「ゲルドンスって商人の屋敷で、家財の売却をしていたらしい。古物商の行き先は、きっとそこだ。屋敷にいる人に、話を聞いて廻るしかないな」


「お兄様、宿屋を廻ったほうが早いんじゃない?」


「……宿屋のすべてを把握してないだろ? それに、この街に知り合いがいるなら、そいつを頼るかもしれないしな」


「知り合いって……?」


「例えば、幼なじみとか、こっそり付き合ってる女と逢い引き――」


 クリスティーナが表情を陰らせたのを見て、クレストンは冗談を言うのを止めた。
 気まずそうに頬を掻きながら、新聞を折りたたむ。


「とにかく、商人の屋敷に行くなら馬車のほうが早い。急ごう」


 手を大きく振りながら、クレストンは道行く辻馬車を呼び止めた。
 少し遠くにいる辻馬車にいる御者が手を振り返すのを見てから、クレストンは控えめに息を吐いた。


「さっきのは冗談だから、気にするなよ。もしかしたら女じゃなく、男と遭ってる可能性もあるけどな」


「……そういう冗談も笑えません」


 空気を読まないクレストンに、クリスティーナとサーシャは呆れ半分で顔を見合わせたのだった。

   *

 スレトンさんの家に招かれた俺は、奥さんから歓待され、夕食を御馳走になることになった。
 まあ、それはさておき。


「なんで、ここにいるんですか?」


 テーブルの隣にいるマーカスさんに、俺は溜息交じりに問いかけた。


「君の知り合いってことで、御一緒させて頂いているんじゃないか」


 半目で睨んでいる俺に苦笑すると、マーカスさんはスレトンさんの奥さんである、アンナ夫人へと振り返った。


「このホイップクリーム、美味しいですね」


「あら、マーカスさん。お上手ね」


 褒められて嬉しいのか、アンナ夫人はボール状の食器を持って来て、俺たちの前に置いた。


「夕飯まで少しかかりますから。よかったら、おかわりをどうぞ」


「ありがとうございます」


 俺とマーカスさんは、スプーンを使ってホイップクリームを自分の皿に取り分けた。
 一口食べてから、俺はスレトンさんとアンナ夫人を交互に見た。


「夫人は、お菓子作りが趣味なんですか?」


「ええ。それしか取り柄がなくて」


「台所の一角は、小麦粉や蜂蜜に占領されてるんだよ」


「……いや、うらやましいですよ。俺は爺さんと二人暮らしでしたから。こういうのって食べたことがなくて」


「喜んでくれたのなら、良かったわ」


 二人で夕食の準備を再開したスレトン夫妻に手を振ってから、俺はマーカスさんへと顔を向けた。


「それで、俺になんの用です?」


「おや、単刀直入だね。実は、少し手伝って欲しいことがあってね。この街で君に会えたのは、まさに幸運だったよ」


「俺は逆ですけどね。でも手伝いって……俺は明日、帰るんですよ。店もありますしね」


 爺さんから受け継いだ古物店を街が買うという話はあったが、それはかなり強引に保留にして貰った。
 さすがに……というかいくらなんでも、店ごと買い占められるのは御免だ。

 俺の返答に、マーカスさんは少し考える素振りをした。


「ふむ……しばらく店を休業にはできないかい?」


「無茶言わないで下さいよ。ただでさえ、赤字ギリギリのところでやりくりしてるのに。大体、俺になにをさせようって言うんです?」


 俺の質問に、マーカスさんは僅かに表情を引き締めた。


「この街では今、悪夢が蔓延っていてね。その原因を究明したい」


「……それは、教会か医者の仕事じゃないですか。夢なんて、俺にはどうにもできないですよ?」


「慌てないでくれ。言ったじゃないか。蔓延ってるって。悪夢を見た人は数多くいるんだ。しかも決まって、悪魔崇拝の夢なんだよ。そして……悪夢を見た人の中で、教会に連行された者は、もう五〇名近くにもなる。君にも分かり易く言えば、魔女狩りの対処になっているんだ」


 マーカスさんの言葉に、俺は二つの意味で息を呑んだ。
 ゆっくりと息を吐きながら、俺は言葉を探した。


「つまり、悪夢が悪魔崇拝の証拠になっている……ということですか?」


「これまでの調査では、そういうことになるね。悪夢はもしかしたら、幻獣の仕業かもしれないんだ。君に助けて欲しいっていう理由は、納得してくれたかな?」


「ええ、まあ。状況が、ほどよく糞ったれってことは理解しました」


「ご理解頂けて幸いだ。協力してくれるね?」


「けど、やっぱり無理です。俺は今、大した道具や装備を持って来てないんです。なんの準備もなく関わるのは、避けたいですね。それに帰りの切符だって、もう買ってありますし」


 俺が肩を竦めると、マーカスさんは目を細めた。


「切符……本当かい? 手伝いたくないから、嘘とかついてないかい?」


「嘘なんかいいませんよ。ほら……ん?」


 俺は上着のポケットから切符を出そうとしたが……あれ? ない。


「え? あれ? え?」


 スリには気をつけて他人とは距離を離すようにしていたし、なにより商人の家財を見ている途中でも切符の存在を確かめているから、掏られたとは考えにくい。
 訳が分からなくなって、俺が上着のポケットを弄っていると、マーカスさんはどこか芝居がかった仕草で、両手を小さく上に挙げた。


「まさか、無くした?」


「いや、まさか……」


 しばらくポケットを弄ってみたが、やはり切符は見つからない。俺が途方に暮れていると、マーカスさんが微笑みながら指を鳴らした。


「一つ取り引きしよう。仕事を手伝ってくれたら、切符代は僕がなんとかしよう。もちろん、この街での滞在費も僕が支払う。妙案だと思うけど、どうだい?」


 マーカスさんの申し出は、かなりありがたい。今の俺にとっては、すがりたくなる金の藁にしか思えない。

 だけど……こういうのって、大抵は裏があったりすんだよな……。

 俺は悩んだ挙げ句、無言で立ち上がった。


「……ちょっと、外の空気を吸いながら考えてきます」


 ちょっと大袈裟じゃないかい――という、マーカスさんに愛想笑いを返すと、俺は玄関から外に出た。

 外はもう、月と星が空を覆い尽くしていた。
 スレトンさんの店は、大通りから外れた公園の近くにある。家の敷地には小さいながらも庭を兼ねた作業場があり、重い物を吊すための小さなクレーンがある。これは留め具を外すと重りである大きな石が下に降りて、ロープの反対側にある金具に吊された物が上がる――というヤツだ。物を降ろすときは、ハンドルを使って石を巻き上げる。
 機構としては単純、それに比例するかのように、あまり重い物は持ち上げられない。棚などを修繕するときに使うのかもしれない。
 俺はクレーンの側に腰を下ろすと、首から下げた竜の指輪を手の平に乗せた。


「ガラン――悪夢の原因を探るって仕事なんだけど、どうしょう?」


〝悪夢――か。悪い夢。夢がどのようなものかはわからぬが、幻獣が絡むようなものなのか?〟


「さあ……寝ている相手に、誰かが望む夢を見せている――とかなら、幻獣の可能性も捨てきれないけど。そんなヤツっているの?」


〝我らは寝ているときに夢というものを見ない。だから、そのような能力があるモノがいたかどうか、確定はできぬ。確かめるべきではあるが……トトは気乗りしておらぬようだな〟


「気乗りしないっていうか、ちょい警戒してるだけだよ。
 帰りの切符が見つからないし、滞在費やら帰りの切符を都合してくれるっていう、マーカスさんの申し出はありがたいけどね。ああいう善意には、裏があってもおかしくないからさ。
 けど、まあ……俺の事情だけなら、やるしかないんだよなぁ」


〝ふむ……要するに、迷っているということか?〟


「有り体に言えば、そういうこと。そういえばさ、街中で無言でいるって、ガランは辛くない?」


〝問題ない。トトと出会うまで、我は長い年月を無言で過ごしていたのだ。これくらいなら、楽なモノだ〟


 転生者であるクリス嬢に、俺とガランは会話を聞かれたことがある。そのこと知ってから、俺とガランは人前では会話をしないことにしていた。
 ガランが言うには、クリス嬢以外にも転生者は居るらしい。魂のすべてを竜の指輪に取り入れてから、雑音並ではあるが、誰かの声が聞こえることもあるらしい。
 その前は、ほとんど俺の声しか聞こえなかったみたいだけど……。
 これは、相性とかそういうものが関係している――のだろうか? 考えてもわからないだけに、俺たちは警戒することにしたのだ。


「そういえば夕方にさ、ガランみたいな声が聞こえたんだよ。あれは、もしかしたら幻獣だったりするのかな?」


〝その声なら、我も聞いた。恐らく、幻獣だろう。ただ、声が小さく種の判別はできなかった〟


「なるほどね。それじゃあ、ますます断れなくなったわけだ」


 俺は立ち上がると、背筋を伸ばした。聞こえてきた幻獣の声は、あの子どもを気遣っていた気がする。あの怪我となにか関係があるのか、気にならないといえば嘘になる。
 ガランと話しているうちに、心の整理がついた。


「それじゃ、ちょっと頑張りますか」


〝決意がついたようだな。我も幻獣のことは気になる。力が必要なら、遠慮無く言ってくれ〟


「……うん。ありがと」


 スレトンさんの家に戻った俺は席につくと、マーカスさんに頷いた。


「仕事、手伝いますよ。切符代は稼がないとですしね」


「そういう理由かい? まあ、別に構わないけどね」


 マーカスさんが苦笑したとき、玄関のドアが三回ノックされた。
 玄関に向かったスレトンさんだったが、しばらくして困惑した顔で戻ってきた。


「えっと……トトや。クリスチー……ナ? というお嬢さんや、クレ、スト……ン? という身なりの良い男性は知っているかね? 君を訪ねていておるんだが……」


「へ? 俺の知っているクリス嬢とクレストンは、この街の人間じゃありません、け、ど……」


 答えながら、俺の脳裏に厭な予感というのが過ぎった。
 怪訝そうにしながら玄関に戻ったスレトンさんが、来客してきたらしい三人組を連れてきた。
 その三人組は、俺の予想通りの人物だった。


「トト! ああ、やっと会え――まし、た……わ?」


 歓喜の表情だったクリス嬢だったが、俺――というより、俺の横にいるマーカスさんを見て、徐々に表情が失せていった。
 その横では、クレストンは沈痛な面持ちでこめかみに手を添えているし、サーシャに至っては、すでに泣きそうな表情だ。


「……不潔」


 不潔って……なんのこっちゃ。

 とりあえず、俺は三人から話を聞くことにした。


「要するに、三人で言っていた冗談と同じような内容だったと。俺がマーカスさんと逢い引きしてるように見えた……ということですか?」


 俺は盛大な溜息を吐くと、勘違いとだと気づいて俯き、視線を逸らしているクリス嬢たちに、やや怒気をはらませながら言った。


「これは俺……ぶち切れてもいいヤツですよね?」


「ご、ごめんなさい」


 平謝りするクリス嬢の横では、クレストンが笑いの発作を堪えるように、顔を歪めていた。


「そもそもクリスを置いて、こんなところに来るおまえも悪い。女心がわかってないぜ、古物商?」


 あんたが発端じゃねぇか――という言葉を飲み込むのに、俺はかなりの苦労を要した。


「いや、俺は仕事で来てだけなんですけどね。そりゃまあ、ちゃんと説明してなかったかもしれませんけど」


 俺は溜息を吐くと、スレトン夫妻に頭を下げた。


「なんか、お騒がせして申し訳ありませんでした。折角ですが……こんな大人数では僕が心苦しいですので、これでお暇します」


「あら……残念ね」


 アンナ夫人は心底、残念そうな顔をした。

 なんかこう……罪悪感が半端ない。

 俺が何度も頭を下げていると、スレトンさんが気遣わしげに訊いてきた。


「それはそれとして、泊まるところはどうするのかね?」


「それなら、このマーカスさんにたかるので、安心して下さい」


「いや、トト……もう少し言い方を考えたほうがいいと思うんだけど」


 マーカスさんは俺を窘めたが、正直に言って、そんな気分じゃない。俺は再度謝ってから、全員を連れてスレトン宅から出た。
 行き先は、マーカスさんが泊まっている宿だ。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

本当に感謝してます。

わたなべ ゆたか です。

今回のような、合流時に一悶着ボケは、個人的に大好きなネタです。ここで引っ張るとシリアスになっちゃうので、速攻終わらせますが。

GWも終わりですね……皆様におかれましては、充実したお休みになりましたでしょうか? 個人的には、月ー金は普通に仕事でした。毎年のことですので慣れました。
メンタル的には致命傷ですが。

次回は火曜あたりを目標にしています。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。頑張ります。


次回もよろしくお願いします!


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