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転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました

三章-1

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 三章 後回しになった約束


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 朝一で魔術を刻んだ(今日は〝精神接続〟に〝暗視〟が二つ、〝熱探知〟、〝軽量化〟と〝反応増幅〟だ)あと、俺は昨晩の詳細を報告するために、クリス嬢の部屋へと向かった。
 伯爵の自殺未遂はショックだったのかクリス嬢の表情は暗く、報告の最中もほとんど喋らなかった。
 クリス嬢への報告を終えた俺は、朝食が用意してある食堂へと立ち寄った。
 俺は丸ごと置かれていたリンゴを一つだけ手に取ると、そのまま食堂をあとにした。
 豪華さに気後れした――というより、食事に害のあるものを仕込まれていないか、警戒しているだけだ。気にしすぎかもしれないが、あとで後悔するよりはマシである。

 俺はリンゴを囓りながら、散歩がてら庭園に出た。
 半分ほど食べ終えたリンゴを上着のポケットに入れたとき、庭園の奥から弦楽器らしい音色が聞こえてきた。
 この世界の音楽にしては軽快というか、テンポが速過ぎる曲調だ。聞き覚えがある気がするんだけど……どこだったか覚えがない。大体からして俺は、この世界の音楽なんか、ろくに聴いたことがないのだ。
 もしかしたら祭りのときに、吟遊詩人や流れの芸人が奏でていたやつ――かもしれない。
 誰が爪弾いているのかと音の出所に近寄ってみれば、石のベンチに腰を下ろしたクリス嬢がリュートを奏でていた。
 俺の視線に気づいたのか、クリス嬢は演奏を止めて顔を上げた。


「あら、恥ずかしいところを見られてしまいました。その……少し気分転換をしたくて」


「いえ――楽器をやられていたんですね」


「ええ……お爺様や他の人からは、はしたない曲だって怒られてばかりなの」


 クリス嬢ははにかみながら、俺の顔を覗き込んできた。


「もしかして、聞いたことのある曲でした?」


「え? ああ……そうですね。どこで聞いたのかは、覚えてないんですけど。聞き覚えはある曲ですね」


「……やっぱり。そうなんですね」


 なにが「やっぱり」かは、よくわからない。クリス嬢は突拍子もない言動をするときがあるから、ここは気にしないのが正解だ。
 俺が怪訝な顔をしていると、クリス嬢は小首を傾げた。


「それより、幽霊騒動の目星はつきまして?」


「さあ――ただ、絶対に証拠を見つけて、犯人を暴いてやりますよ」


 少し挑戦的な口調になってしまったが、それが俺の決意だ。
 クリス嬢は微笑み立ち上がると、リュートを抱えながら俺の横に立った。


「あなたとは、ゆっくりとお話をしたかったんですの。スーパーマーケット? あれがこの世界にあるのかとか」


「いや、あれは……変なこと言うのは癖みたいなものなので、勘弁して下さい」


 俺は早々に去ろうとしたが、クリス嬢はなおも食い下がってきた。


「待って下さい。その――階段から落ちたときの御礼もしたいですし」


「ああ――あれは、みっともないところ見せちゃいましたね」


 盛大に背中から落ちて悶絶していたことを思い出し、俺は鼻頭を掻いた。女性の危機を救うなら、もう少しスマートにやりたいものである。
 クリス嬢は小さく首を振ると、俯き加減に俺の腕に触れてきた。


「みっともないだなんて、そんなことありません。あのときのあなたは、まるでヒーローみたいで……その、格好良かったです」


 瞳は見えないが、クリス嬢の素振りや口調に照れが見えて――その、俺も照れてきてしまった。いや、一応はクリス嬢も警戒すべきだって、思ってはいるんだけど……。
 こういう雰囲気に慣れていないせいか、俺はクリス嬢の一挙一動から目を逸らせなくなっていた。
 これだから恋愛に慣れてないヤツは……俺が自分自身に呆れていると、クリス嬢が「あの……お茶でもご一緒しませんか?」と誘ってきた。
 もちろん、俺は断れなかった。前世のころから女性にもてたことのない男なんて、所詮こんなものである。

 俺とクリス嬢は少し大回りをしながら、花壇の前まで出た。屋敷の玄関へと向かう途中、俺は執事が門の前で客人らしい二人組を出迎えているのを見た。
 まだ少し呆けていたのか、ぼんやりと門を見た俺は、表情を引きつらせた。その客人が、酒場で懲らしめた傭兵の二人組だったからだ。彼らの後ろには、警備隊の姿も見え隠れしていた。
 二人組は庭に入ってくると、誰かを探すように周囲を見回した。
 早く隠れよう――そう判断して踵を返した瞬間、痩身の男が俺を見て叫んだ。


「いたぞ!」


「てめえ――あのときの借りを返してやるぜっ!!」


 火縄銃を両手で持ちながら、二人組は駆け出した。
 俺は二人が駆け出すよりも早く、俺は逃げ出していた。危険だからクリス嬢とは離れたかったが、なぜか俺の腕を掴んだまま放さない。
 先ほどの一件もあって、強引に振り解くのは躊躇われた。仕方なくクリス嬢を連れながら、俺は裏庭へと駆け込んだ。
 壁際にあった木箱の横を通り過ぎたところで、俺は腰から投擲用のナイフを抜いた。

 突然、銃声が響いた。
 弾は俺たちの脇を通り過ぎ、屋敷の壁に当たって跳弾した。舌打ちをした大男は、次弾を籠めることなく駆け出した。
 先ほど通り過ぎた木箱の近くまで来た二人組へ、俺はナイフを投げた。
 ナイフは鎧に弾かれてしまったが、攻撃を受けたことで大男と痩身の男は、慌てて木や木箱の影に身を隠した。
 これで膠着状態になったわけだが……なにかをしようにも、クリス嬢が邪魔になる。
 俺は「手を離して下さい」と言ってみたが、顔を伏せたままのクリス嬢は怯えているのか、一向に手を離そうとはしなかった。
 舌打ちをしたい衝動を抑えつつ、俺はクリス嬢の腕を引きながら駆け出した。


「ガラン、熱感知。あと、精神接続」


〝承知〟


 魔術が発動すると、俺の視界が変わった。木の陰に隠れている二人組、そしてクリス嬢や俺の身体が、ぼんやりと赤く光って見えた。
 この魔術は文字通り、熱を視覚的に捉えることができる。物陰に隠れていても熱は物を透過して見えるので、相手の動きが捉えやすくなる。
 屋敷の裏手には木箱や樽が置かれており、銃撃を避けながら移動するのに役だった。


「畜生、ちょろちょろと――」


 怒鳴り声をあげる大男を尻目に、俺とクリス嬢は障害物に身を隠しながら移動を続けた。
 次の移動場所を探す俺の目が、屋敷の角を曲がった先にいる数人分の熱を捕らえた。使用人たちが庭でなにかしているのか――そう思った俺は、牽制のために二本のナイフを投げてから、クリス嬢を連れて屋敷の角を曲がった。
 そこにいた数人に、逃げろと言い――かけたところで、俺は表情を引きつらせた。
 ボルト隊長と六人の警備隊が、まるで壁のように立ちはだかっていた。門で見た状況から考えると、傭兵たちと組んでいる可能性が高い。
 舌打ちをして立ち止まった俺に、ボルト隊長が固い口調で言った。


「トラストン・ドーベル。貴様を逮捕する」


 普段とは違う、異様な目つきをしたボルト隊長の言葉を切っ掛けに、警備隊が俺たちを取り囲むように広がった。
 俺はクリス嬢を庇う様に左腕を広げながら、ボルト隊長を睨んだ。


「逮捕って、罪状はなんです?」


「市長……様への反逆だ」


「反逆?」


 身に覚えがない――いや、ポケットに入れたままの遺物のことを思い出して、俺は焦った。不可抗力とはいえ石の球体を持ち出したことは認めるが、反逆というには大袈裟だ。


「いや、おかしくないですか。反逆っていう罪状はないでしょ。俺がなにをしたっていうんですか?」


「なにをしたかなど、関係がない。市長様が、貴様を危険だと判断……なされたのだ」


「なん――単に市長の命令?」


 貴族とはいえ今の政治体制で、市長にそこまでの権限があるとは思えない。そうなると考えられるのは裏工作だが……そんなことをして、なんの得があるのだろう?
 そうこうしているあいだに、傭兵の二人組も追いついてきた。


「おい、邪魔をするんじゃないぜ。そいつは俺が殺すんだからな」


 大男が銃口から火薬を入れ始めるのを見て、俺は舌打ちをした。逃げ道はない、素早く避けようにもクリス嬢に服を掴まれている現状では難しい。
 万事休す――都合良く、打開策なんか良く思いつかない。だけど、諦めるつもりは微塵もなかった。
 素早く周囲を見回し、俺は逃げ延びるための手掛かりを探し続けた。上方からガタガタッという木の擦れる音が聞こえてきたのは、そんなときだ。
 上に誰かいる――そう思った直後、二階から大量の白い粉が降ってきた。辺りに視界を覆い隠すほどの白煙が舞い上がった。


「横の窓に飛び込め!」


 男性の言葉に従い、俺は白い煙幕に包まれた中を駆けた。


「ここから入って、早く!」


 開かれた窓から、サーシャが手を伸ばしていた。クリス嬢を窓に押し上げて屋敷の中に入れたあと、俺も飛び込んだ。
 すぐに窓を閉めたサーシャが、内側から鍵をかけた。


「こっちよ」


 言われるままに、俺はクリス嬢と廊下に出た。走りながら玄関前まで来たとき、二階からクレストンが飛び降りてきた。
 どうやら、二階から白い粉――小麦粉をばらまいたのは、彼らしい。
 クレストンは被っていた帽子のツバを指で弾くと、口元に笑みを浮かべた。


「危なかったな、古物商。ゆっくり説明してる暇はない――黙って付いてこい」


 腰に下げていた鍵を手に、クレストンは階段の下にある金属の扉に近寄った。錠前に鍵を差し込んで回すと、ゴトリ、という重い音がした。
 扉を開けたクレストンは、俺たちを手招きをしながら中へと入っていった。俺はクレストンに従って、クリス嬢を連れたまま扉の中に入った。
 最後に入ったサーシャが――いつの間に持って来ていたのか――、携帯用のランプに火を灯してから、扉を閉めた。


「このまま奥へ行く。ここを通れば、どこかに出られる筈だ」


 少し自信なさそうだったが、今の状況ではそれに賭けるしかない。
 ランプを見ないようしながら俺が頷いたとき、クリス嬢が顔を上げた。きょとん、とした顔をした彼女は、のんびりとした仕草であたりを見回した。


「あ、あら――ここは、どこですか?。それに、ドレスが真っ白……」


 おっとりと問うクリス嬢に、クレストンが呆れ気味に応じた。


「階段下の扉の中だ。今までずっと怯えてて、状況を把握してねぇのか?」


「怯え……?」


 首を傾げるクリス嬢に俺たちは、お互いに向き合ってげんなりとした。

   *

 警備隊と二人組の傭兵は屋敷中を捜索したが、トラストンたちを見つけられなかった。


「あの餓鬼ども、どこへ行きやがったっ!!」


 大男の怒鳴り声が、玄関ホールから廊下へと響きわたった。
 階段から降りてきた男が、大男の声を制した。


「お静かに。伯爵が起きてしまう」


 男は二人組の傭兵に近づくと、階段へと指を向けた。


「トラストンは、あそこにある扉の奥だ」


「なんだと?」


「追うなら、急いだほうがいい。もう、かなりの距離を進んでいるはず」


 傭兵たちは頷き合うと階段の扉を開けながら、警備隊にランプやランタンを持ってくるよう怒鳴った。
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