天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
39 / 63
第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

四章-3

しおりを挟む

   3

 多助が繰り出した炎の鞭が、沙呼朗が突き出した左手で打ち消された。
 水蒸気が立ちのぼっていることから、水気によって作られた水の膜で防いだようだ。逆に、沙呼朗の放った水の渦によって、多助の火気が大きく削がれた。


「くそっ!」


 岩棚の端まで後退した多助に代わり、タマモが前に出た。
 沙呼朗の四肢を拘束しようと、タマモは九尾を大きく伸ばした。矢のような速さで迫る九尾を、山の斜面を駆け上るようにして避けた沙呼朗は、まるで猿のように岩場にしがみついた。


「なんなんだ、なんだな。だな。前より動きが素早いんだな、だな」


「だろうな。理性が、ぶっ飛んでいるようだぜ」


「おまえは、腰の刃を抜かないのか? のか?」


 タマモの指摘に、多助は首を左右に振った。


「包丁は使わねぇ。呪いの本体を潰せば、沙呼朗だって正気に戻るはずだ。だから、それまで時間稼ぎをする」


「それまで、こちらが無事でいられればいいんですけど」


 指の間で四枚の霊符を掴んでいるアズサが、沙呼朗の動きを注視していた。
 凰花はアズサの横で、一心に祭文を唱えていた。
 アズサは凰花の祭文を聞きながら、多助とタマモに目配せをした。


「まず――いきます!」


 アズサが投げた霊符が、空中で翼のある童子となった。それぞれに独鈷杵を手にした童子たちは、一斉に沙呼朗へと襲いかかった。
 沙呼朗は童子たちを睨めながら、威嚇するように吼えた。
 途端、沙呼朗の身体から緑色の煙が吹き出して、自身と童子たちを包み込んだ。毒霧によって、童子たちは藻掻きながら、霊符に戻っていった。


「そんなぁ」


「呑気に言ってる場合じゃねぇ! 毒を吸い込むなよ!」


 アズサたちに忠告しながら、多助は火気を放つ両手を大きく振った。熱気が風となり、毒霧を散らしたが、そこに沙呼朗の姿はなかった。
 多助は姿勢を低くしながら、沙呼朗の姿を探した。


「どこへ行った? タマモ、アズサ、油断するなよ」


 多助だけでなく、凰花を護るようにアズサとタマモも周囲を警戒した。
 数秒、十数秒と経つが、多助たちは沙呼朗の姿を見つけることができない。アズサが新たな霊符を造り出し、沙呼朗の位置を特定しようとしたとき、足元が泥のようにぬかるみ始めた。

   *

 俺と墨染お姉ちゃん、それに次郎坊と、今は黒龍となっている流姫さんは、真っ直ぐに山頂を目指していた。
 岩棚から一〇〇メートルほど上がったところで、俺たちは雲の中に入ってしまった。濃い霧の中のように、視界がほとんど利かない。
 バラバラにならないよう、俺たちは一塊になって上昇していた。


〝いいかい。視界が利かないところでは、呪力や妖力を視るんだ。特に、敵が呪術師や妖怪の類いの場合はね〟


「それは、承知しておりまする」


〝次郎坊、あんたに言ったんじゃないよ〟


 流姫さんが次郎坊へ突っ込みを入れるのを聞きながら、俺はふと思った。


「あ、俺にですか?」


〝ほかに、誰がいるんだい。まったく……もっと修行をしておくれよ〟


 えっと……すいません。

 俺は心の中で謝りながら、口の中で小さく呟いた。


「神通力――呪力と妖力の視界」


 目の辺りが暖かくなると、俺にも神通力が集まっていることがわかる。
 視力への神通力が安定してくると、山の斜面側に赤黒っぽい影が見えた。なんだろうと目を凝らした直後、流姫さんが龍の口から、影へ向けて凄まじい炎を吐き出した。
 目が眩むほどの熱量に、周囲の雲が晴れていく。
 炎が収まると、黒く焦げた山の斜面が見えた。


「ああ、あぶねぇ、あぶねぇ」


 黒くなった斜面の一〇メートルほど上に、紺色の布を巻き付けた人物がぶら下がっていた。
 体型だけ見れば、男みたいだ。腰に脇差しのようなものを下げ、手足は体型からすると、少し長めだ。
 顔まで布が巻かれているため、人相も識別できない。赤黒い光が重なっているから、さきほどの影はこの男みたいだ。



〝あんたが、呪いを仕掛けたのか!?〟


「ご名答! あの猿どもは、役に立たなかったみたいだな」


 男は軽口を言いながら、自由になっている右手で数枚の札を掴んだ。
 それを投げつけると、金属の鴉が五羽も現れた。
 鴉たちは俺や次郎坊を無視して、墨染お姉ちゃんへ襲いかかった。


「この――」


 墨染お姉ちゃんは両手に持った桜の枝で応戦するけど、金属の鴉には効果がないみたいだ。


「この! 神通力、三鈷杵乱撃!」


 俺の神通力で生み出された一〇を超える三鈷杵が、金属の鴉たちを襲った。
 三鈷杵を受けても、弾かれるだけで一羽も破壊できなかった。それでも鴉たちが離れると、俺は墨染お姉ちゃんの前へと出た。


「大丈夫?」


「ええ。堅護さん、ありがとう」


「ほお……仲のよろしいことだな。おい、そこの人間よ。その女は確かに美人だが……妖だぞ? どうして庇う」


「どうしてって……墨染お姉ちゃんが妖なのは、知ってるから」


「知ってて、それでも護るのか? いいか、小僧。妖なんでものは、調伏しなければならない存在だ。護る価値はない」


 そう断言する男は、器用に出っ張った岩の上に立つと、俺を手招きした。


「まだ人に近いおまえは、まだ引き返せる。俺の所にこい。ともに妖どもを調伏し、この地を平定するんだ」


 男の放った言葉が辺りに木霊すると、周囲の目が俺に集まった。

--------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

急な仕事の追加で、遅くなりました……。
そして、時間がないので、今回は手短に。

『屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです』もよろしくお願いします!
読んでくれている方々には、本当に感謝しています。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

処理中です...