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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

エピローグ

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 呪いが解け、人里周辺では陰気と陽気のバランスが、元に戻りつつあった。
 それに伴って、人里での諍い事も収まってきたみたいだ。喧嘩の仲裁とかの頼み事は、ここ二日ばかりで、かなり減ってきている。
 沙呼朗さんも完調とはいかないまでも、寝込むほどの影響はないみたいだ。今日も多助さんと一緒に、破壊した家の修繕をしている。
 そういった諸々が、以前の様子に戻っていっている。そういう光景を見ると、苦労して呪いを解いた甲斐があったと、ちょっと感慨に耽ってみたりもした。
 嶺花さんも水御門さんへの報告を終えて、普段通りに屋敷でのんびりと過ごしている。
 とまあ、それもいいんだけど……。
 平穏を取り戻しつつある諸々を余所に、俺はまた面倒に巻き込まれていたりする。

 鬱蒼と茂る木々の奥――俺は五体の妖猿に囲まれていた。
 幾度となく繰り広げられた攻防で、俺が着ていた作業着はボロボロだ。しかも粘土のような粘液で、左手と右腕の二箇所が岩に固定されてしまった。


「神通力――っ!」


 神通力で粘液を剥がそうとしたけど、なぜか身体からなんの力も広がってこない。


〝無駄だ。その粘液は妖力や呪力を打ち消すのだからな〟


 近寄って来る妖猿たちに対し、俺はせめてもの抵抗をしようと睨み付けた。


「くそ! なんの目的でこんな――」


〝復讐だ。我らが同胞を排除した、その復讐――〟


 そう答える頭部の頭部が、顔の中央から大きく裂け始めた。その中から出来たのは、ぬめぬめとテカる触手だ。他の四体も同様に出現させた触手を、俺の作業着へと伸ばし始めていた。


「この――こいつら!」


〝無駄だ。貴様を贄として――〟


 ……。
 …………。
 ………………。


「……というわけで、今回は異種族間、それも触手物を新規開拓したいと考えております」


 持参した漫画の原稿を手に、恋子さんはそう熱弁をしていた。
 でもまあ、この展開も流石に二回目だ。前回よりは、幾分――ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、冷静でいられた。
 俺は溜息を吐いてから、熱意を語る恋子さんに小さく手を挙げた。


「あの、恋子さん?」


「……お待ち下さい。言いたいことは、わかります。イカや蛸を題材とした春画――こういった作品は昔から多く流布されています。それは、理解しています。……ですが、獣を使った、アズサ殿が提言している触手物という題材は、ほとんど見られません。
 ……我々は、そこに目を付けました。新規購入層を――」


「あ、いや、その。言いたいのは、そーゆーことじゃないです。俺を題材にすること自体、止めることはできないんですか?」


「……無理です。今、我々の業界で一番来てるのは、烏森堅護さん。あなたです」


 俺の問いを否定すると同時に、恋子さんは持ち上げるようなことをのたまったけど……。


「来てるとか言われても、嬉しくないですからね」


「そうです。あちきという、ちゃんと好き合ってる女性がいるのですから。そのような、事実と異なる作品はやめて下さいね」


 俺の隣にいる墨染お姉ちゃんは、呪いを解き終わってから、『好き』という言葉をよく使うようになった。相変わらず、恋人未満な関係ではあるけど……それでも、距離は縮まっているような気がする。
 そんな墨染お姉ちゃんが、睨みを利かせたけど……前回とは異なり、恋子さんは怯えたりしなかった。
 恋子さんが強気なのは、今回の助っ人によるところが大きいように思える。その助っ人は飲んでいたお茶の湯飲みを畳みに置くと、読んでいた本から顔を上げた。


「あんたたちねぇ、このくらいのことで五月蠅いこと言うんじゃないよ」


 膝を僅かに崩して壁に凭れかかっている流姫さんが、俺と墨染お姉ちゃんに本を振ってみせた。
 呪いの一件が終わってもなお、流姫さんは人里――というか、アズサさんの家に通い詰め、読書に耽っているようだ。
 俺たちが反論するのを躊躇っている前で、流姫さんは脇に控えるアズサさんに本を返した。


「これの続きは?」


「申し訳ありません。まだ誠意制作中でして……」


「そうかい。それじゃあ、それは楽しみにさせて貰おうか。それじゃ次は……さっき話していた闇落ち物を読ませて貰おうかね」


「はい! こちらです」


 アズサさんから新たな本を受け取ると、流姫さんはどこか嬉しそうに表紙を開いた。
 いつの間にか妖界内で、アズサさんと恋子さんの版図が広がっていた。その事実を目の当たりにして、俺は冷や汗をかいていた。
 なんか、呪いなんかの問題を解決する前に、アズサさんたちの野望を食い止めるほうが先だと思う。

 ――このままでは、妖界が腐界になってしまう。

 妖界の平和と治安維持のため、嶺花さんに相談しようかな……と、割と真剣に考え始めていた、昼下がりの一幕だった。

   *

 刻を同じく。人里が見回せる大木の上で、紺色の着流し姿の男が佇んでいた。
 頭髪はボサボサで、長い後ろの髪をポニーテールのように縛っていた。年は三〇台前後で痩身、細めの痩せこけた男だ。
 堅護が斃した式と、瓜二つの男である。
 男は腰に下げた徳利を手に取ると、栓を抜いた。


「旦那、見えるかい?」


 男の呟きに呼応したのか、徳利の口から半透明の男の虚像が現れた。
 頭髪はなく、やや小太りの老人だ。白い背広姿だが、ネクタイはしていない。代わりに、品の悪いネックレスや指輪を身につけていた。
 老人は人里を一瞥すると、男に険しい目を向けた。


「失敗したようだな」


「あの猿どもが、役立たずでね。生き延びたのは一匹だけですが、地下牢の中です」


「権左右衛門。貴様の失態ではない――と?」


「その名で呼ばねぇで下さいよ。金御門の旦那」


 権左右衛門は金御門の虚像へと、口を曲げてみせた。


「しかし、妖界の気が乱れれば、困るのは人界のあんたたちでしょう。なんで、こんな依頼をするんで?」


「妖界の治安が保たれれば、水御門の功績となる。それは、我ら金御門家にとって、面白くない」


「呪禁道を統べていた金御門家は表舞台には出られないと、前からぼやいていましたね。ああ……なるほど。三番目には飽きたってことですかい」


 嘲るような権左右衛門の顔に、金御門は怒りを露わにした。


「……余計な詮索はしなくていい。次の手はあるのか!?」


「次の手は、考えている最中です。青龍の加護を得た妖は、利用できそうですからねぇ。ヤツらは気付いていないようですが、大きな弱点になるでしょう」


「ふん――頼んだぞ」


 金御門の虚像が消えると、権左右衛門は口を曲げたまま、人里を見下ろした。


「まったく……欲深いものだな。権力に心酔し、さらなる力を求める――か。醜さだけなら、妖なんぞ足元に及ばねぇ」


 嫌悪感を露わにした男が、懐から取り出した呪符を放り投げた。
 それが漆黒の霧を生み出し、権左右衛門の周囲を包み込む。数秒ほど経ち、漆黒の霧が消失すると、権左右衛門も居なくなっていた。
 木の上を風が撫でると、燃え残った呪符の破片が散っていった。

                                    完

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

なんか続きっぽく終わって、続きが出来ていそうな感じになってますが、まだ「このネタでいこうかな」程度しか存在してなかったりします。

そんなわけで、次回はしばらくお待ち下さいませ。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いし致します!
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