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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢

一章-2

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 クリスティーナ・ローウェルは、珍しく機嫌が悪かった。赤いリボンで両サイドを結った栗色に、グリーンアイ。それに愛嬌のある顔立ち。
 トラストンと同じく転生者で、前世の性格を引き継いで性格は温和――そんな彼女が、今はやや険しい目つきになっていた。

 発端は、昨晩――幽霊騒ぎが解決してから、二十日目、そしてトトとガランが、カラガンドに向かった、前日の夜だ。
 ドラグルヘッド市の領主である、ローウェル伯爵の孫ということもあり、クリスティーナはある程度の公務を熟す日々を送っていた。
 クリスティーナの公休が、トトの店の休みとなかなか合わず、なかなか一緒に過ごす時間が作れなかった。
 それが――今日、この日は、トトの店と公休が同じ日になったのだ。


「次の休みは、仕入れに行きますから」


 トト――トラストンは、前もってそう言っていた。しかし仕入れは大抵の場合、午前中に終わる。
 午後からは一緒に居られる――その期待と共に、店の営業時間が終わるのを見計らって、クリスティーナは馬車を走らせた。
 彼女は、一通の招待状を携えていた。明日開くお茶会のものだが、招待客はトラストンのみ。相手をするのは、クリスティーナだけ。
 二人っきりのお茶会である。楽しみにならない筈がなかった。
 胸を躍らせていたクリスティーナを待っていたのは、旅支度をしてるトラストンの姿だった。


「トト……その荷物は一体……?」


 クリスティーナの質問に、トラストンはきょとん、とした顔で答えた。


「あれ、仕入れに行くって言いませんでしたっけ? 明日から、カラガンドの街へ行くんですよ。とある商人が家財を売るそうなので……それを買い付けに」


「カラガンドの街――帰りは?」


「明後日の予定……です」


 そのときのショックたるや、生半可なものではない。
 思わず、きつい皮肉だけを残して、そのまま帰ってきてしまった。


(ガランとばっかり、いちゃちゃして)


 当人たちはいちゃいちゃしているとは思っておらず、それどころか普段通りの生活を送っているだけだったりするのだが……嫉妬心で心を掻き乱されている今、そんな事実など目に入らない。


(わたくしのこと……どう思っているのかしら)


 成り行きではあるがトラストンに想いを告げ、トラストン当人もそれを拒否しなかった。
 表情を見る限りは、トラストンもクリスティーナに好意を抱いているのは明白だ。間違いなく両思いになったと、クリスティーナは考えていたが……。


(もしかして……先走りすぎなのかしら?)


 この日のために手に入れた、高級な茶葉や有名店の焼き菓子だけではない。新調したドレスも、すべてが無駄になってしまった。
 暗い面持ちで朝食を終えたばかりのクリスティーナに、クレストンが話しかけた。


「そういえば、古物商は何時に来るんだ?」


「……来ません。仕入れで、カラガンドに行きましたわ」


「えーっ!? トト、来ないの?」


 長めの金髪を結い上げ、普段よりもおめかしをしているサーシャに、クリスティーナは溜息を吐いた。


(この子も……)


 幽霊騒ぎの一件から、サーシャもトラストンを気に入っているようだ。そのことに、今のクリスティーナは軽い苛立ちを覚えていた。
 疑心と嫉妬で、心の余裕がなくなっていた。


 そんなとき、杖をついた老人が三人の元に近づいた。
 ゼネストル・ローウェル伯爵。クリスティーナ嬢らの祖父であり、ドラグルヘッド市の領主だ。
 ローウェル伯爵は、三人の顔を見回しながら、鼻を鳴らした。


「なにを騒いでおるか」


「あ、お爺様。あのね……今日、トトは来ないんですって」


 サーシャの返答を聞いたローウェル伯爵は、顎を左手でさすりながら、クリスティーナへと首を向けた。


「茶会を開くと言っていたな。なにがあった?」


「いえ……トトは仕入れのために、カラガンドの街へ行ってしまったんです。帰りは明日ですから、お茶会は参加できないと……」


「それで、おめおめと帰ってきたのか。なぜ、彼奴を追わなんだ?」


「そうは言いましても……今から行っても数時間は遅れますし。それに、どこで寝泊まりしているかもわかりませんの」


「まったく、情けない」


 ローウェル伯爵は呆れたように、孫娘へと口を曲げた。


「これ、と思った相手なら、とことんまで突き進めばよかろう。公務を理由に尻込みするような者は、このローウェル家にはおらんはずだ」


「そう言われましても……トトが、わたくしをどう想っているのか、わかりませんもの。空回りするだけかもしれませんから……」


「ふむ。身分の差――は、気にしておるかもしれぬな。だが、そんなものは些細なものだ。マリー……おまえたちの祖母も、平民の出だ」


「……初耳ですわ」


 驚いたのは、クリスティーナだけではない。クレストンやサーシャも一様に目を丸くしていた。
 孫たちの様子に少し照れたように視線を脇に逸らすと、ローウェル伯爵は咳払いをした。


「とにかく、そういうわけだ。思う存分にやるといい」


「お爺様……よろしいのですか? 旅費だって、安くはありませんのに。なぜそこまで言って下さるんですの?」


 クリスティーナの問いに、ローウェル伯爵は大袈裟なほど大きな息を吐いた。


「そこらの馬の骨なら、ここまでは言わん。だが、トラストン――あやつは、我が家のためになる。領主というよりは、領主を助ける者として――だがな。あれを手に入れるというのなら、全力を尽くせ。儂が許す」


 貴族である、ローウェル伯爵に気に入られる――それは、人によっては数々の弊害をもたらすこともある。
 奇しくも、トトがガランに告げた貴族への雑言通りのことが、起こりつつあった。
 そのことに気づかぬまま、クリスティーナはパッと顔を綻ばせた。


「お爺様……ありがとうございます!」


「あ、なら。あたしも行く!」


「……古物商の仕事っぷりを見物するのも悪くないか。良い暇つぶしになるしな」


「それじゃあ、三人で行くことで決まりね!」


 クレストンやサーシャまでもカラガンドの街へ行く気になっているのを見ながら、ローウェル伯爵は静かに溜息を吐いた。


(クレストンやサーシャまで行けとは、言っておらんのだがな……)


 意外と孫には甘いローウェル伯爵は、公務をどうやりくりするか、一人寂しく考え始めたのだった。

   *

 カラガンドの街の教会では、国教であるティンガー教の夕刻の礼拝が行われていた。
 そんな中、教会の最高責任者である司祭の部屋には、三人の男女が集まっていた。
 一人は、トトに睨まれた女僧である。もう一人はシルドーム侍祭。そして小金色の聖印を首から下げている、男――司祭であるデルモンド・ラーンである。
 細身の男で、髭はすべて剃り落としている。穏やかな顔つきで、目は細い一重だ。質の良い黒の僧服の裾や袖には、地味だが銀糸の刺繍が施されていた。
 シルドーム侍祭と女僧の報告を聞いたデルモンド司祭は、二重丸と縦の直線とを組み合わせた聖印を手にしながら、鷹揚に頷いた。


「まずは、ご苦労でした。エイヴの傷の治療は終わったのですね?」


「……はい、司祭様。医者での治療は終えました。十日ほどで治るだろう――ということです」


「わかりました。神の啓示が、十日以上あとに下されることを祈りましょう」


 女僧の返答に頷いてから、デルモンド司祭はシルドーム司祭へと向き直った。


「さて。エイヴの脚を勝手に止血した少年がいた――ということですが。行い自体は賞賛されるべきことです。我々が処罰する必要はありません」


「ですが……エイヴの魂は、前世の罪が精算されておりません。ここで甘えを覚えさせては、試練を乗り越えることができなくなりましょう」


 畏まるように頭を下げたシルドーム侍祭の発言に、デルモンド司祭は顎に手を添えて考えた。


「そこは、貴方の指導に任せましょう。ただ、民の善意を否定することは、神の教えに反します。いいですね?」


「……畏まりました」


「よろしい。それでは、それぞれの仕事に戻って下さい」


 デルモンド司祭が、交差させた右手の人差し指と中指を額に軽く付けるという、ティンガー教の祈りの仕草をした。


 同じ仕草を返してから、シルドーム侍祭と女僧は退室していった。
 廊下を大股で歩きながら、シルドーム侍祭の表情は徐々に険しくなっていった。階段を降りて厨房を通り過ぎると、倉庫の横の小部屋に入った。
 部屋の中には、脚の治療を終えたエイヴが床に座っていた。
 シルドーム侍祭はエイヴに近寄ると、その右肩を強く掴んだ。


「てめえ、あの小僧に助けを求めたんじゃねぇだろうな」


「……そんなこと、してない」


 か細く怯えた声に、シルドーム司祭はふん、と鼻を鳴らした。


「どうだかな。まあいい。次の奇跡は、十日後以降だ。それまでに、怪我をしっかりと治しておけ――ん?」


 シルドーム侍祭は、エイヴが染みのある布切れ――トトが止血に使った手ぬぐいだ――に気づくと、怪訝そうな顔で手を伸ばした。


「なんだそりゃ――おい、寄越せ」


「だ、ダメ……」


 エイヴが取られないように手ぬぐいを抱きしめると、シルドーム侍祭は舌打ちをした。


「――チッ。別にいらねえよ、そんな布切れ。まあいい。用は終わりだ」


 シルドーム侍祭が部屋から出て行くと、エイヴは手ぬぐいをギュッと抱きしめながら、壁に凭れるようにして床に座り直した。



 刻を同じくして。デルモンド司祭は教会の裏手へと向かっていた。右手には経典、左手にはランプを携えていた。
 デルモンド司祭は夕焼けに染まる教会の裏手に回ると、金属製の扉の鍵を開けた。重々しい音が響くと、そこに現れたのは地下への階段だ。
 階段の先には灯りがなにもなく、まるで奈落の底――ティンガー教でいうところの地獄に続くような雰囲気が漂っていた。
 デルモンド司祭が数段だけ降りて扉を閉めると、日の光から完全に隔離された。
 ランプの灯りを頼りに階段を降りていくと、汚物混じりの饐えたような臭いが漂ってきた。
 途中でL字に曲がった階段をさらに降りると、過去には倉庫だったらしい地下室へと辿り着いた。
 地下室を照らす照明はなく、天井近くに設けられた、手の平大ほどの空気穴から差し込む日の光が、朧気に姿を浮き出させているだけだ。

 デルモンド司祭がランプを掲げると、鉄格子が照らし出された。
 地下室には、三方向を鉄格子に囲まれた檻が造られていた。それぞれの大きさは、一辺が約三インテト(約三メートル十五センチ)。
 檻の中にはそれそれ二〇人ほどが収監されていた。
 デルモンド司祭が地下室に入ると、奥に控えていた二人の大男が立ち上がった。覆面を被った大男たちは、それぞれに金属を加工する際に使われている、大きなペンチを持っていた。

 膝をついて畏まる大男たちへ、デルモンド司祭は労うように肩を撫でた。


「さて、それでは始めましょう。悪魔崇拝者たちを更生するための祈りと、神の教えを説きましょう。そして――彼らが崇める悪魔の正体を聞き出すための尋問を行うと致しましょう」


 我が子を慈しむような、そんな穏やかな表情で告げたデルモンド司祭は、経典を開いて内容の朗読を始めた。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。


回想以外、主人公の出番無し……そんな回です。

鉄道の運賃ですが……調べても資料が見つかりませんでしたので、庶民はなかなか乗れない金額ということで設定してみました。
上流階級がメイン乗客で、中流はちょっと贅沢。そんな感じです。

一般に普及するのは、やはり産業革命時代になってからでしょうね。

次回は、明日か明後日あたりに。魔剣士のほうもアップしないと……ですね。


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


次回もよろしくお願いします!
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