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転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました
四章-3
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光が止んだあと、徐々に四肢の力が戻ってきた。
腰袋からジャガイモ電池を取り出した俺の頭の中に、ガランの声が響いた。
〝トト、無事か?〟
「なんとか……大丈夫」
顔を上げた俺の前では、市長が息子を庇うように蹲っていた。二人を護ろうとしたらしいく、破片を全身に受けた元執事は、血だらけで倒れていた。
市長は身体の埃を払いながら、怒りの形相を俺に向けた。
「おのれ――偽物か!?」
ゾクッとする殺気を感じた俺は、即座にジャガイモ電池を前に突きだした。
「ガラン、反応増幅!」
〝承知〟
ガランが応じたのと半透明のかぎ爪が現れるのは、ほぼ同時だった。俺の身体に爪が食い込む寸前、ジャガイモ電池の前でかぎ爪は霧散した。
赤く灼熱していた銅の導線が、次第に元の色に戻っていく。
アントネット市長はかぎ爪が霧散していく様子に、驚愕の表情を浮かべた。
「なに――なにをした!?」
「理科の実験だよ。あんたらの嫌いな、高熱だぜ」
じゃがいも電池から流れた電流がガランの魔術で増幅され、導線を発熱させたのだ。元の世界では、発泡スチロールカッターなんかにも使われる技術だ。
俺は素早く次のジャガイモ電池を取り出しながら、市長へと駆けた。
スコットから離れた市長が、右腕を振りかぶった。その動作が、唯一の隙だ。
「小僧、死ねっ!!」
「ガラン――っ!!」
〝応っ!!〟
手が振り下ろされる前に、指輪から放たれた竜の頭部が、アントネット市長を包み込んだ。猿と蛇のあいのこのような姿の幻獣が、竜の頭部に吸い込まれていく。
幻獣の姿が完全に消えると、気を失ったアントネット市長は膝から崩れ落ちた。
力を使った反動か、頭痛に襲われた俺は顔を顰めた。痛みを和らげるべく頭を振った直後、俺は巨大な肉の塊のようなものに殴られた。
部屋の端まで吹っ飛ばされた俺は、信じられないものを見た。
スコットの身体から、大人の身長ほどもある半透明の尾が生えていた。無表情に俺を見るスコットの首にかかったペンダント――その黄土色の宝石が、鈍く光を反射した。
「貴様、よくも邪魔をしてくれたな」
金色に光る目をしたスコット――だったものの正体に、俺はようやく気づいた。
「おまえが、ラーブか」
思い返せば、アントネット市長はことあるごとに息子を護っていた。市長が幻獣本体であるなら、息子が傷付こうが意に介す必要はないはずだ。
臍を噛むような思いで俺が睨むと、少年――ラーブは目を細めた。
「そのとおりだ。猿と手を組んでいるとは……落ちぶれたな、王よ。我は猿どもを利用して数度の儀式を行い、不完全とはいえ身体の一部を取り戻したぞ」
無表情に周囲を見回すラーブに、俺はわざとらしく唾を吐いてみせた。
「身体を取り戻して、どうするつもりだ? この世界は、もう幻獣のものじゃない」
「そうかな――身体が戻れば、人間なぞ虫けら同然だ。貴様らが刻を重ねて造り出した武器の数々なぞ、我の身体には通らぬ。文明とやらを滅ぼし――我がこの世界で唯一の王となる。この地上すべてが、我の狩り場となるのだ!!」
「ああ、なんだ」
ラーブの返答を聞いて、俺はわざとらしく鼻で笑ってみせた。
「てっきり、もっと壮大な野望でもあるかと思ってたけど……結局はその程度か。あんたの頭の中が、予想以上に空っぽで安心したよ」
俺の挑発に歯を剥いたラーブが、真上から長い尾を振り下ろしてきた。
その即死を狙った一撃を寸前で躱しながら、俺は立ち上がった。半透明の尻尾が再び振り上げられた――その隙に、俺はラーブとの間合いを詰めた。
小さく振った俺の掌底が、ラーブの側頭部に当たった。その一撃で仰け反ったラーブへ、俺は追撃の拳を放った。
小さな手で俺の拳を受けつつも、勢いに負けてラーブは一歩退いた。
予想通り、幻獣が宿っていても幼子の身体だ。あまり気は進まないが、打撃で気絶させてから拘束するのが最善手だろう。
さらに間合いを詰め寄ろうとした俺に、ラーブは尻尾を振り下ろした。それを余裕で躱したが、床に尾を叩き付けた反動を利用して、ラーブは俺から六歩以上も離れていた。
「小賢しい小僧め。しかし王も哀れだな――頼りにしているのが、こやつではな」
表情を一転し、不敵な笑みを浮かべたラーブは、その長い尾を部屋の隅へと伸ばした。
「この身体では生命力が足りぬ故、傀儡を解かれた今では力は使えぬ。だが、貴様相手ではそれで充分だ」
ラーブは尾を使ってランプを引き寄せると、俺に見せつけるようにかざした。
ランプの中で揺らめく小さな炎――それを見てしまった俺は、死の恐怖が蘇った。
「う、うわああああああああああっ!!」
「恐ろしかろう。そこの小娘が教えてくれたのだよ、おまえの弱点だとな」
ラーブはランプを置くと、大きく振った尻尾で俺を横殴りに弾き飛ばした。
壁に激突した衝撃で全身に激痛が走ったが、俺の意識は炎の幻に囚われ続けた。見広げた眼はなにも映し出さず、過呼吸になりかけた息が、埃や塵を舞い上がらせた。
「もろいな、人間の心というのは。さて、貴様は後回しだ。まずは、そこの雌から殺してやる。我に逆らったことを後悔させてやろう」
楽しげに言いながら、ラーブは尾でクリス嬢の首を絞めた。
「あ……ぐっ……」
苦悶するクリス嬢の呻き声で、俺の意識は僅かに正気を取り戻した。
炎の幻の向こう側で、クリス嬢が半透明の尾で首を絞められている――それは、前世で俺が死んだときに巻き付けられていたロープを思い起こさせた。
心臓の鼓動や呼吸が、早い。なにかをしなければという気持ちはあるが、次の行動に移すことを考えられなかった。
〝トト――ブレスだっ!!〟
突如聞こえてきたガランの叫びに、俺はわけがわからぬままに叫んでいた。
「ガラン、ブレスっ!!」
〝承知〟
突きだした俺の右手から放たれた灼熱の炎が、ラーブの尾を焼いた。炎によって消失した尾から解放され、クリス嬢は咳き込みながら床に這いつくばった。
「馬鹿な!! 炎を使うなど――っ!?」
驚きの声をあげるラーブが、半分以上も消失した尾を体内に引っ込めた。しかし、未だ幻の炎に視界を奪われていた俺は、次の手を打つことができなかった。
「トト――! 今よっ!!」
クリス嬢の声が、俺の意識を現実に引き戻した。忠告や慎重さをもすっ飛ばして、俺は条件反射的に叫んでいた。
「封印を――ガラン!」
〝わかった――トト、気合いを入れろ!〟
ガランの声に俺は下腹部に力を込めたが、体中から生命力が根こそぎ奪われるような感覚に襲われた。
しかし、竜の頭は現れなかった。それどころか、俺は激しい頭痛に意識を刈り取られ、力なく床に蹲る羽目になった。
「驚かせよって――」
ラーブは少年の身体のまま、俺の身体を蹴っ飛ばした。
転がりこそはしなかったが、仰向けになった俺の身体に馬なりに乗ったラーブは、両手を俺の首へと伸ばした。
「小僧が――死ね、死ね! 死ね!」
狂気を孕んだ叫びをあげるラーブに首を絞められたが、俺はなんの抵抗もできなかった。ヤツの頭に手を伸ばすが、それだけだ。封印の力すら、試みることができなかった。
「トト――っ!」
起き上がったばかりのクリス嬢が駆け寄って来て、俺の右手にある竜の指輪に触れた。
「ガラン、あたしの力を使いなさい!」
〝な――? そうか……承知した!〟
クリス嬢の声に呼応して、指輪から竜の頭部が放たれた。至近距離過ぎて、なんの抵抗すらできぬまま、ラーブは竜の頭部に飲み込まれた。
「まさか――!? あ、あああ、があああああああああああああああああっ!!」
ラーブの叫び声が、部屋中に響いた。ペンダントの飾り石が割れ、中から歪な姿の幻獣が現れた。藻掻くように竜の頭の中をのたうち回るラーブの身体――魂そのものだ――が、徐々に崩れ始めた。
ラーブの姿が完全に消え去ると、スコットは俺の胸元に倒れ込んだ。
目の前で起きたことに、俺はなんの反応もできなかった。頭の芯が焼き切れるような激痛で、目の前が真っ白になりかけていた。
体力の限界――そんな感覚に襲われた途端、俺の意識はプツン、と途切れた。
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