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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

四章-3

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   3

 多助が繰り出した炎の鞭が、沙呼朗が突き出した左手で打ち消された。
 水蒸気が立ちのぼっていることから、水気によって作られた水の膜で防いだようだ。逆に、沙呼朗の放った水の渦によって、多助の火気が大きく削がれた。


「くそっ!」


 岩棚の端まで後退した多助に代わり、タマモが前に出た。
 沙呼朗の四肢を拘束しようと、タマモは九尾を大きく伸ばした。矢のような速さで迫る九尾を、山の斜面を駆け上るようにして避けた沙呼朗は、まるで猿のように岩場にしがみついた。


「なんなんだ、なんだな。だな。前より動きが素早いんだな、だな」


「だろうな。理性が、ぶっ飛んでいるようだぜ」


「おまえは、腰の刃を抜かないのか? のか?」


 タマモの指摘に、多助は首を左右に振った。


「包丁は使わねぇ。呪いの本体を潰せば、沙呼朗だって正気に戻るはずだ。だから、それまで時間稼ぎをする」


「それまで、こちらが無事でいられればいいんですけど」


 指の間で四枚の霊符を掴んでいるアズサが、沙呼朗の動きを注視していた。
 凰花はアズサの横で、一心に祭文を唱えていた。
 アズサは凰花の祭文を聞きながら、多助とタマモに目配せをした。


「まず――いきます!」


 アズサが投げた霊符が、空中で翼のある童子となった。それぞれに独鈷杵を手にした童子たちは、一斉に沙呼朗へと襲いかかった。
 沙呼朗は童子たちを睨めながら、威嚇するように吼えた。
 途端、沙呼朗の身体から緑色の煙が吹き出して、自身と童子たちを包み込んだ。毒霧によって、童子たちは藻掻きながら、霊符に戻っていった。


「そんなぁ」


「呑気に言ってる場合じゃねぇ! 毒を吸い込むなよ!」


 アズサたちに忠告しながら、多助は火気を放つ両手を大きく振った。熱気が風となり、毒霧を散らしたが、そこに沙呼朗の姿はなかった。
 多助は姿勢を低くしながら、沙呼朗の姿を探した。


「どこへ行った? タマモ、アズサ、油断するなよ」


 多助だけでなく、凰花を護るようにアズサとタマモも周囲を警戒した。
 数秒、十数秒と経つが、多助たちは沙呼朗の姿を見つけることができない。アズサが新たな霊符を造り出し、沙呼朗の位置を特定しようとしたとき、足元が泥のようにぬかるみ始めた。

   *

 俺と墨染お姉ちゃん、それに次郎坊と、今は黒龍となっている流姫さんは、真っ直ぐに山頂を目指していた。
 岩棚から一〇〇メートルほど上がったところで、俺たちは雲の中に入ってしまった。濃い霧の中のように、視界がほとんど利かない。
 バラバラにならないよう、俺たちは一塊になって上昇していた。


〝いいかい。視界が利かないところでは、呪力や妖力を視るんだ。特に、敵が呪術師や妖怪の類いの場合はね〟


「それは、承知しておりまする」


〝次郎坊、あんたに言ったんじゃないよ〟


 流姫さんが次郎坊へ突っ込みを入れるのを聞きながら、俺はふと思った。


「あ、俺にですか?」


〝ほかに、誰がいるんだい。まったく……もっと修行をしておくれよ〟


 えっと……すいません。

 俺は心の中で謝りながら、口の中で小さく呟いた。


「神通力――呪力と妖力の視界」


 目の辺りが暖かくなると、俺にも神通力が集まっていることがわかる。
 視力への神通力が安定してくると、山の斜面側に赤黒っぽい影が見えた。なんだろうと目を凝らした直後、流姫さんが龍の口から、影へ向けて凄まじい炎を吐き出した。
 目が眩むほどの熱量に、周囲の雲が晴れていく。
 炎が収まると、黒く焦げた山の斜面が見えた。


「ああ、あぶねぇ、あぶねぇ」


 黒くなった斜面の一〇メートルほど上に、紺色の布を巻き付けた人物がぶら下がっていた。
 体型だけ見れば、男みたいだ。腰に脇差しのようなものを下げ、手足は体型からすると、少し長めだ。
 顔まで布が巻かれているため、人相も識別できない。赤黒い光が重なっているから、さきほどの影はこの男みたいだ。



〝あんたが、呪いを仕掛けたのか!?〟


「ご名答! あの猿どもは、役に立たなかったみたいだな」


 男は軽口を言いながら、自由になっている右手で数枚の札を掴んだ。
 それを投げつけると、金属の鴉が五羽も現れた。
 鴉たちは俺や次郎坊を無視して、墨染お姉ちゃんへ襲いかかった。


「この――」


 墨染お姉ちゃんは両手に持った桜の枝で応戦するけど、金属の鴉には効果がないみたいだ。


「この! 神通力、三鈷杵乱撃!」


 俺の神通力で生み出された一〇を超える三鈷杵が、金属の鴉たちを襲った。
 三鈷杵を受けても、弾かれるだけで一羽も破壊できなかった。それでも鴉たちが離れると、俺は墨染お姉ちゃんの前へと出た。


「大丈夫?」


「ええ。堅護さん、ありがとう」


「ほお……仲のよろしいことだな。おい、そこの人間よ。その女は確かに美人だが……妖だぞ? どうして庇う」


「どうしてって……墨染お姉ちゃんが妖なのは、知ってるから」


「知ってて、それでも護るのか? いいか、小僧。妖なんでものは、調伏しなければならない存在だ。護る価値はない」


 そう断言する男は、器用に出っ張った岩の上に立つと、俺を手招きした。


「まだ人に近いおまえは、まだ引き返せる。俺の所にこい。ともに妖どもを調伏し、この地を平定するんだ」


 男の放った言葉が辺りに木霊すると、周囲の目が俺に集まった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

急な仕事の追加で、遅くなりました……。
そして、時間がないので、今回は手短に。

『屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです』もよろしくお願いします!
読んでくれている方々には、本当に感謝しています。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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